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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第3章 東日本編
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第73話 クエスト『名古屋港調査』3

「処置終了。取りあえずしばらくは絶対安静だ。感染症やモンスター由来の病気に関しては……ないと祈れ。以上」


 治療室から出てきた男の言葉に、マイラは安堵の吐息を零す。


「ありがとうございますわ」

「礼なら血を提供してくれた近所の奴らと、前々から医療器具やら薬を集めてくれていたコイツに言っておけ」


 ヨレヨレの白衣を来た細身の男性医師は、その痩せた顎で近くのソファーに座る女を差した。


「ようやく修理できた原付で伊勢に向かったかと思ったら――その日の内に怪我人連れて戻ってくるとはとはな。まさか枕元輸血なんて羽目になるとは思わなかったぞ、ユナ」

「え~! よくドラマとかでやってたたじゃないですかせんせ~」


 ユナと呼ばれた女性は口を尖らせる。


「……あんなもんドラマの中だけだ。感染症や拒絶反応が出る可能性が高いから、本当に手がない時しかしないのだよ」

「でも他に血とかないんでしょ? それとも見捨てれば良かったの?」

「そうは言ってないだろう。ちょっと愚痴をこぼしているだけだ」

「どうせ普段は暇な医者なんだから文句言わずに働きなさいってー」

「おい、これでも結構忙しい……」

「農作業で怪我した人に「ツバつけてりゃ治る」とか言って追い返してるだけじゃない」

「そこまでは酷くはない」


 楽しそうな女性――ユナと、それに対する医者にあるまじき不健康そうな顔つきの男。

 からかう様なユナの言葉を男もてきとうに返す辺り、どうやら2人はそれなりに親しいようだ。



 怪我を負ったレオを運ぼうとする3人の前に現れた原付に乗った女性。

 ユナと名乗ったその女性は、ちょうど名古屋から伊勢へ向かうとこであったという。

 レオの怪我を見たユナは知り合いの外科医を紹介すると言いい、この場所まで移動することを提案。

 途中、四日市市内で見つけたまだ使えるリアカーに毛布を敷きレオを乗せ、原付バイクでリアカーを引っぱりここまで連れてきてくれたのである。


 今マイラたちがいるこの場所は、三重県桑名市長島町。

 木曽川と長良川(そして合流する揖斐川)に挟まれた輪中の町である。

 戦国時代には、織田信長に抵抗した長島一向一揆の本拠地として知られる。

 全体が堤防に守られた低地であり、かつての伊勢湾台風の折には町全体が水害に遭い多くの死者を出すなど水の危険が多い土地だ。

 河川工事も進み、水の郷百選にも選ばれるほどになったこの地だが、日本のこの現状においては安全安心とは言い難い土地となっている。


「ま、モンスターもそれが分かっているのかね。あまりここには来ないのだよ。野生動物と一緒さ、危険に敏感ということのようだ」


 カセットコンロで湯を沸かしながらそう説明する医師。


「ああ、後回しになってしまったが私の名前は宝利圭介。医者をやっている。……こんななりだが、10年前に臨床研修も終わらせた一応・・ちゃんとした医者だ」


 ヨレヨレの白衣と不健康そうな痩せ細った顔では説得力がないと思ったのか――或いはいつもこういう物言いをしているのか。

 宝利はそう自己紹介しニヤリと笑った。

 これで安っぽいメガネでもかけてタバコを使っていれば、いかにも怪しいモグリ医者にでも見えそうだ。


「私はユナ。ロマンを求めてさすらう気ままな旅人よ!」

「単なる命知らずの根無し草だろ」

「ロマってかっこよくない?」

「まったくそうは思わない。ジプシーの実態を知ってから言え」

「え~!」


 宝利の言葉にユナはプクーっと頬を膨らませ抗議の異を示すが、宝利は気にもかけようとしない。

 若い女性のそんな仕草だ。人によっては可愛いと評する者も居るだろうが――実年齢を知っているだけに、むしろ痛々しく感じる宝利である。

 一見二十歳そこそこに見えるユナだが――


(まあ二十歳でも痛々しいがな)


「とにかく、コイツは各地の集落を回って物資や情報の運搬などしている。ここにある医療器具もどっかの病院から持ち出してきた物だ」

「あっちこっちで色々頼まれた物を探したり、手紙預かったりね~」


 その説明に吉田はあることを思いだす。


(なるほど。伊勢で宮司が1人で東を旅して回っている者がいると言っていたが――)

「他にもそういう方はいらっしゃるのかしら?」

「いるわよ~」

「ふーん……お話を聞くと、まるで冒険者のようですわね」

「冒険者?」


 マイラの言葉にユナは首を傾げる。

 冒険者という言葉は分かるが、なぜ自分がそう呼ばれるのかが分からないのだろう。

 そんなユナを余所に、宝利は茶筒から出した茶葉を急須にてきとうに放り、沸かした湯を注いで茶を淹れると人数分の湯呑に注いで配り始めた。


「まあ飲んでくれ」

「お茶ですわね。いただきますわ」

「いただこう」

「どうも」


 マイラには大陸にはないため未だ慣れない飲み物であるお茶。

 その独特の苦みはあまり好みではないのだが、それで文句を言うほど不作法ではない。

 澄ました顔で盆に乗った湯呑を受け取る。

 同じく吉田と李も湯呑を受け取り――あまり期待せずにお茶を口にした。


「これは――」

「どうなさいましたの?」


 そもそもお茶に慣れていないマイラには分からないこと。

 吉田と李は、ここで飲めるお茶の味に期待などしていなかった。

 東日本の状況を考えるに下手をすれば数年物の飲めるかどうかも怪しい代物が出てくることすら想像していた。

 しかしそれが外れ思わず目を見開く。

 淹れ方がいい加減であるため、お茶のうま味出しきれてはいないが、想像よりもずっと良いお茶だった。

 それになにより――


「新茶!?」

「二番茶よそれ」

「あ、そうですか……」

「先月静岡で採れたのを少しだけ貰ってきたんだけど、それ出しちゃうなんてせんせいーも太っ腹だね」


(!?)


  流石に表情こそ変えないが、その言葉に吉田と李は内心で舌打ちする。

  視線をこのお茶を出した人物へと向けると、


「……あんたら、西から来たのだな」


 不健康そうな細身の中年医師は、そう口に出した。




「なるほど。政府の人間に、このお嬢さんとあのけが人は大陸からの、冒険者……」

「へ~西日本は面白いことになってるわね!」


 一行の自己紹介と共に、西の大雑把な状況、大陸の冒険者のこと、日本に現出した神々、神霊術・神霊力、東に来た理由などを聞き、情報を反芻しながら考え込む宝利と、興味津々といった感じで面白がるユナ。

 吉田が手に神霊術の光を灯して見せると、ユナは「おおー!」と驚き声をあげマジマジトそれを見る。


「これが神霊術かぁ。魔法だね~。それと――ふーん、これ神霊力って言うんだ。でも神様ってのはちょっと信じられないわよ」

「……いや、そうでもないな。熱田のことがあるだろう」

「あ、そっか! そうかぁ確かにそうだわ」

「アツタ?」


 勝手に納得する2人の言った熱田というのが何を指すか分からず、マイラは首を傾げる。


「熱田。熱田神宮のことだろう。この先の名古屋市内にある神殿だ。かつては、この国の皇位継承に必要な神器が置かれていた。今は運び出されているがな。その神器その物を熱田大神として祭っているのだが――天照大神の別名だな」


 諸説あるが、状況的にそういうことだろうと吉田は推測した。

 もちろん熱田大神が熱田大神として顕現している可能性もあったが、ユナや宝利の反応を見る限りそうとは思えない。


「そうそう。あの神社の周辺って不思議とモンスターが寄り付かないのよね。変な光に守られて。だから、ここいらじゃあそこが一番大きな集落になってるし」

「アマテラスさんの結界ですわね。ですけど、そのままではいずれ結界は小さなものに変わってしまいますわよ」


 本人が訪れたことのない社だ。

 他の天照大神を祭る社と同じく、地脈を通じてつながることで天照が意識せずとも最低限の結界を維持していたのだろうが、依代となる物がなければ徐々に弱まる一方である。


「マジ!? うーん。じゃあ一度伊勢に行って来てもらわないといけないわね」

「それよりもだ。他にも近くに人の住んでいるところがあるのか?」

「あるわよ~。名古屋周辺だけで10か所くらい。愛知全体だと、私が把握しているだけで30か所。実際はもっとあるはずだけど。私の行動範囲は濃尾平野を中心に静岡の西側辺りまでだけど、その中だと把握しているだけで100は超えるわ」


 つまり実数は更に多いということだ。


「モンスターに襲われないのか?」

「そりゃ襲われる事もあるわよ。でもそう危険じゃないわよ~。現に私みたいに各地を回っている奴もいるし」

「バカを言え……」


 軽く言ったユナに宝利のツッコミが入る。


「集落だと滅多に襲われないが、お前らみたいなのは10人に3人はモンスターに襲われて死んでいるだろうが。十分危険だ」

「え? そんなに?」

「……なんでお前が驚くのだ」


 思わず飽きれて頭を抱える宝利。


「10人に3人……確か中国地方において、人が移動中にモンスターの被害に遭う確率が100人中1人程度だったな」

「あそこは自衛隊が各地を警備巡回していますから比較はできませんが……確かに危険なようですけれど」


 と、そう言いかけて李はマイラを見る。


「何かしら?」

「大陸ではどうなのでしょうかマイラさん」

「――そもそも、モンスターが徘徊する場所を護衛もなしには出歩きませんわよ」


 李の問いにマイラはそう答えた。

 大陸では、整備された主要な街道ならば護衛なしでの移動もあるがそうでない道では基本的に一般人が敢えて通ることはしない。

 とは言えだ。


「街道から外れた町や村の人間が余所に行く必要もありますし、そう言った場所を訪れる行商人もいます。大抵そう居た方々は護衛を雇う金銭もなかったりしますから危険を承知で危ない道を通ることとなりますわね」

「それで、どのくらい危険なのです?」

「ハッキリしたことは言えませんわ。地方や場所で状況はまったく違いますから。――ですけど、今うかがったお話しに比べますと大陸での移動の方がまだ安全な気がしますわね」


 やはり東日本の状況は、大陸と比較しても危険なものらしい。

 しかし、どうにも吉田や李には違和感がぬぐえない。

 彼らが、そして西の人間が考えている状況。あのモンスター侵攻や岡山での現状から生まれる予想よりもよほど安定している様に感じられるのだ。


「こっちも地方では大分違うわよ。基本的に北の方がモンスターは多いし、琵琶湖方面には特に危ないって仲間内では言われているわよ。逆に静岡辺りだと殆どモンスターと出くわさないし」

「……」


 やはり西日本の認識はズレている――ユナの話に吉田はそんな想いを強くした。

 せっかくここまで来たのだ。帰る前にその辺りを探りたいところである。


「さて。すまんがユナ。伝言を頼みたい」

「いいよ~」

「この人らの怪我人の治療のためにしばらくここを離れられない」


 異世界人だとなると、どういう反応がこの後あるか分からんからな――と先ほどの輸血が実は際どい物であったことに気づき、内心で迂闊だったかと考えながら話しを続ける。


「名古屋の方に数日は戻れないと伝えておいてくれ」

「了解。報酬は?」

「手紙書いておいてやる。むこうで飯を出してもらえ」


 2人のやり取りに李は首を傾げた。


「宝利先生はここの方ではないのですか?」

「私は本来名古屋にいるのだ……こっちには別の医者と交代で時々やってきて長島の住人の様子を見ている。医者が足りなくてな」

「なるほど」


 どうやら東日本のコミュニティーはそれなりに工夫しながらやっているようだ。


「で、あんたらはどうするのだ?」

「そうですわね。レオはもう数日は動かせないのでしょう?」

「そうだ。取りあえず1週間は様子を見る。後は経過次第だ。急ぐなら、あんたらの言う通り神様の力で何とかしてもらえばいいのじゃないか?」


 まったく商売あがったりだなこりゃ、と軽い口調で付け加える。


「――分かりました。主としてお礼は十分にいたしますので、レオのことをお願いいたしますわ」

「医者として全力は尽くすよ」

「ついでと言ってはなんですが、しばらくレオを預かっていてはもらえないかしら?」

「どうせ動かせないのだから構わんが……」

「ユナさん」

「なになに?」


 マイラに名を呼ばれユナが返事をする。


「私、名古屋港に用があるのですが道案内をお願いできないかしら?」

「いいわよ~。どうせ途中の通り道だし」


(ふむ。レオを任せたまま、その間に仕事を終わらせるつもりか)


 公爵家の箱入りであるマイラにとって、道楽か隠れ蓑としての冒険者という職だろうとどこかで考えていた吉田であったが、意外とやるべきことはきちんとやるという義務感は持っているらしいと見直す。


(いや……違うな)


 ここまでの旅路を思い出せば、マイラは決して遊びや道楽で冒険者をやっている素振りはなかった。

 それどころか真摯であったとすらいえる。


(思い込みは目を晦ませる、か)


 東日本に対する見方と同じだ。

 目に見えていても思い込めば歪んで見える。

 見極めるべきことが多いなと思いつつ、吉田は名古屋への道順を相談するマイラとユナに、自分の同行を申し出ようとするのであった。


ユナのセリフ内容に引っかかる点があるかもしれませんが基本的には意図した物です。


徐々に東日本の状況が明らかに。

西の考える以上に状況は良さそうか?


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