その109 メス豚と伊達男
小さな天幕は、私の乗った駕籠が入っただけで一杯になった。
ショタ坊が慌てて部下に指示を出し、テーブルと椅子を脇に寄せている。
何かスマン。
けど私、自分じゃまだ歩けないんだよね。
喋ったり頭を動かすくらいなら出来るけど、二足歩行は難易度が高すぎて。
人間はスゴイな。よく二本足でなんて歩けるよな。マジでどうやって歩けばいいんだか。
おまえ、自分が元人間だった事を忘れていないかって? ごもっとも。ブヒッ。
とはいえ、私もいつまでも誰かに運んでもらっている訳にも行かない。
いつかは自分の足で歩かないと。
そのためにはアレだ。まずは赤ん坊のようにハイハイから始めないとな。
・・・ハイハイをする成人美女。
なんだろう。凄く猟奇的な絵面なんじゃ。
貞子とかそういうヤツ?
かと言って、やらないといつまで経っても歩けないままだ。
アルプスの少女だって、勇気を出して車椅子から立ちあがったんだ。
必要なのはやる気と努力と根性。そして羞恥心を捨て去る度胸だ。
あれ? そういや立ち上がったのは金髪の子の方で、アルプスの少女じゃなかったっけ?
アルプス主人公なのに?
クロ子十勇士はウンタとカルネを残して天幕の外に出た。
一応この二人は私の側近という設定で側に残している。
ぶっちゃけウンタはともかく、カルネの方は放っておくと何かしでかしそうで目が離せないのだ。
私は彼が暴走して、ショタ坊達人間の兵と敵対しかけたのを忘れてはいないのだよ。
私達の正面には、ショタ坊とさっき自己紹介のあった若い貴族が二人。
名前は、ええと、何だっけ?
優男の貴族とガッチリとした体型の貴族。――優男君とガッチリ君でいいか。
というか、さっきから優男君が私に向ける熱視線が気になって仕方がない。
・・・まあいいや。今はそっちは置いておいて、話を先に進めるか。
「それで兵は何人いるのじゃ?」
「四百人です。食料は四日分」
食糧四日分って、少なくね?
帰りの分はどうする気なんだ? って、そうか。敵の領地で略奪すればいいのか。
もし、今から私達が向かうのが敵の陣地なり砦なら、食料は更に数日分は必要だろう。
しかし、今回の作戦は、敵軍を迂回してその背後の領地を襲うもの。
この国で今も魔獣討伐隊と戦う敵軍の動揺を誘うのが目的だ。
この場合、むしろ派手に略奪をした方が、その目的にはかなっている。
退路を断たれた形で不安になるだろうし、兵に里心も付くだろう。
それに荷物は少ない方が、山を越える時にも負担が少ない。
水はともかく、食事は何食か抜いた所で死にはしないしな。
・・・しかし四百人か。
「多いな」
「多いでしょうか? あまり少ないと敵に脅威を与えられないと思いますが」
ショタ坊の言う通りだ。作戦の目的を考えれば、むしろ四百人では少ないくらいだ。
敵の領地の中にだって砦くらいはあるはずだ。いや、実際にあるのだ。
そう考えれば、四百どころか二千や三千は欲しい所だ。
けど――
「けど山越えがなあ・・・」
「何か問題でも?! 我がクワッタハッホの兵は、女王がお望みであれば、神々の住みたもう前人未踏の霊峰とて踏破してみせましょうぞ!」
ここぞとばかりに自分をアピールして来る優男君。
アンタが安請け合いしても、実際に現場で苦労するのは部下のみなさんじゃないのか?
ガッチリ君が慌てて優男君の言葉を遮った。
「メラサニ山地が険しい事は良く存じております。我々も八百の兵の中から選りすぐって特に頑強な者だけを連れてきております。女王のご懸念はもっともですが、ここは我らを信じて頂きたい」
う~ん。そこまで自信があるならまあいいか。
さっきも言ったが、敵の領地に入った後の事を考えれば、頭数は多いに越したことはないからな。
後は自己責任という事で。
「分かった。もう言うまい。それで今後の予定だが・・・」
打ち合わせは簡単に終わった。そもそも打ち合わせるような事がロクに無いからな。
行軍の開始は明日の早朝とする。
ショタ坊達は今夜はここでキャンプをして、ここまでの山登りの疲れを取る。
明日から先導するのは私とクロ子十勇士。
脱落した者やケガ人を受け入れるため、この村には六人程残す事にするそうだ。
山の中には病院は無いからな。
「武装は最低限という話だったが?」
私の視線を受けて、ガッチリ君が鎧の胸当てを叩いた。
「私なら大丈夫です。人の倍は頑丈ですから」
「アントニオの言う通りです。この男は馬の代わりに鋤を引いて畑を耕すような男ですからな」
「おい、人を農耕馬扱いするなよ」
根がお調子者なのだろう。この会話の間に優男君はすっかり緊張が解けたようだ。
友人をからかう余裕すら出て来たようである。
しかしガッチリ君よ、農耕馬扱いで文句を言うとはまだまだだな。
私なんかメス豚だぞ。扱い、じゃなくて、モノホンのメス豚なんだがな。
「しかし、クロコパトラ女王の美しさ、嫉妬神マーヤソスが嫉妬のあまり気狂いを起こすでしょう。濡れたように艶やかな黒髪は雲一つ無き漆黒の夜空のごとき。新雪を固めたような青白き肌は月光のように淡い輝きを放ち、人々は生まれて初めて花を見た幼子のように、呼吸を忘れ、憧憬に魂を揺さぶられるであろう。その瞳は海の神アルガンソラの住まう深遠のごとく――」
「では、話も終わったので妾は帰る事にするぞよ。カルネ」
「えっ? あっ、本日はご足労ありがとうございました」
調子に乗った優男君が滔々とポエムを紡ぎ始めたので、そろそろお暇しようと思う。
ウンタが天幕の外に仲間を呼びに出た。
そして私の言葉に慌てるショタ坊。
いやね。こっちの世界の女性の好みは知らないけどさ。
元日本人女子高生としては、男性から歯が浮くような美辞麗句を並べたてられても、嬉しい気持ちよりも、戸惑いの方が大きかったりするんだよね。
この人何言ってるんだろう? って感じで。
ハッキリ言ってドン引きですわ。
しかし、優男君は私の塩対応をへとも感じていないようだ。
メンタル強いな! 今のって、ひょっとしてこの人なりの”滑り芸”だったとか?
「では明日からお願いします」
「うむ」
ギギギと首を動かして小さく頷く私。
やっぱりまだまだ、ぎこちない動きしか出来ないわ。
歩くよりも先ずはこういった自然な仕草からだな。
「(水母)」
「(了解)」
私の合図で、水母がコッソリ触手を伸ばして駕籠をコンコンと叩いた。
ぼんやりしていたカルネだが、水母がもう一度叩くと、慌てて駕籠に取り付いてウッドブラインドを下ろした。
コンニャロめ。事前に打ち合わせしといただろうが。ひょっとして寝てたのか?
やって来た亜人の男達によって駕籠は担ぎ上げられた。
四人がかりだから楽々だ。多分。
そういやこのクロ子美女ボディーって、どのくらいの重さがあるんだろう?
中までビッシリ餡子が詰まっているなら、結構な重さになるんじゃないだろうか?
「みんなの腰は大丈夫かな?」
「計算上は問題無い」
水母の説明によると、義体の中には適度な空間があって、重量は人間の成人女性とさほど変わらないんだそうだ。
「そもそも義体として使用される以上、極端に重量があるはずがない」
「そういやそうか」
私は成りすましに使っているが、あくまでもこれは例外的な使用方法。
元々は削除された患部の代用として利用するための機能なんだそうだ。
つまりは、義手とか義足とかそういった物だな。
あまり義手が重いと、肩こりになりそうだしな。
そんな話をしているうちに、どうやら無事に村を出て山の中に入ったようだ。
木や茂みを避けているのだろう。駕籠の進路が左右に揺れるようになって来た。
「・・・後を付けて来るヤツは?」
「発見出来ず」
送り狼は無し、と。
紳士だなショタ坊。甘いとも言える。
まあ私達にとってはそっちの方が都合がいいんだが。
駕籠の外のウンタが小声で尋ねて来た。
「どうするクロ子? 一応、尾行されてはいないみたいだが」
「水母もそう言ってる。けど念には念を入れましょう。打ち合わせ通りに崖の裏に向かって頂戴」
「・・・そうだな。分かった」
新しい亜人村の場所が人間にバレるような事だけは絶対にあってはいけない。
ショタ坊個人は信用出来ても、人間の国は信用出来ないからだ。
僅かでも尾行の不安がある以上、直接村に向かう事は避けねばならない。
私達は崖の裏側へ到着した。
実はここにも一ヶ所、水母の施設への出入り口があるのだ。
入り口は簡単には前文明の叡智によって偽装が施されてある。そう簡単には見つからないだろう。
私達は施設の中を通って、崖の反対側、村に戻ればいいのだ。
それに、クロコパトラが私だということは村人にも秘密にしている。
それもあってこの姿のまま村に戻る訳にはいかないのだ。
この秘密を知っているのは、クロ子十勇士と村長代理のモーナだけである。
モーナからは村人達に、クロコパトラは水母の施設に住む、私と水母の飼い主、と、説明してもらっている。
村のみんなを信用していないみたいで心苦しいが、秘密を知る者は少なければ少ない方がいい。
特に人間に女王の正体が子豚だとバレるのはマズい。
誰が豚なんかと手を結ぼうと考えるだろうか? 相手は家畜だぞ?
そんな理由で、せっかく上手くいきかけている同盟を破綻させる訳には行かない。
全ては明日からの山越え行軍にかかっている。
・・・あのルートかあ。
私は思わずため息がこぼれそうになるのを堪えるのだった。
次回「メス豚と当日の朝」




