閑話 東海道防衛戦 後編
陸上自衛隊が奮戦している頃、海上自衛隊・航空自衛隊は一体何をしていたのか。
勿論、彼らも各地でそれぞれに戦っていた。
航空自衛隊は、以前にも説明したが陸上自衛隊と共にモンスター群を迎え撃っている。
関東・中部各地の基地からは連日戦闘機が飛び立ち、飛行モンスターと交戦。
空自の保有する戦闘機の性能はモンスターの飛行能力を遥かに凌駕し、またその装備する火器は大半の敵を仕留めるだけの火力を有していた。
勿論無敵だったわけではない。
地上と同じく問題となったのは大型モンスターである。
小型であれば固定武装のバルカン砲で、中型ならばミサイルやロケット弾で十分撃破出来る。
ところが大型になると攻撃が途端に難しくなる。
中途半端な火力では効果が薄いこともあるが、そもそも撃ったミサイルやロケット弾が当たらないことがしばしばあった。
避けられるのならばまだ――納得は出来ないが――理解出来る。だが目標を前に爆発してしまうのだ。
おそらくモンスターの何らかの攻撃だと推測出来たが、現時点では対処のしようがなかった。
多数の同時攻撃であれば命中させることも出来るだろうが――事実、陸自は大型モンスターに対してそういった攻撃を行っている――そんな攻撃は出来ない。
結果大型モンスターに対しては、地上からの攻撃との連携。そうでなければ牽制に留めるしかなかった。
それでも、その圧倒的機動力と中型以下のモンスターを仕留めることができる火力とで制空権を確保していた空自であるが、最大の敵が迫っていた。
燃料不足である。
転移後、原油の輸入がゼロとなった日本。国内にあるまだ精製されていない貴重な原油は、その使い道の優先度が高いところへ回されることとなっている。
大雑把ではあるが、原油から精製される燃料は、ガソリン・ナフサ・灯油・軽油・重油であり、戦闘機の燃料となるジェット燃料はこの灯油から作られる。
このため、原油を精製する際、灯油とするかジェット燃料とするかという判断が必要になるのだが、ガソリンその他の燃料の取り扱いを特別法により配給制とし国の管理下に置いた日本政府は灯油として利用し民間へ供給することを優先させた。
結果転移後、ただでさえ回される量が少なかった自衛隊への燃料供給が、空自の特に戦闘機への燃料の供給はゼロとなったのである。
陸海空それぞれの自衛隊が持つ人や物資の輸送能力に対する燃料の対費用効果、などという理由が上げられたが、最大の原因は灯油の需要が増加する冬という季節が目前にあったためである。
それでいて、転移直後から空自は日本周辺の調査のため何度も飛行調査を行わされていたため燃料は消費する一方。もちろん通常の訓練も全く取り止めるわけにもいかない。
さらに言えば、政権交代により現政権となって以来防衛費は削られており当然ながら燃料の購入費もその煽りを受けている。
無論この程度の戦闘で燃料が尽きるほど備蓄が無いわけではない。
だが、戦闘はこれで終わりではないのだ。
いずれは態勢を立て直し、侵攻してきたモンスターを駆逐し放棄する羽目になった国土を奪い返す時が来る。
その時、必ず空自の戦力は必要になる。
その日のためにも、ここで燃料が尽きるまで戦い続けるわけにはいかないと考えた上層部は、住民の避難が終わった地域から順次、戦い続ける陸上自衛隊を残し基地からの撤退を指示した。
「燃料さえ十分にあれば――」
基地内の全ての航空機を送り出し、基地を後にしたとある基地司令の呟きは空自全体に共通する想いであった。
この後空自は、関東以西で行われた防衛戦で相当の戦果を挙げるも、燃料問題に目途が立たないこと、通信の不調問題、各地の工場の喪失により戦闘機の整備維持が難しくなったことなど様々な問題が重なり、自衛隊再編時には一部の軍事に疎い政治家から解体論が出るほど力を失っていくこととなる。
それでも、実質被害のないまま戦功だけ挙げた空自はまだ良かったのかもしれない。
新潟県の沖合。かつて日本海と呼ばれた海――日本人にとっては未だに日本海であるが、大陸が消えた以上ゆくゆくは名が変わる可能性が高い――に数隻の船が集っていた。
船たちは海の上で何らかの作業をしている。良く見れば海に潜ろうとしている船員がいた。
『何を馬鹿な事を!』
この世界の人間ならば思わずそう叫んだであろう。
陸に近い海であればまだしも、この様な沖合で海に潜るなど海洋性モンスターに襲ってくれと言っているようなものだ。
航海というものは陸から離れれば離れるだけ、海洋性モンスターの危険が増すものだが、船の上に居る限りはその危険はだいぶん緩和される。
だと言うのに敢えて海に潜るなど――
しかし潜水を試みる者たちに恐怖の色はない。
彼らは自分たちが乗る船を信頼していた。
そこいらにうろつく木端モンスターなど敵ではないと。
そして何より使命感に燃えていた。
海に沈んだ仲間たちを1人でも多く救うおうと。
北海道からの避難が決まった際、海上自衛隊には北海道民の避難行動を支援するよう指示が出された。
初めは海上自衛隊の保有する艦艇を使った北海道からの輸送であったが、津軽海峡を往復する民間船が海洋モンスターに襲われたことから、民間船の護衛、海上警備へと任務が変更される。
広義にはこれも避難の支援であるが。
戦場が東北へと移って以後は、海自もまたモンスターとの戦闘が任務となる。
とは言え主戦場は陸地。やることはさして変わらず、東北から脱出する人々を乗せた船の護衛が主たる任務であった。
しかし関東放棄が決定となった頃、政府から海自へ新たに指示が下される。
佐渡島の確保だ。
国内の油田で最も生産量が多いのは北海道苫小牧市の勇払油田であるが、国内油田の集中地帯と言えば新潟だ。
天然ガスも同じ状況であり、新潟は現状の日本が持つ最大の資源供給地と言える。
その生産量は日本が必要とする量の1割にも満たないとは言え、当てがない現状では最重要地であることは間違いない。
一時的な放棄は仕方ないにしろ、今後のためにも早期に再確保しなければいけなくなる。
その為の橋頭保として目を付けられたのが佐渡島であった。
本州からは最短でも約35kmという海を隔てた島ということで、陸上モンスターはまず渡海することは出来ず、海洋性モンスターは海自の保有する護衛艦や潜水艦の敵ではない。後は空の敵さえ防げば佐渡島は安全なのである。
政府の命令を受け、海自は護衛艦の半数以上を新潟沖へ移動させると共に、舞鶴・佐世保・呉からも船を出した。
元々船を使って東北・新潟から脱出する人々を護衛するために動いていたのでさして問題はなかった。
そこに出現したのが巨大海蛇――シーサーペントである。
実を言えば、海自は比較的早い段階でその存在には気づいていた。
各種の艦が持つソナーやレーダーが、日本海の海底に潜む巨大な何かを捉えており、海自ではこれを巨大生物――おそらくは海洋性モンスターと判断していたのだ。
幸いにも目立った動きが無いため敢えて刺激して暴れられては一大事であると、その動きを監視するに留めていたのだが、よりにもよってこの生物がこのタイミングで牙をむいたのだった。
いや、正確に言えば牙をむいたわけではない。
そのシーサーペントが日本の船を狙って襲ってきたわけではないのだ。
ゆっくりと新潟沖佐渡島の西に近づき浮上と潜行を繰り返しただけである。
なんら敵対的行動ではない。しかし、その大きさが仇となった。
正確な全長は不明であるが、軽く500mは超える巨体。(横須賀にいる空母ジョージ・ワシントンですら全長333mということを考えれば如何に巨大かが分かる)
そんな生物が、航行する船の真横――或いは真下から浮上すれば船はどうなるか?
言うまでもないだろう。
今のところ被害は出てないが早晩被害が出るのは確実。その上この海域での行動を大幅に制限されてしまう。
海自は船の安全を確保するため、シーサーペントの駆除を決定。
護衛艦、潜水艦による駆除作戦が行われた。
その結果――
「……」
真っ赤に染まった海を忌々しげに見ているのは、救助活動を行っている艦の中、すがしま型掃海艇の1隻を指揮する三等海佐である。
シーサーペントとの海戦を終え生き残った護衛艦や潜水艦はすでにここにはいない。
補給・修理のために帰港しているか、或いはそのまま民間船の護衛に向かっている。
ここにいるのは、海中のモンスターとの戦闘には向かないと判断され海戦には参加しなかった艦の一部だ。
「まさかここまでとは」
海戦には直接参加していない艦長であったが、戦闘経過と結果はすでに知っている。
戦闘に参加した者たちは皆よく戦い、海の怪物シーサーペントを見事に討ち果たした。
――3隻の護衛艦と2隻の潜水艦の犠牲と引き換えに。
(損害を考えれば大敗北なのではないか)
1隻失うだけでも大損害だというのに合計5隻の損失である。
同じことを考えているのは彼だけではないだろう。
そもそも、転移時点ですべての艦艇が共に転移してきているわけではなかった。
転移時にたまたま日本から離れていた艦もあり、それらはこの世界には存在していない。
巡視船のほぼ全てを尖閣問題のため沖縄に集結させていた結果、9割もの巡視船を失った海上保安庁と比べればマシであるが、今回の件と合わせて海自は大損失である。
艦も、そして優秀な人材も。
不幸中の幸いは、沈んだ護衛艦3隻は直接攻撃を受けたわけではないことだ。
シーサーペントの浮上による転覆。突如海底から立ち上がった無数の気泡により浮力を失い沈没。不自然な海流の動きと巨大渦潮に呑まれ沈没。
3隻の乗組員は助かる可能性が高く、現に今も続々と救助されている。
しかし、潜水艦の乗組員は――そんな想いで、3佐は見えない海の底に視線を向ける。
2隻の潜水艦は、シーサーペントに巻きつかれ噛みつかれた際に至近距離で魚雷を発射爆破させ殆ど道連れ同然に海の底へと沈んでいる。
(せめて彼らの犠牲を無駄にしないようにしなければ)
彼らの命と引き換えに獲得したこの海域での安全。それを何としても守っていかねばならない。
そう決意を胸に深く刻み込む。
彼は、そしてこの海域で活動する彼らは知らない。
無線通信が極めて不安定になり情報伝達が遅れた現在、彼らが知るのはもう数時間後。
太平洋側の海域。
横須賀の海自と、アメリカ海軍の残存艦に護られ関東から脱出する無数の民間船に、怒り狂った1匹の巨大海蛇が襲い掛かっていることを。
それにより、多数の被害が出ていることを。
この後海自の活動は日本海側の海域と大陸間の海域の警戒に比重が置かれていくこととなる。
勝てる可能性は十分にあるが、これ以上の艦艇の損失を恐れ、太平洋側のシーサーペントとそれに付き従う海洋性モンスターは放置。
隊員の帰化と生活の保障を条件に海自へと編入されたアメリカ海軍の空母を中心とした艦隊と機雷源を紀伊水道に配置し、シーサーペントの西への移動と瀬戸内海への阻止するに留まる。
これにより日本は、太平洋側からの東への海路を失うこととなった。
一方、日本海側の海路はがっちりと確保される。九州―佐渡島の海路は、佐渡沖で開発された海底油田から採掘された原油や天然ガスの輸送路となる。
また、舞鶴の確保にも成功。ここを拠点に停止された日本海側の原発の管理も行われている。
とは言え、海自が確保出来たのは海沿いのわずかな点のみだ。
そこから踏込、例えば南長岡油田など内陸部の確保は消耗が多く出来ないでいる。
一方大陸方面に向けての海域は、日本が積極的交流を行わなかったため、かろうじてルマジャンとの貿易船の往復に護衛で同行する程度であった。
だがそれも、数年の後、とある冒険者の来日を契機として変わってゆくこととなる――
神奈川県西部。
小田原市・南足柄市・足柄上郡。
対モンスター群への防衛線の構築を進める第10師団は、この一帯を主戦場と想定し防衛線の構築を進めていた。
本来この地域を担当する東部方面隊の第1師団が関東へ戦力を集中しているため、第10師団が代わって行っている。
この場所が選ばれたのにはいくつか理由がある。
まずモンスターの行動。
北海道から関東に至るまで、モンスターたちは主要な道路にそって移動している。
関東に至りその動きに変化が見られたが、再び西へと侵攻を始めれば同じような行動を取ると予想されていた。
開けた関東平野と違い、西へ向かえば再びルートが限られるためだ。
現在、関東から西へ向かう道路では急ピッチで道路の封鎖が行われている。
ルートを絞るためだ。
全ての道路を封鎖してしまっては、モンスターは道なき道を進みその把握が難しくなることを自衛隊は東北での戦闘で身を以て知っていた。
封鎖と言っても、バリケードを構築するようなぬるい物ではない。物理的に道路を破壊するのである。
本来自衛隊がそういう行為を行うことは法的に出来ない。
だが、総理大臣の判断という形で今回特別に行われている。(政権内では反対意見も多かったが、自衛隊からの強い要望を受けた防衛省幹部の強い説得を受けて総理が決断。後に内閣が割れる原因の1つとなる)
この処置により、モンスターの関東からの西進ルートは大きく3つになった。
1つは群馬県安中市から長野県北佐久郡へと抜ける国道18号――いわゆる中山道を通るルート。
1つは八王子市から神奈川県北部を通り山梨県へと抜ける甲州街道・国道20号を中心とするルート。
そして最も南のルート・東海道である。
この3ルート中、最も開けたルートが東海道であることはいうまでもない。
そしてモンスター群はこれまで、開けた道を優先的に進んできている。
このことが、神奈川県の西が主戦場とみなされた理由の1つ。
もう1つ、自衛隊側としての理由として戦力の集中が易いという点がある。
モンスターがそうであるように、自衛隊も道が開けている方が戦力の移動が楽なのは当然であろう。
西からの援軍は東海道を進んできている。
隣接する御殿場市に東富士演習所があるというのが何よりも大きな理由であった。
西へ移動する避難民の誘導を行いつつ、着々と準備を進める第10師団。
関東各地で戦っていた第1師団も続々と移動してきており、西の師団からの援軍も東富士演習場に集結中。補給物資もそちらへ送られてきている。
北の2ルート、さらに新潟県上越市付近に展開した部隊も問題なく防衛線を構築していた。
大規模な集団はこの4か所で受け止め、間道や山中を移動してくるであろう小規模な集団は機動部隊を組織し警戒に当たることとなる。
準備は整いつつある――が、ここにきていくつか問題が持ち上がっていた。
1つは太平洋側の制海権の喪失。
先に説明した通り、日本海側ではシーサーペントを討伐したことで海自ががっちりと制海権を確保しているが、太平洋側では暴れ狂うシーサーペントのためそれができないでいた。
こうなると海からの助力は一切規定できない。
2つめはここに来て現れた敵の新戦力であった。
「部隊が一瞬で壊滅しただと!?」
「何の冗談だ!」
報告を受けた第10師団の司令部は騒然となった。
東北から霞ヶ浦方面へ侵入を図るモンスター群を迎え撃つため出動した第1師団の部隊がモンスター群との交戦直後一瞬で壊滅したというのだ。
生き残った隊員の証言によれば、これまで見たこともない大きさの飛行モンスターによる攻撃であった――と思われるという。
何の攻撃であったのかそれすら分からないというのだ。
「映画の怪獣でもあるまいし……」
信じられない馬鹿げた話。しかし実際に部隊は壊滅しているのだ。軍事に生きる人間として現実は現実として受け止める冷静さを、なんとか自衛隊は保っていた。
さてこうなると、対戦車中隊を含む1大隊分の戦力が何もできないまま消え去ったのという事実は途方もなく重い。
その攻撃がもし、何度も行える類の物であれば今築いている防衛線など無意味なのではないか。
そんな考えが隊員達によぎる。
とは言え、これ以上そのモンスターに関する情報もなく手の打ちようがない。
――出現すれば相手の攻撃よりも前に全火力を集中し撃破する。
現状で考えられる手はその程度しかなかった。
モンスター群の関東侵入より12日。
シトシトと気のめいる様な雨の降り続く昼下がり。最後まで関東中心でモンスターと交戦し、その侵攻を足止めしていた部隊が足柄―小田原防衛線まで後退してきた。
戦車大隊を中心にした機動部隊。内情は各地で残った部隊を寄せ集めた即席部隊だ。
「はぁー……やっぱあのデカ物はどうしようもねぇな」
取りあえず安全圏まで下がったことで気が緩んだのか、砲手を務める隊員が軽い口調で仲間に離しかける。
「ああ。足が遅いのと変な攻撃をしてこないから助かったが」
話しかけられた装填手もそう答える。
この部隊が最後に交戦していた敵。
最小でも10m以上。最大で50m近くもある、巨大な象ともカバともいえる巨大なモンスター。
この世界において最も厄介な大型モンスターの1種・ベヒモスである。
関東での防衛戦の終盤に表れたそれは、行く手を阻むすべてを文字通り蹴散らし進んできた。
流石に高層ビルは無事であるが、低いビルや木造建築などはその巨体の前に無残な瓦礫と化している。
自衛隊側もこれを仕留めようと攻撃を行ったが、ミサイル・ロケット弾・戦車の砲撃すら効果が薄く、遂には自衛隊もその討伐を諦め放置する事態になってしまう。
幸い鈍足であったこともその決断の一因となっている。
ここで無理せず火力の充実した西の防衛線で仕留めれば良いと考えたのだ。
「ま、ここなら大丈夫だと思うが」
そう言って戦車内から見える防衛線へと目を向ける。
酒匂川を中心に即席で潰された田畑に展開する戦車や自走砲。
周囲の建造物を利用した陣地なども多数ある。
「こりゃあ後で絶対に問題になるな」
「だろうな」
勿論この「後」が無事に来ればの話であるが。
もっとも、この2人はそこまで心配していない。
実際にモンスター戦ってみて分かったが、態勢さえ整えば勝てない相手ではないと分かっているからだ。
恐らく地球で近代化された他国の軍と交戦する方がよほど厳しいだろう。
「この後、俺たちはどこに向かうのですか?」
「このまま東富士演習場まで向かう。そこで補給を受け、部隊を再編制するそうだ」
そう答えるのはこの戦車の車長である。
「それじゃ、ここでの防衛戦には不参加ですかね」
「……そうだろうな」
既にモンスターの最前線は山向こうの秦野市から平塚市辺りに来ている。
東富士演習所まで行き補給と休息を取っている頃には、ここでの戦闘は始まっているはずだ。
少なくとも防衛戦の初戦には参加出来そうにない。
「参加したかったですけどね……」
悔しげに言った砲手の言葉は、無言の操縦種を含めた車内4人の共通した思いであった。
その日の夕方。空自の偵察機が秦野市から足柄上郡松田町へと向かうモンスター群を捉える、
防衛線の目と鼻の先だ。
やはり、関東から西へと向かうモンスター群は東北でのそれと同じく混成となりひたすら西へと猛進しているようである。
陣地を守備する自衛隊に緊張が走る。
モンスター群発見から約1時間。遂にモンスター群が姿を現す。
小型から中型のモンスター群だ。
松田町に侵入したモンスター群の半数以上は、道に沿って右手――西へと向かう。
「攻撃開始!」
足柄―小田原防衛線の北。国道246号・東名高速と酒匂川を挟んだ松田町松田庶子付近に展開する大隊を指揮する1等陸佐が攻撃を指示する。
小型モンスターには小銃を中心とした火器で。中型には火砲で。関東での戦闘で得られた情報に従い適切な火力を当てていく。
対岸からの攻撃に無防備な横腹を晒すモンスターは一方的に狩られていく。
反撃しようにも小型モンスターにはその手段がなく、わずかに中型モンスターが各個に遠距離攻撃を返してくる程度だ。
「組織だった行動がみられるという報告だったが、どうやらこの集団はそれとは違うようだな」
最新の情報によれば、関東でのモンスターには多少であるが組織だった行動が見られていたはずだ。
遠距離攻撃の出来るモンスターがそろって攻撃を行ったり、防御力の高いモンスターがそれ以外のモンスターの盾となるかのような行動が見られたり。
だが眼前のモンスターにその気配はない。
「油断は出来ないが……」
これなら問題は無いだろうと内心で呟く。
大きく数を減らしたモンスター群はそのまま西へ走り抜ける。
それを確認すると1佐は攻撃の中止命令を出した。
この先、西の丸山を中心に別の部隊がモンスターを待ち構えている。
無理に殲滅しようとして無駄玉を打つ必要はなく、ここではモンスターの数をある程度削ればそれで十分であった。
「さて、本命はここか、それとも南か……」
翌日。
続々と東から押し寄せるモンスター群。その大本命は南に出現した。
小田原市前川。隣の二宮町と接するこの地区は、北は丘陵地帯、南は相模湾に挟まれ非常に狭い。
守る方にしてみれば火力を集中させ敵を討ちやすい地形である。
そのため、酒匂川を中心に築くことを前提としている防衛線において、例外的にここ部隊が置かれ、国道1号・西湘バイパス・東海道本線を進むモンスター群を迎え撃っていた。
最初に現れたモンスター群は北と同じ雑多な混成郡であった。
待ち構えていた自衛隊は正面や近くのマンション屋上からなどの銃撃でこれを討ち取っていく。
やがて――
「大型モンスター出現!」
前線からの報告に、後方の司令部で軽いざわめきが起こる。
いよいよ敵の本命が来たのだ。
最初に現れたのは巨大な、
「亀!?」
亀の甲羅を持った大きさ10m弱のモンスター。
いかにも防御力が高そうなそれが、隊列を組んで――といっても速度をそろえているだけだが――進んでくる。しかし意外と速度は速い。
更にその間隙には小・中型のモンスターもいる。
「撃てー!」
敵集団に対し、正面からの戦車を中心とした攻撃、北の山からのりゅう弾砲等による攻撃が開始された。
やはり普通の亀の甲羅とは違うらしい。
砲撃の直撃を受けても1撃でやられる亀はいなかった。
とは言え、この十字砲火の前には長くはもたない。
2発目3発目と砲撃を受け甲羅を打ち砕かれ、或いは甲羅の無い頭部や手足に直撃し次々と撃ち取られていく。
だが、その役目は果たしたようだ。
「小型中型モンスター接近!」
「撃ち方始めー!」
亀型の大型モンスターに守られ接近した小・中型モンスターが襲い掛かってくると今度は激しい銃撃が行われる。
「後方、大型モンスターです!」
「第二波か」
そうしている内に、更に後方から大型モンスターが迫る。
更に、
「上空、飛行型モンスター多数接近!」
「高射特化中隊攻撃を開始しました!」
「空自はどうした!?」
「浜松の第1航空団が現在こちらに向かっています!」
「相模湾に巨大生物出現! 海からの攻撃に注意するようにとのことです」
「海洋性モンスターが東町付近に接近。上陸の恐れあり!」
「1個中隊をそちらに回せ」
「大磯丘陵を抜けた小集団を多数発見したとの報告が!」
「予定通り酒匂川まで誘引しろ」
「前川の部隊の後方に回られない様に注意だ!」
足柄―小田原防衛線前線司令部に次々と新しい情報が届く。
慌ただしくはあるが今のところは想定通りだ。
「敵は南からの突破を図っているようですな」
「海のモンスターと連携を?」
「それにしては……いや、どうでしょうか」
司令部内では、モンスターが本能のまま我武者羅に動いていると思っている者はもはやいなかった。
これまでの動きから、何らかの指揮の下に組織だって動いていると想定している。
とは言え大雑把な物でしかない。少なくとも戦術的に裏をかかれるようなことはないだろう。
火力も問題はない。補給も当分は大丈夫だ。
喫緊の問題と言えば――
「空自より連絡。第1航空団が秦野市方面から南へと向かう超巨大生物を目撃したとのことです!」
その報告についに来たか、という想いが一堂によぎった。
最大の不安要素がここで姿を見せたのだ。
「違う、こいつは……」
その巨体を目撃した時、前川の部隊を指揮する2佐は思わずそう声に出した。
全長100m近く。巨大な羽を背に持ち、全身は真っ赤な鱗に覆われ、4本の肢には5本の鋭い爪を持つ指。2本の角を持つ頭部には、黄金色の瞳が。
ドラゴンであった。ファンタジーや伝説の中にあるドラゴンその物の姿である。
その巨体、その威容。どれもがこれまで交戦して来たモンスターとは格が違う。
大型モンスターですらこれの前には雑魚に見える。
ドラゴン自体はすでに交戦経験もあったが、ここまでの個体は目撃例がない。
だが、
「報告と違う種類だ!」
問題なのはそこであった。
報告にある第1師団の部隊を壊滅させた個体とは形状が違うのだ。
『グオオオオオオオオオオ!!!!』
ドラゴンが吠えた。
100mに迫る巨体が放つ咆哮は、空気を震わせそして魂すら震わせるような凄まじい物であった。
竜の雄叫びを前に、自衛隊員に動揺が走る。
それでも恐慌を起こし逃げ出さないだけ流石であった。
しかし、そうでなかったのが――
「モンスターたちが」
モンスターの足が止まる。
自衛隊とモンスターたちが向かい合うその上空。大きく風を巻き起こし、降りしきる雨を弾き飛ばしながら旋回するドラゴンの咆哮に、モンスターが足を止めたのだ。
「撃ち方止め!」
モンスターの動きの変化に、射撃の中止命令が下る。
様子見ということもあるが、どのみちある程度近づいてくれなければ無駄玉になる。
接近したモンスターは全て撃ち取られていた。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
再びドラゴンが吠えた。
今度は、明確にモンスターの方へと向かって。
モンスターに恐慌が起きた。
小型モンスターは足早に後方へと駆け出し、中型モンスターはその場で右往左往している。
流石に大型はその場にとどまっているが、皆上空へと顔を向けていた。
もはや自衛隊など眼中にないかのようだ。
「どういうことだ……?」
あのドラゴンとモンスター群は仲間ではないのか?
仲違いか? 最初から敵対しているのか?
あれは自衛隊にとってどういう存在だ?
攻撃すべきか? 様子をうかがうべきか?
指揮官である2佐に迷いが生れる。
「し、司令部に現状を報告だ」
迷いながらもまず下した指示。
どのみち、この巨大なドラゴンがこちらを襲ってくれば現状の火力で太刀打ち出来るとは考えにくい。
最悪、この場の撤退も視野に入れながら、彼は部隊にモンスターが接近するまで攻撃を控えるよう指示しつつモンスターとドラゴンの動きを注意深く見続けた。
グルリグルリと8の字を描く様に上空を飛び回り続ける赤色のドラゴン。
既にその出現から20分近く経っていた。
小型モンスターは既に逃走し、残るは怯える中型モンスターと動けない大型モンスターだけ。
そんなモンスターたちに、ドラゴンは時折咆哮をするのみでそれ以上は何もしようとはしない。
自衛隊に対してはそれすらなかった。
もしかすると、あのドラゴンは味方なのではないか――そんな希望的観測が自衛隊員たちに広がり始めた頃、
「なっ!?」
突如、巨大な光球がドラゴンを襲った。
『ギュアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「くっ!」
「熱っ!」
甲高いドラゴンの悲鳴。
そして地上の自衛隊員たちにまでその余波――爆発した光球の熱が届く。
「ドラゴンが落ちるぞ!!」
1人の隊員が叫ぶ。
突然の攻撃を受け、悠々と空を飛んでいたドラゴンが地面へと落下していく。
浮力を失ったドラゴンは、そのまま住宅地のど真ん中に落着した。
瞬間、地震を思わせる揺れが辺りを襲う。
全長100m近い巨体だ。その重量もただものではないということだろう。
「いったい何の攻撃だ!」
「上空からだったぞ」
「――あそこだ!」
黒い雨雲の中にソレはいた。
蛇のような細長い体を、時折雲間から覗かせ空をうねるそれ。
たった今地に墜ちたドラゴンを遥かに凌ぐ巨大なそれは――
「あいつだ! 報告にあった、巨大モンスター!」
雲が割れ、その巨体の一部が現れる。
龍であった。
地に墜ちたドラゴンが、地球でいう西洋風の龍の姿をしているのに対し、それは東洋風の龍――長い蛇のような体に、掌のような足。頭部や体の各所には体毛がある。
ドラゴンと呼ぶより正に「龍」と呼ぶに相応しい容姿であった。
『――――!!』
龍が口を開き声を発した。
鳴き声と声の中間のようなものだった。
それに反応するかのごとく、モンスターたちの動揺が収まる。
「!! そうか……コイツが!」
この龍がモンスターたちを指揮していたのだ。
多くの隊員たちが悟った。
この龍こそが、日本を襲ったモンスターたちの親玉であり、この戦いの元凶であると。
憎しみ、怒り、そう言った目が龍へ向けられる。
――では、この龍に襲われたドラゴンは一体何者なのだ。
住宅地に墜落したドラゴンがゆっくりと起き上がる。
所々鱗は剥げ血が流れていた。
『グオオオオオオオ!!』
再びドラゴンが雄叫びを上げる。
が、モンスターたちに動揺はない。
『――――!』
龍が再び口を開く。
「モンスターが前進を開始しました!」
「くっ、撃ち方始め!」
2体の巨大モンスターのことは気になるが、それよりも目の前のモンスター群をまずは対処しなければならない。
再び銃撃・砲撃が開始される。
その様子を上空から見下ろしていた龍であったが、その視線が北の丘陵地帯に向けられた。
小高い山の上からは、下を進むモンスターへと砲撃が行われている。
『―――』
龍の目が大きく見開き――次の瞬間、虚空に出現した光球が山の上の部隊に叩きつけられた。
閃光、爆音――凄まじい爆発が山の上に居た部隊を吹き飛ばす。
「これか。これにやられたのか!」
一部始終を見た2佐は、指揮官としてあるまじきことに思わず叫んでしまった。
「どうすればいい!! あんなものどうすれば!!」
防ぎようなどない。
現代戦と同じだ。強力な兵器に防御は意味がない。
対処法は1つ。使われる前にやる。それだけだ。
しかしその力が無い。
今ここにある火力では、あれを討ち取るに十分とは思えない。
その上前方にはモンスターも迫っているのだ。
「隊長! 本部に支援要請を!」
「……そ、そうだ。至急要請しろ!」
部下の言葉に正気に返る。
そうだ。この場の火力が足りないのなら持って来ればいい。単純な話だ。それすら分からないほど混乱していたのか――そう考え歯噛みする。
どうやら自分が思っていた以上に、この非常識な事態に参っていたようだと自己判断した。
側面からの攻撃が無くなったことで、モンスターが勢い付いた。
あの龍の指示か、今までにも増して組織だった動きで自衛隊の突破を図ろうとして来る。
「くそ! きりがないぞ!」
誰かが叫んだ。
今のところすぐに突破されそうな気配はない。
だが徐々に敵の最前列が近づいてきていることが分かる。
その上、あの龍だ。あれがこちらにも先ほどの攻撃をすれば一瞬で全滅だ。
ダメかもしれない――その時だった。
『―――!!』
横からの激しい炎がモンスター群を飲み込む。
ドラゴンだ。龍に叩き落とされたドラゴンが、遂に直接モンスターを攻撃し始めたのである。
「やはり、敵対しているのか?」
立ち上がったドラゴンは、足元の住宅を破壊しつつモンスター群――そして上空の龍と自衛隊の間に立ち東を向いた。
「俺たちを守っているのか!?」
「味方……?」
理由は分からない。分からないが、間違いなく自衛隊を守る様な行動である。
『―――』
『―――!』
上空の龍が再び口を開いた。
声だ。何を言っているか分からないが、間違いなくしゃべっている。
対して、赤いドラゴンもそれに何らかの返答を返す。
『――――?』
『―――』
『―――!?』
『――――!』
『――!!』
何を言い交していたのかは分からないまま、最後の言葉を交わした直後、龍は再びあの光球を生み出し撃ち出した。
「来るぞ!」
「くそう!!」
「うああああああ!!」
『グオオオオオオオ!!』
ドラゴンが叫ぶ。
空気が揺れ、次の瞬間光球は霧散した。
「隊長。本部から連絡。これよりミサイルによる攻撃を行うとのことです。また、空自の戦闘機も間もなく到着します」
「――目標は上空の龍だ」
2佐は迷うことなく言った。
「あの赤いドラゴンではない。連絡急げ!」
「了解!」
理由は分からないが、あのドラゴンは自分たちを守ろうとしてくれている。
ならば、討つべきは――
「目標上空巨大生物!」
指示が飛ぶ。
モンスターの先陣部隊が焼き尽くされ、余裕が出来た今しかない。
龍とドラゴンは互いに光球や火炎を打ち合いかき消しあっている。
互角、ではない。時々ドラゴンが攻撃を受けてしまっている。
このままでは勝てない。
だが龍も余裕がないのか――或いは確実にとどめを刺すためか徐々に高度を下げてきている。
もう高度300mを切っているだろう。
「ミサイル発射されました」
「撃ち方始め!!」
本命はミサイルと今接近している戦闘機による攻撃。
だがそのままでは過去の例の様に当たる前に撃ち落とされる。
その為にも、地上から攻撃して注意を引き付けなければいけない。
2佐の指示に残る火力の内、上空へ撃てるだけの全てが向けられた。
効果の無い小銃でも届けば、或いは注意をそらせればそれでいいとばかりに全員空へ向け発砲している。
地上からの攻撃に龍は身を激しくうねらせる。
大半の攻撃は何の効果もないが、いくつかは無視できない物が混ざっている。
龍は戸惑っていた。
硬い鱗と、強力な神霊力に護られた自らの身に傷をつける存在など、同族をそれも自分に比する強力な者を除けば今までになかったからだ。
その同族とて、最後に戦ったのは遥か昔だ。
眼下にいるソレとて未だ自分に傷一つつけられていない。
だと言うのに、これは何だ。そんな困惑である。
だが所詮それだけの話だ。
龍は己の持つ力――神霊力を下方からの攻撃に集中する。
強大な神霊力の護りを受けた鱗は、もはや下からの攻撃では傷1つつけることは出来ない。
『―――!』
勝利を確信している龍がドラゴンへと何かを言い放った。
不意に――龍の耳に音が聞こえた。
前方、西の空から何かが迫っている。
下に気を取られその確認が遅れた。
ようやくそちらに目を向けようとした時、
『グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
赤いドラゴンの時の比ではない悲鳴が響き渡った。
西から飛来した対空誘導弾――ミサイルの直撃が龍の身を抉ったのだ。
下からの攻撃に自身の持つ神霊力を意図的に集中させていた事が仇となった。
モンスターの異常な防御力はその神霊力あってのものだ。
如何に龍の鱗が鉄の如く硬かろうとそれだけだ。神霊力が薄くなった鱗ではミサイルの前には柔肌と変わりない。
続けて飛来した2発目が命中。
龍の巨体の中ほど。胴は大きく抉られている。
3発目。流石に龍も下からの攻撃を無視しそちらの迎撃に切り替えた。
西から飛来するそれを、神霊力を持ってギリギリのところで破壊する。
これ以上はもう受けぬぞと西の空を睨みつける。
かつて受けたことのない攻撃に混乱する龍は忘れていた。
龍は決して下のそれを無視してはいけなかったのだ。
自らには及ばぬと言えそれもれっきとした同族。
正面から相対するならばともかく、不意を突かれてしまえば――
『グギャアアッ!』
下から飛翔した赤いドラゴンの牙が龍の腹を噛みちぎった。
強力な神霊力の護りも、同じ神霊力を持ってすれば相殺される。
満身創痍となった龍は己の敗北を悟る。
まったく理解しがたいながら自分は負け、このままでは命すら危ういと悟る。
「あ!」
「逃げるぞ!!」
下から見上げていた自衛隊員たちが口々に叫ぶ。
敗北を悟った龍が東の空へと逃走しだしたのだ。
追いかけようとするドラゴンに、強烈な尻尾の一撃を喰らわせ叩き飛ばしひたすら東へと向かう。
「くっ!」
指揮をとる2佐は悔しげに唇を噛んだ。
(敵の親玉をみすみすここで逃がすというのか。次、あれが回復して現れればどうなる!?)
だが今、彼の指揮する戦力の攻撃では逃げる龍にとどめを刺すだけの火力はない。
「空自の戦闘機です!」
「!?」
狙っていたかのようなタイミングでそれは現れた。
雨雲の上。あの龍により切り裂かれた雲間に見える青い機体。
空自のF-2戦闘機だ。
2機の戦闘機は龍を遥かに凌駕する速度で迫り、その身に宿した空対空ミサイルを龍へと撃ちこんだ。
空気が震える。
それが龍の断末魔だと気づいた時、龍は浮力を失い――
「海に墜ちるぞ!」
その身を相模湾へと沈めて行った。
龍の敗北を機に、モンスター群も後退して行く。
大型も中型も、ひたすら東へと走っていく。
通信によれば、他の戦線でも同様にモンスターが後退を始めているということだ。
余裕のある戦線では追撃を行っていると言う。
防衛戦に勝利した。
が、ここ前川での戦闘に参加した隊員たちは言葉無く佇んでいる。
彼らの視線は上空のドラゴンに向けられていた。
自分たちをなぜか守ってくれたドラゴン。
が、果たしてこのまま何も起こらないのだろうか。
あくまであの龍と闘っていただけで、このまま自分たちに襲い掛かってきたら――
が、そんな隊員たちの心配を余所に、大きく羽を広げた龍はそのまま北東の空へと去って行った。
「……終わった、のですか」
実感がわかないのだろうか、2佐のそばに居た隊員の1人がポツリと呟いた。
「取りあえずは、だな」
こうして、第一次東海道防衛戦は終了した。
この後、数度にわたってモンスター群が西へ向かって押し寄せるも、大型モンスターがいなく組織的な行動もなかったため、自衛隊は問題なくこれを撃退。
以後1年以上にわたり防衛に成功する。
やがて、近畿地方を中心に発生した謎の疫病により日本の中枢が混乱し、よやくそれが収まった矢先、大型モンスター含むモンスター群手薄な北陸方面を突破、多くの中型以下のモンスターが近畿地方へ乱入。
日本政府は近畿の放棄を決定。
自衛隊は逃げ遅れた民間人を救助しながら西へと撤退。
海自の確保する舞鶴、佐渡島を除く近畿以東は日本の手を離れることとなった。
半年後。近畿を抜いたモンスター群が中国地方にまで押し寄せる。
第3師団に代わって淡路島を管轄とした第14旅団の奮戦で明石大橋からの進入は阻止され、モンスター群はそのまま陸路を西へと向かう。
押し寄せたモンスター群も、岡山の西・吉井川沿いに築かれた防衛線によりモンスター群は撃退。
その後山中等から小規模なモンスター集団の進入を許すも、大規模な侵攻はこの地で食い止められることとなる。
吉井川で実際に戦ったのは、中部・東部・東北・北海道各方面隊の残存部隊を集めて設立された新師団であり、その防衛線の構築には旧第10師団が中心となった。
東海道防衛で培ったノウハウが存分に活かされたのである。
ここから数年の間、日本は停滞することとなる。
振り返れば、負った傷をいやすために必要な期間だったのかもしれない。
やがて、この国を訪れた冒険者を切っ掛けにしたかのように、再び日本は動き出す。
予定より長くなりすぎました。
纏めるのも必要な技術なのですがどうもうまくいきません。
ともあれ、これにて過去編は全て終了です。
個人の過去の話は触れるかもしれませんが、日本全体のお話としては、です。
作中あります通り、日本も万全だったら現状には至っていません。
龍に関しては神霊力のことを知りませんでしたし、知らなくても何とかなったと思います。
ということは、神霊力について判明した現状、準備さえ整えば――
次回から再び本編に戻ります。




