その137 メス豚、新兵訓練を終える
私の発案したアハ体験で、新兵一同がタオルくらげ相手に圧縮の魔法を成功させてから数日後。
今、私の前には新兵達が四列横隊で並んでいる。
この半月ばかりのクロ子式新兵訓練で、彼らの緩んだ空気はすっかり抜けきっていた。
ここにいるのは、かつての無力な村人ではない。兵士達だ。
『構え! ――魔法発動!』
「「「「「圧縮!」」」」」
パパパパーン!
うおっ! うるさっ!
大きな破裂音に私の聴覚は大ダメージを負った。
ノリで一斉にやらせたのが失敗だったわい。こんなことなら一人づつやらせておけば良かった。
私はぼんやりと背中のピンククラゲに話しかけた。
『ねえ、水母』
『適当』
『やれとは言ったし、彼らが出来るようになったのは素直に嬉しいっちゃあ嬉しいのよ。それはそれでいいんだけどさ。この場合、もう少し苦戦したり、上手く出来なかったりして欲しいなあ、なんて思っちゃいけないのかな?』
『興味なし』
そう。新兵達は、圧縮の魔法を完全に我が物としていたのだ。
え~、そうなんだ。
最初が最初だっただけに、正直言って、もう少し手間取るかと思っていた。
てか、こんなにあっさり覚えられると、魔法しか取り柄の無い私としては、若干複雑なものがあるんだがのう。
『そういえば、私って最強系主人公が生徒やヒロインを鍛える話って好きじゃなかったのよね。あれって、せっかく主人公が最強なのに、後から鍛えたヤツが最短距離で主人公の強さに追い付いて来る感じじゃない? 主人公が最速で強くなるのは許せるけど、サブキャラにそれをやられても冷めるって言うか。ねえ?』
『与太話?』
・・・何だろう。今日の水母は、いつもより当たりが強い気がする。
ひょっとしてあれか? 最近、鬼教官の出番が無いのが不満なのか?
このピンククラゲ、よもや電気ショックに目覚めてしまったのか?
――まあ、ここは彼らに教えた講師が良かったということで、一先ず納得しておこうか。
べ、別に悔しくなんてないんだからねっ!
「・・・ダメだ。もう少しで何とかなりそうな手ごたえはあるのに」
小柄な亜人の青年が悔しそうにつぶやいた。
クロコパトラ小隊副官予定のウンタだ。
彼は新兵達の誰よりも早くタオルくらげを相手に魔法を成功させた。
しかし、次の段階――何も無い空間で魔法を発動させる事が出来ずに、今も一人でもがいている。
そう。新兵達の中でウンタだけが、未だに圧縮の魔法を使えないのだ。
出来そうで出来ない。手が届きそうで届かない。
なぜみんなには出来て自分だけが出来ない。
もどかしさと憤り、そして自分の不甲斐なさに、ウンタは苦悶の表情を浮かべていた。
『満足?』
『・・・いや、さすがに』
確かにさっきは、みんなにあっさり魔法を覚えられたのが不満、とか言ったけど、目の前で出来ずに苦しんでいる人を見て喜ぶ程、私は豚野郎じゃないから。メス豚だけど。
むしろ何とかしてあげたいと思うけど、こればっかりは。どうにか自分で出来るようになってもらわないとなあ・・・
ウンタもみんなにアドバイスを聞いているみたいだけど、あまり参考になっていないようだ。
あえて例えるならば、魔法は一輪車にちょっと似ている。
一輪車なんて乗った事が無いって? だったら自転車でもいいよ。
魔法も自転車と一緒で、練習をしているうちに、ふとコツを覚えて、いつの間にか出来るようになるのだ。
それを口で説明しろと言われても、「バランスを取るんだよ」とか、「倒れそうになる前に反対側に体重をかけるんだよ」とか、分かるような分からないような事しか言えないと思う。
『――けどまあ、それほど問題はないかな』
苦悩しているウンタには悪いが、彼は私の副官として働いてもらうつもりだ。
ぶっちゃけ圧縮の魔法を使う機会は無いんじゃないかと思う。
ちなみに一番最初にこの魔法をマスターしたのは、例の一人だけ魔法の発動を感じたあの新兵だった。
名前はハリィ。
魔法使いのハリィか。そういう世界的な大ヒットシリーズ映画があったなあ。
そう言えば、見た目もどことなく主演の丸眼鏡君に似ている気がする。
名は体を表すというヤツかもしれんな。
『整列! 休め!』
ザッ!
新兵達が一糸乱れぬ動きで左足を半歩開いた。
軍隊における(自衛隊における)一歩目は必ず左足。敬礼は必ず右手。常識である。
右手が銃で塞がっていても、左手に持ち替えて右手で敬礼をしなければ、上官にブッ飛ばされてしまうそうだ。おっかないのう。ガクガクブルブル・・・
ちなみに現在、私は1m程の高さの台の上に乗っている。
学校の朝礼台みたいなヤツだ。
私は子豚の体だからな。新兵達に見下ろされていると、どうにも恰好が付かないので、水母に頼んで用意してもらったのだ。
『みんな、今日まで厳しい訓練に良く付いて来てくれた!』
ザワッ――
男達の間に小さなざわめきが起こった。
驚き。そして期待。
ひょっとして、まさか。
彼らの目は喜びに輝いていた。
「(つ、ついにか?! とうとうこの地獄が終わる日が来たのか?!)」
「(バカ! 騙されるな! 数日前も同じような事を言われて裏切られたのを忘れたのか!)」
「(あれは最悪だった・・・。今回も同じ事をするなら、死を覚悟してでも突撃してやる)」
「(俺も行くぞ! 亜人にも意地がある所を見せてやる!)」
私は男達の顔を見回した。
覚悟の決まった精悍な戦士の顔つきだ。
今ここには、戦うために生まれた兵士達が揃っている。
私は誇らしさで胸を一杯にしながら、高らかに宣言した。
『ただ今をもって、クロ子式新兵訓練を終える! みなご苦労だった!』
「(えっ?)」
ポカンとする新兵達。
前のめりになった所でつんのめっている者もいる。
なにやってんの?
リーダー格の大柄な亜人、カルネが声を上げた。
「サー! 質問してもよろしいでしょうか?!」
『ん? 何? それと、もう”サー”とか付けなくてもいいから。新兵訓練は終わったって、さっき言ったよね』
カルネは不思議そうな顔で尋ねた。
「その、ぶーと何とかっていうのは何なんですか?」
ああ。そういえばクロ子式新兵訓練ってのは、私が勝手に心の中で呼んでいただけで、口に出した事は無かったんだっけ?
なるほど。謎は全て解けた。
つまり新兵達は、聞いた事もない何かを一方的に終了宣言されて戸惑っていた、というわけだ。
OH・・・やっちまったぜ。
『ゴホン。・・・”ブートキャンプ”ね。人間の軍隊の新兵訓練よ。あなた達がやってた訓練の事』
まあ、人間の軍隊って言っても、地球の軍隊なんだけどな。
彼らは戸惑った様子で互いに顔を見合わせている。
ひょっとして今の説明で伝わらなかった? けど、他に説明のしようもないんだけど?
カルネに代わって、今度はウンタが私に尋ねて来た。
「サー、クロ子。それってつまり、この訓練が終わったって事でいいのか?」
『そういう事』
てか、もう”サー”は付けなくてもいいんだってサー。
口癖になっちゃった? こんなことなら言わせなきゃ良かったサー。
ようやく話が理解出来たのか、新兵達が次々に私に尋ねて来た。
「終わりって、家に帰ってもいいのか?」
『いいわよ』
「もうあの飯を食わなくてもいいのか? いくらでも好きな物を食ってもいいのか?」
『いいんじゃない? けど、家族に怒られないようにね』
「もうスイボに痺れさせられる事はないんだな? ため息をついただけでビリビリ来る事は無いんだな?」
『そうね――って、鬼教官、アンタそんな事やってたの?』
『・・・鬼教官、否定。水母』
私のジト目を受けて、ピンククラゲが気まずそうにフルリと震えた。
私の言葉がようやく脳に染み渡ったのだろう。
新兵達の顔にみるみるうちに笑みが広がっていった。
「帰れる・・・家に帰れるんだ!」
「やった! 俺達は耐え抜いたんだ! 生きてここから出られるんだ!」
「ありがとう! ありがとう! 本当にありがとう!」
「俺、村に帰ったら彼女に告白するよ!」
わっ! っと先程の魔法に負けない程の大きな歓声が上がった。
男達は涙と鼻水をダダ流し、誰彼構わず互いの肩や背中を叩き合った。
何と言うか、滅茶苦茶な大騒ぎだ。
マジでドン引きですわ。どうすりゃいいの? コレ。
というか、全員、喜び過ぎて訳が分からなくなっているのか、ツッコミどころが多すぎなんですけど。
生きて出られるって何? あんた達、死にかけた事なんて一度だってあったっけ? 私には全く覚えが無いんだけど。
後、そこでひたすら「ありがとう」を連呼している人。何だか怖いから。心が病んでるんじゃない? 今日はゆっくり寝て下さい。
それと最後の人。せっかく特訓が終わって家に帰れるっていうのに、ここで死亡フラグを立ててどうする!
特訓は家に帰るまでが特訓です。帰るまで気を緩めないように。
私と水母は、新兵達が体力を使い果たすまで、ぼんやりと彼らが繰り広げるバカ騒ぎを眺めていた。
こんなに元気があるなら、もっと訓練メニューを増やしても良かったかも。
次はもっと効率的にやろう。私はそんな事を考えていた。
そんなこんなで、クロ子式新兵訓練は、本日、この瞬間をもって終了した。
新兵達は誰一人として落伍する事無く、全員が戦う兵士へと生まれ変わったのだった。
次回「メス豚と不出来な新兵器」




