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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第五章 大モルト侵攻編
137/518

その135 ~ブラマニ川の戦い・前編~

◇◇◇◇◇◇◇◇


 サンキーニ王国軍二万八千はブラマニ川に集結していた。

 ブラマニ川はアロルド領との境となる川である。

 この大陸の中央を東西に貫く大河、大コルシ川の支流となる。


 川にかかる橋は、王国軍の手によって、既にことごとく落とされていた。

 とはいえ川の中の橋脚の基礎は残しているため、橋を掛け直すのにさほどの手間はかからない。

 もっとも、敵軍を目の前にして悠長に橋梁工事を行うなどあり得ないが。


 国王バルバトスが率いる王国軍は、このブラマニ川を遠くに見下ろす小高い丘に陣を構えた。

 王国軍――と言えば聞こえは良いが、その実態は兵士の練度も装備もまばらな、いかにも”寄せ集め”といった印象の軍である。

 それもそのはず。侵攻して来た大モルト軍総勢八万に対抗するため、急遽かき集められた兵で構成されているのだ。

 それでも兵数はやっと二万五千。

 現在はアロルド領の敗残兵三千を吸収したとはいえ、二万八千。敵軍の三分の一程度でしかない。


 しかし、逆に言えば、大モルトに比べて大きく国力の劣るサンキーニ王国が、わずか数日でこれだけの軍勢を集められた事自体が奇跡とも言える。

 国王バルバトスが”稀代の英雄”と称される所以である。

 この年、英雄バルバトスは43歳。

 体力こそ往年より衰えてはいるものの、将としては今が正に脂がのり切っている時期にあった。


 

 

 ここは王国軍の陣地。

 陣の構築に今も兵士達が忙しく駆け回っている。

 その本陣の大天幕で、国王以下、有力貴族達が作戦会議を開いていた。


「敵はここに来ますかね?」

「来るだろうよ。この季節、ブラマニ川の水量はさほど多くない。とはいえ、大軍が渡河可能な場所はどうしても限られるからな」


 数万の大軍ともなれば、街道を避けては行軍出来ない。

 その中で渡河可能な場所ともなればどうしても限られてくる。


「上流に大きく迂回するという可能性は? 敵は大軍です。あるいはその一部を分けて迂回させ、わが軍の側面を突く可能性があるのではないでしょうか?」

「確かに警戒はすべきだ。わが部隊の一部から上流を見張らせる兵を出しましょう」

「それはいささか消極的なのでは? わが軍は敵軍に対して数が少ない。その中から更に兵を出すとなると作戦に支障が出ませんか?」


 劣勢を覆すべく、国王バルバトスの定めた作戦。

 それは、この地形を最大限に利用した”漸減(ぜんげん)作戦”であった。


 作戦の概要はこうである。

 先ずは敵の前衛部隊を、わざとある程度の数、ブラマニ川を渡らせる。

 ただし、絶対に本隊を渡らせてはならない。あくまでも前衛部隊だけである。

 そうしておいて、敵がこちら岸に橋頭堡を築く前に襲い掛かり、そのまま乱戦に持ち込む。

 この時点で渡河中の敵部隊は戦力外となり、向こう岸の敵軍も誤射を恐れて援護射撃が出来なくなるはずである。

 こうして敵を川の中に押し込んだ時点でこちらは引く。


 つまり国王の作戦は、川という障害物を利用して、少しずつ敵軍をこちら岸に引き入れ、数的優位を作り出した上で、敵を漸減(ぜんげん)――少しずつ削り取っていく、というものであった。


 数でも装備でも劣る王国軍が、強大な敵軍を相手にするには申し分のない策と言えた。


 指揮官達は現在、将兵達に作戦の徹底を伝えている。

 この作戦で大事なのは引き際――辛抱する事だ。

 戦いの中、堪えきれずに逃げる敵を追って川に入ってしまえば、水に足が鈍った所を対岸から弓で狙い撃ちされてしまう。

 慌てて下がれば、今度は逆にその背後を敵に食らいつかれて、ズルズルと敵軍を味方の陣まで引き入れてしまいかねない。

 数による殴り合いに持ち込まれてしまえば、その時点で、数に劣るこちらに勝ち目はなくなる。

 逆に当然、相手はそれを狙って来るものと思われた。


 この作戦を成功させるポイントは、攻める時は躊躇う事なく一気に攻め、敵が引けば未練を残さずにスッパリと引くという点。

 どちらも当たり前の事のようだが、戦場(いくさば)で全軍に徹底させるのは中々に難しい。

 頭に血が登れば、どうしても命令違反をする者も出て来るし、激しい戦場では後退の合図を聞き逃す事も珍しくはない。

 そのため国王バルバトスは、今回の(いくさ)に限り、合図の角笛を”退却”のみと定め、角笛が聞こえれば全軍後退する事を将兵に徹底させていた。

 



 準備万端整えて、腕を()して待ち構える王国軍の前に、払暁(ふつぎょう)(夜明け)と共に大モルト軍が姿を現した。


「あれが大モルト軍・・・」


 ゴクリ。


 本陣の誰かが緊張に喉を鳴らした。

 対岸を埋め尽くす大軍に、全員が身構える中、国王バルバトスは厳しい視線を敵軍に送っていた。


(八万の軍にしては敵軍の陣容が薄くはないだろうか?)


 大モルト軍の編成は、各貴族家ごとに中央に盾と剣の歩兵部隊を配置し、その左右に弓部隊を置いている。

 これは中央突破を狙う際の極めてオーソドックスな陣立てである。

 左右の弓部隊が敵への牽制を行う中、中央の部隊が敵の矢を盾で防ぎながら突撃。

 中央の部隊が敵兵に肉薄した所で、弓部隊は槍に持ち替えて後に続くのである。


(弓部隊の数が少ない。あるいは編成が歩兵に偏っているのか?)


 サンキーニ王国軍は大モルト軍との実戦経験はない。

 そのため、国王バルバトスのように敵の陣立てに不自然な点を気付いた者がいたとしても、「大モルト軍はこうなのだろうか」としか思わなかった。

 しかし、バルバトスは違う結論を導き出した。


「敵軍の数が少ない。おそらく情報の半分しかいないだろう。目の前の敵は四万だ」

「ええっ?!」


 国王の言葉に周囲の者達が一斉に振り返った。


「そ・・・そんな。い、いや、言われてみれば確かに」

「そうなのか? 俺の目にはとてつもない大軍にしか見えんが」

「違う。確かに陛下のおっしゃる通りだ。お前はきっと全体を見ているから惑わされているんだ。部隊ごとに分けて見てみろ。八万の軍があの程度の部隊数で済むはずがない」


 敵はこちらの三倍近く。

 それはこの地を戦いの場に選んだ時から、ずっと彼らの中での大前提であった。

 そのため彼らは、何一つ疑う事なく、目の前の敵を八万の大軍だと思い込んでいたのだ。

 情報が逆に先入観になって足を引っ張ってしまった形である。


 幹部の貴族が国王バルバトスに問いかけた。


「敵は四万・・・。陛下、いかがいたしましょう? こちらの兵数は三万とは言え、相手は進軍して来たばかりで疲れもあります。ここは作戦を変更して、こちらから打って出るのもありではないでしょうか?」

「うむ・・・」


 この予想外の事態にバルバトスは考え込んだ。


 漸減(ぜんげん)作戦は、あくまでもこちらの戦力が敵の戦力より圧倒的に劣っているがゆえの、やむを得ない消極的な策である。

 戦力比が四対三と分かった今なら、他にも取れる作戦はいくらでも考えられる。


(しかし、敵の戦力が半分もこの場にいないのは不気味だ)


 バルバトスは姿の見えない敵の部隊を警戒した。

 単純に後方に残しているなら良い。だがもしも、敵が軍を二つに分け、迂回作戦を取っていた場合は最悪だ。

 ここにいないもう一軍は、上流に進軍、川幅の狭い上流での渡河を狙っている事になる。

 もしそうだとすれば、ここで悠長に漸減(ぜんげん)作戦を行っていては、川を渡り終えた迂回部隊に本陣の側面を突かれる恐れがある。


 当初の作戦を維持するか、あるいは各個撃破を狙うか。


 国王バルバトスは決断を迫られていた。


「・・・いや、作戦の変更はない。このままで行く」

「はっ!」


 彼の下した決断は、漸減(ぜんげん)作戦の維持であった。


 思っていたよりも敵戦力が少ないとはいえ、未だに敵が優位である事に変わりは無い。

 それに突然の作戦の変更は現場の混乱にもつながる。

 そんな状態で寄せ集めの軍が敵の精鋭軍に勝てるとは思えない。

 勝てないだけならまだしも、押し込まれた所を横から迂回部隊に突かれては、全軍の潰走すらあり得る。


 国王バルバトスの指揮するこの軍と、今頃王都からこちらに向かっているイサロ王子の軍が、サンキーニ王国が出せるほぼ全ての軍となる。

 思い付きで賭けに出るべきではない。


「――いや。そうか。イサロの軍があったか」

「陛下?」

「後方のイサロの軍に指示を出せ。こちらに合流せず、ブラマニ川の上流を目指せと」


 国王はイサロ王子の援軍を敵の迂回部隊に備えさせようと考えた。


「そんな! 殿下の軍は一万! たったそれだけの戦力で四万の敵軍を相手を攻めるのは自殺行為です!」

「正面切って戦えとは言わん。敵の渡河を妨害、ないしは遅らせるだけでよい。適当に距離を取って戦えば、例え一万とはいえ敵に与える被害も馬鹿にならんだろう」


 数が少ないなら少ないなりに、機動性を生かして嫌がらせ(・・・・)をすればいい。

 国王はそう言っているのだ。


「どちらにしても危険過ぎます!」

「――こちらに合流するのが安全ならそうさせるが?」

「そ、それは・・・」


 こちらには敵の本隊と思われる軍が四万。

 そしていずれ上流を渡った敵の軍が側面から襲い掛かって来るだろう。

 イサロ王子の軍を加えたサンキーニ王国軍は、こちらと同数の二つの軍から挟撃を受けるという、最悪の事態を迎える事になる。


「そうなってしまえば、イサロの軍一万がこちらに加わっていようが大した違いはない。それにもし、相手が何らかの理由で戦力を後方に残していた場合、イサロの軍はそのままブラマニ川を渡って敵の側面を突く事になる。そうすれば逆にこちらの方が挟撃戦を仕掛ける形になる。一気に敵を追い落とす好機だとは思わんか?」

「それは・・・いえ、確かに」


 幹部の貴族は、そうなる可能性は低いと考えた。

 敵が軍を半分も後方に残して、戦力を小出しにする理由がないからである。


 しかし、もしかして。


 ここで幹部の貴族が「あるいは」と思ったのは、一軍を率いているのがイサロ王子だったからかもしれない。

 イサロ王子は敗戦からのアマーティでの逆転勝利。そして先日も、国境に居座った隣国ヒッテル王国軍を退けている。


 イサロ王子は勝利と幸運の女性神・ラキラに恋慕されている。


 そんな噂まで、まことしやかに囁かれている程である。

 確かに分の悪い賭けだ。だがしかし、あの(・・)イサロ王子であれば、あるいは・・・。


 幹部の貴族はそう考えた。

 いや、そう信じたかっただけなのかもしれない。




 国王軍に合流すべく、街道を急いでいたイサロ王子軍は、その途中で国王からの命令を受け、急遽ブラマニ川の上流へと進路を変える事となった。

 イサロ王子の軍が上流に到着した正にその時、そこには渡河を終えつつある、大モルトの迂回軍四万の姿があった。


 イサロ王子の軍は敵の渡河を妨害すべく攻撃を開始した。

 しかし、この戦いで王子軍はあっさりと敵に一蹴され、あえなく後退を余儀なくされる。


 この時、もしも敵が相手が王子の指揮する軍だと知っていれば、功名に逸って全軍の渡河を待たずに追撃を選んだかもしれない。

 そうなればイサロ王子は敵に捕らえられていた可能性が高い。


 しかし敵は渡河の完了を優先した。

 そのため王子は追撃を受ける事無く軍を後退させる事に成功した。

 だが、王子の軍が引いたため、敵の迂回部隊四万は完全にブラマニ川の渡河を成功させてしまうのだった。

次回「ブラマニ川の戦い・後編」

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