その119 メス豚、砦に挑む
山を下りた私達の目の前にあるのは大きな砦。
――いやまあ、私は砦の大小なんて知らないんだけどさ。
小さくは無いのは分かるよ。多分。
街道にくっつくようにポッコリと盛り上がった小さな丘。砦はその丘の上に作られていた。
作られた場所といい、城壁の作りといい、見るからに堅牢そうな砦だ。余程優秀な人が設計したんだろう。
なにせ素人の私でも、「この砦を落とすのは大変そうだな」というのが伝わる程だからな。
今朝、山を下りた私達は、真っ直ぐにこの砦を目指した。
ショタ坊軍は約四百人。人間の集団という面で見ればそれなりの人数だろうが、軍事的に見れば最小単位と言ってもいい。
もし、砦を無視して行動して、行軍中に砦から出て来た敵に襲い掛かられてはひとたまりもないだろう。
後顧の憂いを断つためにも、我々にとって砦の攻略は必須だったのだ。
「山頂に引き返して別の場所を探しましょう」
昨夜。山でのキャンプ中、ショタ坊軍の若手貴族コンビの優男君が力説した。
ガッチリ君も相棒の言葉に賛成のようだ。黙り込んだまま何も言わない。
てか、脳筋キャラでも引く時には引くという判断が出来るんだ。ちょっと意外。
でも、ここで尻込みされても困るんだよね。
なにせ私は、わざわざこの場所に出るように案内したんだからな。
ここは少し煽っておくか。
「食料はどうするのじゃ? もう一日分しか残っていないのじゃろう?」
「そんな事を心配をしている場合じゃありません。女王は――その、戦にお詳しくはないご様子だ。あの砦は我々の持つ戦力だけでどうこう出来る代物じゃないのですよ」
「ええ。最低でも五千。それだけ用意出来てようやく足止めといったところでしょう。攻略を狙うなら最低でも一万。万全を期すなら二万は欲しい所です」
ええっ? 一万? いやいや、いくらなんでもそれは大袈裟じゃないか?
私はガッチリ君の言葉に納得がいかなかった。
なにせ先日、私がこの国にロケハンに来た時、水母に砦の中の人間の数を調査してもらったら、せいぜい三百人くらいしかいなかったのだ。
勿論、料理人とか、事務員とか、用務員とか、全ての人間をひっくるめての数である。
実際に戦いに参加する人数となれば、ここから更に絞られるだろう。
まあ確かに、あの砦の城壁が堅牢なのは素人目にも分かる。そこは認めよう。
多分きっと、ガッチリ君の言葉はそこを考慮しての判断に違いない。
・・・ふむ。願っても無い。
私はクロ子美女ボディーの中でニンマリと微笑んだ。
こうして彼らが砦の警戒ランクを上げてくれればくれる程、砦の攻略戦での私の戦力としての価値が上がるというものだ。
なかなかに私の狙い通りの展開である。
そう。私はあえて砦の近くに出て、ショタ坊達が砦を攻略しなければならなくなるように仕組んだのだ。
そして砦での戦いで彼らに私の魔法の威力を見せつけ、彼ら人間の国に、”女王クロコパトラは侮れない”という事を思い知らせようと考えたのだ。
さあ、やるぞ。ここがこの作戦の最初の山だ。
私は、「だったら仕方が無いなあ」といったニュアンスを込めるように発言した。
「いいじゃろう。お主達が怖気づいたというのであれば、あの砦の攻略は妾達が引き受けても良い」
「女王! 何をおっしゃるのですか?!」
私の申し出にショタ坊達はギョッと目を剥いた。
そして慌てるガッチリ君。
「無茶だ! お考え直し下さい! いかに女王のお使いになられる魔法が強力だったとしても、攻城戦はあなたが思われている程簡単なものじゃないのですぞ!」
「無用な忠告じゃ。妾は出来ぬ事を出来るとは言わぬ。勇気の無い者は口を閉ざして見ているが良い」
私の挑発に顔を真っ赤にして言葉を詰まらせるガッチリ君。
おやおやどうした? 女にここまで言われて、何も言い返せないのかね?
さあ、言い返せ。お前のガッツを私に見せてみろ。
「――女王には勝算がお有りなのですね?」
「! ラリエール様!」
「無論じゃ」
あれ? これで失敗したらどうしよう、私。
カッコ悪いじゃ済まないんだけど。
・・・いやいや、ここは作戦のキモだ。堂々と構えていないと。
出来る出来る私なら出来る。
今がクロコパトラボディーの中で助かったわ。動揺が表に出まくりでしたわ。脇なんて汗でじっとりですわ。
いやまあ、豚は汗腺が無いから汗をかかないんだけどな。
私の体感で長い時間の後、ショタ坊は大きく頷いた。
「分かりました。女王にお任せします。ですが、砦を攻める際は我々も共に戦わせて頂きたいと思います。それでよろしいでしょうか?」
「ラリエール様!」
いよっしゃ! 言質を取ったぞ! 聞いたからな! ちゃんと私に付いて来いよ?!
ギリギリで引き返して私一人にしたりとかすんなよ?! そんな事したら泣いちゃうからな!
「よかろう。では砦への攻撃は明日の早朝からで」
「分かりました」
よーし、よしよし。これで証人は確保したぞ。後は砦を攻略するだけだ。
それが大変だろうって? まあそうなんだが、私には魔法という履歴書に書けるレベルの特技があるからな。
実際に書いたら履歴書だけで落とされちゃうだろうけど。
丁度こういう時に役に立つ、とっておきの魔法があるんだよ。
こうして翌日。
私達は早朝にキャンプ地を引き払い、山を下り、ストラトーレ砦を臨む街道へと移動した。
こちらの到着と同時に、虎口と言うのだろうか? 城壁の一部にアーチ状に空いた穴から、ぞろぞろと敵の兵が出て来た。
その数は二百、三百、四百、あれあれ? ちょ、ちょっと待って。数が合わなくない?
あの、水母さん、話が違うんじゃないですか? あなたこの間は砦にはせいぜい三百人しかいないって言ってたよね?
こっちの戦力より多く見えるんだけど。
「肯定。現在、砦の外の人間は約千五百人。砦の中にいる人間はあの二倍」
倍って、三千? 全体で四千人以上の戦力って事?
うぉい! 想定の十倍以上の戦力じゃないの!
あれか? この一週間で増えたのか? 増殖するGか? それともあの日は、たまたまみんな砦の外に出かけていて留守だったとか?
どっちにしても流石にこの人数は予想外だ。
思わぬ展開に私は頭の中が真っ白になってしまった。
「お、おい、クロ子――じゃなかったクロコパトラ女王。大丈夫なのか? すげえ人数なんだが」
ズラリと並ぶ敵軍に気圧されたのか、カルネ達の顔は青ざめている。
そうだ。今更ビビっていてどうする。私には彼らをここまで連れて来た責任があるのだ。
カルネ達クロ子十勇士の表情を見ているうちに、私の肝が据わった。いや、開き直っただけなのかもしれない。
私はショタ坊達に合図を送った。
「先ずは妾の魔法で先制攻撃をかける。妾からの合図があるまで、主達はこの場を動くでないぞ」
「分かりました。期待しております」
素直に頷くショタ坊に対し、若手貴族コンビは不満顔を拭えない。
特にガッチリ君は見るからに不服そうだ。脳筋だからな。「魔法なんかで何が出来る」とでも思っていそうだ。
とはいえ彼の気持ちも分からないでもない。実際、魔法は非常にコスパが悪いからだ。
例えば攻撃面を見ただけでも、打ち出しの魔法より、弓や投石器を使った方が、威力といい連射速度といい断然上なのだ。
ただし、あくまでも”本来は”だ。
私の魔法はモノが違うのだ。
今からここにいる全員にその事を思い知らせてやる。
「女王が出られる。道を開けろ」
ザザッ!
音を立てて兵士達が左右に割れた。
ゴクリ。その迫力にカルネ達が喉を鳴らした。
おい。いつまでもビビってんじゃないぞ。
「カルネ」
「わ、分かってらあ。おう、テメエら行くぞ!」
「「「「お、おうよ!」」」」
ウンタに声を掛けられて、カルネ達は、私の座った輿を担ぎ上げた。
コイツは昨日の夜、ショタ坊達に頼んで急遽作ってもらったものだ。
これから魔法の威力をアピールしようと言うのに、駕籠のままだと私の姿が見え辛いからな。
おお。高い高い。駕籠とはまた違ったこの感覚。
さて、敵軍にまだ動きは無いようだ。
こいつはツイてる。初手から問答無用で攻め込まれたらどうしようと心配していたのだ。
カルネ達は、全員の視線を集めながら悠々と歩いている。事前にそうするように伝えてあるのだ。
全員の不思議そうな視線が私に突き刺さる。
突然、戦場に私のような美女が現れたのだ。不思議に思って当然だろう。
まあ、美女といっても仮の姿で、中に入っているのは子豚なんだけどな。
どっちみち戦場に来るような存在じゃないって? ごもっとも。ブヒヒッ。
「ストップ。この辺でいいわ。水母、もし矢が飛んで来たら、その時は防御をよろしくね」
「快諾」
頼れるピンククラゲが私の膝の上でフルリと震えた。
さあ、いよいよ私のチャレンジが始まるのだ。
今後、長く続くであろう戦いの第一歩。
この一戦で人間達の間に亜人の守護者女王クロコパトラの名を不動のものとする。
私の魔法で全員の度肝を抜いてやる。
「そうだ、水母。私の両腕をゆっくり上に持ちあげてくれない? 私が攻撃したってみんなに伝えたいから」
「了承した」
演出というヤツだ。アニメなら空中にカッコ良く光る魔法陣が出る場面だが、この世界の魔法にはそういうの無いからな。
おかげで不意打ちし放題だから、悪い事ばかりじゃないんだが。
水母の魔力操作で、クロコパトラの腕がゆっくりと上がっていった。
全員の視線が私の動きに集まるのを感じる。狙い通りだ。
さあ、始めるとしようか。
「EX最大打撃」
次回「~崩れる城壁~」




