その123 メス豚、恐れを抱かれる
パラパラと砦から人が出て来ると共に、砦から黒い煙が立ち上り始めた。
砦自体は石作りだが、家具や備蓄まで全て石という訳では無い。当たり前だな。
燃える物には事欠かないのだろう。
どうやら砦を使用不能にするために火を付けたようだ。
やがてショタ坊達が馬に乗って現れた。
どうやら砦の厩にはそれなりの数の馬がいたらしい。
後続の何頭かには砦から分捕った戦利品が乗せられている。
やったね、今夜はご馳走だ。
しかし、彼らの表情は何故か一様に冴えない。
ご馳走が嬉しくないのだろうか? 解せぬ。
「なんだか俺達、避けられていないか?」
亜人の青年カルネが怪訝そうに言った。
確かに。
彼らは私達を遠巻きにして近付こうともしない。
チラチラとこちらの様子を窺う視線も、とてもじゃないが好意的な物とは思えない。
一体彼らに何があったんだ?
確かに、我々は元々人間達に避けられてはいた。
しかし、一緒に山越えをする間に仲間意識のようなものが芽生えていたはずだ。
今はいがみ合っている場合じゃない的な? そんな事を考えていたら死んじゃうぞ、みたいな?
全ては水母の想定したルートが鬼畜過ぎたからなんだがな。
この三日間、我々は、互いに助け、助けられ、一丸となって山の大自然を克服して来た。
それがどうだろう。今のよそよそしい態度は。
山から下りて安全が確保された途端、早速、亜人に対する差別意識が首をもたげてしまったのだろうか?
私は人間の業の深さを見せつけられた気がして、やるせない思いを抱いた。
その時、ウンタが「はん」と鼻を鳴らした。
「元々人間は俺達の敵だ。この国の人間達とは共闘関係にあるが慣れ合う間柄でもない」
「違いねえ。今はクロコパトラ女王の方針で付き合いはするが、ヤツらは人間。俺達の仲間じゃない」
ウンタ達の反応はとてもドライだ。
無理もない。前世は人間だった異世界転生者の私と違い、ずっと人間に虐げられてきた彼らにとって、人間は明確に”敵”なのだ。
いや、豚に転生した私にとっても、今生では敵だったか。今まで散々殺しているしな。
どうやら私は、唯一の恩人だったショタ坊と行動を共にするようになって、ちょっとだけ情に流されていたようだ。
私は自分の甘さをコッソリ反省した。
この時私達は気が付いていなかった。
ショタ坊軍の兵士達は、何も差別意識だけで私達亜人の集団を避けていたわけじゃなかったのだ。
彼らは”私”を”恐れて”いたのだ。
破壊された城壁と砦、惨たらしく死んだ死体の数々。
彼らはそれらを見た事で、私の――女王クロコパトラの強力な魔法に恐れを抱いたのだ。
現代人の感覚では巨大な壁は必ずしも絶対ではない。
漫画の中で巨人にぶっ壊されたり、アクション映画の中で豪快に爆破されたりと、客の目を引く派手な絵面作りのために、年中壊されている所を見ているほどだ。
そんな私の感覚では、今回の魔法はむしろ地味な部類に入っている。
しかし、漫画も映画も無いこの世界では、苦も無く城壁を崩す私という存在は、それだけでも十分にショッキングだったのだ。
彼らにとっては、私は漫画の中の巨人であり、アクション映画の中のミサイルだったという訳だ。
元々、私は人間達に自分の力を見せつけるつもりでいた。
今回の砦の攻略も、そのためにわざわざ仕組んだものなのだ。
だからそういう意味では、ちゃんと狙い通りにいったと言っていい。
ただし、私の意図していたよりも効果があり過ぎたようだ。
どうやら私はやり過ぎてしまったらしい。
ショタ坊が馬を下りると私のところにやって来た。
彼の表情も今朝までよりも微妙に硬い。
砦の中にはたくさん死体も転がっていただろうからな。いわゆる『※グロ注意!』というヤツだ。
村の朴訥なショタには刺激が強すぎたんだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ルベリオは自分の緊張を自覚していた。
それ程、砦で見た光景は彼を心胆寒からしめさせたのだ。
近くに寄って見上げた砦の城壁。
巨石を積み上げたそれは、圧倒的な存在感を持っていた。
そんな堅牢そのものといった城壁が、見るも無残に崩れ落ちていた。
言うまでもなく、女王クロコパトラの魔法によるものである。
女王は彼らが見つめる先で、汗の玉一つ浮かべるでもなく、無表情に、そして淡々とこの城壁を崩してみせたのだ。
確かに、ルベリオは女王の魔法を戦力として期待していた。
小国のサンキーニ王国が、国の周囲を取り囲む三大国家を相手にするには、生半可な戦力では役に立たない。
そう考えたためである。
そして、自分のその判断が間違っていたとも思っていない。
(けど、まさかこれほど桁外れなものだったなんて・・・)
女王の魔法は彼の希望を遥かに超えていた。
いや。ハッキリ言って女王の魔法は常軌を逸していた。
そう。こうして恐怖を感じる程に。
彼女の魔法の限界がどこにあるのかは不明である。しかし、少なくともこの規模の砦では、彼女にとって障害ですらない事が立証された。
この砦を攻める前、アントニオ・アモーゾは何と言っただろうか?
ここを攻めるなら最低でも一万の戦力が。万全を期すなら二万は欲しい。そうは言ってはいなかっただろうか?
彼の判断を信じるならば、この砦を落とした女王の魔法は、計算上では最低一万の軍に匹敵する事になる。
まさか。
そんなバカげた力を持つ人間がこの世に存在していいのだろうか?
――実際は、戦いには相性という物が存在する。
もし、今回の戦果をクロ子に聞けば、「単にメタっただけ」とでも言っただろう。
メタ――たまたま、相手に対してピンポイントに効果の高い攻撃方法を持っていた。それだけの事だったのだ。
しかし、ルベリオは聡明だが、魔法の知識には乏しかった。
そんな彼がクロ子の魔法を過剰に警戒してしまったのも仕方が無い事だろう。
いや。女王に恐怖しているのはルベリオだけではない。
今や彼の兵の全員がクロコパトラ女王に恐怖を覚えていた。
その証拠に、ほとんど被害らしい被害も無しに敵に砦を制圧したにもかかわらず、彼らの士気は非常に低かった。
彼らはこの三日間の山越えで、女王と彼女の配下の亜人達をいくらか知った気分になっていた。
しかし、そんなものは勝手な思い込み、見せかけだけの錯覚だったのだ。
女王は人知を越えた強力な魔法を操る。
人は闇夜に怖れを抱く。高所から見下ろす景色に吸い込まれそうになる。
彼らは女王の持つ未知の力に、得体の知れない恐怖心を抱いたのだ。
女王クロコパトラは、この数日いつもそうしていたように、無表情にルベリオ達を出迎えた。
しかし、今の彼は女王のポーカーフェイスが無性に恐ろしかった。
彼女は必要とあらば、この表情のまま眉一筋動かさずに彼を殺す。
その事実を思い知らされたからである。
「砦に火をかけました。これでしばらくは使えないでしょう」
「デアルカ」
ベルナルド・クワッタハッホが、ルベリオの言葉を引き継いだ。
「馬と食料。それと目に付いた金銀を奪って参りました。本格的な調査をする時間が取れれば、更に入手出来ましたが――」
「それだと時間がかかり過ぎる。我々の目的は敵の後方かく乱であって、この砦を押さえる事ではないぞ」
倹約家のベルナルドは不服そうにしていたが、アントニオはきっぱりと切って捨てた。
それでもベルナルドはまだ諦めきれないのか、馬に積まれた荷物を見ていた。だが、アントニオに「おい」と背中を叩かれると、渋々未練を断ち切ったようだ。
「それで女王。我々としては、当初の予定通りにこの土地の村や町を襲撃するつもりです。
その間、女王はいかがなされますか? その、こちらとしては馬も何頭か手に入りましたし、ここからは急ぎの行軍となります。その籠で付いて来られるのは大変かと。
良ければ護衛として何人か残しますので、こちらでお待ちになって頂いても――」
「無用な気遣いじゃ。この者達であればなんら問題も無くその方らに付いて行くであろう」
女王の言葉に、亜人の男達はギョッと目を見開いた。
「むしろ略奪に力が入り過ぎて、そちらの足が遅れる心配をした方が良いのではないか?」
「そう・・・ですか? いえ、しかし」
「遅れるようであれば、置いて行ってもらっても妾達は一向に構わぬ」
「・・・女王がそうまでおっしゃるのであれば」
亜人達が挙動不審に見えるのが若干気にはなったが、女王本人がここまで強く言っているのだ。逆らって気分を害する事は出来ない。
そもそも、女王クロコパトラの力はつい先ほど、イヤと言う程見せつけられたばかりだ。
仮にはぐれたとしても、こんな場所に彼女を害する事の出来る戦力があるとも思えない。
それに付いて来るのであれば護衛のための戦力を割かずに済む。いざという時の戦力としても期待出来るし、同行してもらえるなら、そちらの方が助かるというものだ。
こうして女王の同行が決定された。
もし、女王の籠が遅れるような事があれば、それはその時にまた考えればいいだけの話なのだ。
「では、準備が整い次第、すぐに出発します」
「デアルカ。任せる」
ルベリオ達が離れると、待ちかねたように女王の周囲に亜人達が集まった。
「ヒソヒソ(ちょっ、クロコパトラ女王、あんまり安請け合いするなよ! 籠で馬に付いて行くなんて無茶だっての!)」
「ヒソヒソ(何よ、アンタ達、こんな所に私達だけで取り残されていいの? 砦の兵士が戻って来たらどうすんのよ。水母に頼んで駕籠を軽くしてもらうから大丈夫だって)」
『フルフル(問題無し)』
「ヒソヒソ(・・・ホントに頼むぜ、スイボ。これって結構重いんだからよ)」
やがて行軍の準備が整い、出発となった。
砦で捕虜になった兵士達は、少し迷った末にその場に放置された。
降伏した者を殺すのは外聞も悪いし、女王の理不尽な魔法に翻弄された相手に対し、幾ばくかの同情もあったためである。
ちなみに水母の魔力操作は効果てきめんだったようだ。
女王を乗せた駕籠は遅れる事無く、悠々とルベリオ軍に付いて行くのだった。
次回「ドルド軍の陣にて」




