その107 メス豚と最初の任務
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ルベリオ達、別動隊は旧亜人村へと入っていた。
兵力は四百。
内訳は、クワッタハッホ男爵家とアモーゾ男爵家の兵がそれぞれ二百。
イサロ王子軍に両家から参戦した兵の、半数がこの作戦に加わった事になる。
興味深く村の建物を見回しているのは二人の青年貴族。
ベルナルド・クワッタハッホとアントニオ・アモーゾである。
「ここが亜人の村か。ウチの領地の貧乏村よりよっぽどマシなんじゃないか? 信じられるか? ウチじゃ未だに穴蔵に住んでいるヤツもいるんだぞ」
「そうだね。建物の作りも結構ちゃんとしているし、亜人と言っても意外と文明的なんだね」
ベルナルドは、まるで一般兵のような軽装でありながらも、どこか洒脱な印象を与える伊達男。
アントニオは、部隊の中でも比較的重装の部類に入る装備でありながら、ここまで山を歩いて来たのに疲れた様子も見せていない。
温和で人の良さそうな印象とは異なり、良く鍛えられた生粋の武人なのだろう。
ちなみに二人の知っている亜人は、人間の町に住む亜人――奴隷だ。
彼らは長く虐げられた奴隷生活の中で、すっかり臆病になり、いつもビクビクと人間の顔色を窺う卑屈な存在になり下がっている。
学も無く、命令すれば動くが仕事はいい加減、サボり癖が強く気は利かない。
そんな亜人しか知らない二人は、自然と「亜人とは人間よりも劣った存在だ」と考えるようになっていた。
しかし、この考えは、亜人奴隷の事情を知らないがゆえの傲慢であろう。
人間の町に住む亜人は、亜人に生まれたというだけで奴隷として生きる以外の未来を閉ざされている。
子々孫々、支配者である人間の下で生き腐れる道しかないのだ。
彼らが自分達の生き方に向上心や誇りを持てないのは、持てないなりの理由があったのだ。
「流石に全員村には入れそうにないな。兵達には外で野営の準備をさせるか」
「お願いするよ」
ベルナルドはサッと村を見渡すと見切りを付けた。
何気ない二人の会話を聞いていた少年が、目を丸くして驚いた。
中性的な雰囲気の小柄な少年だ。
少年の驚きに気が付いたのだろう。アントニオは柔らかな笑みを向けた。
「ラリエール様。何か?」
少年の名はラリエール男爵家当主ルベリオ。
クロ子がショタ坊と呼ぶこの少年こそ、この部隊の指揮官である。
ルベリオは少しだけ言いよどんだ。
「あの、ご自分の率いている兵もベルナルドさんに任せるのですか?」
「ええ、そうです。こういう事はベルナルドに任せておけば間違いはありません」
堂々と胸を張って答えるアントニオ。
ベルナルドはしかめっ面で口を挟んだ。
「違いますね、ラリエール様。コイツは自分の仕事をサボりたいだけなんです。俺に押し付けているんですよ。それでいて俺の親友面をしているんだから、堕落神ダソスも恥じ入る厚かましさというものです」
ベルナルドは芝居がかった大袈裟な仕草で天を仰いだ。
ちなみに、堕落神ダソスとは大二十四神の一柱で、怠惰や貧乏の神でもある。
大昔、まだ人間が生まれる前。ダソスは今とは違う名で呼ばれていた。
それは二十四神の中でも最も長く、威光を放つ名前だったが、彼は「自分の名前を呼ぶのが面倒くさい」との理由で、自分の名前を”ダ”の一文字に変えたという。(※語尾の”ソス”は人間が男性神を呼ぶ時に付ける敬称であって名前の一部ではない。女性神の場合は”ラ”となる。例:復讐神ネクロラ)
親友の辛辣な言葉にアントニオは苦笑を浮かべた。
「そう言わずに頼むよ。恩に着るからさ」
アントニオが下手に出るのは理由がある。ベルナルドはいい加減な性格のように見えて仕事に関しては実にマメで、兵站や輜重を任せれば非の打ち所なく完璧にこなす男なのだ。
逆にアントニオはそういった部分はどんぶり勘定で、彼の部下の騎士団員達は、この行軍の間にすっかりベルナルドをあてにするようになっていた。
「ボソッ(存外、人は見かけによらないものですね)」
「・・・そんな事を言っては悪いですよ」
護衛隊長の率直な感想に、ルベリオは苦笑を返すしか無かった。
その時、村の外から兵士が走って来た。
「何者かが我々の様子を窺っていました! 発見した兵が誰何した所、その者は逃亡、山の中に姿を消しました!」
「早速の女王の見張りか」
「ベルナルドさん。会談の準備をお願いします」
どうやらルベリオは早速アントニオの意見を取り入れ、今後の段取りをベルナルドに任せる事にしたようである。
それを察したベルナルドは、少年に余計な知識を与えた親友をジロリと睨んだ。
しかし、指揮官に名指しで命令されてはどうしようもない。
彼は絵になる仕草で小さく肩をすくめると、村の外の部隊に命令を出すためにこの場を立ち去るのだった。
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私の前に並ぶ亜人の男達。
全員、額にお揃いの角を生やしている事から分かるように、彼らは私の親衛隊である。
「番号!」
「イチ!」「ニ!」「サン!」・・・・・・・・「ジュウ!」
「・・・なあクロ子。これってやる意味あるのか? 見れば分かるだろう?」
私の点呼に不満を漏らすのは大柄な亜人の青年。確かカルネだったか。
彼らこそ”クロコパトラ親衛隊”。
あるいは十人なので”クロ子十勇士”。
そっちの方がカッコいいか。じゃあ十勇士で。
「十勇士諸君。君達の最初の任務が決まったぞ」
「十勇士って何だ? まあいい、ウンタから話は聞いたよ。この間会った人間の子供が兵を率いて村に戻ったんだって?」
「そう。これからアンタ達は人間の軍と一緒に、隣の敵国まで行ってもらうわ」
ザワッ
カルネ達十勇士の間にざわめきが広がった。
こうして角を生やして戦うための力を求めていても、やはり戦場に向かうのは不安なのだろうか? 当たり前だ。なにせこの世にたった一つしかない自分の命がかかっているんだからな。
「待ってくれ、クロ子。俺達はお前と違って、まだ魔法もロクに使えないぞ」
カルネは額の角を指差しながら、私に尋ねた。
あの角はあくまでも魔力増幅装置でしかない。移植されたからといってすぐさま強力な魔法が使えるようになるわけではないのだ。
「知ってる。それに関しては私の方も考えている事があるから。この戦いが終わったらみんなに教えるわ」
「戦いが終わったらって、その戦いに必要なのが魔法じゃないのか?」
「おい、カルネ! さっきからいい加減にしろ」
なおも食い下がるカルネをウンタが遮った。
「最初から俺達はクロ子に従うと決めたはずだ。戦場に向かうからって、今更泣き言めいた事を言うな」
「泣き言だと?! 俺はそんなつもりで言ってるんじゃない!」
仲間の前で腰抜け呼ばわりされ、顔を真っ赤にして怒るカルネ。
「アンタ達、勝手に二人で盛り上がらないでくれる? 確かに私は”敵国に行ってもらう”とは言ったけど、”戦場に行ってもらう”とは一言も言ってないんだけど」
「「どういう事だ?」」
思わずハモるウンタとカルネ。おい。君ら実は仲良しなんじゃないか?
「言葉の通りの意味よ。敵国には行くけど戦うのは私。アンタ達の役目はこの駕籠を担ぐのと私の護衛ね」
「護衛って・・・」
そう言って顔を見合わせる男達。
彼らが戸惑うのも分かる。ぶっちゃけ彼らが束になってかかってきても、私なら簡単に返り討ちに出来る自信があるからな。
弱いヤツが強いヤツを護衛する理由とはこれいかに。
「私もずっとこの体の中に入っている訳にはいかないって事。
つまり、アンタ達の役目は、体を張って私に人間を近付けないようにするのよ。それにさっきも言ったけど、この駕籠を担ぐのも重要な仕事だから。人前でずっと水母に運んでもらう訳にもいかないでしょ」
水母に運んでもらうつもりなら、わざわざこんな駕籠なんて作らなくても十分だ。
しかし、亜人を守護する女王が、自力でイスをプカプカ浮かせて移動するなんて恰好が悪いだろ?
上位者には上位者らしい貫禄という物が必要なのだ。
箔付けと言うか権威付け? 要はそれっぽくしていないと相手にナメられてしまうって事だ。
「そういやさっきからずっと気になっていたけど、それって何なんだ? それがカゴってヤツなのか?」
「そうよ。水母お願い」
私の膝の上のピンククラゲから触手が伸びると、天井から伸びた紐を引っ張った。
パシャリ
軽やかな音と共に、私の視界は薄い細長い木の板を横に並べたブラインドで遮られた。
次いで水母が紐を操作すると、パタリ。木の板が倒れると視界が確保された。
そう。つまりこれは木製ブラインドなのだ。
なんということでしょう。
さっきまで手作り感が溢れていた駕籠が、今は素敵なオシャレ空間へと早変わり。
・・・いやまあ、最初は御簾って言うの? 時代劇とかでやんごとなきお方が使うすだれみたいなヤツを作ってもらうつもりだったのよ。
アレってなんだか雅で女王っぽいじゃない?
けど、材料が良く分からなかったので、木製ブラインドの方にしてもらったのだ。
結果論だが、世界観的にはこっちの方が合っている気もする。
私の服も着物じゃなくてドレスだしな。
「「「「「おお~っ」」」」」
初めて見る仕組みに目を丸くして驚く青年達。
中には自分も使ってみたそうにうずうずしている者もいる。
そしてどことなく誇らしげなピンククラゲ。
確かに完璧な出来栄えだからな。水母がドヤるのも分かるか。
『意味不明。不当な言いがかり』
クネクネと触手をうねらせて抗議する水母。
ちょ、止めてくれない?! 膝の上で暴れられると、スカートの裾が乱れて太ももが見えちゃうんだけど!
次回「~美貌の女王クロコパトラ~」




