その102 メス豚、知恵を絞る
ここは旧亜人村のとある家の中。
私(※クロコパトラバージョン)はショタ坊との話し合いを続けていた。
「そちらの提案ですが、前向きに検討したいと思います」
ふむ。先ずは第一関門クリアと見てもいいか。
勿論、無条件に受け入れてくれるわけじゃないだろうが。
「ただし、そちらが私達の期待に応えてくれるだけの成果を見せてくれた場合には、ですが」
まあ、当然そうなるよな。
こちらの力がお眼鏡にかなえば言う事を聞いてやる、という訳だ。
「お試し期間でダメならクーリングオフって訳ね」
「えっ? 何か?」
「・・・独り言じゃ。捨て置くが良い」
しかし、どうするか。
こちらとしては戦力の安売りはしたくないが、ある意味、私の力をあちらに見せつけるチャンスでもある訳だ。
中々悩ましい話だな。どう答えるのが一番私達にとってお得になるのか。
こちらの手札は少ない。
亜人の男衆による戦闘部隊はまだ形にもなっていない。
こんな事なら、彼らの望み通りに水母の手術を受けさせてやっておけば良かった。
そうすれば部隊として――いや、待て。戦いにおける優劣は戦闘力だけじゃないだろう。
孟子も言っていたぞ。戦略は”天地人”。
即ち、”天の時、地の利、人の和”。
先ずは勝てるタイミングかどうか。そして有利な地にあるかどうか。そして味方の繋がり。
人の和については、今回は考えなくてもいいかな。
ならばタイミング。
そもそもなぜショタ坊は、なぜこのタイミングでやって来たのか。
それについては最初に説明されている。
第二王子がロヴァッティ伯爵軍と戦闘になり、その援軍が敵の増援とかち合い、援軍の援軍を送らないといけなくなったからだ。
この状況が何かに生かせないだろうか?
そして地の利。
私はチラリと膝の上のピンククラゲ水母を見た。
この辺の山は私の縄張りだ。そして水母のデータベースには、ひょっとしたら山脈全体の地形も入っているかもしれない。
だとすれば地の利は十分にあるだろう。
タイミング。そして地形のデータ。陣地を築いて防衛戦を続ける第二王子。この国に攻め込んだロヴァッティ伯爵軍。イケメン王子の指揮する援軍・・・
――これならいける。かも。
「ならばこちらから提案がある」
私の言葉に誰かがゴクリと喉を鳴らした。
先ずは戦略的な目的から整理しよう。
「そちらの目的はカルメロ王子とやらの救出。それと、この国に攻め込んで来た敵軍を撤退させる事。それで良いな?」
「・・・ハイ。その認識で問題ありません」
勿論、敵を全滅させられればなおのこと良いし、それをイケメン王子の指揮する軍が成し遂げれられれば、申し分ないだろう。
だが、それはあくまでも「こうなればいいな」という結果であって、この戦いの本来の目的ではない。
さて、さっき言った二つの目的は、実は一つにまとめる事が出来る。
敵軍の撤退。
これさえ成し遂げれば、カルメロの軍を無事に救出した事になるのだ。
「それはそうですね」
「ならば敵が撤退せざるを得ないようにしてやればいい」
「「「?」」」
私の言葉に全員の頭にハテナマークが浮かんだ。
「それが出来れば確かに良いですが・・・」
「簡単な事じゃ。こちらからも隣の国に攻め込んでやればいいのじゃ」
「「「なっ?!」」」
よほど予想外の提案だったのだろう。モーナまで思わず驚きの声を上げていた。
ショタ坊は思わず、といった感じで身を乗り出した。
「攻め込もうにも、敵の増援が進路を塞いでいるんですよ?! 結局彼らと戦うしかないんじゃないですか?!」
「そちらはイケメン・・・ゲフンゲフン。イサロ王子とやらの本隊に任せておけばよい。妾が言っているのは他のルートじゃ」
訝しげな表情になる護衛の隊長。
だが、ショタ坊は何かを思い付いたのか、ハッと目を見開いた。
「まさか?! このメラサニ山を通って隣国に部隊を送り込むとおっしゃるのですか?!」
そういうこと。
この山脈の一部は隣の国にもまたがっている。
だったら山を通って、直接相手の国に部隊を送り込む事だって出来るはずなのだ。
「そんなムチャな! 兵士は猟師じゃないんだ! 大体、行軍中の装備の重さは人間一人分以上だ! そんな重量物を抱えて山脈を越えるなんて出来はしない!」
血相を変えて吐き捨てる護衛隊長。
だが、ショタ坊は顔を伏せて考え込んでしまった。
そんなショタ坊に、「まさか」と問いたげな目を向ける隊長。
やがて目を上げたショタ坊は、真剣な表情で真っ直ぐに私を見つめた。
「・・・もし、限界まで装備を減らしたとして、どれくらいの日数で到着出来るとお考えですか?」
「おい!」
「さての。――ボソッ(そんなの分かる訳ないじゃん)」
さっき思い付いたばかりの方法だし。
その時、私の膝の上の水母がフルリと揺れると、私にだけ聞こえるように教えてくれた。
『防具なしなら、この村から最短で約三日間』
どうやら私の言葉からルートを検索して、所要時間を計算してくれていたようだ
アンタって、なんて優秀な対人インターフェースなんでしょう。
「――防具を持たない男の足なら約三日といった所かの」
「三日・・・まさかそんな短い期間で」
驚愕するショタ坊と隊長。
ちなみに水母の計算したコースは、かなりピーキーなものだった。
私達は実際にそこを通った時、イヤと言う程実感する事になるのだが、それは後日の話。
私の作戦。それはこのメラサニ山脈を越えて敵国内に部隊を送り込み、敵の後方をかく乱するというものだった。
敵国に攻め込んだ軍が一番恐れるものは何だろうか?
やはり帰り道を塞がれる事ではないだろうか。
ましてやロヴァッティ伯爵軍は全軍を上げてこの国に押し寄せている。
手すきの領地が焦土にされかねないと知れば、将兵に大きな動揺が走るのは間違いないだろう。
「それは・・・理屈ですが。本当にそんな事が可能なんでしょうか? 私には信じられません」
護衛隊長が何やらゴネているが、誰もお前の意見なんて聞いてないんだよ。
ちょっと黙っててもらえませんかね。
「お主の意見など知らんわ。妾はそこな少年と話しておるのじゃ」
「ぐっ! ・・・失礼しました」
そうそう。そうやって黙っているように。
ショタ坊がお前の意見に左右されるといけないからな。
ショタ坊は――決断しかねている様子だ。
これ以上は時間の無駄か。
私が諦めかけたその時。ショタ坊は覚悟を決めた顔でこちらに告げた。
「今の話。受けさせて頂きます」
◇◇◇◇◇◇◇◇
ルベリオ達は亜人の村を後にした。
亜人の男達が案内を申し出てくれたが、それは遠慮した。
イサロ王子と亜人との交渉はまだ公表されるべきではない。亜人と一緒の所を人目に触れる危険を冒すわけにはいかなかったのだ。
「よろしかったのですか?」
未だに顔色の優れないルベリオに、護衛隊長がこっそり声を掛けた。
「・・・分かりません。ですが私にはああ答える他はありませんでした」
イサロ王子の計らいでラリエール男爵家を継いだルベリオだったが、実際は領地も持たない名ばかりの男爵家当主に過ぎない。
領地が無いという事は騎士団も兵も持たない――つまりは軍事行動に口を出す権限がないという事に他ならない。
彼がクロ子とした約束は明らかに彼の職務を逸脱していたのだ。
だが、ルベリオはクロ子に見せられた魔法に魅入られていた。
人間が自由自在に宙に浮く。それは正に魔法と呼ぶにふさわしい光景だった。
――正確に言えばあの魔法を使っていたのはクロ子ではなく、彼女の膝の上のピンククラゲ水母だったのだが、それを察しろという方が無理というものだろう。
あの光景を見た時から、ルベリオにはこの交渉を諦めるという選択肢は無くなっていた。
彼はクロ子の「これ以上この子供と話し合っても無駄か」という空気を察し、思わず相手の提案を受け入れてしまったのだ。
「女王クロコパトラ。まだ若い女でしたが、完全に亜人達の守護者に収まっているように見えました。この辺りの土地の者でしょうか?」
護衛隊長の言葉にルベリオはかぶりを振った。
「いえ。聞いた事も無い名前でした。それに――」
それに近隣の村にあれほどの美女がいれば、村の男達の話題に上らないはずがない。
ルベリオはそう言葉を続けようとして、クロコパトラの妖艶な美貌を思い出し、思わず頬を染めた。
「ゴホン。そ、それに人間には魔法が使えませんから」
「確かに! すると周囲の亜人が。村長代理とかいう娘の方が魔法を使っていたのでしょうか?」
それはルベリオにも分からない。
だが、仮にそうだったとしても、やはり亜人の魔法が侮れないという事実には変わりはない。
なにせ王家の飼っている走竜ですら、人間程の重量物を魔法で持ち上げる事は出来ないのだから。
ルベリオは自分が亜人の村を離れ難く思っている事を、そして、再びクロコパトラに会う日を、早くも待ち遠しく思っている事に気が付いた。
ひょっとして自分は、女王クロコパトラの美貌に魅了されてしまったのかもしれない。
ルベリオはクロコパトラの人間離れした美貌(実際に人間ではないのだが)を思い浮かべ、心が躍るのを感じるのだった。
次回「メス豚と最初の部下」




