その111 メス豚、山越えを開始する
私はクロ子十勇士カルネ達の担ぐ駕籠に乗って、旧亜人村へとやって来た。
村の外ではショタ坊と二人の若い貴族。優男君とガッチリ君が私達を待っていた。
「水母。合図をお願い」
『(無言)』
昨日と違い、兵士達はしわぶき一つなくシンと静まり返っている。
水母は自分の存在を彼らに気取られるのを警戒しているのか、黙ったままで触手を伸ばした。
コンコン。
水母が駕籠をノックすると、ウッドブラインドがスルスルと開けられた。
うおっ! 眩しっ!
生身なら太陽の明かりに目を細めていただろうが、今の私はクロ子美女ボディーの中だ。
クロコパトラは瞬き一つせず、周囲を見回した。
全員が私に注目している。何とも言えないプレッシャーだ。
陰キャの私には中々堪えるものがあるな。
「おはようございます女王。こちらの準備は全て整っております」
「――左様か。では参ろう。後に付いて来りゃれ」
おおう。緊張して言葉づかいが怪しくなっちまったぜい。
てか、最初に変なキャラ付けをするんじゃなかったなあ。
水母が合図をするとウッドブラインドが下ろされた。
周囲の視線が遮られて、ホッと一息をつく私。
駕籠が大きく向きを変えると、再び揺れ始めた。
「行軍開始!」
優男君の掛け声と共に、兵士達が歩き出す音が聞こえた。
こうしていよいよ、私達の山越えが始まったのだった。
私達は二~三時間ほど問題無く山を登っていった。
ウンタ達には事前にこの辺までの道のりを教えてある。
彼らもこの辺りの地形は良く知っているのか、「ああ、あそこか」などと頷いていた。
時々駕籠が大きく傾く度に、ガチンゴチンと体がどこかにぶつかる。
その度にウンタが「ヒソヒソ(おい、大丈夫なのか?)」と声を掛けて来る。
いやいや、体を動かせないので仕方が無いだろ。ホンマにこの義体は手のかかるヤツやで。
「クロ子――ゲフンゲフン。クロコパトラ女王。言われた通りに沢まで来たぞ」
「そう。予定通りここで休憩にしましょう」
ウンタ達には私の事は絶対にクロ子とは呼ばないように言い含めていた。どこにショタ坊達の耳があるか分からないからだ。
この沢は私も知っている場所で、縄張りにバッチリ含まれている。
一口サイズのサワガニもいるし、ヌタ場(泥浴び場)にちょうどいい場所もあって、実は密かにお気に入りの場所なのだ。
「お前こんな所まで来ていたのかよ」
カルネが呆れ顔になった。
まあ、私には風の鎧の魔法があるからな。
身体強化さえすれば、このくらいの距離は朝飯前なのだよ。
「ここには俺達も狩りの途中で立ち寄るが、ここから先は良く知らないぞ。あの山の尾根を目指すんだよな? かなり険しそうに見えるが、良いルートがあるんだよな」
「・・・・・・」
「・・・おい。なぜそこで黙る」
それは到着してからのお楽しみという事で。
それよりもホラ、沢に到着したぞ。ああ、こんな重苦しいボディーを脱ぎ捨てて、ヌタ場で泥ん子遊びがしたい。泥が私を呼んでいる。
どうにかしてコッソリ抜け出す事は出来ないだろうか?
「出来てもやるなよ? 泥だらけのカゴを運ぶのなんてイヤだからな」
ちっ。分かっておるわい。
あ~あ、せめてサワガニが食べたい。殻をバキバキ噛み砕きながら、少ししか入っていない身を味わいたい。
タニシでもいいな。鼻から抜ける泥臭い匂いがまたたまらんのだ。
「泥臭いって・・・それって美味いのか?」
「さあ? ミミズやオケラよりは?」
私の言葉にウゲッという顔をするウンタ達。何? 私の食事に文句がある訳?
なんならアンタ達も一回死んで豚に転生してみる?
私達は沢で休憩アンド水を補給して元気回復。再び行軍を開始した。
回復と言っても、私は駕籠で運ばれているだけなんだがな。
いや、これはこれで不規則な揺れが結構キツイんだよ。
ここからは水母が直接案内をする事になる。
コマの頭の上に乗せられたピンクの塊に、ショタ坊達の訝しげな視線が痛い程突き刺さりまくりだ。
「ヒソヒソ(なあ、あのピンクの塊って、女王が膝の上に乗せていたものじゃないのか? 何で犬の頭の上に乗っているんだ)」
「ヒソヒソ(俺が知るかよ。そもそもあれって何なんだ? 色の付いた水の塊みたいだが)」
「ヒソヒソ(海で見たクラゲが丁度あんな感じだったな。色は全然違っていたが)」
周囲から注目を浴びて、何故かコマは誇らしそうにしている。
どうやら自分が人気者になったと勘違いしているようだ。
いや、みんなが見ているのは水母であって、アンタじゃないからね。
水母は時々こっそりコマに指示を出し、みんなを先導していった。
やがて私達一行は大きな崖の下に到着した。
200m程の見上げる程の崖だ。傾斜角度は・・・何度なんだろう? その高さもあって、こうして下から見上げている分にはほぼ垂直に感じる。
何と言うか”大絶壁”といった感じだ。
コマは崖下で「ワンワン!」と私達を呼んでいる。
はいはい。今行くから。
ウンタが不思議そうに呟いた。
「なんだ? あの場所に通り道でもあるのか?」
「そんなのある訳ないでしょ。この崖を上まで登るのよ」
「「「「「ここを?!」」」」」
ウンタ達十勇士と、ついでに私達の会話にコッソリ聞き耳を立てていたショタ坊達は、ギョッと目を剥いた。
「ウンタ。コマを駕籠の中に入れて頂戴」
「あ・・・ああ」
「それと、そこのロープを駕籠に結んで。持ち手の所がいいかな。あっ、しっかりと結んどいてよ。これからこのロープに、アンタ達は命を託す事になるんだから」
「おい?! それってまさか――」
『準備完了?』
「そうね。水母お願い」
私とコマを乗せた駕籠はフワリと浮き上がった。
水母の魔力操作によるものだ。
水母の本体は施設の奥に眠るコンピューターで、彼の軟体ボディーは、この魔力操作で遠隔操作しているのである。
「なっ?! カゴが宙に浮かび上がったぞ!」
「馬鹿な! 一体どうやって?!」
兵士達の間から大きなどよめきが上がった。
「ラ、ラリエール様! カゴが! 女王の乗ったカゴが!」
「落ち着いて下さいベルナルドさん。あれは女王の魔法によるものです。女王はああやって自分の体を魔法で浮かせる事が出来るのです」
「まさか・・・人間にこんな事が出来るなんて! 竜でもあれほどの魔法は使えませんよ?!」
動揺する優男君を、ショタ坊が落ち着かせようとしているようだ。
ショタ坊は一度、クロコパトラ女王が自分の乗ったイスを浮かせているのを見ているからな。
今更驚きは無いんだろう。
いや、そうでもないのか?
周りに比べると比較的落ち着いているだけで、結構驚いてはいるようだ。
まあ、イスと駕籠ではサイズも重さも全然違うからな。
ショタ坊が驚くのも仕方が無いか。
水母にとっては、イスだろうが駕籠だろうが大差ないんだがな。
『やや否定的。重量の上限』
「えっ? マジで? ちょ、ここまで上昇しておいて、今更そんな事を言われても困るんだけど」
水母の魔力操作の上限値は自重の約千倍。
どうやら駕籠+コマ+クロコパトラボディー(in私)で、彼の能力ギリギリの重量だったようだ。
「ここまで来られたんだから、崖の上までだって行けるよね? ・・・ちょっと、何で返事してくれないの? 集中しているから? ねえ、集中しているだけよね? 返事をしている余裕もないなんて事はないわよね?」
「ワンワン! ワンワン!」
私の動揺が伝わったのか、怯えて吠えるコマ。
彼は駕籠のウッドブラインドを引っ掻き始めた。
「コラ! 止めなさいコマ! 駕籠が壊れたらどうすんのよ! 落ちたら崖の下まで真っ逆さまよ! ペチャンコになっちゃうんだからね!」
「ワンワン! ワンワン!」
『煩わしい(怒)』
その後も薄氷を踏むような上昇は続き、やがて駕籠は無事に崖の上に到着した。
「し・・・死ぬかと思った。水母。今度からギリギリの時には先に言っておいて頂戴」
『・・・登録した』
やがて駕籠に結んだロープを伝って、ウンタが登って来た。
彼は息も絶え絶えに地面に寝転がると、恨めしそうな顔で私を睨んだ。
「・・・俺達を殺す気か。クロコパトラ女王。次からこんな危険がある時には先に言っておいてくれ」
「・・・覚えとく」
私には返す言葉も無かった。
次回「メス豚、つかの間の解放感を味わう」




