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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第五章 大モルト侵攻編
138/518

その136 ~ブラマニ川の戦い・後編~

◇◇◇◇◇◇◇◇


 後にブラマニ川の戦いと呼ばれる戦いが始まった。

 川を挟んで東にサンキーニ王国軍二万八千。

 西に大モルト軍本隊三万六千。


 練度、装備、兵数と全てにおいて劣るサンキーニ王国軍は、総司令官・国王バルバトスの指揮の下、敵の戦力の漸減(ぜんげん)を狙った持久戦を選んだ。

 対する大モルト軍は、極めてオーソドックスな中央突破でこの戦いに挑んだ。


 しかし、この戦いとは別に、ブラマニ川の上流でも、大モルト軍四万二千とイサロ王子軍一万の戦いが行われていたのだった。




 イサロ王子軍の初戦は完全な負け戦となった。

 クロ子が優男君とガッチリ君と呼んでいた、若手貴族コンビのベルナルドとアントニオは、後退の混乱の最中にいた。


「引け! 引くんだ!」

殿(しんがり)は我々アモーゾ家が引き受けた! まだ動ける者は慌てず負傷者を背負って下がれ!」

「おい、アントニオ! お前俺に黙って勝手な事を・・・これって俺だけ逃げる訳にはいかんよなあ。どの道、俺達外様は、こういう時にこそ体を張らなきゃならん訳だし。・・・ええい、くそっ! クワッタハッホ家も同じく殿(しんがり)を引き受けた! 俺が死んだら殿下にはベルナルド・クワッタハッホは勇敢に戦ったと伝えてくれ!」

「ベルナルド! お前ならそう言ってくれると思っていたよ!」

「言ってろ、アントニオ! 死んだら化けて出てやるからな!」


 緊迫した場面のはずなのに、どこか漫才じみたやりとりに感じられるのは、彼らの性格によるものかもしれない。

 この雰囲気にあてられて、負け戦にすっかり青ざめていた兵士達も、少しだけ息を吹き返したようにも見えた。


「実際、負けたと言っても、俺達はこうして逃げれるだけまだマシな方だよな。クロコパトラ女王の魔法にやられた砦では、敵のヤツらは逃げる事も出来ずに、大勢石に押しつぶされて死んだんだからな」

「・・・無駄口を叩かずに真面目にやれ。ベルナルド」


 相変わらずのベルナルドの皮肉に、アントニオは不愉快そうに眉間に皺を寄せた。


「そう言うなって。こうして何か喋っていないと俺も不安なんだよ。それにしてもクロコパトラ女王の美しさよ。この世の者とは思えない美貌とは正に彼女の事を言うのだろうな。美しいだけではなく、あれほどの聡明さを兼ね備えた女性を俺は他にはついぞ知らない。それが仕事とはいえ、彼女の下から去らなければならなかった我が身の悲しみよ。身を引き裂かれるような痛みとは――」

「おい! 誰かこいつをどこかに連れて行ってくれ!」

「だからそう言うなって。喋っていないと俺も不安なんだよ。クロコパトラ女王があの時俺に――」

「ベルナルド! 後退だ! 殿(しんがり)の仕事はもう十分だ! 俺達も急いで下がるぞ!」


 優男のベルナルドはアントニオに鎧の襟を掴まれて後退していった。

 幸い敵軍からの追撃は無く、二人も二人が実家から預かった部下達も、大きな犠牲を払う事無く後退する事が出来たのだった。




 イサロ王子軍は近くの小高い丘に登った所で、敗残兵を纏め、再編を急ぐ事となった。


 カイゼル髭の壮年の将、カサリーニ伯爵が王子の天幕へとやって来た。


「殿下。兵に食事を与える許可を頂きたく存じます」

「伯爵に任せる。――それよりもこちらの被害はどれほどになる?」

「それは・・・その」


 言いよどむカサリーニ伯爵。

 イサロ王子は彼の態度から最悪の事態を覚悟した。


「ケガ人こそ出たものの、全体としては被害は軽微かと」

「は?」


 自分の予想の真反対の内容に、王子は一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。


「被害は軽微? よもや全軍崩壊という所までいったのにか?」

「――はい。どうやら私の予想以上にこちらの兵は見掛け倒しだったようです」


 イサロ王子は父である国王バルバトスの命を受け、ブラマニ川上流へと向かった。

 渡河を狙う敵別動隊があればその阻止を。いなければ渡河して、下流に布陣している敵軍の側面を突け。との命令だった。

 王子達が到着した時、既に敵の別動隊が渡河を終わらせようとしていた。

 このままでは敵の自由を許してしまう。

 王子は急遽、敵軍に対して突撃を命じた。


「王都で新規に加わった兵が約四千。そのほとんどは槍すら持った事のない土豪の衆だったようです」


 土豪とは土地の小豪族の事を言う。

 カサリーニ伯爵は王子の前なので土豪という表現を使ったが、実際はあぶれ者――いわゆるチンピラ達や、農地から逃げ出して流民となった元農奴のような者達だったようだ。


 彼らには国を守る義理も意思もない。そもそも国から見捨てられているような者達だ。

 命令をされたので突撃したが、武器を持った敵兵を前にして恐れをなし、ろくに戦いもせずに算を乱して逃げ出したのである。


「一度彼らの逃亡が始まると、まともな兵にも弱腰が伝播し、結果として大崩れになってしまったようです」

「・・・なんだそれは」


 つまり、王子の軍は敵を目の前にして勝手に崩壊してしまったという事になる。

 イサロ王子は怒りを通り越していっそ呆れ返ってしまった。


「それで、そいつらは我が軍から逃げ出してしまったわけか」

「いえ。ほとんどの者が戻って来たようです」

「はあっ?!」


 (いくさ)が怖くなって逃げ出してしまうのはまだ分かる。――戦わずに逃げ出すような者の気持ちはあまり分かってやりたくはないが、死ぬのが怖いのはイサロ王子だって変わらない。

 しかし、逃げ出した挙句、いけしゃあしゃあと戻って来る、その感性が分からない。


「そいつらは敵兵が怖くて逃げ出したんじゃないのか? なのになぜ我が軍に戻って来る? また戦わされるとは思わないのか?」

「それがその・・・」


 カサリーニ伯爵の言葉もどこか歯切れが悪い。

 こうして王子に説明しながら、伯爵本人もどこか納得しきれていないためである。


「どこに敵がいるかも分からない知らない土地で、自分達だけで逃げ回るのが不安だったようです。それに兵士でいれば毎食の給与も出ますので」


 イサロ王子は今度こそ本気で呆れ返ってしまった。


「すると何か? そいつらは俺達に守って欲しくて戻って来たのか? それだけじゃなく、飯も食わせてくれと?」


 カサリーニ伯爵は小さく「そのようで」と答えた。

 ここで王子は何かに気付いた様子で、ハッと目を見開いた。


「待て! 伯爵は最初に”兵に食事を与える許可が欲しい”と言ったな? それはつまり何か? 俺達を護衛代わりのように思っているヤツらに、タダ飯を食わせる許可をくれと。つまり、伯爵はそう言ったのか?」


 伯爵は返事が出来なかった。

 そして返事が出来ないという事実が、王子の言葉を肯定しているも同然だった。

 王子は不愉快そうに顔を歪めると乱暴にイスに座った。


「・・・いいだろう。許可する。飯を食わせない訳にもいかん。使えない兵士に関しては確かに不快だが、真面目に働いた兵士の方が多いのだ。俺のちょっとした腹いせで、彼らの不興を買ってどうする。そうだな? 伯爵」

「――ご賢察、恐れ入ります」


 それでも不満には違いないのだろう。王子は怒鳴りたい気持ちをグッとこらえるのだった。




 イサロ王子の小さな軍師・ルベリオが主の下に訪れたのは、王子が気持ちを切り替えて、貴族の将兵達と軽い食事を取っている最中の事だった。


「殿下。ご相談したい事があります」

「分かった。お前達は下がれ」


 イサロ王子は天幕にいた貴族の将兵を下げると、ルベリオにイスを勧めた。


「あの、よろしかったのでしょうか?」

「何がだ? ああ、これか」


 王子は、ルベリオがテーブルに残った食べかけの食事を気にしているのを見て、肩をすくめた。


「残った食事は従者か兵の腹に入るだろうよ。無駄にはならんはずだ」

「あ、いえ。そうではなくて、その・・・。いえ、何でもありません」


 ルベリオは隣国との緩衝地帯のすぐ近くに作られた貧乏な村の出身である。

 イサロ王子は、そんなルベリオにとって、食事を残すなどあり得ない事なのではないか、と推測したのだ。

 確かにルベリオもそこは気になったが、それよりも彼が言いたかったのは、突然訪れた自分のために、食事中の貴族を追い出しても良かったのか? という点であった。

 しかし、ルベリオは、今では男爵家の当主である。

 治める領地も無い名ばかりの男爵家とはいえ、当主であるルベリオは当然彼らよりも立場が上なのだ。

 彼らが内心でどう思っているかは別問題として、王子の前で異を唱えるはずもなかった。


「それで相談とは何だ? 軍師として俺に知恵を授けに来てくれたのか?」

「それなんですが・・・その前にお聞きしたい事がございます。殿下は今後どう行動されるおつもりでしょうか?」


 イサロ王子は眉間に皺を寄せた。一見不興を買ってしまったようにも見えるが、ルベリオはそれが王子が真剣に考える時の癖のようなものである事を知っていた。


「どうもこうもない。父上の命令に従って、敵軍にちょっかいを出し続けるしかないだろう。自由にさせれば敵は父上の軍を挟撃する。ただし野戦は挑めない。正面切って戦うにはこちらの戦力が全く足りていないからな」

「でしたら! ・・・その、殿下のお許しさえ頂ければですが・・・私自らが援軍を呼んで来たいと思うのですが」


 言い辛そうなルベリオの態度から、そして彼が直前まで従事していた作戦から、王子は少年が誰を援軍として考えているのかを察した。


「その援軍とは亜人の女王とやらの事か?」

「・・・はい」


 ルベリオは緊張で喉がカラカラに乾いているのを感じた。

 確かにあの時、ルベリオはクロコパトラ女王に作戦の協力を求めた。

 しかしあの時と今とではまるで条件が違う。あれはあくまでもルベリオが率いる別動隊への協力要請だった。現地での協力者。そう言い張る事も出来た。


 しかし、今回は違う。

 ルベリオはクロコパトラ女王に、イサロ王子の本隊に加わるように求める事になる。

 これはサンキーニ王家が亜人を兵士として認めたという事にならないだろうか?

 味方にも、そして敵にも、そう考える者は出るだろう。


「そうか。お前は俺の軍には亜人の女王の力が必要だと言っているんだな?」

「恐れながら・・・はい」


 ルベリオも先程の無様な戦いを見ている。その上で、もし、イサロ王子が戦いを続ける気であれば、女王クロコパトラの戦力は必要である。

 彼はそう考えていた。


「亜人の女王の軍を呼ぶとなれば、俺の下に直接つけるか、貴族達の部隊と同列に扱わなければならない。そうと知っていて言っているんだな?」

「同列とまでは・・・はい」


 咄嗟に否定しかけたルベリオだったが、あの気位の高い女王クロコパトラが、適当な貴族の下で納得して働くとは思えない。

 おそらく王子の言葉が正しいだろう。


「父上に言えば俺の乱心を疑われるだろうな。ひょっとしたらこれが原因で廃嫡などという事もありえるかもしれん」

「それは・・・その、私には分かりかねます」


 イサロ王子の上の兄二人は、相次いで亡くなっている。その上でイサロ王子を廃嫡するなどあり得るだろうか?

 いや。絶対にないとは言い切れない。

 ルベリオは良く知らないが、現国王にだって兄弟はいるだろうし、次の男子が生まれた時点で、改めてイサロ王子を廃嫡するかもしれない。


「そうか。だったらお前の好きにしろ」

「はい・・・えっ?」


 これまでの話の流れから、てっきりルベリオは怒鳴りつけられるものだとばかり思っていた。

 それがこんな風にあっさりと許されてしまい、にわかには信じられずにいた。


 イサロ王子はイヤそうに口をへの字に曲げた。


「あっさりと許した訳じゃないからな。ちゃんと”困った事を言い出しやがって”とは思っているぞ。だが、お前は緩そうに見えて案外と頑固だからな。それに正直言って、ここまで自軍の兵士達が惰弱とは思っていなかった。こうなってしまえば亜人だろうが何だろうが、使える戦力であれば文句は言わない。そんな気にもなっている」


 王子は今も自分の耳を疑っているルベリオを、意地悪そうに眺めた。


「それにお前がそれほどまでに入れ込む女王の美貌を、俺もこの目で直接見てみたくなった」

「なっ! そ、そんなのじゃありません!」


 首まで真っ赤にして、慌てて否定するルベリオ。

 その姿にイサロ王子は声を上げて笑うのだった。

次回「メス豚、新兵訓練を終える」

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