名を呼ばれただけ
その時、デシネが口もとに薄ら笑いを浮かべている様にマシアスには見えた。
(おーおー、余裕がありますね、っと)
以前のマシアスならば、怒りで沸き立ち、デシネの表情を気にし、呑まれて、足もとを見失っていたかもしれない。
だが、今のマシアスは、そうはならない。
「おらぁッ!」
デシネを執拗に追い、着実に攻め続ける。
すると、笑い顔は余裕ではなく、ピンチに直面した苦笑にも見えて来る。
デシネは何も変わっていなくても、マシアスの心によって、違うものに見えてしまうのだ。
それはいい時もあれば、悪い時もある。
自信を持つのはよいことではあるが、それが過信になると、攻撃は単調になる。
単調になるにつれて動きが雑になり、やや大振りとなって、速度が鈍った。
(あんまりよくねぇな。 ……何だ?)
マシアスの内に焦りの感情が溜まり、肥大化して、自分の動きの劣化に気付かず、泥沼にハマってゆく。
……はずだった。
「マシアス」
フォンテスの声に、マシアスは我に返る。
名を呼ばれただけ。
ただ、それだけだ。
しかしそこには、マシアスの不調に気付き、整えようとする主君の声があった。
詳しい話があったわけではない。
だが、心で繋がった感覚がマシアスにはあった。
明らかに消耗激しく余裕がない今のフォンテスが、いや、だからこそ、配下であるマシアスに、このタイミングで声をかけたのだ。
(ありがてぇッ……!)
それを意気にかんじぬマシアスではない。




