昼下がりの吸血鬼たち
「まだ来ないと決まったわけじゃないだろ」
マシアスが、窓の外に視線を固定したまま、小さく呟いた。
ヴァリッジとの再戦に行きたかったというのが、マシアスの本音だ。
本当は、俺も行くべきだった、と言いたいのだが、フォンテスの手前、それが出来ない。
マシアスは純血種で、真祖であるフォンテスへの忠誠心が驚く程高い。
あまり感情の抑えが効かないタイプであるにもかかわらず、よく我慢している、とシャノンは思った。
フォンテスがいなければ、真祖の次の位に位置する純血種であるマシアスが、いちばん上の位の吸血鬼だ。
ここにフォンテスがいなければ、再戦に赴くだろうと思われたが、そうではなかった。
「任務が優先だ」
マシアスのその言葉は、これまでの言動とは違う性質のものだった。
マシアスがフォンテスを見る。
シャノンもフォンテスを見た。
きらびやかで、白を基調とした豪奢な貴族服を着て、足先のブーツまで純白。
フォンテスは、いつも燃える様に逆立っている赤髪を撫で付け、どこぞの王族と見まごう雰囲気を纏っていた。
フォンテスが目を開ける。
「つまらない衝動は、プライドは捨てる」
そうなのだ。
直情型で短絡的なはずのフォンテスのこの変化。
強者の自覚というのはわかる。
だが、それだけでこうも変わるだろうか。
尊き存在である真祖が、こうも己を抑え、王たる振る舞いに終始しているのは一体何故だ。
〝天啓〟とは何だ。
シャノンはその疑問を胸に押し止めながら、目を閉じ、下男の視界を共有した。
マシアスは、これでいいのだ、と自分に言い聞かせながら、鬱蒼と生い茂る森に視線を移す。
その時、シャノンの脳裏には、ンカフが見えた。
馬車が停まり、マシアス、フォンテスの順に馬車を降りる。
ややぬかるんだ大地を踏みしめたマシアスは振り返り、フォンテスの顔、そして足下を見た。
マシアスは、白いブーツに泥が跳ねるかと思ったが、思った様な汚れ方はしなかった。
「こっちは雨だったのか」
「二、三日前でしょうね。山が近いんで、雲が流れて来るんですよ」
「そうみたいだな」
山の方には、雨雲が見えた。
「早く行っちゃいましょう」
ふたりは、ンカフへ向けて歩き出した。




