その105 ~ルベリオ、別動隊を率いる~
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ランツィの町の大通りを走る二頭立ての馬車。
その車内で、ルベリオは居心地の悪さに身じろぎも出来ずにいた。
その原因は彼の隣に座った金髪の少女にあった。
「あの――」
「何か文句でもあるの?」
「・・・あ、いえ」
少女の名前はミルティーナ。
彼女は馬車に乗っても、ずっとルベリオの腕を組んで離していなかった。
腕に伝わる彼女の体温を感じて、ルベリオはさきほどから頬が熱く火照って仕方が無かった。
ガタン。
車輪が轍から外れた振動にふと窓の外を見ると、馬車は大きな門をくぐるところだった。
どうやら代官の屋敷に到着したようだ。
馬車が屋敷の入り口に停まると、中から使用人達が出迎えに並んだ。
「何をしているの。早く出てよ」
「あの、腕を――なんでもありません」
ミルティーナに睨まれたルベリオは、腕を彼女に取られたまま苦労して馬車から降りるのだった。
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ルベリオの予想通り、イサロ王子は代官の屋敷に宿泊していた。
部屋を訪ねて来たルベリオに、イサロ王子は困惑の表情を浮かべた。
「何をやっているんだお前達は」
「それはその・・・ あの、ミルティーナ様、私はこれから殿下に報告がございますので」
「・・・分かったわ」
ここでようやくミルティーナはルベリオの腕を解放してくれた。
ルベリオはホッとすると同時に、不思議と残念なような手放したくない気持ちも覚えていた。
ミルティーナは「後で必ず私の部屋に来なさいよ」と彼に命じると、踵を返して部屋を出て行った。
ルベリオは彼女がドアの向こうに消えるまで、後姿を見送っていた。
「ご苦労だった。まずは座ってゆっくりしてくれ」
「あ、ありがとうございます」
イサロ王子に促され、ルベリオは慌ててソファーに座った。
出されたお茶を飲んで一息ついたルベリオは、ずっと気になっていた事を王子に尋ねた。
「あの、ミルティーナ様をこの町に連れてきて大丈夫だったんですか?」
「・・・知らん。だが本人が俺に付いて来たがったんだから仕方がないだろう。全く、あんなに聞き分けの無いアイツは初めて見たぞ」
イサロ王子の援軍が到着したのは、昨日の夕方であった。
その後は各方面から連絡や報告、部隊の引継ぎを受け、ようやく一息つけるようになったのはついさっきの事らしい。
ミルティーナは早々に退屈してしまい、町を見物に出ていたのだ。
「特に目新しい物もない町だが、あいつも王都の外に出るのは初めてだからな。色々と気になったんじゃないか?」
「そうですか」
ルベリオは毎日のようにミルティーナと顔を合わせていながら、彼女がどういった物を好むのか何も知らない事に初めて気が付いた。
(男爵になったんだし、お金が手に入ったら、日頃お世話になっている人達に何かプレゼントをしてもいいかもしれない)
兄であるイサロ王子なら、きっとミルティーナの好みを知っているだろう。
ルベリオはおずおずと切り出した。
「あの、ミルティーナ様はどういった物を好まれるのでしょうか?」
「あいつの話はこのくらいでいいだろう。それよりもお前の報告を聞かせてくれ。亜人とは会えたのか?」
「あっ。あ、はい。問題無く」
ルベリオは慌てて気持ちを引き締めると、イサロ王子に報告を始めた。
ルベリオの語る亜人の守護者・女王クロコパトラ。
その存在に、イサロ王子は驚きと衝撃を受けていた。
「女王の魔法はそれほどのものだったのか?」
「はい。走竜の使う魔法とは比べ物にもなりませんでした」
王子は、「よもや亜人の魔法がそれほどの物だったとは」とうなり声を上げた。
「それほどの力を持ちながら、なぜ亜人達は山野に隠れ住んでいるのだろうか?」
「それは・・・分かりません。あるいは女王の魔法だけが特別なのかもしれません」
「一般の亜人が使う魔法はそれほどでもない――か。なる程あり得るな。というよりは、そんな所だろう」
この国では亜人の奴隷は一般的ではない。が、全く存在しない訳では無い。
しかし王子は、亜人の奴隷がルベリオが言う程の魔法を使うといった話は聞いた事が無かった。
「女王は自身を亜人でも人間でもないと言っていたのか。よもや精霊か妖精の類ではあるまいな」
「ま、まさか!」
ルベリオは口では否定しながらも、女王クロコパトラの妖艶な美貌を思い浮かべ、「もしや」という気持ちを拭えずにいた。
「いや。妖精は確かに存在するのだ。俺も死体ではあるが見た事がある。女王クロコパトラのような人間の姿ではなく、目も口も無い不気味な姿をしていたがな」
この世界には妖精がいる。
ただしそれは、妖精という言葉からイメージされるようなメルヘンチックな存在ではない。
クロ子の所のピンククラゲ水母と同様の、旧人類の施設が作り出した”対人インターフェース”なのだ。
システムの管理から外れ、野生化した対人インターフェース。それこそが”妖精”と呼ばれる謎の生物群の正体なのである。
「それで、交渉は上手くいったのか?」
「それが・・・その」
ここでルベリオの言葉は歯切れが悪くなった。
彼は申し訳なさそうにしながらも、誤魔化しも隠しもせずに正直に説明した。
女王クロコパトラは緩衝地帯に領地を求めている事。
軍事力を提供する見返りに、こちらの兵力を求めている事。
あちらから提案された山越えの作戦を、無断で同意してしまった事。
「勝手に決めて申し訳ありませんでした。軍の行動が私の権限を越えているのは分かっていたのですが、今後の女王との交渉を考えると――」
「まあ待て。少し考えさせろ」
イサロ王子は手を上げてルベリオの話を遮ると、目を閉じて黙考した。
これは真剣に悩む時のイサロ王子の癖で、周囲の情報を遮断して自分の考えに閉じこもるのだ。
ルベリオにとって針の筵の時間が過ぎた。
やがて王子が顔を上げた時、すでにその目に迷いは無かった。
「ルベリオ。お前は俺の”軍師”だ。そうだな?」
「はっ、はい! そうありたいと思っています」
王子は「分かった」と頷いた。
「そのお前が”必要だ”と感じたのなら俺はお前を信じる事にする。部下を信じるのも将の度量だからな。クワッタハッホとアモーゾの軍をお前に預けよう。合わせて八百。それを率いて、亜人の女王とやらの策を成功させてみせろ」
ルベリオは予想外の言葉に頭の中が真っ白になってしまった。
叱責を受けるのを覚悟して報告したというのに、逆に王子はルベリオ自身で兵を率いて作戦の指揮を執れと言うのだ。
よもやの展開にルベリオが驚いたのも無理のない事だろう。
「クワッタハッホ様とアモーゾ様の軍、ですか?」
「両方お前と同じ男爵家だ。それにお前と違って当主でもない。”様”を付けて呼ぶ必要は無いぞ」
ベルナルド・クワッタハッホは皮肉屋の洒落た伊達男。アントニオ・アモーゾはベルナルドの親友の人の良さそうな大人しい男。
二人はそれぞれ実家から四百の兵を率いて、この戦いに参加していた。
あたふたと慌てるルベリオをイサロ王子は手を上げて制した。
「この程度の戦力に浮足立っていてどうする。俺の軍師なら俺の期待に応えてみせろ」
「で、でも、私は戦の経験はありませんし、他に相応しい方がいらっしゃるのでは?!」
イサロ王子は息を吐くと大きな舌打ちをした。
そんないつもの王子らしい姿に、ルベリオは不思議とホッすると共に、自分が落ち着きを取り戻すのを感じた。
「いればお前に頼むか! 俺の軍でまともに指揮出来るのはカサリーニくらいだ。出来れば本隊をカサリーニに任せて俺が別動隊を率いたい所だが、流石に総大将が本陣から動く訳にもいかん。かといってカサリーニを出すとなると、今度は本隊を纏められる者がいなくなる。全く、ルジェロが引退さえしていなければなあ」
軍の中枢はカルメロ王子派の貴族で占められている。
イサロ王子の軍は兵の数はともかく、それを指揮する騎士団、そしてその騎士団を有する将の数が圧倒的に不足していた。
この状況を王子のみならずカサリーニ伯爵も憂慮していたが、明確な解答を見いだせずにいた。
「そういう訳で戦は俺達がやるから、お前はクロコパトラとやらの見極めを頼む。どうやら一筋縄ではいかない相手のようだしな」
「・・・殿下がそこまでおっしゃられるのでしたら」
未だに気後れはあるものの、どうやら自分達の別動隊は、王子が戦いの前に打ったいくつかの策の一つに過ぎないらしい。
軍師になると決めた以上、いつかは訪れる時が今来ただけだ。
ルベリオは覚悟を決めると、王子の命令を引き受ける事にした。
総大将であるイサロ王子の仕事は多岐に渡っている。
実際、この後すぐに報告と面会が入り、ルベリオは王子の部屋を後にすることになった。
この後ルベリオは、ベルナルド・クワッタハッホとアントニオ・アモーゾとの顔合わせ、それに次ぐ部隊の編成にと、休むまもなく忙しく走り回る事になった。
すべきことをようやく終え、与えられた自室のベッドに横になった時には、既に日付が変わろうとしていた。
そして彼は、この時になってようやく、昼間ミルティーナから「後で必ず私の部屋に来なさいよ」と言われていたのをすっぽかした事に気が付き、青ざめる事になるのであった。
次回「メス豚、気まずい思いをする」




