スパダリには程遠い
レイヴェンタール公国騎士団の本部は王都にあり、騎士団の数はその時の領地の数によって異なる。
ここソルドラに定住の第四騎士団と王都常勤のいくつかの騎士団を除き、領地を持ち回りで回って1、2年その地に駐留し、そこの警備を行うというシステムである。
第四騎士団は魔獣退治が主な職務である為、警備補助人員として他の団から数部隊派遣されるのが常。
それが今年は第五騎士団の番。
ヴィンスと飲んだ翌日。
休みの際一時帰省した第五騎士団員が、休憩室でこんな話をしているのを、フレッドはたまたま耳にした。
「いや~俺がソルドラ部隊に選ばれて久々に帰ったら、嫁が泣いちゃってさぁ。 大変だったよ~」
「お、なんだノロケか?」
「マジで大変だったんだって! 『アタシと仕事とどっちが大事なの?!』とか言い出しちゃってさぁ」
(これは……使える!)
フレッドはそう思い、休憩室を出て事務仕事中のヴィンスの元へと戻った。
「おい、ヴィンス。 お前なるべく遠くの、時間のかかる仕事に行け」
「はァ?」
「シルヴィアに嫉妬してもらいたいんだろ?」
「……どういうことだ?」
唐突なフレッドの言葉に訝しげな顔をしていたヴィンスだが、『シルヴィア』を出すとアッサリ食い付いた。
フレッドの計画を題すると──
【『アタシと仕事とどっちが大事なの?!』作戦】である。
他騎士団とは違いソルドラ定住の第四騎士団だが、1週間以内の短期遠征は普通にあるし、1週間~1ヶ月程度もごく稀にある。
魔獣討伐を手伝う為の派遣が主。
この作戦内容は詳しく語るまでもないだろうが、嫉妬対象となる『余所の女』の役どころを『仕事』に差し替えただけだ。
物凄くアホらしい計画だが、嫁馬鹿なヴィンスは真剣そのもの。
嫁馬鹿なだけに阿呆計画はピッタリ。(辛辣)
しかしそこは嫁馬鹿……愛しの愛妻と別に暮らすなど、ヴィンスには考えられない。短期とはいえなるべく離れたくはないのだ。
なんせ妻のシルヴィアは『愛しの愛妻』という表記被せで正解なくらいウザく愛情を注いでいる、彼の唯一。
「ぐっ……こないだニニルゲに行ったばかりだと言うのに……!」
ニニルゲは近いが、討伐が夜間だったので仕方なく一泊した。
本当は転移して家に帰りたかったが、そんな理由で転移となるとスクロールは経費で落ちない。当然実費だ。
たった一泊の為に高価なスクロールで転移して帰ったとなると、倹約家であるシルヴィアの機嫌が悪くなるのは目に見えている。
妻愛しさ故の行動でその愛しい妻に嫌われては本末転倒である為、涙を飲んで我慢したのだ。
同じ理由で不本意な任務も拒まない。
基本的には良き騎士団長のヴィンスが、『基本的には良き騎士団長』のままいられるのは、ひとえに規律と出費に厳しい妻のおかげであると言える。
悪魔が囁くようにフレッドは言う。
「遠征はいいぞぉ……なんせ賞与が出るし、その分休みの申請もしやすくなる。 アレだろお前、まだ王都のご両親へシルヴィアを紹介できてないんだろ?」
「ぐっ……!」
そう、なんだかんだでヴィンスはシルヴィアを王都に連れていけていない……というか、長期休暇を取ることもできていなかった。
昨年の秋に渡り竜が大量にやってきた影響からか、この一年魔獣の活動が頻繁だったことが原因。
──『長期休暇は見送りましょう?』
ヴィンスはふたりきりの旅行であれこれ妻に尽くしたかったものの、肝心のシルヴィアにそう言われてしまえばそうもいかない。
しかし、挨拶くらいはいけた。
そもそもシルヴィアは、『ヴィンスが騎士団長として王都に行く、2ヶ月に一度の本部報告の際に御両親への挨拶を』と思っていたので。
だが、それに関してはヴィンスの方が嫌がったのだ。
なにしろ王都への報告の移動は騎士舎の魔法陣からの転移。
個人使用していいモノでもないので、当然シルヴィアは馬車で向かう為、現地での待ち合わせになる。そんなの不安過ぎてダメだ。
それに、その頃はようやく想いを通わせあったばかり。
ヴィンスは父は兎も角として、『美貌の三姉妹(※母も含まれるので正しくはない)』などと言われている、実家の恐ろしく苛烈な母と姉妹を愛しい妻に会わせて『いややっぱムリ別れる』とか言われるのが怖かった為、なんだかんだ理由を付けて先送りにしていた。
そしてそうこうしているうちに、一年経ってしまったのだ。
「元々王都出身のお前なら、観光案内は完璧だろ? 姑と小姑が不安なら、帰り際に両親への挨拶をササッと済ませればいい。 これなら嫉妬させた後のフォローも万全! 抜かりはない!!」
「な……なんて素晴らしい作戦だ!!」
全く大した作戦でもない。
しかし、嫁が絡むとポンコツなヴィンスにとっては画期的な作戦──なにしろ、本人が考えると大体斜め上方向に逸れていくので。
確かにこれならば、
・嫉妬をさせる
という今回の目的のみならず
・嫉妬後のフォロー(+ドッキドキ長期休暇)
・両親への紹介をサクッと終わらせる
実際に嫉妬されることなどなさそうなことで、想定すらしていなかったアフターフォローも万全。しかも、それもまたご褒美と言っていい。
更に、予てから先延ばしにしていた問題まで解決するという嬉しいオマケ付きだ。
(……まあ本音を言えば、シルヴィアが嫉妬するとは思えないけども)
それでも少し寂しがりはするのではないかと思う。ヴィンスのことだからそれできっと満足するに違いない。
むしろオマケにシルヴィアは喜ぶんじゃないだろうか、とフレッドは予測している。
シルヴィアは真面目なので、一年もヴィンスの両親に挨拶できてない現状を気にしていそうだから。
(そういうところを慮れないのが駄目なんだよね~)
強くて能力のあるイケメンが誰かを溺愛したとしても、必ずしもスパダリになる訳ではない。
……ここにその実例がいる。
※副題変更しました。
※もしかしたら章タイトルも変わるかもです。




