その108 ~美貌の女王クロコパトラ~
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ここは旧亜人の村。
ルベリオ達、イサロ王子軍別動隊は、村の入り口に野営地を築いていた。
そんな中、見張りに出ていた兵が慌てて仲間の下へ駆け戻って来た。
「亜人が来たぞ! 十人程の亜人の男達が、大きな箱のような物を担いでこっちに向かって来ている!」
「箱? ベルナルド様に報告しろ!」
男が村に駆け込むと、直ぐにベルナルドとアントニオ、それとこの部隊の指揮官である、少年軍師ルベリオが現れた。
「ベルナルドさん。女王を出迎える準備を」
「亜人の女王ね。まだ若い女と聞いていますが、人間のくせに亜人を従えているのか、亜人に担ぎ上げられているだけなのか」
「失礼しました、ラリエール様。おい、ベルナルド! 文句を言っている場合じゃないだろう!」
親友のアントニオに窘められ、ベルナルドは小さく肩をすくめると部下に指示を出しに向かった。
アントニオは鎧に包まれた体を小さくしながら、まだ幼い少年に詫びた。
「すみませんラリエール様。彼は女性には甘い所がありますが、本人の中には”女性は男性に愛でられる存在”という原則があるらしく、出しゃばりだったり高い地位にある女性には少々当たりが強くなる傾向にあるのです」
「それは・・・ 今更それを言われても」
アントニオは友人が女王クロコパトラに不遜な態度を取るのではないかと危惧していた。
ルベリオは少し考えに沈んだ。
この作戦には、今後のサンキーニ王国と亜人との同盟関係がかかっている。
そのためにも、何としてでも成功させる必要がある。
彼には下がっていて貰う必要があるだろうか?
「あ、いえ。やはり私の考え過ぎでしょう。彼もそこまで愚かではないはずです。あれでもクワッタハッホの本家から王城付きとして派遣された男ですから。しかし、女王の人となり次第では、注意しておく必要があるかもしれません」
もし、女王が高圧的で居丈高な支配者然とした女性だった場合、ベルナルドはどこかでチクリと彼女をあげつらい、女王の勘気に触れる事になるかもしれない。
アントニオは、親友をそこまで愚かとは思いたくないが、なにせベルナルドはアルマンド王子の前ですら自重出来ないほどの筋金入りの皮肉屋だ。
女王の性格次第では衝突の可能性もありえなくはない。
「少々弱りましたね」
「黙っていてすみませんでした。彼なら自重できると信じていたので」
第一王子アルマンドの死によって、ベルナルドとアントニオはイサロ王子派に乗り換えざるを得なくなった。
派閥の中では、彼ら新参者はまだまだ立場が弱い。何があっても王子の肝入りのこの作戦から外される訳にはいかなかったのだ。
ルベリオにとっては迷惑な話だが。
「とにかく、常に私がそばにいて、なるべく彼が亜人の女王に近付かないようにしておきます」
「・・・分かりました。私も出来るだけ、ベルナルドさんに女王のお声がかりが無いように注意を払っておきます」
ペコペコと頭を下げるアントニオ。
ルベリオは作戦の直前に降って湧いた問題に、頭を痛めるのだった。
やがて亜人の先触れがやって来た。
やや小柄な軽装の若者だ。彼らは知らない事だが、亜人の青年ウンタである。
彼の装備には敵国のロヴァッティ伯爵家の紋章が入っている。
目ざとく見つけた騎士が、眉間に皺を寄せた。
「女王クロコパトラが会いに来たぞ。それで、お前達の方の準備はいいのか?」
挨拶も礼儀も無いぶっきらぼうな言葉に、周囲の兵達が殺気立った。
ルベリオは柔らかな笑みを浮かべると青年に頷いた。
「村の外になりますが、こちらの天幕でよろしいでしょうか? それとも村の中にいたしましょうか?」
青年は少し考えたが、「外でいい」と言うと「だが一応女王に聞いて来る」と言い残して引き返して行った。
「・・・なんだアイツは。自分達の女王に敬称も付けないのか?」
「あんなヤツを先触れにしている時点で女王もたかが知れる」
「所詮は野に生きる亜人という事か。ヤツらに人間並みの礼儀や作法を求める方がどうかしているのだろうよ」
騎士達は口々に先程の亜人の青年の対応をあげつらった。
護衛隊長がルベリオにそっと声を掛けた。
「マズい雰囲気ですね」
「・・・ええ。みんな相手が亜人だと侮っています」
女王の魔法の力は未知数だ。しかしルベリオは、断片的に得た情報からその力をかなりのものだと考えていた。
騎士団達の女王に対する態度が目に余る場合、間違いなく女王の怒りを買うだろう。
そうなった場合、イサロ王子軍は現在対峙している隣国ヒッテル王国に加え、女王クロコパトラ率いる亜人達までも敵に回してしまうことになる。
(僕が事前にちゃんとみんなに説明を徹底していれば・・・)
そう後悔したものの、後の祭り。
女王クロコパトラはすぐそこまで迫っている。
今更、彼らの引き締めを図る訳にもいかなかった。
「女王です! 女王を乗せた籠が来ました!」
兵士の声に、ルベリオは緊張に胃に痛みを覚えた。
女王クロコパトラを乗せた駕籠が現れた。
作りは良いが飾り気のない簡素な駕籠だ。
上部からは前後に長い棒が伸び、前後でそれぞれ二人、計四人がかりで担がれていた。
駕籠の周囲は細い板で塞がれていて中の様子は見えない。
「(なんと! 人が担いで運ぶのか?)」
「(人力とは、なんて野蛮な乗り物だ)」
「(いやいや、亜人共の女王に相応しい籠じゃないか)」
騎士達のざわめきの中、駕籠はルベリオ達の前に下ろされた。
ルベリオは周囲の声にハラハラしながら、駕籠に向かって頭を下げた。
「クロコパトラ女王。お約束通り戻って参りました。こちらの二人が私の部下のベルナルド・クワッタハッホとアントニオ・アモーゾとなります。この兵達は二人がそれぞれの男爵家を代表して率いております」
駕籠の中からコンコンと小さな音がすると、先程の先触れの青年が跪き、駕籠の横に伸びる紐を引いた。
「「「「「なっ!」」」」」
どうやら駕籠の周囲の板は、ドアではなく可動式の窓だったようだ。
薄い板は折り重なってスルスルと上に持ち上げられて行く。
しかし、周囲の騎士達が驚いたのはその仕掛けにではない。
駕籠の中に座っていたのは、見た事もないドレスを身にまとった、黒髪の絶世の美女だったのだ。
まるで一流画家の描いた絵画から抜け出して来たような美女に、男達は一瞬で魂を奪われてしまった。
その超然とした佇まいは見る者を圧倒し、黒いドレスに包まれた体は女性の美を体現したかのような曲線を描いていた。
女王クロコパトラはゆっくりと周囲を見回した。
その視線を受けただけで、騎士団達は女を知らない少年のように、顔を赤く染めて目を泳がせた。
「・・・それで、人数は?」
「ク、クロコパトラ女王! わ、私はこの度、殿下よりこの作戦に加わる事を命じられたベルナルド・クワッタハッホと申す者です! 女王におかれては是非、私めをお見知りおきを!」
クロコパトラの言葉を遮って、伊達男、ベルナルドが声を張り上げた。
親友の突然の行動に、クロコパトラに見とれていたアントニオが慌てて追従した。
「あっ! わ、私はアントニオ・アモーゾ! ベルナルド共々、お見知りおきよろしくお願い致します!」
クロコパトラは機嫌を損ねた様子もなく、しかし、ややぎこちない動きで軽く頷いた。
「そうか。よろしくたもれ」
「「はっ!」」
最敬礼で頭を下げるベルナルドとアントニオ。
ルベリオは自分の背後の大きな天幕を振り返った。
「ではクロコパトラ女王、あちらに」
「うむ。カルネ」
「おう。あ、いや、はい。お前達行くぞ!」
「「「おう!」」」
「えっ? 籠のまま入るんですか? あ、いえ、どうぞ中に」
カルネと呼ばれた男の先導で駕籠が担ぎ上げられると、そのまま天幕の中に入って行った。
まさか駕籠のまま入るとは思わなかったのだろう。
ルベリオは慌てて彼らの後に続いた。
後に残された男達は、衝撃冷めやらぬ思いで、ボンヤリと天幕の入り口を見つめていた。
ハッと我に返ったアントニオが、慌てて親友の肩に手を置いた。
「おい、ベルナルド! 俺達も行くぞ! おい、どうしたんだ?!」
ベルナルドは面倒くさそうにアントニオの手を払い除けた。
「今のは誰だ? 俺はこんな山の中で美の女神アローラに出会ったのか?」
「なっ・・・本当にどうしたんだベルナルド、お前らしくもない。まさか女王に魂を抜かれてしまったのか?」
「そうかもしれない。いや、きっとそうだ。俺は女王に巡り合うために、この混沌とした時代に生を受けたに違いない」
いつまでも心が戻ってこない親友に、アントニオは呆れ返ると、彼の腕を掴んで無理やり天幕まで引きずって行くのだった。
次回「メス豚と伊達男」




