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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第3章 東日本編
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第66話 クエスト『お伊勢参り』1

 福岡市中央区大濠公園近くにある冒険者ギルド日本方面福岡支部。

 九州・四国内にある数少ない冒険者ギルドの支部である。

 基本的に冒険者を、対モンスター要員とみなしている日本政府にとってモンスターの進入がない地域には冒険者に入ってきてほしくはない。

 しかし冒険者側にすると、モンスター退治を目的としたクエストというのは数あるクエストの種類の中の1つでしかない。

 大陸から依頼を受け渡って来た冒険者の中には、このモンスターがいない日本人の生活圏にこそ用がある冒険者も多数いる。


「おめーら武器持っている上に順法精神薄いから危ねーよ。こっち来るな」


 と面と向かって言えれば日本も楽なのだが、流石に危険地域だけに追いやって美味しいとこ取りでは冒険者ギルド側も納得しない。

 そもそも、冒険者ギルドの受け入れには日本がこの世界に馴染んでいこうとしている証だと大陸諸国へのアピールの意味合いもある。

 そのため、日本側も安全圏である九州・四国へのギルド設置を認めざるを得なかった。


 その中でこの福岡支部は、冒険者ギルドの日本進出前から準備室として使われていた場所であり、現在もその流れから冒険者のための支部というより、冒険者ギルドが日本と渉外するための事務所的な意味合いが大きな場所であった。


 現在この支部長を務めるのは、日本方面副支部長も兼ねるエドモンド・ルマジャン・マルデーラである。

 日本方面支部長クレメンテ・シンパン・アルカラスと共に、日本の冒険者ギルドを方面支部として独立させるために尽力した男だ。

 独立自体は既定路線だったとはいえ、立ち上げから僅か2年――結果だけ見れば立ちあげからそのまま――でそれに漕ぎつけた彼とクレメンテの手腕は疑いようのないものであった。

 この2年間で日本のやり方や常識にも通じ、日本側からの評価も高い――手強いという意味も含めてだが。


(まあでも……)


 こうしてその彼と向かい合う佐保登紀子三等陸尉にとっては、また別の感想を抱く人物だ。

 エドモンドと佐保の付き合いは、冒険者ギルド準備室立ち上げの頃からでもう2年ほどにある。

 最初の頃の日本のやり方・常識・生活習慣に慣れず、失敗や周囲から見れば間抜けな行動を取っていた姿を見ているだけに、キレ者という印象よりもっと気安い物を感じていた。

 準備室が解散し、佐保が防衛省統合幕僚監部情報本部冒険者対応室に移動した後も時々連絡を取り合っていたし、仕事の関係で会うこともしばしばあった。

 この数か月は、佐保の事情により会えなかったが、相変わらず長めの髪をオールバックにした細身のその姿に変わりはない。


「そう言えば、昇進されたそうですね。おめでとうございます」

「どうも。まあ望んでいる訳じゃないんだけど、どういうめぐり合わせか気づくと尉官まできちゃったわ」

「――出世したくても出来ない方が聞いたら後ろから刺されますよ」

「流石に言わないわよ」


 そう言って笑って返す佐保であったが、実のところあまり洒落になっていない。

 もう3年近く前。この日本に初めて冒険者が足を踏み入れた時、佐保は三等陸曹であった。

 それがとんとん拍子に階級が上がりそしてついには尉官である。

 確かに、転移後はモンスターとの交戦が起こる様になり戦功が昇進の条件に勘案されるようになったため、スピードは上がっているがそれでもこの速さは異常だ。

 当然ながらこの昇進を不審に思う者、やっかむ者もいる。

 佐保もそれを自覚しており、普段は努めて敵を作らない様気を付けているのだ。


「それで、あの2人のことだけど――」

「ああ、あの警察の吉田さんと李さんですね」

「そう。紹介はしたけど一応気になってね」


 そう話しながら、佐保はつい先日の出来事を思い出していた。




「やあ佐保1曹。お久しぶりです」

「いや、幹部候補生学校を卒業して今は3尉だ」

「ああ、これはうっかり。昇進おめでとうございます」

「おめでとう」

「……」


 冒険者ギルドとの折衝のため訪れた福岡。

 出張扱いだが夕食は豪華に行こうと考えていた佐保。

 しかし、またも自分が探し当てた穴場の店に待ち構える男2人の姿に頭を抱えたくなった。


「しかし、本来9か月必要な期間をこんなに短縮して陸自は大丈夫なのでしょうかね」

「ポンポン士官を促成して大丈夫なはずがない。近畿撤退後は士官が不足していたから一時的な措置だったはずだが、そのままなし崩しだ。質の低下は問題になっている」

「それは1国民として憂慮すべき事態ですね。まあ、おかげでこうして佐保さんと会えたのですから良かったと思いましょう」


 そう言いながら料理は注文してありますよと笑顔を浮かべる元中国スパイで現公安の李と、笑顔1つ浮かべず席を勧める同僚の吉田。


(何が良かったよ! あんたたちに関わるときは面倒事の前触れじゃない!)


 そう内心憤るが逃げ出すわけにはいかないだろう。

 どうせ向こうの奢りだろうから、せめて好きなだけ飲み食いしてやろう――そう決意して席に着く。


「……それで、今日は何の御用ですか?」


 あからさまに警戒する佐保に李は苦い笑みを浮かべ吉田は顔をしかめる。


「そう警戒しないでくれ」

「時間の無駄ですから単刀直入に言ってください。面倒な話はさっさと済ませて美味しくご飯食べたいんです」

「むっ……そうか」

「――では、単刀直入に。現在、冒険者としてジャンビ=パダン連合王国の有力貴族の子弟が日本に入国しています。情報をお持ちでしたら提供してください」

「無理です」


 言下に切り捨てた。


「これはこれは――取り付く島もない」

「情報漏えいに当たる可能性がありますので。悪しからず」


 そうわざとらしいくらいの仏頂面で答えた佐保に、吉田は少しだけ唇を上げる。

 どうやら笑っているようだ。


「学校は無駄じゃなかったという訳かな。自覚を持っていて結構。こちらの質問の手がかりとなりそうな返答をしない点も良い」

「それはどーも。だいたい、何で公安の――外事の人がそんな事調べてるんですか?」

「おや、何故外事だと?」

「勘です。それより、何故ですか? 仮に大陸の貴族だろうが王族だろうが、冒険者として来ている以上何か問題が?」

「スパイ――という可能性がありますよ」

「今更です」


 佐保は言い切った。

 冒険者と、おそらく日本人としては1番長く関わっている佐保は既に知っている。

 冒険者を使って情報収集をするというのは、大陸に置いて当たり前に行われている行為であり、時には国の間諜を冒険者として活動させることもしばしばだ。

 その点は日本政府も了解しており、冒険者――特に九州・四国へ入る者や自衛隊施設に近づく者はその動向が監視されている。


「冒険者の立場ではそれほど高度なスパイ活動は無理です。それよりも、最近増えている大陸の商会の人間の方が危ないでしょ」

「そっちはそっちとして。ですが可能性がある以上放っておけませんよ」

「それに、今の日本は連合王国との繋がりがない。過去大陸の覇者であり、現在も大陸西部で大勢力を持つ王国とつながる人物の入国は――」

「絶好の好機ってわけですね」

「そうだ」


 その言葉に、佐保はハァっと溜息をつく。

 つまりそういうことだろう。


「結局、得点稼ぎですね」

「私たちの業績の?」

「単に職務をこなしているだけだ」

「にしてはこじ付けが酷いでしょう。前に自衛隊に絡む件もそうです。あれは明らかに職分から外れた調査でした。……外事はそんなに危ないのかな?」


 少しだけ口調を変えた佐保に不審を覚えながらも吉田は尋ね返す。


「どういうことかな?」

「情報機関の再編成。日本版CIAの設置」

「……」

「……」


 思わず黙り込んでしまった2人は、即座に愚を悟る。

 今の反応は拙かったと。


「いちおう冒険者対応室は情報本部の部所ですよ。そんな話は伝わってきます」


 少々彼女を見くびっていた――内心でそう思いながら、吉田は即座に方針を変える。


「……お見事だ。ま、どこの部署も再編成で首が飛ばないよう、新設部署で主導権を握れるよう躍起になっているところだ」

「ハッキリ言って転移で不要になった部署が多数ありますからねぇ。うちも、この世界相手に規模が大きすぎると言われていましたし」


 李も吉田を止めるでもなく話を合わせてくる。

 どうやら方針転換に賛成らしい。


「それで、連合王国の重要人物を確保して得点稼ぎってわけですか」

「ぶっちゃけるとそうなりますねー。他も既にこの件で動いています」

「幸いうちなら名目は立てやすい。君が言う通り少々強引だがな」

「そういう訳で佐保さん。是非とも協力してくれませんか?」

「何で私が……」


 露骨に嫌そうな顔をする佐保だが、李は引く気配を見せない。


「いやいや、佐保さんにとっても悪い話じゃないですよ。佐保さんがこのまま自衛隊の中で生きて行くなら、ね」

「下士官で終わるならともかく、士官となったのだ。自衛隊外部での情報源は多いにこしたことはない」

「今回の件がうまくいけば、我々は政府に対して大きくその実力を誇示できます。新設の情報機関でもそうおうのポジションを任されるでしょう」

「何も犯罪に加担しろというわけではない。教えてほしいという情報も、機密というわけではない」

「佐保さんにご迷惑はかけません」

「今後君が私たちの力が借りたいと言った時に協力は惜しまない」

「お願いしますよ、佐保さん」


 2人の説得に心が揺らぐ――以前に段々と面倒になってきた佐保。

 抵抗疲労という説得、或いは洗脳手段だ。

 繰り返し頼まれると断ることにだんだんと疲れつい受け入れてしまうという物――例えば欲しくもない物を何度も勧められ思わず買ってしまうなど――で日本人は特にこれに弱い。


「……分かりました」


 折れてしまった佐保であるが、さすがに全面降伏は出来ない。

 自分のバックを漁り、名刺入れを取り出すとそこから1枚の名刺を差し出した。


「と言っても、直接私がどうこうは言えません。ですからこの人を紹介しますので自分で尋ねてください」


 それが今できる精いっぱいの妥協です――と付け加える。


「エドモンド・ルマジャン・マルデーラ……」

「日本支部のナンバー2ですね」


 李と吉田は満足そうな雰囲気を見せる。

 冒険者ギルドのトップ層への足掛かりが出来たのだから十分な成果であろう。


「ありがとうございます」

「礼と言ってはなんだが、今日は私たちの奢りだ。好きに頼んでくれ」

「言われずともそのつもりです」


(自衛官の食べっぷり甘く見ないでよね)


 この後佐保は、せめてもの意趣が言えしにと散々に料理を注文することになるのだが、上機嫌な2人はまだこの後の運命を知る由もなかった。




「ええ、色々と探られましたよ。ですが、流石に明け透けには」


 この時点において、連合王国のピナマラヤン公爵家は冒険者ギルドにとって重要な貴族だ。

 その家の者の素性など簡単に明かすわけにはいかない。

 もっとも、次の定期船が到着すればエドも手のひらを返したかもしれなかったが、この時点で冒険者ギルド本部とピナマラヤン公爵家の決裂は情報として伝わっていなかった。


「じゃあまったく情報なく追い返したの?」

「いやあ流石に今後の付き合いも考えるとそれは」

「それじゃ何を教えたのよ」


 佐保の言葉に、エドは右手の人差し指と中指を立ててみせる。


「教えたことは2つ。1つは、どういう人物であれ現時点で日本いる冒険者はまずは彦島のギルドを拠点としなければいけない、ということ。そして私の出身でもあるルマジャンの高い身分の者共通の特徴を1つ。それは――」

「それは?」


 思わず前のめりになる佐保に、エドはニッ笑顔を浮かべ、


「特徴的な笑い声です」





「おーっほっほっほっほ!! では行くといたしましょうか」

「ほほほほほほほほほほほ!! うむ。参るといたそう。目的地は伊勢じゃ!」


 高笑いを上げる2人の女――正確には1人と1柱だが。


「はいはい。しかしすみませんね。荷物持ちまでさせてしまって」

「気にしないでくれ。無理を言ってついてきている身だ。これくらいは構わない」

「そうですよ。その代わりモンスターが出てきたときは頼みますね」


 レオがすまなさげに言った相手は、吉田と李である。

 2人ともやたら大きな荷物を背負っている。

 1つは東へ向かうに当たって2人が用意した物であるが、もう1つは違う。


「ほれ、持ち運びには気を付けよ。壊れ物故丁重に扱うのじゃぞ」

「承知しております天照様」

「今回もまずは岡山ですわね」

「ああ、船はダメじゃ。途中に用がある故陸路じゃ」

「おーっほっほっほ! それは好都合ですわ」


 そんな会話を交わしながら宿を後にする2人。

 その後ろをレオがいささか呆れた顔で、更に後ろを無表情な吉田と笑顔を張り付けた李が続く。


(さて……課長には任せていると言われていますが上手くいきますかね)

(まさか神様まで一緒とはな。前途多難だ)


 小声で話し合う李と吉田。

 彼らの目論見が上手くいくかどうかは、神すら知らぬことであった。




 一方その頃の太宰府。


「見つかったか!?」

「ダメだ、やはり市内にはいらっしゃらない」

「世話係は何で気づかなかった!」

「仕方ありません。またいつもの引きこもりと思っていたのです」

「しかし3日だぞ!?」

「最長で1週間隠れていたこともありますので……」


 太宰府天満宮の社務所では、禰宜や巫女たちが慌ただしく駆け回っていた。


「天神様いかがいたしましょうか?」

「ふむ……」


 天神――そう呼びかけられたこの神社の神・菅原道真に周囲の視線が集中する。


「まったく主上の気まぐれにも困ったものだ」


 道真に主上と呼ばれる神・天照大神の姿が、境内は愚か周辺のどこにもないことを一同が気づいたのは今日の朝であった。

 最後に世話役の巫女が姿を見たのが3日前。

 先ほど彼女自身が言っていた通り、姿を隠すことはちょこちょこあったため今まで気に留めていなかったのだが、ちょうど天照に用があった道真が彼女の神霊力がどこにも感じられないことに今朝気付いた。

 急いで、しかし秘密裡に、梅雨の雨の中境内や市内で天照がいそうな場所の捜索が行われたが夕方が近づいた今になっても未だ発見出来ていない。


「警察に連絡すべきでしょうか?」

「……警察、いや政府に連絡すべき事柄か……」


 果たしてそれがどういう結果となるか道真は脳裏でシミュレートする。

 これでも『菅原道真』は最後で敗れたとはいえ、宮中での政治闘争を勝ち抜き右大臣にまで昇った政治家である。

 他の神々よりよほど「政治的」な考え方の出来る神格であった。

 その鋭利な頭脳で、これがどういう結果につながるかを考える。

 政府の対応、日本の情勢、神社本庁との関わり、自衛隊――


「政府に連絡をいれよう。すまないが、手続きを頼みます」

「分かりました。大至急に」


 そう言って禰宜の1人が慌ただしく部屋を出て行く。

 道真に直接政府に連絡する術はない。迂遠であるが人を通して連絡するしかなかった。


「政府に連絡がいくまでしばらく時間があります。主上の捜索はいったん中止して、通常の仕事を行いなさい」


 そう集まった一同に向かい道真が言った時、出て行った禰宜とは別の禰宜が顔を引きつらせて部屋に走り込んできた。


「て、天神様!」

「どうしました?」

「実は、発注していた例の物のことで……」

「……あれですか。今日到着予定でしたね」

「そうなのですが、午前中には届くはずだったので運送会社に連絡したところこれが――」


 そう言って2枚の紙――Fax用紙をおずおずと差し出した。


「いったい何が……」


 1枚目文面を見た瞬間、道真の表情が固まり、2枚目を見た瞬間――


「お、おそらく。天照様もそこに――」



「しゅ、しゅ……しゅじょおおおおおおおおおおお!!!!!!」



 道真の叫びに呼応するかのように、雨雲に雷鳴が轟いた。


 道真の手にする紙には、太宰府天満宮から依頼という形で天満宮へと送られる荷物が山口県下関市彦島へと送るようにとの変更手続きの書類。

 そうしてもう1枚には、


『貢物はありがたくいただいた!』


 と、主神手ずからの文があった。


今、式年遷宮で話題の伊勢へ。

因みにこの世界での式年遷宮は行われております。

ちょうど東海道でモンスターを抑えている時期ですね。

次回まで残り9年。はたして間に合うのか。

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