その121 メス豚と砦崩しの魔女
◇◇◇◇◇◇◇◇
ストラトーレ砦の奥。指揮所では、砦の指揮官が外から聞こえて来る音に怪訝な表情を浮かべていた。
「何だ? 何の騒ぎだ?」
何か重い物が崩れる音に続き、兵士達の悲鳴が響いて来る。
どう考えてもただ事では無かった。
「まさか、砦の一部が崩されたのでは?」
「馬鹿な! あり得ん!」
部下の指摘を指揮官は吐き捨てた。
敵が投石器を用意していない事は最初に確認済みだ。
そもそもこの砦は丘の上に作られている上に、周囲は強固な城壁で囲まれている。
兵の弓矢ごときでは、城壁を越えて砦まで届かせる事は不可能だ。
立地的にも構造的にも、設計段階からそのように計算されて作られているからである。
その時、連絡の兵士が血相を変えて部屋に飛び込んで来た。
「城壁の一部が倒壊しました! 味方の被害多数!」
「なんだと?! どういう事だ!」
混乱した兵士の報告は要領を得なかった。というよりも、彼も事態を正しく理解してはいなかった。
「突然、何の前触れもなく城壁が崩れただと?! 敵の攻撃ではないのか?!」
「いえ、敵の攻撃です! 魔女の魔法だ! あの黒髪の魔女がやったんです!」
敵軍に現れた黒い髪の女。
亜人の担ぐ粗末な輿に乗ったその女が両手を掲げた途端、堅牢な城壁はその半ばから音を立てて崩れ落ちていったのだ。
「バカな! 魔法を使える人間などこの世にいるものか! そんなのはおとぎ話だ!」
戦場の兵士は意外なほど迷信深い。
ジンクスを殊の外大切にするし、占いや吉凶を本気に受け止める。
戦場でかかっているのは、この世にたった一つの己の命だ。
何かに縋りたくなる気持ちも分かるし、人間の力ではどうにもならない運命の皮肉や偶然に、何か超自然的な存在を感じる事もあるのだろう。
だとしても、戦場に魔女が現れた、という報告はあまりにも荒唐無稽過ぎる。
少なくとも上官に報告して良い類のものではない。
指揮官が思わず兵を怒鳴り付けたのも無理がなかった。
しかし、兵士の顔は真剣だった。
どうやら彼は本気で城壁の倒壊が、敵軍の女の手によるものだと信じているようだ。
人間は魔法の発動を感知する事が出来ない。
なぜなら魔法を使うために必要な”魔核”を、脳に持たないからである。
しかしひょっとすると、あまりにも強力なクロ子の魔法が、魔核を持たない人間にすら、”第六感”や”虫の知らせ”といった形で影響を与えたのかもしれない。
「もういい! そこを退け!」
指揮官は乱暴に兵士を押しのけると、指揮所の外に出た。
直接自分の目で確かめる事にしたのである。
砦の壁は外からの攻撃や侵入を防ぐため、窓は可能な限り小さく作られている。
そのために外を見ようにも、十分な視野角が取れない。
指揮官は砦の上層部まで上がると、城壁が見渡せるバルコニーに出た。
「な、なんだと!」
バルコニーから外の景色が目に入った途端、指揮官は驚愕に目を見開いた。
「城壁が・・・まさかそんな・・・あり得ん」
彼が見つめる先には変わり果てた城壁の姿があった。
一体どんな力が加わったのだろうか。城壁はまるで抉られたように半ばから大きく崩れ落ちている。
周囲には広範囲に土煙が広がり、地上の様子は分からない。
しかし、時折見える兵士の姿と、絶え間なく聞こえる悲鳴から、混乱の中にあるのは間違いない。
しかし、指揮官が眼下の光景に意識を奪われていた時間は意外と短かかった。
確かに、にわかには信じ難い光景ではある。しかし、いかに堅牢な城壁といえども作られた物である以上、崩れた事に大きな驚きはあっても、決して信じられない光景という訳ではない。
「石?」
彼がポカンと見上げる空の上。
そこにあったのは、正真正銘の信じられない光景であった。
巨石が十個。しかも綺麗に横一列に並んで宙に浮かんでいたのだ。
当然、自然現象などではあり得ない。
あまりに非現実的な光景に、指揮官は目の前の光景を受け入れられずに固まってしまった。
やがて巨石は悠々とこちらの方へと向かって来た。
指揮官は魅入られたようにその光景から目が離せなくなっていた。
そして砦の上までやって来た巨石は――突然、重力を思い出したかのように、一斉に空中から落下し始めたのだ。
「あ――」
ゴガン!
巨石の一つが彼の立つバルコニーに直撃した。
いつの間にか背後には彼の部下が追い付いていたらしい。
指揮官は部下共々、崩れ落ちるバルコニーから投げ出された。
彼は頭から地面に落ちた衝撃で首の骨を折って死亡した。
あっけない最期だった。
とはいえ、仮に首を折らなかったとしても、落下した際の内臓破裂で長くはなかっただろう。
だが、彼は苦しまずに死ねて、むしろ幸運だったのかもしれない。
この後に続く地獄のような光景を見ずに済んだからである。
後日、この日の出来事は”砦崩しの魔女の惨劇”と呼ばれる事になる。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私はまた岩を浮かせると、砦の上まで運んだ。
これで何度目だ? 最初から数えておけばよかった。
ショタ坊達は呆気にとられた様子で砦に見入っている。ようだ。
ようだ、と言うのは、私だけ前に出ているから背後のショタ坊達の様子が見えないからだ。
てか、意外とリアクションが薄いんだな。もっと驚愕してくれると思っていたのに。
ガクガクと膝を鳴らしながら失禁して、「ま、まさかあれほどの巨石を宙に浮かせるなんて! 女王の魔法はなんてチートなんだ!」みたいな?
いやまあ別に、ショタ坊のおもらしが見たい訳じゃないんだけどな。
でもほら、そういうシーンって転生物のお話のお約束じゃない?
私だって異世界に転生した以上、たまには王道展開を行きたいわけですよ。
結構頑張って同時に十個も浮かせているんだから、私へのご褒美としてナイスなリアクションを見せてくれてもいいと思うんだ。
ちなみに今回、私が使った魔法は、かつて水母の施設で角コウモリが使った魔法である。
名付けて最大打撃。
大質量を浮かして落とす。ただそれだけの効果に特化した魔法だ。
角大亀と戦った時に初披露した魔法でもあるな。
重い物を持ち上げて落とす。仕組みが単純なだけに破壊力は抜群だが、発動が遅いしバレバレだしで、普段の戦闘には使えない。
どっちかと言えば、重たい物を移動させる時に重宝する魔法だ。
ちなみに昨日渡った丸太橋を作った時にも使っている。
いくら水母の魔力操作でも、あんな重い木は運べないからな。
私は初手でこの最大打撃をEX化。強化された魔法で、城壁の中の岩をいくつか浮かせたのだ。
こうして緩んだ箇所に負荷が集中。哀れ城壁は崩れ去った、という訳だ。
本当は根こそぎ倒した方がカッコいいし、派手で良かったんだけど、なかなかに手ごわい城壁で、私の魔法でも半ばから崩すだけで精一杯だったのだ。
その分今も、崩れた石から適当な物をチョイスして、砦に放り込んでやっているから、いい感じに被害を追加出来ているのではないだろうか?
つまりは魔法によるなんちゃって投石器、という訳だ。
優秀な指揮官であれば、これだけでも魔法の優位性と利便性が分かってもらえるんじゃないかな?
わざわざ戦場まで大きな投石器を持ち運ばなくても、私がいるだけでOKなのだ。
ドヤ? 私と組んでいるとお得だろ?
トントンと小さな刺激を受けて、私はハッと我に返った。
膝の上のピンククラゲから細い触手が伸びて、私の膝を叩いていた。
「負荷過大」
水母の言葉で気が付いたが、いつの間にか私の頭の角がチリチリと熱を持っていた。
この角は魔力増幅装置だ。どうやら魔法の連続使用に放熱が間に合っていないらしい。
「間に合わない、否定。義体内での魔法の連続使用は想定していない」
そう言われてみればさっきまでより随分と暑苦しい気がする。
どうやら義体内に熱がこもっているようだ。
ゲーム機だって密閉した場所で使っていると熱暴走を起こす。本体である私が熱暴走を起こす前にここらで止めておくか。
私は水母に頼んで腕を下ろしてもらった。
てか、ずっと上げたままだったのか。何分くらい上げてたんだ? 十分? ニ十分? ショタ坊達に不審がられたりしていないだろうな。
私はハラハラしながら背後を振り返った。
どうやらみんな砦の様子に目を奪われ、私の方は見ていなかったようだ。
ヤレヤレ危ない所だったわい。
私は急いで心を落ち着かせると、なるべく自然な声でショタ坊達に声を掛けた。
「まだ妾の魔法が必要かえ?」
よしよし。狙い通りの演技が出来たんじゃないかな?
イメージとしてはアレだ。冒険者ギルドに入ったばかりの無双系主人公。
いきなりドラゴンをブッ倒しておきながら、「あれ? これってドラゴンだったんですか? てっきり大きなトカゲかと思っていました」とか舐めた事を言うアレ。
私にとってはなんて事ないですよアピール。大物アピールとも言える。
・・・おや? 返事がないな。
聞こえなかったのかも。ワンモア。
「これで十分かえ?」
ちょっと強めに言ったし、どうよ? 今度は聞こえただろ?
ショタ坊はハッとはじかれたように私の方に振り返った。
その顔は血の気を失い、紙のように白くなっている。
そしてその目には明らかな恐怖があった。
彼は化け物を見る目で私を見ていた。
次回「メス豚、暇を持て余す」




