その113 メス豚と第二の難所
大きな崖を越えた私達は、その後も多少の崖を越えながらも順調に進んでいった。
「いや、崖を越えている時点で多少とかないだろう」
ウンタが呆れ顔を見せた。
ていうか、ショタ坊軍の中に高所恐怖症の人がいなくて助かったわ。
ああ、そういう人は最初から今回のメンバーに入れてなかったのか。険しい山に登るのは知ってた訳だしな。
いやあ、納得納得。
「大丈夫。今日の行程にはもう崖登りは入っていないから」
「助かる。あれは結構、神経を使うからな」
崖登りは、基本的には最初に崖を登った時のやり方を踏襲している。
先ずは駕籠にロープを繋いで、水母に上まで運んでもらう。
そのロープを伝って、最初にウンタが登って来る。
彼は持っていたロープを木に、無ければ適当な岩に結び付け、それさえも無ければ手で掴んで自分の体を使って支えにする。
次にそのロープを伝ってカルネ達、クロ子十勇士が登って来る。
彼らもウンタと同様の方法でロープを増やし、そのロープ伝って、本隊となるショタ坊軍が登って来るのだ。
「俺達の中ではウンタが一番身軽だからな。その点俺はこのガタイだから」
カルネが私達の会話に入って来た。
ちなみに現在、彼は隊列の先頭を歩いている。
クロ子十勇士は十人。私の駕籠を担ぐのに必要な人数は二人から四人なので、彼らは小休止ごとに入れ替わりながら担いでいた。
ちなみにウンタはそのローテーションに入っていない。
その分彼は崖登りの際、一番危険な最初に登る役目を受け持っていた。
「今日はもう崖登りはしなくていいのか。正直言って助かったぜ」
「最初のはヤバかったよな。生きた心地がしなかったよ」
「さっきのもキツかっただろ。木とか岩とか無くて、自分の体でロープを支えなきゃいけなかったじゃねえか。なんせ俺の所はあの鎧の貴族だったからな。重いのなんのって。グイグイ引っ張られて危うく転落しかけたんだぞ」
「そうそう。危ない所でウンタが助けに入ったんだよな。二人がかりって、どれだけ重い鎧なんだよ。よくあんなの着て山の中を歩けるよな」
「ああ。他の人間の兵士達も案外タフだよな」
難所を越えたと聞かされてホッとしたのだろう。
十勇士達が会話に参加し始めた。
中には人間の兵士を褒めるような事を言っている者もいる。
どうやら協力して困難を乗り越えて来た事で、若干の仲間意識が芽生えつつあるようだ。
数日前には、旧亜人村のショタ坊の所にケンカ腰で乗り込んでたというのに、単純なヤツらである。
十勇士達の会話が耳に入ったのだろう。
後続のショタ坊軍の間にも弛緩した空気が次々と伝播していった。
ていうか、コイツらは何を勘違いしているんだ?
私は崖登りは終わったと言っただけで、もう難所が終わったとは一言も言ってないんだが。
「どうかしたのか? クロコパトラ女王」
「・・・なんでもない」
あえて指摘してみんなの士気を下げる必要も無いか。
一日中、山を登って疲労も蓄積している頃だし。
どのみち、その場に着けばイヤでも分かるしな。
「ワンワン!」
アホ毛犬コマが嬉しそうに吠えた。
コイツは私と一緒で崖登りをしてない事もあって、まだまだ元気いっぱいだ。
こうして私達は和気あいあいとした雰囲気で、本日最後の難所となる場所へとたどり着いたのであった。
「なあ、クロコパトラ女王。さっき、崖登りはもう終わったと言ってなかったか?」
「ウソは言ってないわよ。ここは登らなくてもいいから。ホラ、あそこ。あの道を通ってあちら側にたどり着けばいいだけだから」
私達の目の前にそびえ立つのは切り立った崖。
崖の下は遥か彼方。この高さから落ちたら確実に命は無いだろう。
断崖絶壁の岩壁には、子豚が一匹通れるだけの道が作られている。
何を隠そう、私が作った道だ。
先日、水母提案の鬼畜ルートを事前に下見に行った際、私が魔法で崖を崩して作ったのだ。
自慢じゃないが、私苦心の力作である。
いやあ、マジで先にロケハンをやっておいて良かったわ。
「道だって? 道って、あの出っ張りの事を言っているのか?」
「あちら側って言っても、崖の向こうに回り込んでいて全然見えないんだが」
をい! 文句の多いヤツらだな!
ふむ。ここは餌となるニンジンが必要か。よかろう。
「ここを乗り越えたら沢があるから。今日はそこで野営してゆっくり夕食でもとりましょう」
これぞいわゆる”飴と鞭”というヤツだ。
この難所を越えればご飯が食べられるぞ。さあみんな、張り切って行こうか。
「・・・はあ」
「マジかよ」
あれ、あれ? みんなのテンションが全然上がらないんだけど。
ご飯だよご飯。みんなご飯食べたくないの?
「いや、メシより命の方が惜しいし」
なん・・・だと。
カルネのド正論に私は二の句が継げられなかった。
「カルネ、ちょっといいか?」
「どうしたウンタ」
ここでウンタがカルネの肩を叩いた。
「人間とも相談したい。俺に付き合ってくれ」
ショタ坊軍も目の前の光景にすっかり度肝を抜かれていた。
兵士達は顔色を真っ青にして、隣の仲間となにやら囁き合っている。
どうやら仲間同士で不安を共有しているようだ。
そんなに怖いか? そりゃまあ怖いか。
私も高所恐怖症だが、私の場合は落ちても水母が助けてくれるって知ってるからな。
ショタ坊と若手貴族コンビ――優男君とガッチリ君が慌ててやって来た。
「あの、クロコパトラ女王。まさかここを渡るつもりですか?」
まさかも何もその通りだけど?
「その事で話がある」
ウンタとカルネがショタ坊達の前に立った。
「そちらに杭のような尖った物とそれを打ち付ける道具がないか? あるのなら、俺とここにいるカルネが先行して、それを崖に打ち付けていくんだが」
「杭ですか? なるほど。杭にロープを結んで、それを手すりにして渡るんですね。しかし、崖に打ち付けるなら、そこらの木で作るという訳にもいかないでしょう」
ここでショタ坊の所の若貴族コンビが、互いに顔を見合わせた。
「なあおい、ベルナルド」
「分かってるってアントニオ。ラリエール様、ウチの騎士団には鉄杭があります。それを使いましょう」
優男君の説明によれば、天幕を立てる際にロープを地面に固定するための杭らしい。
「鉄製ですか? 確かに今は助かりますが、後で回収出来ないかもしれませんよ?」
「なあに、その場合は今後はウチのように、その辺の木を削って杭にすればいいんですよ」
「・・・確かにその通りだが、お前が言うな」
ちゃっかり安請け合いするガッチリ君。
この世界ではまだまだ鉄は貴重品だ。ショタ坊村でも、亜人村でも鉄の農具を見た事は無かった。
普通はそんな貴重な鉄を、ロープを固定する杭の素材なんかには使わないらしい。
だったらなんで、優男君はそれを持っているわけ?
身なりもオシャレさんだし、彼の実家は裕福なんだろうか?
優男君は芝居じみた仕草で肩をすくめた。
「ウチは貧乏領地ですよ。ただ俺は金の使いどころを知っているだけです。鉄ってのは誰にとっても普遍的な価値がありますからね。現地での物々交換に使えるんですよ」
そういう事か。
パイセンの所の亜人村は極端な例にしても、この世界では田舎に行けば未だに物と物との物々交換が主流なのだろう。
そんな場所で、お金を出して食料や物資を売ってもらおうとしても、相手にイヤがられてしまうだけだ。
しかし、鉄となれば話は別だ。そのまま売ってもいいし、自分達の所で溶かして道具に加工してもいい。
そして杭という形で小分けにしておけば小口の交換にも対応出来るし、お金と違ってキャンプの時にも利用出来る――つまり無駄に荷物にならない。
そもそもお金がどれだけ荷物のスペースを取るのかよ、ってな話でもあるが、優男君はそういう細かな無駄も嫌う人間なのだろう。
一円を笑う者は一円に泣く。
優男君は見た目から受けるチャラそうな印象と違って、倹約の鬼、出来る家庭の主婦みたいなヤツなんだな。
「杭と木槌はこちらで用意します」
「分かりました。では、亜人のみなさん、作業はお任せ出来ますか?」
「分かった。カルネ、杭打ちは俺がやろう」
「ああ。杭とロープは俺が持つぜ」
こうして話し合いが終わり、本日最後の難所、崖の移動が開始される事になったのだ。
次回「メス豚と初日の終了」




