その110 メス豚と当日の朝
翌日。
亜人の村の朝は早い。
村人は日が昇ると同時に起き出して、畑仕事や家畜の世話に取り掛かる。
私はそんな生活音をBGMにしながら、パイセンの実家の土間でウトウトとまどろんでいた。
「ホラ、クロ子ちゃんもいい加減に起きなさい」
私はパイセンのお婆ちゃんに揺り動かされて目を覚ました。
むうっ。お婆ちゃんに起こされては仕方が無い。
しゃーなし起きるか。
私はゴロリと転がると、立ち上がった。
はあ・・・ 今日から何日もクロ子美女ボディーに入っていなきゃいけないと思うと、朝から気が滅入るわ。
ん? あれっ?
枕元に置いておいたお芋が無い。せっかく寝起きに食べようと思って取っておいたのに。
ええ~っ。ショック。
『お婆ちゃん。私のお芋知らない?』
私の言葉にお婆ちゃんは呆れ顔になった。
「お芋さんなら、ついさっきクロ子ちゃんが自分で食べてたじゃないの」
えっ? マジで?
そう言われてみればどことなく満腹感が・・・おやっ? 特に無いな。
まあ豚は満腹中枢が無いからな。
そう。私達は一生満ち足りぬ思いを抱えたまま、生きねばならなぬ業を背負わされた生き物なのだ。
しかしそうか。私、寝ぼけて自分で朝食を食べちゃったのか。
そして食べたという満足感すらないと。
『・・・ブヒ』
「すぐに朝食が出来るから一緒に食べましょう」
『お、お婆ちゃん。・・・ごっちゃんです』
気落ちする私を見かねたのか、お婆ちゃんが食事に誘ってくれた。
その気づかいが心にしみるわ。お婆ちゃん大好き。
丁度パイセン宅が朝食を終えた頃、村長代理のモーナが私を尋ねてやって来た。
『残念だったわね。今、食べ終わった所よ』
「ちょっと、人を食事時を狙って来たみたいに言わないで。私もちゃんと家で朝食を食べて来たから」
そう? 私だったら家で食べても、よそ様のお宅でもご馳走になるけど?
なぜなら豚は満腹中枢が――って、この話はもういいか。
モーナは声をひそめて私に言った。
「今日からこの国の兵士と一緒に隣の国に行くんでしょ? 見送りに来たのよ」
ショタ坊達と一緒に行くのは、ウンタ達村の男衆と謎の美女クロコパトラという事になっている。
一応は私もペット枠で一緒に行くとは言ってあるが、メインとなるのはあくまでもクロコパトラであって私じゃない。
もちろん、ショタ坊達には私の存在は内緒だ。
この国では私は魔獣としてお尋ね者扱いだからな。
言い訳をするのも面倒だし。というか、この国の王子を殺したのは事実だしな。
「クロ子ちゃんなら大丈夫だと思うけど、気を付けてね」
私は不覚にもジンと来てしまった。
ウンタ達は自分達の事ばかりで、私の事なんて心配してくれないからだ。
まあ彼らの気持ちも分からないではないのだよ。
自分達が束になっても敵わない相手を、心配して意味があるのかって話だよな。
でも、違うんだよ。こういうのは意味の有る無しじゃないの。気持ちの問題なのよ。分かる?
モーナはそこを分かってらっしゃる。この子のこういう所にパイセンは惚れたんだろうなあ。きっと。
『大丈夫。私には水母が付いてるから』
「ワンワン!」
モーナの後ろでアホ毛犬が吠えた。
どうやら”自分の事を忘れるな”とアピールしたいようだ。
しょうがないヤツめ。
『それにコマもいるからね』
「ワン!」
嬉しそうに尻尾を振るコマ。
コマは感情が抑えきれなくなったのか、モーナの足にじゃれついた。
「ちょっと、コマ!」
『コラ! 調子に乗るな! 圧縮』
パン!
「キャイン!」
「キャッ! クロ子ちゃん、今の音は何?!」
突然響いた大きな音に驚くコマとモーナ。
ふむ。具合は悪くないようだ。とはいえ、私以外が使うのを考えると、まだ改良の余地があるやもしれん。
「ちょっと、クロ子ちゃん」
『あ、と。ゴメン。今のは最近研究中の魔法。うるさい音がするだけで大して危険じゃないから』
この魔法は水母の施設で角イタチが使っていた、スタングレネードの魔法が元になっている。
あれを分解してもっと使いやすい形に調整したものだ。
ていうか、あんな自爆魔法、危なくて使いどころが無いからな。
モノホンのスタングレネードは、こちらが遮蔽物に身を隠した状態で使うものだが、そのやり方では魔法は発動させられない。
魔法は基本的には発動点を目視する必要があるからだ。
しかし、発動させる場所を見ていたら、私も相手同様フラッシュ・バンを食らってしまう。
むしろ私の方だけ食らうすらある。
魔法自体は魅力的なので、どうにか使えないかとあれこれ弄り回していたのだが・・・その過程で有効そうな使い方を思い付いたのだ。
・・・まあ、もう少し煮詰める必要がありそうだが、そこは今後の課題という事で。
『じゃあお婆ちゃん、しばらく留守にするから。さあコマ、行くよ』
「ワンワン」
私はお婆ちゃんに出発を告げると、コマと一緒に水母の施設を目指すのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
旧亜人村の入り口では、山奥の村に不似合いな洒脱な貴族が部下に指示を出していた。
「野営地のトイレはちゃんと埋めておけよ! クワッタハッホ男爵家の名に泥を塗るようなマネは俺が許さんぞ!」
「あの、私達はアモーゾ家の騎士団なんですが」
「つまらん言い訳をするな! そこのお前! 荷物の紐が弛んでいるぞ! 途中で荷崩れしたらどうする! 結び直せ!」
鎧に身を包んだ若い貴族、アントニオは友人の張り切りように呆れ顔になった。
「ちょっと待てよベルナルド。今朝からずっと怒鳴りっぱなしじゃないか。それじゃ部下も委縮するし、お前だって疲れるだろう。これからメラサニ山の山越えが始まるんだ。今から無駄に体力を使ってどうする」
「無駄だと?」
ベルナルドはアントニオをジロリと睨んだ。慌てて手を振るアントニオ。
「あ、いや、今のは言葉のあやだ。俺が言いたいのはそういう事じゃない。お前だって道中にへばって、クロコパトラ女王に情けない姿を見せたくはないだろう?」
アントニオの口からクロコパトラ女王の名前が出た途端、ベルナルドはビクリと身をすくめた。
「冗談じゃない! 女王にそんな姿を見せるくらいなら崖から飛び降りた方がマシだ! ・・・分かったよ。お前の言葉も一理ある。出発まで体を休めておこう」
ベルナルドは背中を丸めながら村の中に入って行った。
すれ違いで村から出て来たルベリオがアントニオに尋ねた。
「ベルナルドさんはどうかしたんですか?」
「いえ。これからクロコパトラ女王が来るというので、張り切ってしまったようで」
周囲の騎士団員達も苦笑を隠せない。
ルベリオは「ああ」と納得の表情を見せた。
「女王の手前、無様な姿は見せられないと考えたんですね」
「ご慧眼、感服致しました」
慧眼も何も、昨日からのベルナルドの熱に浮かされたような態度を見ていれば、誰でも分かる事である。
ここで騎士団の者がルベリオに言った。
「あの、勘違いしないで欲しいのですが、ベルナルド様のおっしゃっていた事は決して間違いではないのです」
「そうです。どれも正しい事なんですが・・・あの方の求めるレベルが高すぎでして」
「こちらが体を動かすより、あの方の言葉が先に出てしまっては、我々としてもやりようもなくて」
有能過ぎる上司がやたらと張り切れば、平凡な能力しか持たない部下は、自分で判断するよりも前に指示が飛んでくる事になるのだ。
確かに、的確な指示ではあるのは間違いないが、慌てて指示を追いかけている間に、ついつい不注意なミスも犯してしまう。
そして本人がそのミスに気が付くより前に、これまた上司が先に見つけて指示してしまうのである。
「それはなんとも・・・ それより、そろそろ女王が来る頃だと思います。野営地の片づけを再開して下さい」
「はい!」
ルベリオは指揮官として彼らに何か言葉をかけねばと思ったが、今は時間を優先した。
そして彼の判断は正しかった。
彼らが荷造りを終えた丁度そのタイミングで、女王クロコパトラの駕籠が到着したのである。
次回「メス豚、山越えを開始する」




