その141 メス豚、状況を説明される
旧亜人村にやって来たショタ坊達。
彼の第一声は予想外の物だった。
「イサロ殿下の命を受け、亜人の女王に再び共同作戦を申し入れたく、やって参りました!」
私は彼の言葉に戸惑いを覚えていた。
どういう事だ? ついこの間、山越えに協力してやったはずだが、あの時の戦果だけでは足りなかったのか?
それとも、敵軍を追い返した勢いで、敵国に逆侵攻をかけている所とか?
けどそれだとどう考えても勝ち戦でしょ。私の協力っている?
というか、我々はまだあの時のお礼を受け取っていないんだが?
こちとら手弁当で参加してやったんだ。出す物を出してもらってからじゃないと、共同作戦とは呼べんのじゃないか?
お前達は乱取り――戦場での略奪行為――で潤っただろうって?
いやいや、あれは臨時収入だから。いわば危険手当みたいな物だから。まだ報酬は受け取っていないから。
「どうする? クロコパトラ女王」
私の副官、ウンタがコッソリ尋ねて来た。
・・・まあいい。この場はひとまず相手の話を聞こうか。
「相手の意図が分からない。とりあえず話を聞いてみるわ」
「分かった。みんな、駕籠を出してくれ」
「「「「おう!」」」」
隊員達の返事と共に、村に向かって駕籠が進み始めた。
さて、ショタ坊は今度は何を要請してくるのだろうか。
私達は前回、話し合いをした家の中に入っていた。
こちらからは私と副官のウンタの二人。
相手はショタ坊と、護衛の隊長の二人。
この対談、一見二対二のように見えて、実はこちらはちゃっかり頼れる三人目を用意している。
それは私の膝の上のピンククラゲ水母。
ショタ坊達は水母の正体を知らない。クロコパトラ女王お気に入りの謎アイテムとしか認識していないはずである。
彼は私達の切り札だ。いざという時には対物理魔法障壁で私とウンタを守ってもらう手はずとなっている。
狡い? こちとら自分と仲間の命がかかっているんだ。当然、保険はかけさせて貰っているのさ。
それはさておき、クロコパトラ女王の喋り方ってどんな感じだったっけ?
久しぶりだとどうにも勝手が掴めんなあ。
「それで、妾との共同作戦とはどういう事じゃ? 以前行った作戦だけでは、隣国との戦は終わらなかったのかえ?」
確かこんな感じだったかな? 最初に妙なキャラ付けをしなきゃ良かった。
ショタ坊は少しぼんやりしていた様子だったが、ハッと我に返ると慌てて返事を返した。
「あ、いえ! そちらは片が付きました! 女王のお力添え、大変感謝しております!」
何? あんた、久しぶりに会ったクロコパトラ女王の美貌に見とれちゃった?
まあ、今の私は隣国で略奪して来た宝石やらアクセサリーやらで、良い感じに飾り立てられているからな。
私もあまりの神々しさにビックリしたくらいだから。
大人の女性に免疫の無いショタなら、目を奪われたって仕方がないと思うぞ。
それはそうと、やはり隣国との戦いは終わっていたのか。
そりゃまあ、安全なはずの後方に突然敵軍が現れたら戦どころじゃなくなるよな。
「そうかえ。なら、あの時の報酬は頂けるのじゃろうの?」
「! そ・・・それは! ――も、申し訳ありません。そちらはもうしばらくお待ち頂けないでしょうか。女王のご提案は確かに殿下にお伝えしましたが、国王陛下へはまだ届いていない状況でして・・・」
戦果はあったにもかかわらず、報酬は払えないと言う。
ショタ坊の奥歯に物が挟まったような説明を要約すると、どうやら現在、国王は王都にいないそうだ。
国の中心が城を留守にしているとはどういう事だ? と、思ったら、自ら一軍を率いて戦場に出ているらしい。
随分と血気盛んな国王だな。バーサーカーかよ。
ショタ坊の上司となるイケメン王子とは連絡が付いているが、この国のトップである国王は現在城を離れているので、彼とは連絡が付かないと。
つまりはそういう事だな? よし分かった。
「そうか。では連絡が付いたらまた来るがよい」
これぞ日本人の得意技、”ザ・問題の先送り”である。
こうして取り返しの付かなくなった案件は数知れず。今やれない事が未来に出来るはずもないからだ。
それでも使ってしまう魔力がこの技には秘められているのである。
じゃあウンタ。帰ろうか。
「ま、待って下さい! 我々との共同作戦の話がまだ終わっていません!」
そういやそんな話だったっけ。うっかり忘れてたわ。
帰ろうとする私達だったが、慌てたショタ坊によって止められた。
「――聞こう」
「どうか殿下の軍に協力して、アレサンドロの軍と戦って頂けないでしょうか?」
アレサンドロの軍? それってどこの軍隊だ?
ショタ坊の要請は意外な物だった。
イケメン王子の軍に加わってアレサンドロ軍とやらと戦えと言うのだ。
「アレサンドロとは?」
「アレサンドロ家は隣国大モルトの貴族です」
大モルト?! はあ?! ちょっと、何言ってんの?!
この大陸には三大列強国が存在する。
この国から大河を挟んで北に”カルトロウランナ王朝”。私達の住む山脈を挟んで南に”アマディ・ロスディオ法王国”。そして西に”大モルト”が、それぞれ鎮座ましましている。
そう。この国は三方を三大国家に囲まれているのだ。
その上、唯一残った東には、仲が悪い隣国が存在している。
先日も戦争をしていたようだが、私に言わせてもらえば、お前らザコ同士がのんきに争っている場合じゃないだろうに。
ショタ坊の話によると、その三大国家の一角”大モルト”の軍が、とうとうこの国に攻め込んで来たらしい。
いやいや、これって完全に無理ゲーじゃね? 詰んだわ、この国。
「いえ。攻めて来たのは大モルトの軍ではありません。アレサンドロ家の軍です」
あくまでも”アレサンドロ家の軍”と言い張るショタ坊。
どこが違うねん。
「敵軍はアレサンドロ家。その中でも”新家”アレサンドロ家の軍との事。新家アレサンドロ家はアレサンドロ家の中でも新参で一番勢力が弱いと見られています」
むむっ? もう少し分かり易くプリーズ。
大モルトはとっくの昔に王家の権威が廃れ、今ではアレサンドロ公爵家がほぼほぼ国の実権を握っているそうだ。
現在、アレサンドロ家は、国の三大役職である”執権””管領””公方”の三役を独占中。
それぞれ、執権アレサンドロ、管領アレサンドロ(北部・南部)、公方アレサンドロ、と呼ばれ、日々互いの喉笛を食いちぎらんと表に裏に争っているのだという。なんてイヤげな国なんだ。
同じアレサンドロ家なんだから仲良くすればいいだろうって? そうは問屋が卸さないのが人間の持つ業というものなんだよ。
むしろ一族同士だけに、かえってえげつないんじゃなかろうか。
日本だって平将門の乱や応仁の乱など、同族同士のいさかいが元となった争いは枚挙にいとまがない。
そして多くのお家騒動や跡目争いが凄惨な結末を迎えている。
血縁や一族の権力争いは、かように根深く陰湿なものになりがちなのだ。
――と。話が逸れたな。
今から10年程前。そんな”執権”アレサンドロ公爵家から新たな一派が分離、独立した。
それが今回、この国に攻めて来た”新家”アレサンドロ家である。
一応独立したとはいえ、国では”執権”アレサンドロ公爵家の子分のような扱いらしい。
他のアレサンドロ家と違い、三役にも就いていない。つまり、地位も低いし領地も狭い。
出来立てホヤホヤのいつ潰れてもおかしくないアレサンドロ家、という話だ。
「今回の侵攻は、執権アレサンドロ公爵家がヒッテル王国の要請を受けての事と判明しています」
ヒッテル王国は、ついこの間、私達がショタ坊達と山越えをして攻め込んだ隣国だ。
どうやら隣国は、自分達と大モルトでこの国を挟み撃ちにしようと企んでいたようだ。
そこで隣国は付き合いのある執権アレサンドロ公爵家に出兵を要請した。
要請を受けた執権アレサンドロ家だったが、彼らは自分の手を汚さず、子分の新家アレサンドロ家に出兵を命じた。らしい。
あるいは要請を受け入れた事自体、自分の戦力は温存した上で”新家”の力を削ぐ、という目的もあったのかもしれない。
この策が成功していればこの国はひとたまりもなかっただろう。
しかし、事態は予想外の展開を迎える事になる。
一つは隣国の軍があっさりと撤退した事。これについては私達の功績が大だ。
そしてもう一つは、お付き合い程度に進軍すると思われた新家アレサンドロ家が、なぜか大軍をもってこの国に押し寄せたという事だ。
「いえ。確かに大軍ですが、相手はあくまでも新家アレサンドロ家のみ。それにアレサンドロ家は互いに争い合っています。長く自分の領地を空けていられるはずがありません」
なるほど。敵は大軍だが、いわゆる”四天王では一番のザコ”だと言うんだな?
さらに、常日頃から敵は幹部同士で足の引っ張り合いをしているので、敵軍は背後にも爆弾を抱えていると。
つまりはそういう話なわけだ。
「敵の本隊にはこちらもほぼ同数の軍で当たっています。地の利は我が国にある上、陛下自らが軍を率いられる事で士気も非常に高くなっています。後は殿下の軍が敵の別動隊を押さえる事が出来れば、遠からず敵は戦線を維持出来ずに撤退せざるを得なくなるでしょう」
大軍というのは諸刃の剣だ。その強力な力と引き換えに、莫大な維持コストを要求される。
コー〇ーテ〇モの三国志ゲームでは、「知力100」を誇るあの天才軍師、諸葛亮孔明でさえ、史実では大軍の兵糧をまかなえずに何度も北伐を失敗させているほどだ。
ショタ坊の話は一見、筋が通っているように聞こえる。
だが、果たしてこの話を鵜吞みにしてもいいのだろうか?
次回「メス豚、心揺れる」




