その104 ~ルベリオと興奮する幼馴染~
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ランツィの町は現在、カルメロ王子率いる魔獣討伐隊に対する援軍の基地となっていた。
夕闇の迫る町の大通りで、ルベリオは幼馴染の少女ベラナと再会したのだった。
「ルベリオ? ルベリオだって?」
三十前後の朴訥とした男が店先から現れた。ベラナの父だ。
手には大きな籠を持っている。
どうやら娘と一緒に買い出しに来ていたらしい。
「ベラナ。ルベリオはどこにいるんだ?」
「あそこよパパ。芦毛の馬に乗ってるじゃない」
周囲の人混みをキョロキョロと見回していた男は、娘の言葉に慌てて馬上を見上げた。
「お久しぶりです、おじさん」
「これは・・・ たまげたな。随分と立派になって」
ベラナの父の言葉に苦笑するルベリオ。
(村を出てたった二ヶ月やそこらで、僕の状況も随分と変わったんだな。おじさんが驚くのも無理はないか)
ルベリオが返事をためらっていると、護衛隊長が目配せをしてくれた。
「そちらの商店の裏の厩を借りましょう」
「ありがとうございます。おじさん、良ければあっちで話しましょう。村の人達の事も聞きたいですし」
「あ、ああ。それは構わないが」
ベラナの父は、ルベリオの護衛の騎士の物々しい装備に若干怯えながらも大きく頷くのだった。
厩に馬を預けると、彼らは通りに面した一角で立ち話を始めた。
四人の護衛の騎士は何者も近付けないように周囲を威圧している。
ベラナとその父は居心地が悪そうにルベリオに向かい合っていた。
「イサロ殿下と一緒に王都に行ったと聞いていたが、今日はまたどうしてこの町に?」
「それは・・・すみません。殿下のご命令としか。それよりお爺さん達は元気にしているでしょうか? ホセさん(※村の村長)に聞いてはいますが、顔を見に行く時間が無かったので」
「ああ。二人共元気にしているよ。いつも村の人間の食事の支度を手伝って――」
ルベリオはベラナの父から、祖父母の話や村の人達の話を聞きながらも、ベラナの様子が気になって仕方が無かった。
彼女はさっきから黙ったままで、ジッとルベリオの服を見つめていたのだ。
ベラナの父はルベリオが娘の様子をチラチラと窺っているのに気付いたのだろう。
彼は一歩下がると娘の背を押した。
「パパ」
「久しぶりに再会したんだ。お前もルベリオと話をするといい」
ルベリオは緊張にゴクリと喉を鳴らした。
彼とベラナはかつてはキスをした関係だった。
ルベリオは彼女の事を恋人だと思っていたのだが、彼がイサロ王子の軍の輜重部隊に加わって村を出ている間に、彼女は村長の息子と付き合うようになってしまった。
ルベリオがイサロ王子の誘いに乗って村を出たのは、二人と顔を合わせるのが気まずいという理由もあったのである。
「えと、ベラナ、その、久しぶり」
「久しぶりねルベリオ」
どうやら気まずい思いをしているのはルベリオの方だけのようだ。
ベラナにとっては彼との付き合いは過去の物なのだろう。
ルベリオはそんなベラナの気持ちを敏感に察して寂しくなった。
「その服、凄く立派だわ。今どこに住んでいるの?」
「ああ。王都にある殿下の母上のご実家に住まわせて頂いているんだ」
話のきっかけを与えられた事で、ルベリオはホッとした。
彼は村を出てからの事――王都の貴族街のマサンティオ伯爵家の屋敷で世話になっている事、そこで教師をつけられ、日々勉強と鍛錬に勤しんでいる事、最近ラリエール男爵家の養子となった事、今は王子の”軍師”として仕事に励んでいる事――等を説明した。
ベラナと彼女の父は、ルベリオの話の中でもとりわけ、彼が貴族の養子となった部分に反応した。
ベラナの父は素直に驚いた。
それはそうだろう。村の少年が男爵様になったのだ。
まるで夢物語のようなサクセスストーリーである。
そしてベラナの目には欲望の火が灯った。
彼女は興奮を隠そうともせずにルベリオに詰め寄った。
「じゃあルベリオって男爵様になったわけ?! この服も、さっき乗っていた馬も、ルベリオの物なのね?!」
「僕の物というか、殿下に頂いた物だけど」
「じゃあルベリオの物って事じゃない! 凄いわルベリオ! 大金持ちになったのね!」
大金持ちになったのだろうか? ルベリオには自覚が無かった。
それは、ルベリオが王都では伯爵家のお屋敷に居候している、という事情もある。
そして彼の知り合いは、王族のイサロ王子とその妹のミルティーナ王女くらいしかいない。
良く言えばマイペース、悪く言えば空気を読めない彼が、男爵家――しかも名ばかりの男爵家当主――の地位の高さに、どこかピンと来ていないのも仕方が無いのかもしれない。
しかし、平民の、しかもベラナのような村の少女にとってはそうではない。
彼女にとって、貴族というだけでも別世界の人間なのだ。
良い服を着て、美味しい物を食べて、大きな屋敷に住む、憧れの雲上人。
少女にとって貴族とは手の届かない夢の存在なのであった。
「ルベリオ! 私、あなたのお友達よね!」
「うん。そうだよ」
「ねえ。今でも私の事が好き? もちろん好きよね?」
「えっ? その、そ、そうだけど?」
ベラナは興奮に頬を染めながらルベリオにすり寄った。
ルベリオは自分の胸に飛び込んで来た少女にどうして良いか分からずドギマギした。
ちなみにこの時、ルベリオは、「幼馴染として」好きという意味で答えたのだが、頭に血が上っているベラナは「ルベリオは今でも自分に気がある」好きとして受け取った。
ベラナは完全にのぼせ上り、「キャアッ!」と大きな歓声を上げた。
「どうしようパパ! ルベリオが私の事を好きだって!」
「お、おい、ベラナ」
ベラナの父は慌てて娘を止めた。
彼は娘が村長の息子と付き合っている事を知っている。
というか、ベラナが言ったのだ。
いつかは村長夫人になるかもしれないから、その時はパパはホセさんと親戚になるわね、と。
娘はルベリオと仲が良いとばかりと思っていた彼は、彼女の言葉にたいそう驚かされた。
そして、ルベリオと村長の息子ロックの両方の人となりを知っているベラナの父は、複雑な思いをしたのだった。
父親に腕を掴まれてもベラナはルベリオの服を離さない。
そしてベラナの父も、高価な服に何かあっては、とでも思ったのか、娘を強く引き剥がせずにいた。
ルベリオはベラナの勢いに呑まれて、頭の中が真っ白になってしまった。
「ねえルベリオ、私も王都に連れて行って! あなたの住んでいるお屋敷を見てみたいわ! その時は私のドレスも作って頂戴! こんな服じゃ恥ずかしくてあなたの隣を歩けないもの!」
「ラリエール殿!」
ベラナの暴走は護衛隊長の声で遮られた。
ルベリオが隊長の声に慌てて振り返ると、彼の背後に大きな黒塗りの馬車が停まる所だった。
その馬車も馬もルベリオが屋敷で見慣れた、非常になじみの深い物だった。
「えっ? なんでここに?」
ルベリオの口から驚きの声が上がった。
御者が馬車に駆け寄るより早く、馬車のドアが内側から開け放たれた。
ルベリオの知る限り、そんな落ち着きのない人物は一人しかいない。
「ルベリオ! あんたこんな所にいたのね!」
豊かな金髪をなびかせて、ビシッと音がしそうなポーズでこちらを指差す少女。
見た目こそ人形のように愛らしいが、多くの人は「気が強そう」という感想を抱くだろう。
彼女はイサロ王子の実の妹、ミルティーナであった。
「ミルティーナ様、どうしてここに?!」
「お兄様について来たのよ!」
「そんなムチャな! 国王陛下はミルティーナ様がここに来られているのをご承知なのですか?!」
「知らないわ! お母様に伝言を残して来たから大丈夫なんじゃない?」
ルベリオは思わず天を仰いでしまった。
彼は知らない事だが、現在国王は体調を崩して床に伏している。
面会が出来ないのを良い事に、ミルティーナが暴走したのだ。
「殿下は許可されたのですか?」
「なによアンタ、私を疑う訳? お兄様には、この町までならいい、って許可はちゃんともらったから」
あまりにしつこく絡む妹にウンザリしたイサロ王子は、戦場には連れて行けないが、ランツィの町までなら良い、と渋々許可を出したのだ。
日頃は大人しい――というほどでも無いが、聞き分けるところは聞き分けるミルティーナだったが、ルベリオに関しては何故かわがままを押し通す傾向にあるのだった。
「まさか町に着いて早々にあんたに会えるなんてね! ・・・それでルベリオ。その娘は誰?」
探るような目で見られ、ベラナは慌ててルベリオのそばから離れた。
「彼女は僕の村の幼馴染です。後ろが彼女の父親です。村にヒッテル王国の軍が迫った際、村長の指示で村人は全員この町に逃げて来たんだそうです」
「――ふうん。そう」
ミルティーナは白い目でベラナを睨み付けながらルベリオの隣に立った。
そして突然、ルベリオの腕に自分の腕を絡めた。
「あ、あの、ミルティーナ様?」
「ねえ、その話っていうのはまだ終わっていないの?」
ミルティーナは、真っ赤になって固まるルベリオを無視してベラナに話しかけた。
目の前の光景に声も出せないベラナ。
そんな娘に代わって、彼女の父親が慌てて返事をした。
「い、いえ、めっそうもございません! ちょうど終わった所でございます!」
「そう。話は終わったんですって。じゃあルベリオ、お兄様の所まで一緒に行きましょうか」
「え? あの、あっはい。じゃ、じゃあベラナまたね。おじさん、みんなによろしくお願いします」
ルベリオは腕をガッチリとロックされたまま、馬車の方へと引っ張られて行った。
ピシャリと音を立ててドアが閉められると、間髪入れずに「出して頂戴」と少女の声がした。
ルベリオの護衛の騎士達が慌てて厩に馬を取りに行く。
馬車は彼らを待たずに、ゴトゴトと車輪の音を響かせて走り始めた。
まるで嵐のような少女だった。
後に残された娘と父親は、馬車が通りの角に消えるまで立ち尽くしていた。
「そ、それじゃ、買い物も終わったし、村のみんなの所に戻ろうか」
父親の言葉に、ベラナは黙って頷いた。
幼馴染の男の子は自分の手の届かない所に行ってしまった。
彼女の顔は後悔と悔しさに醜く歪んでいた。
次回「ルベリオ、別動隊を率いる」




