その138 メス豚と不出来な新兵器
クロ子式新兵訓練を終えた翌日。
村長代理のモーナが私の所へ訪ねて来た。
「・・・クロ子ちゃん。みんなに何をしたの?」
藪から棒に何だよ、一体。
私は鼻面で土を掘り返しながら、チラリと振り返った。
「スイボちゃんの所から数日ぶりに戻って来た男の人達が、みんな人が変わったみたいになったって、村中で話題になっているわよ」
ああ、その事ね。
村人達は新兵達の精悍な姿に驚いているようだ。
彼らは厳しい新兵訓練を乗り越えた事で、人畜無害な村人Aから恐れを知らない兵士へと生まれ変わったのだ。
まあ、まだ戦場も知らない新兵――ヌーブだがな。
「食事の度に涙を流して食べていたり、時々ビクリと怯えたり、太陽を見上げては感動したりしているそうよ」
・・・ああ、そっち。
彼らの奇行が問題になってたのか。
何も無いのに突然ビクッとするのは、多分、鬼教官のせいだな。
鬼教官は、やたらと彼らに電気ショックをお見舞いしていたからな。
小学生の頃、クラスの男子の間で一時期膝カックンが流行った事があったけど、水母的にはそれと似たような感覚だったのかもしれない。
『大丈夫。新兵のかかるはしかみたいなもんだから。時間が経てばそのうち落ち着くでしょ』
「だったらいいんだけど・・・。ねえ、クロ子ちゃん。本当に変な事はしていないわよね?」
モーナは妙に私を疑っているようだ。
てか、変な事って何だよ。薄い本みたいな事か? 私が男達を集めてくんずほぐれつの組体操をさせたと言うのか?
いや、ないわー。それだけはないわー。
『疑ってるの? 何ならモーナも体験してみる? 新兵訓練』
「――遠慮しておくわ。私はあんな風になりたくないもの」
ドン引きするモーナ。
てか、あんな風にって何だよ。見たのかよ。新兵達、モーナの前で何をやったんだよ。
『用事はそれだけ? だったら食事に戻りたいんだけど』
「それって食事だったんだ。いつも土を掘り返して何をしているのかと思ってた。――ううん、違うわ。マニスから伝言を頼まれて来たの。以前にクロ子ちゃんから頼まれた物が出来たって」
マニス? 誰だっけそれ。
そうそう、思い出した。以前、私は村のお婆さんに、新兵器の制作をお願いしていたのだ。
マニスは手先が器用なお婆さんで、村では職人的な存在である。
小さな亜人の村では専用の職業というものが存在しない。
家を建てる時も、皿を作る時も、彼らは村人総出で行う。
マニスお婆ちゃんは家具を作る時に、みんなを指導する立場なんだそうだ。
マニスお婆ちゃんの家は他と全く変わらない極普通の家だった。
みんな良く同じ家ばかりで、自分の家が分からなくならないもんだ。
とか思ったら、子供は家を間違えてしまうこともあるらしい。
何だか家の雰囲気が変わったなあ、とか思っていたら、その家の人が帰って来て自分の間違いに気付くそうだ。
亜人あるあるらしい。何とものどかな話だな。
「マニス。クロ子ちゃんを呼んで来たわよ」
「クロ子ちゃんいらっしゃい。頼まれていた物が完成したわよ」
『どうもありがとう。そこにあるのがそうね』
『・・・検分』
私の背中に乗っていたピンククラゲが、フヨフヨと空中を漂って行った。
実はこの新兵器は水母が設計したものだ。
私が見ても出来の良し悪しは分からないので、先に施設に行って水母を連れて来たのである。
新兵器の第一印象は、”台の上に乗った角ばった丸太”だ。
長さは大体1m。30㎝程の直径で中心に握りこぶし大の穴が開いている。
丸太は角度が変えられるように、真ん中でシーソーのように支えられている。
台には小さな車輪が付いていて、移動させられるように作られていた。
『どう? 水母』
『残念』
どうやら水母のお眼鏡にはかなわなかったようだ。
『特に強度不足が問題。中央で分割されているのが致命的』
「ああ、そこはそうしないと無理だったんだよ」
マニスお婆ちゃんの技術では、1mの長さの丸太には穴を開ける事は出来なかったようだ。
技術が無いというのもあるが、そもそも亜人達はそんな加工を可能とする工作道具を持っていないのだろう。
そこでお婆ちゃんは苦肉の策として丸太を二つに切断。中をくり抜いてから再び張り合わせたようだ。
要はあれだ。芯の入っていない鉛筆みたいなものかな。丁度形も同じ六角形だし。
『車輪もサイズ不足。これでは実用性に欠ける』
「ゴメンね。私ではこれ以上大きくすると形が揃えられなくて」
私はショタ坊村で、この国の王子様の馬車を見ている。
だからこの世界でも、ホイールの外周と車軸をスポークで繋ぐ、スポークホイールの車輪が存在している事は知っている。
しかし、マニスお婆ちゃんは無垢の車輪しか作れないようだ。
こちらに関しては亜人達の道具でも作れそうなので、単に技術や知識が不足しているのだろう。
さて、そろそろ気付いた人もいるかもしれない。私が水母に設計を依頼して、マニスお婆ちゃんに制作をお願いしたこの新兵器。
そう。これは”大砲”――その試作型であった。
大砲、と言えばその砲身は鉄で作られているもの。それが私達の常識だ。
しかし、この世界では鉄はまだまだ貴重品。そんな鉄をふんだんに使って大砲を作るなんて、まるで金塊で砲身を作って、宝石でデコるようなものだ。何ともギラギラしたアバンギャルドな大砲だのう。
当然そんなものは、実戦で使い潰す兵器としては使えない。
地球でも初期の頃の大砲は鉄ではなく、安価で加工も容易な青銅で作られていた。
更に遡ると昔の中国では、木で作られた”実火槍”と呼ばれる、大砲のご先祖様のようなものが発明されていたそうだ。
というよりも、そもそもこの世界では未だに火薬が発明されていない。
いや、私が知らないだけでどこかでは使われているのかもしれないけど。
近代式の軍隊を作るなら絶対に飛び道具が、最低でも”銃”と”大砲”は必要だ。
接近戦? そんな野蛮な戦は、私、好みませんことよ?
軍隊を組織として見た場合、接近戦を主力に据えるのは論外だ。
あまりに個人の資質や技量に大きく依存しすぎるためである。
真の強豪チームを作るにはスター選手は不要なのだ。
私が求めていのはスタンドプレーの得意な”勇者”ではない。組織の一部として動き、兵器を使いこなす事の出来る”プロの兵士”なのである。
そもそも戦いというものは、リーチがある方が断然有利だ。
飛び道具しかり、織田信長の三間半槍しかり。
亜人達は弓を得意としているが、当然練度にはバラつきが――個人差がある。
それにアスリートの宿命で、鍛えていなければすぐに技量も落ちるだろう。安定した戦闘力を求めるなら、やはりどうしても鉄砲が欲しい。
しかし、この世界には火薬は無いし、私も火薬の作り方なんて知らない。
硫黄と硝石、それと炭を混ぜるんだっけ? せいぜい漫画や小説で得たその程度の知識だ。
水母に聞けば、よりはっきりとした製法が分かるのかもしれないが、私はそれをしなかった。
なぜなら、技術力も生産力も未熟な我々が作るよりも、人間達が作る方が、性能も生産量も格段に上になるのが分かっているからだ。
だったら、うかつに作り出して人間達にヒントを与えてやる必要は無い。敵に知恵を与えて利するだけの行為になるからだ。
私がこの世界に生み出した銃で亜人の村人達が惨殺される。そんな未来はまっぴらごめんだ。
ならばどうするか?
パンがなければケーキを食べればいいじゃない。
そう。火薬がなければ魔法を使えばいいじゃない。
銃の原理は、火薬の爆発で発生した燃焼ガスが、狭い砲身内で逃げ場を失い、蓋をしている弾丸を高圧で弾き飛ばすというものである。
つまり、弾丸を飛ばすのは高圧のガスであって火薬ではないのだ。火薬はガスを発生させるためのきっかけであって、銃にとって必須な存在ではないのである。
実際に猟銃でも火薬を使わないエアライフルというものがある。
こちらは火薬が生み出すガスの代わりに、圧縮した空気を利用する。
火薬を使わないので発射音が小さく、獲物にも逃げられづらく、弾丸も安く済む(火薬を使わないから)そうだ。
そう聞くと良いこと尽くめのようだが、威力が低いせいもあってか、熟練のハンター達からは「初心者用の銃」としてカッコ悪いと思われているそうだ。どこの世界でもマニアというのは見栄えを気にするもんなんだな。
おっと、話が逸れた。
そんなわけで、私は火薬の代わりに魔法を使った銃を考えた。
つまりは”魔法銃”である。うはっ、高まるわ~。
この新兵器が完成すれば、人間では使用するどころか原理すら理解出来ないはずである。
もしも戦いの中で鹵獲されても大丈夫。
完全な亜人専用の兵器の誕生である。
最初は私の得意とする最も危険な銃弾の魔法を利用しようと考えたが、水母から待ったがかかった。
最も危険な銃弾の魔法は、魔力増幅器を移植した亜人でも再現が難しいそうだ。
『あの魔法は魔力操作の難易度が高い。亜人には困難』
水母が言うには、あんなデタラメな制御は、私にしか出来ないそうだ。
マジか。割と魔法を使い出した初期の頃に編み出した魔法なんだがのう。
『クロ子の頭の中は理解困難。やはり解剖を希望』
うぉい! 解剖とか怖い事を言うなし! だから触手をワキワキさせるんじゃない!
最も危険な銃弾の魔法は使えそうにない事が分かったので、別の方法を考えなければならなくなった。
魔法銃を作るのを諦める、という選択肢は無い。
人数でも生産力でも劣る亜人が人間に立ち向かうには、魔法銃以外には考えられないからである。
こうした試行錯誤の末に編み出したのが、”圧縮”の魔法であり、圧縮の魔法ありきで設計されたのが、今回マニスお婆ちゃんに作ってもらった”試作木製大砲”だったのである。
しかしその試作品は、水母にダメ出しを食らってしまったのだった。
次回「メス豚、新兵器を試験する」




