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ジルヴェスター視点 頭の痛い面会依頼

649~650話の頃。

第五部Ⅹ フェルディナンド視点「負けられない戦い」で、フェルディナンドから命令を受けたユストクスが何をしていたのか。

突然面会依頼を受けたジルヴェスターの視点で書いてみました。

 カラーン、カラーン……。


「ジルヴェスター様、フロレンツィア様。おはようございます」

「ほらほら、ジルヴェスター様。今日も忙しいのですから、早く起きてくださいませ」


 二の鐘が鳴ると、夫婦の寝室に私の側仕えとフロレンツィアの側仕えが入ってくる。寝起きの妻の姿を目にすることになるので、夫婦の寝室に入ってくる私の側仕えは女性であるリヒャルダだけだ。

 天蓋の厚い布が開けられると明るい光が入ってくる。今日もエーレンフェスト防衛戦の後始末だ。怪我人や死者も出たし、領地の南側は被害も大きい。ハルデンツェルやキルンベルガの騎士達を帰らせなければならないし、神殿には祈念式を命じなければならない。


「……気は乗らぬが、白の塔から牢へ移動させた姉上の影武者の記憶について騎士団から報告が届いていたな。それに目を通す方が先だろうか」

「そうですね。戦いの後始末はできるだけ早く終わらせたいですもの。今日の予定については朝食の席でお話しいたしましょうね」


 フロレンツィアに腕を撫でられ、背中を押されて、私は仕方なく寝台を降りる。着替えてからフロレンツィアの部屋へ移動して朝食だ。


「あら、オルドナンツ」


 二の鐘は鳴ったが、寝台を出るか出ないかという早朝に飛んでくるなど普通の用件ではないはずだ。息を呑んだ私とフロレンツィアが動向を見守る中、白い鳥はリヒャルダの手に停まった。


「オティーリエです。側近部屋で打ち合わせをしている時にローデリヒが突然苦痛に襲われました。苦痛自体は数十秒で収まりましたが、ローデリヒによるとローゼマイン様の魔力に大きな変化が起こったとのことです。アウブにお知らせしておいた方が良いかもしれません」


 ……魔力に大きな変化? どういうことだ?


 普通に生きていれば、魔力に大きな変化があることなど早々ない。ローゼマインの側近からの思わぬ知らせに、私はフロレンツィアと顔を見合わせた。今ローゼマインとフェルディナンドは中央へ行っているはずだ。アーレンスバッハから中央へ向かった敵を捕らえに行くと聞いている。そこで何かが起こったに違いない。


「朝食を終えたら貴族院の寮へ少し様子を見に行くべきか?」


 貴族院へ行けば中央にいるローゼマインかフェルディナンドとオルドナンツで連絡が取れるはずだ。以前からローゼマインには理解不能な事態がよく起こる。だから、それ自体は良いというか、避けようがないことだと諦めている。だが、ローゼマインは現在グルトリスハイトを持つ唯一の者だ。彼女の命の危険が国の危機に直結する。


「領主会議で正式にアウブに任命されたり、王族に取り込まれたりするまで、ローゼマインはエーレンフェストの領主一族だ。アレの言動はアウブである私にも責任が生じる。何が起こっているのか気になるのだ。どうせフェルディナンドは全てを詳細に説明しないからな」


 私の言葉にフロレンツィアは自分の側仕えであるマクシーネと顔を見合わせてそっと頬に手を当てる。マクシーネの娘がローゼマインの護衛騎士と側仕えをしていることを、私は思い出した。


「お気持ちはわかりますが、誰がどこで何をしているのかわからないのに、ジルヴェスター様が飛び出したところで意味がないと思いますよ。寮の騎士達に連絡を入れて、情報収集を命じるか、ローゼマイン達から何らかの連絡があった時には臨機応変に対応できるように予め声をかけておく方が役立つのではなくて?」

「フロレンツィア様のおっしゃる通りです。姫様に何事か起こっているならば、すぐに連絡が来ます。お召し替えと朝食を終えておかなければ、いざという時に動けませんよ」


 貴族院へ行く案は二人に却下され、着替えと朝食を急かされた。フロレンツィアは「では、朝食の席で」と微笑んでマクシーネと自室へ戻っていく。


「リヒャルダ、貴族院の転移の間にいる騎士達に連絡を入れておけ。それから、ローゼマインに何か起こった時に受け入れられるように準備を怠るなとアレの側近達に言っておけ。厄介事の予感がする」

「かしこまりました」

 私はリヒャルダに命じると、夫婦の寝室を出て自室に入り、男性側仕えと脱衣所へ向かった。




「朝食を終えたら騎士の報告に目を通し、三の鐘で騎士達の見送りをして、午後は文官達と領主会議の打ち合わせか」

「えぇ。いくら戦いの後始末が忙しくても、恒例の行事の準備を怠ることはできませんもの。今年の領主会議ではローゼマインの行く先についても色々な思惑が飛び交うでしょう。できるだけ早く準備を進めて、少しでも余裕を作っておく方が良いと思います」


 朝食を摂りながら今日の予定について話し合っていると、リヒャルダが手紙を手にして難しい顔で入ってきた。手にある手紙と木札を見せる。


「本来ならば、お食事中に見せる内容ではないと思うのですけれど、急ぎだそうです」

「もしや貴族院の騎士からか? いくら何でも早すぎないか?」

「こちらの命令が貴族院へ届くのとほぼ同時にユストクスから連絡があり、寮の解錠を求められたそうです。アウブの命令通りに臨機応変に対応して解錠したところ、ユストクスから緊急にアウブと面会したい、と。いかがいたしましょうか?」


 手渡された木札は騎士のもので、命令通りユストクスに対応しますという内容だった。手紙はユストクスのものだが、封もされておらず、珍しく字が荒くて形式が無視された書類だ。フェルディナンドが書類の書き方にうるさいので、アレの側近がこのような形で書類を出してくると思わなかった。


「……ユストクスが書いたとは思えないくらいの走り書きだな」

「まったく、アウブに提出する書類を何だと思っているのでしょう。注意する必要がありますね……とはいえ、今は非常時でしょうし、戦いに赴くのにどれだけの紙や筆記用具があるかわかりませんもの」


 紙の端に「直接報告した方が良いと思うので面会を希望します」と書かれているので面会依頼とされているが、内容は完全にフェルディナンドからの要望だった。


 ……待て、待て。「ローゼマインの休憩場所と、薬の前に食べさせる軽食の準備を早急にしてほしい」というのはまだわかる。だが、「王族との話し合いをエーレンフェスト寮で行う。日時や詳細は後で連絡する」というのは何だ? 何をさせるつもりだ?


 頭が痛くなってきたが、フェルディナンドの要望は明確である。日時がはっきりしない王族との話し合いについて考えるのは後回しても良さそうだ。私は読み終わった手紙をフロレンツィアに渡し、「早急に」と書かれていた件に関してのみリヒャルダに命じる。


「リヒャルダ、悪いがブリュンヒルデを含めてローゼマインの側近達に声をかけ、急いで寮へ向かってくれ」

「それは、わたくしやブリュンヒルデをローゼマイン姫様の側近として扱うという命令でよろしいですか?」

「あぁ、急ぎならば残っている者達だけではとても手が足りないであろう。今はグルトリスハイトを持つローゼマインを最優先にしてくれ」

「拝命いたします。ノルベルトにはわたくしからオルドナンツを飛ばしておきました。そろそろやって来ると思いますよ」


 リヒャルダが急ぎ足で出て行くと、ほぼ入れ替わりに顔色の悪いノルベルトが入ってきた。私の筆頭側仕えである彼は、城の様々な予定を管理している。普段ならば城の側仕え達の監督をしている時間だ。領主夫妻の朝食の席に、彼がこんなに慌てた様子でやって来ることはない。


「エーレンフェスト寮のお茶会室で王族との話し合いの場を設けることになりそうな書類が届いた、とリヒャルダからオルドナンツが……」

「あぁ、様々な予定に大幅な変更が生じそうだ」


 すでに読み終わって遠い目になっているフロレンツィアからノルベルトの手にユストクスの手紙が渡る。目を通すノルベルトの顔色がどんどんと悪くなっていく。


 ……わかるぞ。今まで考えていた予定が全部狂うからな。


 領主会議の準備を進める時期にエーレンフェスト防衛戦が起こり、その後始末さえ終わっていないのに王族との話し合いをエーレンフェスト寮で行うことになるのだ。準備に奔走する側仕え達は大変なことになる。


「詳細はユストクスとの面会後だ。寮にいるユストクスに城への転移許可を出すので、ノルベルトは面会室の準備を頼む。私とフロレンツィアは朝食のお茶を面会室で摂ることになるだろう。できるならばシャルロッテに同席してほしいと伝えてくれ」

「かしこまりました。ユストクス様には軽食も準備しましょう」


 ノルベルトが足早に出て行く。おそらく彼の頭の中も混乱しているに違いない。私は転移陣の間に詰めている騎士にオルドナンツを飛ばし、ユストクスを転移させるように命じる。一連のやり取りを私の傍らで見ていたカルステッドが不思議そうな顔で腕を組んだ。


「何がどうなればエーレンフェスト寮のお茶会室で王族が話し合いをすることになるのだ?」

「どう考えても其方の娘が深く関わっているはずだぞ。無関係そうな顔をするな」

「ローゼマインは其方の養女でもある。ついでに言うと、無茶な要求をしているのも、何か企んでいるのも、私の娘でなく其方の弟だ」

「くっ、フェルディナンドめ。忙しいと知っているくせに……」


 私が不満を零していると、フロレンツィアが「早く朝食を終えましょう。ユストクスが到着してしまいますよ」と冷静に指摘した。


「神殿のカジミアール様には予定変更の連絡を入れました」

「キルンベルガやハルデンツェルの騎士達の出立は変更なしでよろしいのですね?」


 朝食中にもかかわらず、側近達が頻繁に出入りするようになった。今日の予定変更の連絡にてんやわんやである。

 朝食を終える頃にはシャルロッテからも同席すると返事があった。シャルロッテの側近達も今日の予定がひっくり返ったことに驚いているだろう。




「ノルベルトです。ユストクス様を面会室に案内いたしました」


 オルドナンツが飛んできたのは、朝食が終わる頃だった。


「忙しないが、食後のお茶は面会室へ移動してからだ。フェルディナンドやローゼマインが余計なことをしていないことを祈るとしよう」

「今から祈っても遅すぎると思いますよ。何もなければ、そもそも連絡がなかったでしょうから」

「報告を聞く前から頭が痛くなってきたぞ」


 私はフロレンツィアの手を取って面会室へ移動する。シャルロッテも朝食を急いで終えてきたようだ。領主の居住区域から出ると、廊下の先方に姿が見える。面会室に入ると、ノルベルトの給仕で軽食を摂っているユストクスがいた。


「戦闘の合間に回復薬と糧食は口に入れたのですが、こうして食事をいただけて助かりました」


 側仕えがお茶を淹れ終えるのを待ち、私はユストクスに何が起こったのか問いかけた。


「ダンケルフェルガーの要望を受けて貴族院へ向かった経緯は、私が報告書を送ったのでご存じでしょう。予定通りに真夜中の貴族院に到着し、ダンケルフェルガーと合流。離宮の制圧自体はそれほど大変ではありませんでしたが、想定外のことが多かったですね」

「それはローゼマインが関係していることか?」

「いいえ。王宮で造反があり、救援要請を受けたダンケルフェルガーの者達がこちらに相談もなく戦線を離脱したり、中央騎士団長に踊らされたヒルデブラント王子が最奥の間を開けたことによりランツェナーヴェの者達がシュタープを得ていたり、ランツェナーヴェ王がグルトリスハイトを手に入れていたりしていたことに姫様の関与はございません」


 ユストクスが淡々と並べていく想定外の状況に私やフロレンツィアが目を剥き、シャルロッテが口元を押さえている中で、カルステッドはふぅと安堵の息を吐いた。


「ローゼマインの関与がなかったようで何よりだ」

「待て、待て、待て! ローゼマインが関与していなくても聞き流せないことばかりではないか!」

「それはそうだが、エーレンフェストに責任が発生する事態ではないのだ。聞き流しても問題はなかろう」


 ……其方には問題ないかもしれぬが、聞き流せるわけがなかろう!


 私が心の叫びを口に出すより、フロレンツィアが私を押さえる方が早かった。


「カルステッドの言う通り、今はエーレンフェストに関係しないことを考える余裕はありませんね。ユストクス、ローゼマインが関与していたり、エーレンフェストに責任が発生したりする事態は起こっていませんか?」


 フロレンツィアの問いかけにユストクスが顎を撫でながら思案する。


「……おそらくフェルディナンド様とローゼマイン様が何かしたせいで貴族院の上空に巨大な魔法陣と光の柱が立ちましたが、あれは派手だっただけで戦況には特に影響ありませんでした。フェルディナンド様がアナスタージウス王子をオルドナンツで呼びつけたり、トラオクヴァール様に先頭に立って戦えとオルドナンツを飛ばしたり、率先して講堂を攻撃しましたが、王族としての自覚を促したという意味では忠誠心から出た行動と見ることも……」

「完全に不敬だろう! 何をしているのだ、フェルディナンドは!?」


 ローゼマインではなく、フェルディナンドが王族を相手に問題行動を起こしているとは思わなかった。私は頭を抱えたが、ユストクスは軽く肩を竦めただけだ。


「私の主が不敬で責められるような状況にすると思いますか? 逆にツェントを糾弾するための証拠となるお言葉や、それを聞いた騎士達がツェントを詰る様子も録音の魔術具に入っています」

「まぁ、叔父様は用意周到ですわね。戦いを指揮する中で録音の魔術具にまで気が回るなんて……」


 エーレンフェスト防衛戦で次々と飛び込んでくる情報に振り回されていたらしいシャルロッテが感嘆の声を上げる。確かに用意周到ですごいが、アレを敵に回したくないとしみじみ思うのは私だけだろうか。


「講堂の中は卒業式のように変形されていて、そこにいたのは裏切り者の中央騎士団長が率いる騎士達でした。トルークによって操られていると考えられる者も多かったです。戦闘中に祭壇の神像が動き、グルトリスハイトを持ったランツェナーヴェ王が登場しました。姫様と同じように祝福を重ね掛けできる上に、フェルディナンド様の攻撃を難なく防いでいるように見えました」

「フェルディナンドの攻撃を!? ずいぶんと強敵ではないか」


 私が目を見開くと、ユストクスは「予想以上の強さでした」と頷く。フェルディナンドは魔力が多い。魔力で押すだけの攻撃でも防ぐことは簡単ではないはずだ。予想以上の強敵という言葉を私は噛み締める。


「おまけに即死毒を持っていました。敵が銀色の筒に手をかけた瞬間、姫様は広域魔術の補助魔法陣を使って講堂内を丸洗いしました。あれには驚きましたねぇ」

「丸洗い!?」

「広域魔術の補助魔法陣でヴァッシェンというと、グレッシェルをエントヴィッケルンした時に使ったものかしら?」

「そうだと思います。グレッシェル全体を洗える規模でしたもの。講堂内でしたらお姉様一人で十分でしょうね」


 フロレンツィアとシャルロッテは納得したように頷いている。それを見たユストクスの方が衝撃を受けた顔になった。


「私達がアーレンスバッハへ行った後、ずいぶんと興味深いことが色々とあったようですね」


 ユストクスは興味を引かれた顔をしているが。そんな話をしている暇はない。


「ローゼマインがしたのは、その広域ヴァッシェンだけか?」


 ……ならば、それほどの問題はあるまい。


「いいえ、ここからが本番です。ヴァッシェンの後、姫様は祭壇の上に移動していて、そこにいた者達の魔力に反応したのか神像から光の柱が立ち、三人が消えました」

「……は?」

「突然の失踪でしたが、戦闘が終わったわけではないので敵の捕縛を優先。その中でハルトムート達、ローゼマイン様の名捧げ側近が苦しみだし、魔力に大きな変化があったと言い出しました」


「城に残っていた側近にも同じ症状が出て、連絡が来た」

「ハルトムートは姫様に女神が降臨したと大騒ぎして、レオノーレによって縛られて床に転がされました」


「女神が降臨? また大袈裟な……」

「ハルトムートが騒いでいた時は信じられませんでしたが、祭壇で消えたフェルディナンド様が同じことを言ったのであれば事実でしょう」

「何だと?」

「お姉様が本当に女神になってしまったと言うのですか?」


「私の後で寮へ来たレオノーレとクラリッサから聞いただけですが、フェルディナンド様は見ればわかる、と言ったそうですよ」

「見ればわかる?」

「姫様はまだ戻られていなかったので、私にはわかりませんが、どのように光っているのか楽しみです」

「光って……?」

「他領の者にその姿を見せないように、護衛騎士達は騎獣で寮へ戻ると聞いています」

「わかった。そちらの扉も解錠しておくように命じよう」

「恐れ入ります」


「そうそう、女神の降臨によって、捕虜の命を奪うことが禁じられました。おそらく王宮や貴族院だけではなく、エーレンフェストやアーレンスバッハでも同じでしょう。処罰で敵の命を奪うことは許されません」

「……は? 女神がそんなことに口を出してくるのか? 聞いたことがないぞ」

「女神のご機嫌を損ねないようにお気を付けください。中央では即座に捕虜の命を奪うなと命令が下されましたから」


 以前の粛清と扱いが違うとうるさくなりそうな貴族達の顔を思い浮かべ、私はうんざりとした気分になる。



「ユストクス、フェルディナンド様からの要望はローゼマインをエーレンフェスト寮で休ませること、それから、王族との話し合いをエーレンフェストのお茶会室で行う……以上でよろしいでしょうか?」

「正確にはエーレンフェストに後方支援を任せる、ですね」


 それほど簡単なことで終わるまいと私は顔を顰めた。付き合いが長い分、わかる。フェルディナンドは限界まで絞ってくる。


「フェルディナンド様がエーレンフェストの後方支援を求めるということは、離宮の捕虜から新しい情報が入りましたの? それとも、アーレンスバッハの貴族に危険な者が?」


 フロレンツィアの言葉に、ユストクスがアダルジーザの離宮で捕虜から得た情報を出す。


「ローゼマイン様に対する感情が良くない貴族もいます。ほんの数時間でアーレンスバッハの礎の魔術を奪えたならば、自分達の手に奪い返すこともできるのではないかと考えている貴族もいます。特に前領主一族に阿る貴族にはその傾向が見られます」

「それは、予想できることだが……面倒なことに違いないな」

「はい。あちらの貴族を信用しきれないのが現状です。そのためにも姫様とその護衛騎士達のお部屋の準備をお願いします。できればフェルディナンド様のお部屋も準備しておきたいですが、アーレンスバッハの貴族を放置しないと思います」

「アレの館に残っている側仕えがいるだろう? いつもの部屋を準備させておけ。少しくらい息を抜ける場所があっても良かろう」

「恐れ入ります」



「王族との話し合いはいつ頃を予定しているのですか? 人数などは? 招待客は主催するエーレンフェストが決めるのでしょうか?」

「お茶会室の準備については命令を受けただけなので、私もまだ詳細は存じません。戦い自体が完全には終わっていないので」


「ただ、この後方支援によってエーレンフェストが中央の戦いに関与していることを他領に知らしめるとおっしゃいました。今後の大きな利となるでしょう。何しろ、新しいツェントを決めるのは女神の化身となった姫様ですから」

「正確には、ローゼマインに指示を出すフェルディナンドであろう?」

「お二人がエーレンフェストを離れる前に大きな恩を売れる機会だと考えてくだされば良いのでは?」


「ジルヴェスター様、わたくしはお話を受けるべきだと思います。準備も当日も大変でしょうけれど、それだけの価値はありますもの」

「防衛戦が終わったところで余裕は全くないのだが、仕方がないか」

「今回の戦いにおけるフェルディナンド様と姫様の功績を全てアーレンスバッハに持って行かれるのも業腹ですから」


 ユストクスが冷たい笑みを浮かべた。それだけでフェルディナンドがどれほどアーレンスバッハで不快な思いをしていたのか察せられる。


「肝心のフェルディナンドは何をしている?」

「私はエックハルトに届いたオルドナンツしか聞いていないので詳細はわかりません。寮に立ち寄ったレオノーレによると、アナスタージウス王子やハルトムートを伴って中央神殿へ向かったようです」


 フェルディナンドはユストクスに指示を出した後、ローゼマインの側近達に主が戻ってきた時に何をするのか細かい指示を出したらしい。


「ローゼマインやフェルディナンドはいつ戻るのだ?」

「存じませんが、おそらくそれほど時間はかからないでしょう。姫様の護衛騎士達に命じた内容から推測しただけですが、どれだけ時間がかかっても、お昼までにも戻ってくると思います」


「そうか。フェルディナンドから詳細な事情を聴きたいのだが……」


「戻り次第、連絡いたします。顔を合わせて話をすることをお望みでしたらアウブにも寮へご足労いただくことになるでしょうが……」

「アーレンスバッハ側を放置できぬ以上は仕方ない。これを持っていけ。フェルディナンドの分はないだろう?」


 認証のブローチを渡す。ユストクスとエックハルトは貴族院の寮へ駆け込んできた時に渡したが、フェルディナンドの分は渡していない。


「フェルディナンドと昼食か夕食を共にできるように調整してくれ」

「かしこまりました」


 ユストクスは席を立つと、ラザファムに連絡して寮の一室をフェルディナンドのために調えるように命じ、すぐさま退室していく。

 フェルディナンドが戻り次第、また連絡が来るだろう。それに合わせて私達も動き始めた。



実はドラマCD9のおまけSSジルヴェスター視点「頭の痛い要望と報告」の前編です。

あまりにも長くなったので、切った前半部分。

この続きであるフェルディナンドとの会話はドラマCD9のおまけSSになっています。(ダイレクトマーケティング)


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― 新着の感想 ―
なんだかんだ言って、ジルヴェスターは根っこのところでアウブですからね。最後に全ての責任を取らなくてはならない以上、落ち着いてはいられないでしょう。彼らがアレキサンドリアに行ったら少しは心労が減るのか、…
頭の痛いシリーズ大好きです。表もドタバタだったけど、裏でもこんなドタバタだったのね。 >「ローゼマインの関与がなかったようで何よりだ」 カルステッドは相変わらず大雑把ねw >「見ればわかる?」 …
[良い点] 娘の関与が無くてほっとしてるカルステッド様w 大事件だと思うんですがw
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