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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第3章 東日本編
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第69話 クエスト『お伊勢参り』4

 長野峠を超えた国道163号をそのまま東へ進めば、道はやがて三重県の県庁所在地であった津市中心に至る。

 そこから目的地のある伊勢市までは、南にある松阪市・明和町を通る国道23号――伊勢街道を進めば目と鼻の先だ。


 津市内で一泊した一行は、進路を南に伊勢へと向かう。

 流石に県庁所在地であっただけあり、しばらくは賑やかな繁華街――の面影残る町並みが続く。

 適度に開発された同じような店がならぶ、どの地方へ行っても見られる日本の画一的な風景。

 そんな風景も、ボートレース場を過ぎ南の出雲本郷町に入れば徐々に変わり出す。

 開発されず残った田畑や、古い民家。

 もし、転移がなければ或いはこの辺りまで画一化が進んだかもしれない。

 しかし現実は転移とモンスターの侵攻により人々は全てを捨てて西へと逃げる羽目になっている。



 雲出川を渡り松阪市に入る。

 伊勢湾を左手に、三渡川を越えしばらく進んだ先で国道は左手に大きく進路を変え、明和町を目指す。


 人の手の入らない街は今も朽ち続け、波にさらされる堤防も所々大きく破損しその内側までも海に侵されていた。

 建物は流石に形を保っているものの、ガラスは砕け金属は錆びゴムは熱のため固まりひび割れている。

 道路の陥没も目立ち、切れて垂れ下がる電線は邪魔なことこの上なかった。

 そんな松阪市内を進み、阪内川・愛宕川・金剛川を越え櫛田川に差し掛かったところでのことであった。


「むぅ?」


 徐々に近づく目的地に急く気を抑えつつ歩を進める天照が、周囲の風景にふと目をやった時何かに気付いた。


「どうなさったのかしら?」

「いや……田畑がな」

「田畑?」


 そう言われてマイラも周囲の田畑に目をやるが、そこは人の手も入らず雑草生い茂る田畑が一面に広がっている。


「……この地の者どもがここを捨てて何年じゃ?」


 不意の問いかけに、この国の者ではないマイラは即答しかねた。


「転移が12年前。東海道でモンスターを押しとどめたのがその翌年。更に次の年ですから、ちょうど10年前です」


 マイラに代わって答える吉田。

 その言葉に、「10年か……」と小さくつぶやきながら天照は足を止めた。


「何か気になることがおありですか?」

「うむ……お主ら、10年放置された田畑がどうなるか見た事はあるかえ?」

「ありませんわ」

「ないです」

「ありませんな」

「そうですねぇ」


 転移前であれば10年も放置された耕作地など各地にあったのだが、あいにく吉田も李も見たことが無かったようだ。

 マイラとレオも同じ返答である。


「ならば。ここに来るまでの田畑は見ておろう」

「まあそれほど意識してはいませんでしたが一応は」

「うむ。どちらも放棄して10年のはずなのじゃが……荒れ具合が多少違うような気がする」


 そう言いながら天照は目の前の田畑を指さした。


「今までの場所に比べ、こちらの方が捨てられてから期間が短い様じゃ。雑草の茂り具合や、土手の壊れ具合がじゃ」

「よく見てらっしゃいましたわね」

「ふん。わたくしは農耕神でもあるのじゃ。当り前であろう」

「まあおっしゃりたいことは分かりました。つまり、この辺りは人々が逃げた後も耕作が続けられていたと?」

「そういうことじゃな」


 ふむ、と吉田は考え込む。

 行っていたとすれば残留者であろう。

 政府の避難指示を無視し、何らかの事情で東に残った、はたまた取り残された人々。

 つい先日、この西の方の紀伊山地にて山の中で暮らしていた残留者を冒険者が発見したというニュースが流されたばかりである。

 ここで残留者が食べ物を手にするために農作業を行っていても不思議ではない。


(だが、果たして可能なのか?)


 今自分たちは、天照という強力な存在がいるためモンスターに遭遇することもなく旅を続けているが、この辺りにも本来はモンスターがいるはずである。

 大陸の様に、冒険者を使い定期的に討伐したり追い払ったり、或いは中国地方の様に自衛隊が見回りを続けているのならともかく、残留者にそんな手立てはないはずである。

 果たしてこれはどういうことか。


「ここから伊勢まで後どのくらいじゃ?」

「地図を見る限りでは、急げば今日中にはつきそうですわね」

「そうだな。道なりに進めば20kmといったとこか。今日歩いた距離の倍より少し長くなる」


 そう言って見上げた空。

 太陽は中天を過ぎている。


「急ぐぞ。夕刻前には付きたい」


 そう言うと天照は再び――先ほどより速度を上げて歩き出した。



 櫛田川を越えて進み明和町から伊勢市にかけての田園地帯を国道23号は通る。

 伊勢市内に入ると、再び店や工場・倉庫などの廃墟がちらほらと見えてきた。

 更に先に進み宮川に差し掛かったところで、一行は国道を外れ脇の県道60号へと移った。

 国道23号は、このまま東へ蛇行しているため伊勢神宮に向かうには遠回りになってしまう。

 県道であればまっすぐ南下するため、距離にして5kmほども差がある。

 歩きであれば一時間近くの差だ。


 県道60号から748号へ入り南下。

 進むことそのまま3km。


 一行は遂に、伊勢神宮――その外宮へとたどり着いた。




 伊勢にある神宮は正しくは「伊勢神宮」ではない。

 天照大神を祭る皇大神宮(内宮)と、豊受大神を祭る豊受大神宮(外宮)。この2つを合わせて「神宮」と呼ぶのが正しい。

 ――細かく言えばさらに書くべき事柄もあるがここでは省略する。


 豊受大神は食物・穀物を司る神であり、元は丹波国の神である。

 なぜその神が伊勢で祭られているかと言えば、天照大神が雄略天皇の夢枕に立ち、


「1人じゃ食事もできないので、食べ物の神である豊受をここに呼んでよ」


 と頼んだからだとの言い伝えがある。


 それはともあれ。

 こうして「伊勢の神宮」はこの2柱をもって神宮たりえているわけであるが、一般的に伊勢神宮といえば天照大神の神社であり、転移前伊勢に参拝に訪れた人々も内宮には行っても外宮には行かなかったという者が大勢いた。

 そんな伊勢の外宮であったが。



「あんたら、どっから来たんだ!?」


 近くには市立図書館もある市道の道の真ん中。

 棒を手にした中年の男が、警戒心も露わにそう誰何してきた。

 周囲には数人の男――若い者から中年、老人もいる――がそれぞれ手に何らかの得物を持ち様子をうかがっていた。

 よくよく見れば、近くの民家の窓からも視線を感じる。


「この辺りじゃ見かけない顔だ」


 それはそうだろうと吉田は内心で思う。

 吉田と李はまだいいだろう。だが、マイラとレオは外国人。それも目の前の者たちから見ればコスプレか何かにしか見えない鎧姿だ。

 更に天照に至っては、ここに入る前に正装に服を着替えている。

 一体何の集団か分かる方がどうかしている。


「ああ、驚かせてすいません」


 警戒を解くため、李が笑顔を浮かべたまま前に出る。


「実は、わたしたちは西からきまし――」

「西だと!」


 その言葉に、周囲が殺気立つのが分かった。


「俺たちを捨てて行った連中が今更何をしに来た!?」


(あ、これはしくじりましたね)


 この可能性は考えておいてしかるべきであった。

 東に残った者たちが全員自らの意志で残ったとは限らない。

 いや、仮にそうであったとしても過酷な生活から西へ行った者を恨んでいる可能性は十分にあった。


「まって、ください。私たちは警察の者でして、今日は――」

「黙れ!!」


 聞く耳など持たないとばかりに男が怒鳴る。


(まずいな……)


 吉田はチラリと事態を見守っているマイラを見た。

 彼女も含め、仮にここで襲われてもどうにか切り抜けるくらいは出来る。

 だがその場合、間違いなく相手に死傷者が出るだろう。

 さすがにそれは許容できない。


(一応彼女には釘を刺しておくか)


 吉田がそう考え口を開こうとした時であった。


「そこまでにせよ。この者たちはわたくしをここまで連れてきただけじゃ。責めを受ける謂れはない」


 口を開いたのは天照である。


「あ、あんたは何者だよ」


 おそらく、コスプレにしか見えないマイラたち以上に、彼女が何であるのか気になっていたのだろう。

 なにせここは伊勢の神宮。そして彼女の服装――赤と白を基調とした袴風の絹の神服に、太陽を模した飾り。首には勾玉。

 この如何にもな装束が気にならないはずがない。


「わたくしは天照大神。今日、この伊勢の神宮へと還御した祭神。日ノ本の民の総氏神である」


 真っ直ぐに、男の顔を見て天照はそう言った。


『…………』


 その言葉に一同は言葉を失う。



(……無理か。まあ、最初に現れた時の二の舞だろうな)


 数年前。天照を始め神々が西日本で現出した際、初めが誰もそれを信じようとはしなかった。

 当然と言えば当然の反応。

 一体誰が「神です」と名乗られ信じるというのか。

 その後の紆余曲折は既に書いた通りである。

 今でこそ神、或いはそれに類する強力な何がしかの存在と認められているが――


「おい……」


 対峙した男が呼びかけたのは、天照ではなく近くにいた別の若い男に対してであった。


「急いで内宮の宮司さん呼んで来い」

「――え?」

「呼んで来い!」

「はい!!」


 怒鳴りつけられ、若い男は慌てて走り出す。


「……何かしら?」

「さあ――」


 マイラに何と尋ねられた李であるが、彼にも分かるはずがない。

 だが、この反応は――


(もしかすると、もしかするかもしれませんねぇ)


 どの道こうなれば、後は流れに任せるしかない。

 微動だにせず立つ天照と、遠巻きにする住人たちに気を配りつつ、4人は事態が動くのを待ち続けた。


 若い男が走り去って20分ほどが経った頃。

 未知の向こうから1台の自転車を漕いで、初老の男がこの場に現れた。

 本来は真っ白であったのであろういささか汚れた狩衣姿の神主である。


「はぁ! はぁ! はぁ!」


 年甲斐もなく全力で漕いだためか完全に息があがっておりよろけながらの運転であるが、それでもなんとかこけることなくやって来た。

 到着し、そのまま投げ出すように自転車を置くともつれるような足取りで天照の前まで駆け寄り、そのままひれ伏す様に倒れ込む。


「お、恐れながら…はぁはぁはぁあ、あなたさはぁはぁ……あまてらす……」


 呼吸が整わずまともにしゃべることも出来ない老人に、天照はそっと膝を折りその肩を叩きながら『落ち着け』と声をかけた。


「え、あ、これは御見苦しいところを――ん、呼吸が!」

「これでまともに話せよう。さ、何かあるのじゃろう。申してみよ」

「あ、あ、ああ……お待ち申しておりました! 天照坐皇大御神あまてらしますすめおおみかみ!!!」


 ははぁーっとその場に平伏しながら感極まった声を上げる。

 その様子に、再び立ち上がった天照は軽く微笑みながら声をかける。


「許す。面を上げよ――」

「ははっ!」


「まさか、本当に……」

「アマテラス様かよ」

「お伊勢さんの?」

「おい、これで――」

「やった! 俺たち助かるぞ!」


 天照と老神主のやりとりを見て、周囲がざわめき始めた。


 その様子に、天照がスッと手をかざすと一同はピタリと話しを止める。


「皆の者。出迎え大儀である!」


 皆、天照の言葉に聞き入っている。


「長らく苦労を掛けたがもう心配いらぬ。今日よりこの地はわたくしが治める。皆、もはや恐れることはない。安心いたせ!」


 決して大きな声ではなく、しかし皆に届く声。

 気づけば、いつの間にか周囲の家からも出てきた人々が天照に対して手を合わせ伏し拝んでいた。



 2024年7月。

 日本の最高神・天照大神はついにその本拠地である伊勢神宮に至った。


最後は少し短かったですが、伊勢到着によりクエスト「お伊勢参り」終了。

筆が乗ったので一気にここまで来ました。

次回、伊勢での話を入れた後天照様は一度抜けます。

気付かれたかもしれませんが、今クエスト中の実質主人公は天照様でした。

今後も最終章まで重要なキャラクターとして登場し続けます。

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