その106 メス豚、気まずい思いをする
私はようやく崖下の新亜人村へと帰って来た。
亜人の村よ! 私は還って来た!
しかし、一週間ぶりの帰宅に私の足取りは重かった。
いやあ、まさかこれ程苦労するとは思わなかったわい。
『・・・水母。アンタ良くあれで、”三日で行ける”なんて言えたわね』
『・・・現地情報の不足を認識。データの不備を認める』
私の背中でピンククラゲが力なくフルリと震えた。
私に情報の不備を指摘された事で、対人インターフェースとしてのプライドが傷付いてしまったようだ。
このピンククラゲは水母。前人類の魔法科学が生み出した魔法生物だ。
彼の本体は施設の奥に眠るコンピューターで、このピンククラゲのボディーは各種センサーの集合体である。
今まで何度も助けられた頼れる便利キャラの言葉だけに、うっかり鵜呑みにしてしまったのは私のミスだった。
先日、旧亜人村で、私は懐かしのショタ坊と再会した。
キュートな黒豚クロ子としてではなく、亜人の守護者クロコパトラ女王としてだが。
その会談の場で、私はこの国に対して同盟を申し入れた。
この同盟の見返りとして、私はショタ坊に、とあるアイデアを提案した。
それは、この山を通って隣国の領地に直接部隊を送り込む、というものだった。
つまりは、初めての共同作業ならぬ初めての共同作戦というわけだ。
山越えに最適なルートは水母が知っているとの事だった。
ショタ坊はしばらく躊躇っていたものの、結局は私の作戦に同意。
一度後方基地まで戻って、部隊を率いてまた戻って来る事になった。
予定では早くても最低一週間はかかるらしい。
こうしてしばらく時間が空いた私は、一足先に山越えのルートを下見に行く事にしたのだった。が・・・
これがまた、とんでもなく鬼畜なルートだったのだ。
『はあ・・・今更アンタに文句を言っても仕方が無いか』
『・・・陳謝の意を表明。該当データが現代の地形に合致しなかった』
反省しきりの水母。
どうやら水母の中にあった周辺の地理データは、彼が作られた一万年と二千年前から更新されていなかったらしい。
『一万二千年、否定。一万年前』
サラッと二割水増しされたのが気に入らないのか、すかさず訂正を入れる水母。
いいじゃん、二千年くらい。一万年も生きてるんだからさ。
それとも、年齢を気にするお年頃なわけ?
その時、ブチの野犬がこちらに向かって走って来た。
マサさんだ。
彼には私が留守の間、野犬の群れを任せていたのだ。
『黒豚の姐さん、お久しぶりです。目的は果たせましたか?』
『う~ん、ギリギリいけそう? って感じ。そっちはどう? 村に変わった事は無かった?』
『いえ。群れを逃げ出した人間が何度か山に入りましたが、この村の人間が始末しておりました』
始末って物騒な表現だな。オイ。まあ、言葉の通り物騒な意味なんだけど。
群れを逃げ出した人間、つまり、脱走兵は相変わらず出ているようだ。
けど、今の所は、亜人の村の男達だけで何とか対処出来ている。と。
山の麓で繰り広げられている、魔獣討伐隊と隣国の軍との小競り合い。
戦いが長引くと共に、こうした脱走兵が出るようになっていた。
ぶっちゃけ私的には、脱走兵が出ようが出まいがどうでもいいのだが、彼らがこの山に逃げ込んで来るとなれば話は別だ。
組織のコントロールから外れた武装した男が、山の中をブラついているなんて物騒で仕方が無い。
そこで私は村の男衆を率いて脱走兵狩りを行っていたのだ。
順調に行われていた脱走兵狩りだったが、最近はそのシフトに大きな穴が開いていた。
脱走兵狩りの主力メンバー、ウンタ率いる村の若い衆が、水母の手術を受けて動けない状態になっていたのだ。
私の頭に生えている、このカッコいい四本の角。
これは水母の手術によって埋め込まれた”魔力増幅器”だ。
この角によって、私は角を埋め込む前より、何倍も強力な魔法を使えるのである。
私からこの話を聞いて以来、ウンタ達は自分達も手術を希望するようになっていた。
村を守るためには、今までのように逃げているだけじゃダメだ!
自分達の村は自分達で守る!
彼らは人間と戦う覚悟を決めていた。
そんな彼らの態度に危うい物を感じた私は、何のかんのと理由を付けて決断を先送りにしていたのだ。
そして先日、遂に彼らは暴走。
勝手に旧亜人の村のショタ坊達の所に向かい、危うくショタ坊の護衛に殺されそうになった。
ここに至って、ようやく私の覚悟も決まった。
そもそも、人間の国と同盟を結ぶ以上、こちらの戦力も強化しなければならない。
私はウンタ達の手術を認め、彼らを私の――女王クロコパトラの親衛隊とする事にしたのだった。
ただし、手術を受けるに当たって、彼らの角にはある仕掛けをさせて貰う。
親衛隊となる以上、裏切りや逃亡は許さない。
もし、裏切りが発覚した場合、私の操作で角からは針が伸び、頭蓋骨を貫通して彼らの脳を直接破壊するのだ。
酷すぎるって?
いやまあ普通にウソなんだけどな。
我ながら悪趣味とは思うが、半端な覚悟で私に付いて来られても困る。
こんなハッタリで彼らが思いとどまってくれるのなら、私の悪評などむしろ安い物である。
だが、彼らは一人も脱落する事無く、全員水母の手術を受け入れた。
――こうなれば私も覚悟を決めるしかない。
私の肩にはウンタ達十人の男達の命がのしかかって来る事になるのだった。
こうして手術は無事に終わった。しかし、脳に機能が定着するのには三日間程かかるらしい。
その間彼らは強制的に眠らされる事になった。
『三日? 私の時には一週間かかったんじゃなかったっけ?』
『こちらが通常。クロ子は例外中の例外』
まあ、私の時には一本の角では足りずに、四本の角をパラレルに接続したらしいからな。
ちなみに一本でまかなおうとした場合、体長と同じ長さの角が必要だったんだそうだ。何それ怖い。
頭にそんなのが付いてたら、危なくて首も振れなくなるわ。
そんなわけで、私が山越えの下見に出発した時には、ウンタ達は手術を終えて寝ている状態だった。
今はとっくに全員無事に起き出しているはずである。
水母の手術はこの百年、成功率100%。後遺症ゼロ、という驚異的な数値を叩き出しているそうだ。
余程運が悪くない限りは大丈夫じゃないかな。きっと。
「ワンワン! ワンワン!」
「クロ子、帰って来たのか」
尻尾を振りながら嬉しそうに駆け寄って来たのは、マサさんの息子、アホ毛犬のコマだ。
そして噂をすれば何とやら。そのコマの後ろには亜人の青年ウンタがいた。
額には黒い小さな角が一本生えている。
その姿を見た途端、私の胸に言いようのない痛みがチクリと走った。
「どうしたクロ子?」
『・・・何でもない。それよりもコマと前の村に行ってたの?』
やって来た方角から見て、ウンタはコマと一緒に旧亜人村の様子を見に行っていたようだ。
「ああ。そろそろ約束の一週間だからな。それよりも、山越えルートの下見はどうだったんだ?」
あ~、と。これってやっぱ言わなきゃダメ? ダメだよねー。
コマの頭の上の水母が力無くしおれた。
垂れた水母の体が目にかかったのか、鬱陶しそうに頭を振るコマ。
どうやら水母にとって、今回の不手際は余程こたえたようだ。
私は気まずい思いに、思わず目を反らすのだった。
翌日。
そろそろ夕方になろうかという時刻になって、旧亜人村を見に行った男から連絡が入った。
「クロ子! 人間だ! 人間の軍隊が来たぞ! この前村に来ていた子供も一緒だ!」
『分かった! 親衛隊のみんなを集めて!』
「おう!」
遂にショタ坊達王子軍が旧亜人村に到着したか。
私が下見を終えて村に戻って来るのが、後少し遅れていたら、間に合っていなかった所だ。
タイミング的には結構厳しかったんだな。危ない危ない。
『水母! 今から村に行くわ! クロ子美女ボディーと駕籠の用意をお願い!』
『了解』
「ワンワン!」
水母を乗せたコマが元気よく走り出した。
ちょっと! アンタどこに行くか分かっているわけ?!
私の心配もなんのその。コマは水母を頭に乗せたまま、施設の奥、例の手術室へと到着した。
どこに行くか分かってたんだ。意外。
私が驚いた気配を感じたのだろうか。
どことなくドヤ顔なコマ。
尻尾が誇らしげに振られ、ついでに頭のアホ毛も嬉しそうに揺れている。
こういうお調子者な所は変わらないようだ。
水母はフワリと浮き上がると、細い触手をウネウネと動かして空中のモニターを操作し始めた。
やがて壁の一部がスライドすると、壁の奥から妙齢の美女が姿を現した。
水母が作った義体。クロ子美女ボディーだ。
『とうっ!』
私は美女ボディーにイン。
ミチミチと全身が包まれるこの圧迫感!
この瞬間、クロ子美女ボディーと私は一つとなった。
亜人の守護者、女王クロコパトラの誕生である。
「さあ、水母! この体を駕籠まで運んで頂戴! 動けないから!」
そう。私はクロ子美女ボディーを歩かせる事は出来ないのだ。
今の私は介護老人よりも不自由なのだよ。
「早く、早く! ショタ坊が首を長くして待ってるぞ! ハリー、ハリー!」
「・・・どことなく釈然としない」
水母は、だったら乗るなとばかりに文句を言いつつも、私の体を浮かせた。
おおっ。楽ちん楽ちん。
あっ、運転手さんそこは右で。
「ワンワン! ワンワン!」
フワフワと浮かぶ私に興奮したのだろうか。コマが私の足にじゃれ付いて来た。
「止めなさい、コマ! 水母の邪魔をしないの! こらっ! スカートに爪を立てるんじゃない!」
『(妙に不快)』
ちょ、水母! イラついたからって私の体を振り回さないでって!
コマもじゃれつかない! アンタと遊んであげてる訳じゃないんだからね!
そんなこんなでひと悶着ありながらも、私は水母の作った駕籠にライドオン。
今度は駕籠ごとフワフワ浮かぶと、施設の外へと移動した。
施設の外には既にウンタ達、亜人の青年達が集まっていた。
ここからは、彼らクロコパトラ親衛隊の出番である。
さあ、親衛隊の諸君! この駕籠を担いで旧亜人村へと向かうのだ!
次回「メス豚と最初の任務」




