博打狂【ファンタジー落語】
古今東西、男も女も、老若男女を問わず、どこの世界にも博打好きはおります。もちろん異世界も同じでございます。中でも、冒険者パーティなんてのは、ある意味、博徒の集まり。しかも賭けるのは、手前と仲間の命っていうんですから、博打中毒というよりもう博打狂でございます。
ではその博打狂どもがどこで命を張るかというと、ダンジョンでございます。ダンジョンには危険なモンスターがいれば、死を呼ぶ罠もある。もちろん、珍しい宝とも言える珍宝もございます。
ある日のことでございます。冒険者の達人ことクマが、いつものように酒場に行きます。すると、一人の男がテーブルに突っ伏しております。名前はハチというクマと御同業でございます。
クマ「どうしたハチ、テーブルにキスしたって振り向いちゃあくれねえよ」
ハチ「俺はもう博打を止める」
ハチの言葉にクマは驚きます。というのもハチは大の博打好き。いくら稼ごうが全部、博打で擦ってしまう。そんなハチが博打を止めると宣言するのだから、よほどのことが起きたに違いねえと、勘ぐります。
クマ「ハチが博打を止めるなんて空から火の玉でも降ってきそうだ。何があったんでえ?」
ハチ「仲間とダンジョンに潜った。そうしたら、宝箱を見つけた」
クマ「そいつはめでてえな」
ハチ「だが、宝箱の前には穴があった」
クマ「深いのけえ?」
ハチ「下を覗いたが、真っ黒だ。試しに石を落としたら音がしねえ」
クマ「そいつはヤバいな。ハチは諦めたのけえ?」
ハチ「いや、穴の広さは馬二等分。俺の自慢の足なら、向こうへ跳べねえ距離じゃねえ」
クマ「端から跳べねえ距離なら諦められる。だが、跳べないようで、跳べる距離ってのが、またいやらしいね」
ハチ「跳べるものなら、跳んでみろってわけだ。こいつは博打だと、俺は燃えたね」
クマ「それでお前さん、跳んだのけえ?」
ハチ「俺は跳ぶ気だったよ。だが、仲間が命を無駄にするなと止めやがる」
クマ「じゃあお前さんは跳ぶの諦めたのけえ?」
ハチ「いいや、宝を前にして諦めるなんて無理だ。仲間に危ねえ、危ねえ、と止められるほどにやりたくなっちまった」
クマ「じゃあ、お前さんやっぱり跳んだのけえ?」
ハチ「持っていたランタンを腰に提げて、助走を付けて思いっきり跳んだ」
クマ「俺の目の前にいるのが動く死体じゃねえなら、ハチは跳べたんだな」
ハチ「跳べた。だが、それがいけなかった」
クマ「何が起きたんでえ?」
ハチ「宝箱の前に俺が立った瞬間だ。仲間のいた床がパッと開いて穴が拡がりやがった。アッ、と思った時にはもう遅え。仲間は全員、穴の底だ」
クマ「そいつはやられたねえ。跳んだ先が落とし穴を起動させるスイッチになってたのけえ。賭けに負けて自分が死ぬのなら諦めも付く。自分だけ生き残ったのなら辛えな」
ハチ「仲間は皆、生きているよ」
クマ「なんでだよ? 穴の底は深けえんだろう?」
ハチ「穴の底が深いなんて俺は言っちゃあいないよ」
クマ「真っ暗だって言ったろう?」
ハチ「真っ暗なんて言ってねえよ。真っ黒っていったんだよ」
クマ「だから、底が見えないほど深えんだろう?」
ハチ「穴の深さは大人二人分くらい。家の二階から落ちたようなもんだ。家の二階から落ちて死ぬような奴を俺は仲間にはしねえよ」
クマ「もったいぶるなよ。何が起きたんでえ」
ハチ「穴の底には黒い泥があった。深さにして子供の腰の辺りくらいまでだ」
クマ「子供の悪戯みてえだな。罠を仕掛けた奴に馬鹿にされたのけえ」
ハチ「それは違う。真っ黒い泥の下にはドどろどろの黒い油があった。油の臭いを隠すために黒い泥が被せてあったんだ」
クマ「ハチは腰にランタンを提げて跳んだ。もし、床にランタンを置いて跳んでいたら。または、仲間が松明を持っていたら、落ちた仲間が焼き殺される寸法けえ」
ハチ「もし、俺が跳べなかった時は、腰のランタンから油に火がついて終わりよ」
クマ「本来ならハチか、ハチの仲間のどちらかを殺せる罠だったのけえ。あくどいね。だが、両方生き残ったならの何も問題ねえだろう」
ハチ「それがあるんだよ。なんの油か知れねえが、こいつが堪らなく臭えんだよ」
クマ「油まみれになった仲間が怒ったけえ?」
ハチ「俺が跳ばなければ、こんなことにならなかったと言いやがる」
クマ「お互いに命があったのなら、よかったじゃねえか。宝も手に入ったんだろう」
ハチ「もし宝が手に入って勝ったと思ったら、こんなところで朝から飲んじゃいないよ」
クマ「勝った時は景気よく朝から飲む。負けたら、負けたで、人にタカって朝からウジウジ飲む。お前が朝から飲むのは普通だろう?」
ハチ「そういうことじゃねえよ。話を戻すぞ。罠が発動すると宝箱に魔法の鍵が掛かりやがった」
クマ「魔法の鍵じゃお前さんには開けられねえな。待て、お前の仲間には魔法の鍵を開けられる奴がいたろ」
ハチ「いたよ。油まみれになった奴の中に、もやしっ子の魔法使いがな」
クマ「ならハチがロープを垂らしゃいい。もやしっ子の魔法使いを引き上げてやればいいだろう」
ハチ「十人考えて十人思いつくことは俺だってやるよ」
クマ「じゃあなんで宝が手に入らなかったんでえ? 宝箱の中は空だったのけえ」
ハチ「そうじゃねえんだよ。宝箱に罠が仕掛けてあった」
クマ「よくある話だね。でもお前さん罠を外すのは得意だろう」
クマ「もちろん罠を外してから、もやしっ子を引き上げたさ」
クマ「さっぱりわからねえ? 何が起きたんでえ?」
ハチ「もやしっ子が、俺を信用できねえってんで、どんな罠が掛かっているか魔法で調べやがった」
クマ「魔法もタダじゃねえから、もったいねえな。こんな意地の悪い罠を仕掛ける奴だ。もやしっ子が慎重になるのも仕方ねえな。それでどうなった?」
ハチ「そしたら、もやしっ子の野郎が、ふざけるなって、怒り出しやがった」
クマ「罠を仕掛けた奴にか?」
ハチ「いや。俺にだよ」
クマ「そりゃもやしっ子の了見違いだ、お前が怒られる筋合いはねえ。お前は何も悪くねえ」
ハチ「そうだろう。罠っていったって、花火が勢いよくピューって噴き出すくらいなもんだ。派手だが、当たっても痛くも痒くもねえ」
クマ「馬鹿野郎、罠が発動したら油まみれの奴に火の粉が降るだろ。お前さんまさか、もやしっ子に罠の中身を黙っていたのけえ?」
ハチ「問題ねえだろう。罠は外したんだ。賭けてもいい。罠は作動しねえ」
クマ「お前さん、それは、もやしっ子だろうと、数の子だろうと、怒るわ」
ハチ「なんでだよ。俺はきちんと仕事をしたぞ」
クマ「罠の解除に絶対はねえ。もやしっ子にしてみれば、勝手に自分の命をハチの賭けに使われたようなものでえ」
ハチ「冒険なんてそんなものだろう?」
クマ「仮にだよ。罠が生きていた場合だ。ハチは無事だろうが、もやしっ子は一人だけ死ぬ」
ハチ「あん時はまだ他の仲間が穴の底だったからな。もやしっ子だけでなく他の奴も焼け死んだだろう」
クマ「大馬鹿野郎、そりゃあ仲間が離れていくぜえ」
ハチ「クマの言う通りだった。お前といると命がいくつあっても足りねえって、仲間は逃げて行きやがった」
クマ「逃げたんじゃねえよ。お前を捨てたんだよ」
ハチ「薄々はそう思っていた」
クマ「薄々じゃねえよ。確定だろう」
ハチ「わかっている。本当はわかっていたよ」
クマ「反省しているのけえ?」
ハチ「いくら俺だって、仲間が一度に全員いなくなったら、反省するよ」
クマ「本当に、本当だな?」
ハチ「本当だって、さすがに今回は懲りた。だから博打をもう止めるって決めた」
クマ「やっちまったことは仕方ねえ。これからが大事だ。冒険者なんてヤクザ稼業だ。だが。信用を失ったらおしめえだぞ」
ハチ「ごもっと」
クマ「わかりゃいいや。それで、その宝箱の結局はどうなった」
ハチ「開けてねえから、わからねえ。わかりづれえ場所だから、まだ残っているんじゃねえかな?」
クマ「そりゃあもったいねえ」
ハチ「なんなら、一緒に取りに行くか? 一人じゃいけねえ場所にあるが、クマとなら問題なく行ける」
クマ「仲間を失って、宝も無しじゃあ虚しいだろう。どれ、俺が一緒に行ってやるよ」
ハチ「そいつはありがてえ、俺も中身は気になっていたんだ。最初から魔法でなきゃ開かない鍵があるとわかっていれば問題ねえ」
クマ「お前さん鍵開けの魔法は使えねえだろう? 俺も使えねえぞ」
ハチ「問題ねえ。以前に生臭坊主からイカサマ博打で巻き上げた魔法の鍵がある。いやあん時は楽しかったねえ。負けがこんだ時の生臭坊主の真っ赤な顔ときたら、笑える。また見たいねえ」
クマ「博打はもうしねえんだよな?」
ハチ「そうだよ。賭け事はもうしねえ。そんなつまらねえことを確認すんなよ。ほら、行くぞ」
宝箱への道程は、山あり谷あり危険ありでございます。それでも一度行った場所なら、さほど危険でもなければ、困難でもありません。なにせモンスターは全て倒されており、罠も解除してあります。
性格には少々難があるハチではありますが、腕は立ちます。また、ハチの友人のクマも同じく腕が立ちます。そんな二人が揃えば、あれよあれよという間、にダンジョン内を進めます。
さあそうして、問題の宝箱のある部屋まで来ました。幸運なことに宝箱は蓋が閉じたまま残っています。前に跳べたハチにとって、二回目も跳ぶなんて朝飯前。ピョンと跳んでサッと鍵を開ける。そうして、ハチは宝箱の中身を持って戻ってきました。
ハチ「クマ、中身を持ってきたぜ、だがどうやら外れだ。薬瓶の中に丸っこい薬が入っているだけだ」
クマ「早まっちゃいけねえ。たかが薬、されど薬だ。これだけもったいぶって置いてあったんだ。きっと高え薬に違えねえ」
ハチ「ラベルが張ってあるな。だが、学のねえ俺には読めねえな」
クマ「どれどれ、見せてみろ。これは古代エルフ語だ」
ハチ「そいつはいい。クマは腐ってもエルフだろう。なんて書いてあるか読んでくれ」
クマ「腐ってもは、余計だよ。古文は苦手だが、読んでやるよ」
そうして、効能書きを読むとなぜかクマは黙ってしまいます。
ハチ「どうしたんでえ、急に黙っちまって。まさか、高価な薬だから独り占めしようとか考え始めたんじゃなえだろうな」
クマ「違えよ。聞いたことのない薬でえ。本物かどうかわからねえから、ハチで試せないかと考えていた」
ハチ「おいおい、人体実験とかやめてくれよ。クマが言うと冗談に聞こえねえんだよ。なんて書いてあるんでえ?」
ハチ「博打狂いに付ける薬だ」
ハチ「本当にそんな効能が書いてあるのけえ?」
クマ「ほら見ろよ、ここに書いてあるだろう」
ハチ「だから俺には読めねえんだよ」
クマ「本物ならとてつもない価値があるぞ。ハチ、飲んで試してくれ。ハチの博打狂いが治れば、本物だ」
ハチ「俺には効かねえよ。俺は博打狂いじゃない。それに俺は博打を止めたんだ」
クマ「試してみる価値はあるだろう。本物なら大金持ちでえ」
ハチ「だから偽物でも本物でも俺には効かねえって」
クマ「本物なら効くだろう」
ハチ「効かない」
クマ「効くって」
ハチ「よし! そこまで言うならわかった。賭けようじゃねえか」
【了】




