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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第3章 東日本編
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 閑話 東海道防衛戦 前編

 東北を南下するモンスター群の関東への進入経路は、大きく2つに分かれる。

 東北自動車道・国道4号を通り、東北地方から栃木県へと最短で南下するルートが1つ。

 福島で西へ向かい、磐越自動車道・国道49号に沿い新潟へと向かい、長岡・魚沼と南下し群馬県へと進むルートがもう1つ。

 後者のルートには、秋田県から日本海岸を進んだモンスター群も合流している。

 不思議なことに、太平洋側のルートを通る大規模なモンスター群は確認されていない。

 特に福島県の東岸浜通りに至っては皆無と言って良い。

 例の原発事故に伴う放射能のせいではないかとの予想がされている。他に考えられる理由がない以上おそらくそうなのであろう。

 未知の大地から津波の如く押し寄せたモンスター群であるが、関東平野に至りその様子に多少変化が見られた。


 まず1つは、それまで固まっていた集団がバラけだしたのだ。

 それまでは、モンスターに関して調査が進んでいない日本の目から見ても、明らかに種の違うモンスターが混合していたが、関東平野に至り同種族ごとに集まり出している。

 一般的に、多数の違う種の動物が同じ行動を取ることは非常時でもなければあり得ない。

 モンスターにそれが当てはまるのかは不明であったが、もしそうだとするならば現状こそが本来の在り方であり、これまではモンスターにとって常ではない状態であったのだろう。

 それを裏付ける証拠としてもう1つ変化がある。

 これまでひたすらに南下し続けたモンスターの速度が、ここで落ちてきたのだ。

 北海道を蹂躙した速度。東北での防衛線を破り北関東に至るまでの速度からみれば雲泥の差があった。

 異常といえる進行はやはり異常だったのだろう。

 その原因を調査する余裕は今の日本にはなかったが、この変化を逃す手はない。

 関東4千万人(実際には転移時の大量死により4千万を切っているが)の脱出にはいくら時間があっても足りないのだ。


 関東各地では、陸上自衛隊第1師団及び第12旅団及び航空自衛隊によるモンスター群との戦闘、並行して警視庁・警察庁による関東地方の住民の避難が行われている。

 12旅団の戦力が関東に集中し手薄になった新潟方面には、大型モンスターにより戦線を崩壊させられた後、東北各地で遅滞作戦を繰返しながら後退してきた第6・9師団が向かい西進するモンスターを迎え撃っていた。



「モンスターの排除、完了しました!」

「周囲に敵影なし」


 部下からの報告を受け、内心ではホッと安堵の溜息をこぼしつつもそれを表に出すことなく、この戦車小隊を指揮する三等陸尉は表情を引き締めたまま次の行動を指示する。


「中隊本部に敵撃破の報告! それと、予想よりも小型の数が少ない、丹沢山地に入り込む可能性が高いことも報告しろ!」


 部下の手前、というよりもすぐ横を通る民間人の前だという理由が大きい。

 下手に焦った顔や、逆に妙な余裕を見せてこの人々から緊張感を失わせてはいけなかった。

 彼らにはパニックを起こすことなく粛々と西へ移動してもらわなければいけない。


(時間が足りない……)


 渋滞を起こし遅々として進まない車両の列。

 連なる車の向こう、相模川にかかる神川橋を渡れば取りあえず陸のモンスターからは逃げ切れる。

 北の座間市や相模原市は分からないが、この辺りではまだモンスターは相模川を越えていない。

 ほんのあと1km足らず。

 焦れる想いで車列を見守る小隊長であったが、そこに通信が入る。


「応援要請!? 出せる余裕は――! 確かに今敵の排除は完了したが、ここを離れればすぐにそこを突かれるぞ。そもそも、なぜそっちが……はぁ!? パニックを起こした住人が江の島に逃げ込んで警察から救援要請!? 付近に他に部隊は? 動けない? それはこっちも同じだ。中隊長にはこっちから連絡しておく!」


 通信は同じ戦車中隊に属する別小隊長からであった。

 住民救出のための応援要請であったが、今彼の小隊がそれに応えることはできない。

 彼の任務はこの神奈川県道44号を逃げる民間人の安全確保である。

 先ほどもこの付近に表れた中型モンスターを、先ほど彼の指揮する戦車により粉砕したばかりだ。

 現在は付近にモンスターはいない。だからと言って簡単に離れるわけにはいかなかった。

 なぜならば――


「隊長、来ました。3匹です!」


 部下の言葉に上空を見上げる。

 東の空に浮かぶ3つの影。鳥の爪と翼そして顔を持った馬のような生物。

 飛行モンスターだ。


「いつもの通りだ! 降下する素振りを見せたら指示を待たなくていい。撃て!」


 そう部下たちに言いながら歯が欠けそうなほど口を噛みしめる。

 アレのせいでこの場から移動することが出来ない。


(空自はどうした!?)


 しばらく上空を旋回していたモンスターは、そのまま高度を落とすことなく東へと帰っていく。


「隊長……」

「そのまま周囲の警戒を継続。油断するな」


 東へと消えていくモンスターを忌々しげに睨みながら小隊長はそう指示を出した。




 なぜ日本は、未知のモンスターとはいえ、ただの生物にここまで追い込まれているのか。


 当初は数の問題であった。

 膨大な数のモンスター群を前に、転移により戦力の大半が消失していた陸上自衛隊北部方面隊は対処が追い付かず北海道は陥落した。

 しかし、態勢を整えた青函トンネル出口での戦闘、今別の防衛線ではトンネルから次々と出てくるモンスターを狩りつづけることが出来た。

 この時点で数は問題ではなくなった。


 また大半のモンスターの強さも、問題ではないことがこの戦闘で分かる。

 確かに、単なる動物に比べ強力なモンスターであるが、小型の個体であれば歩兵の持つ小銃でも十分に対処できる。1人2人で立ち向かえば別であるが、隊伍を組んで挑む限り危険はまずない。

 中型の個体(大型が出現するまでがこれが大型と思われていた)になると、小銃では効果が薄い物も出てくるが、機関銃或いは火砲で十分対処出来た。戦車を使えばすべての中型個体が撃破可能である。

 では大型個体はどうか。

 北海道に置いて第11旅団隷下の第28普通科連隊を壊滅させ、津軽・下北半島北の各地に展開した高射特化部隊を突破し今別の防衛線でモンスターを抑える水際作戦を破たんさせた大型の個体。

 小銃など携帯火器ではまったく歯が立たない敵であるが、火力の選択と集中をa誤らなければ倒せない敵ではない。

 最初に相対した高射特化部隊でも何体かを討ち取り、その後の東北各地での戦闘でも倒して報告は何例か入ってきている。

 それでも、東北の両師団が下がらざるを得なかった。


 数の次に問題となったのは時間だ。

 モンスターを十分撃退できるとしても、それは態勢を整えた状態での話だ。

 防衛線の崩壊後のモンスター群の南下は、両師団が態勢を整えるよりも早く、結果両師団は東北各地の住民の避難を助けるため不利な状況での戦闘を余儀なくされジリジリと後退して行ったのである。


 政府の指示により、東北への応援を諦め関東でモンスターを迎え撃つこととなった第1師団・第12師団は、北海道・東北の自衛隊が文字通り身を張って得た貴重なデータと時間を使い、防衛線の構築に勤しんだ。

 避難する住人に巻き込まれ多少の遅延はありながらも、モンスター到着前に迎撃態勢を整えることに成功する。


 が、ここで先に述べたモンスターの行動の変化が問題となった。


 北海道から関東に至るまで、モンスターは多少の分離はあれども基本的に大集団で主要道を進撃してきた。

 そのため、関東での防衛もそれを前提に計画されている。

 ところが肝心のモンスターは関東に入るころになると、無数の小規模集団に分かれだしたのだ。

 もちろん自衛隊側も1か所に戦力を集中させるような馬鹿な真似はしていない。

 とは言え、侵攻予想ルート数か所に戦力を固めそれ以外が手薄になっていたのは事実である。

 分散したモンスターの小規模集団は関東各地に侵入。逃げ遅れた人々が多数犠牲になってしまう。

 その上、ひたすら南下西進を続けていたその行動も変化してしまい侵攻予測が難しくなってしまった。

 ここに至り、政府はモンスター撃滅よりも住民脱出の護衛を優先するように方針変更を指示。

 自衛隊も泥縄的対処であると理解しつつも、多くの部隊を小隊規模に分け関東各地へ派遣。

 この局面で再び敵の数が問題となっていた。



(火力にムラができてしまっている)


 飛び交う無線を傍受しながら、茅ヶ崎周辺に派遣された戦車中隊に属するこの小隊長は今後のことを考えていた。

 部隊を分散させて各地に派遣したのはしかたない。相手が分散している以上他に手がないからだ。

 だがそのせいで、適切な火力を適切な対象に用いるということが出来なくなっている。

 現に彼の部隊が交戦した中型の個体。戦車で相手するにはオーバーキルである。

 携帯火器を装備した歩兵をぶつけるのが火力の選択としては正解であろう。

 それでも、やり過ぎな部類である彼の隊はまだ幸運である。

 これが小銃や携帯できる火砲しか持たない部隊が、中型以上の個体群に出会えばどうなるか。

 結果は火を見るよりも明らかであり、現に関東各地でそれが起きていた。


 勿論その可能性は想定されていたことだ。

 部隊の派遣はわずかな情報をもとに、そういった事態が起きないよう考えられ逐次入れ替えも行われている。


 だが、モンスターに3つめの変化がここで起きていた。



「先ほどの偵察でこちらの戦力は把握されたはずだ。気を引き締めろ!」



 モンスターがここにきて組織的行動を取り始めたのだ。

 先ほどのような飛行モンスターによる偵察などはその一例である。

 関東各地で隊列らしきものを組んだモンスターとの戦闘や、いままで殆どなかった未知の攻撃――例えば火の玉や氷の塊の投擲。放電や毒など――も行われている。


 ごく少数の例外を除き、ひたすら数と勢いでここまで押し込んできたモンスターの変化。

 「何かがモンスターに起こった」モンスターに相対する自衛隊員たちの多くはそう感じていた。



「もう3日……」


 後3日自衛隊が耐え切れば、関東の住民脱出は大方目途が立つ。

 各地で徐々に被害を増やしているが3日程度なら十分に耐えられる。

 未知の敵・未知の状況に振り回された自衛隊であるがそんなに軟な集団ではない。

 既に後方では、第10師団がモンスターの西進を食い止めるべく新たに防衛線を築き始めている。

 関東侵入の際と同じ轍を踏まないよう、最新の情報を踏まえつつ行われているはずだ。

 それに、平地である関東と違い西は再び山がちになる。

 そうなればモンスターの進路も絞られ、自衛隊は再び効率的にモンスターに対処できるようになるだろう。

 関東各地で踏ん張っている第1師団も、脱出が完了すればそちらへと合流することになっている。

 今は諦めるしかないが、そう遠くない内に再び関東を、そして東北・北海道を取り戻す。

 疲れた顔で西へと逃げる人々を見ながら、彼はそう胸に硬く決意していた。


「ん? 一雨着そうだな」


 雨が降る直前の独特の匂い――それを感じて再び空を見上げれば、いつの間にか黒い雲が広がり始めている。


 7月。日本は異世界に転移して初めての夏を迎えていた。





「ッ!……な、何が――」


 何が起こったんだ――意識を取り戻し、そう言葉にしようとしたところで、その2等陸曹は言葉を飲み込んだ。

 見開いた彼の眼にハッキリとそれが映る。

 理解した。理解してしまった。


 何が起きたのか?


 彼の所属した部隊が、一瞬にして壊滅したのだ!


 大きく抉れた地面。

 大破し無残な残骸と化した車両。

 かつては人だったと思われる真っ黒な炭の塊。

 そこかしこから聞こえる苦悶のうめき声。


 顔に裂傷、腕や足に多少の痛みは感じるが、その程度で済んだ彼はどれだけ運が良かったのか。

 周囲を見回す。

 辺りに無事な人間は見当たらない。彼の同僚も、上官も、誰も。

 なぜ自分だけ助かったのか分からない有様だ。


(お、落ち着け。確か気を失う前)


 彼の所属する部隊は、当初モンスター群を迎え撃つ予定であった宇都宮の北、日光市から那須烏山市にかけてのラインで南下するモンスターと交戦を続けていた。

 元々大規模な集団戦を想定していた陣地郡は、北からのモンスターたちを危なげもなく狩りつづけ、この方面からの進入の9割は封じることに成功している。

 彼もその装備する89式5.56mm小銃で何体もの小型モンスターを打倒していた。

 それが一昨日までこと。

 2日前、戦闘を続ける彼の所属する部隊、そして他の多くの部隊に移動指示がだされる。偵察部隊がひたちなか方面から関東へ向かう大型から小型までの大規模な混成モンスター群を発見したのだ。

 福島浜通り方面にモンスターが寄り付かないため茨城方面の戦力は手薄であった。

 恐らく浜通りを避け、郡山市付近からいわき市辺り出たか、白河市付近まで南下し水郡線にそって山中を南下したのであろう。

 戦力は手薄だが警戒に怠りはなかったのでこうして侵入前に察知出来たのであるが、このまま関東中心になだれ込まれては危険である。

 第1師団はこの戦線を維持する最低限の戦力を残し、モンスター群を迎え撃つために戦力の集中を図った。

 交戦ポイントを霞ヶ浦の北、石岡市から笠間市の中間に想定し本隊を宇都宮の北から南下させ、北関東自動車道を使い移動。また茨城県内で住民の脱出が完了した地域にいる部隊も収集させる。

 一方で別働隊を那須烏山市から常陸大宮方面に抜けさせモンスター群の背後に回す。

 戦力の分散であるが、全部隊が同じルートで同時に移動するのは難しいそれならば、との理由から出た案である。


 混成のモンスターは途中休息を取りつつゆっくりとした速度で南下を続けていた。

 おかげで丸1日以上の時間を得た第1師団側は、予想進路上に部隊を展開。

 背後に回った別働隊も、モンスター群が水戸市を抜ける頃には一気に駆けつけることが出来る距離にまで接近することに成功した。


 そして、今日。

 確実に殲滅するため、ロケット弾やりゅう弾砲の射程よりも更に内にまでモンスターを引き付けようと待ち構える彼らを、突然の大爆発が襲った。



「何の爆発だったんだ……」


 少なくとも火薬ではなかった。


「いや、それよりもモンスターは!?」


 ようやくその事に気付く。

 あの爆発がモンスター側の仕業であれば、あのままモンスターはこちらへと襲い掛かってくるはずだ。

 もうこうなっては迎え撃つどころではない。


(だけどな、最後まで戦い抜いてやる!)


 決意を胸に、その若い2曹は小銃を手にモンスターが迫る方へと向き直り、


「――あ」


 一瞬で心叩き折られる。


 見上げた空。

 今にも降り出しそうな雷鳴唸る雨雲。

 その中を、巨大な影がうねっていた。


久々の過去編。

最後のクロスメモリーの後書きで触れていたあと1回だけ入れたかった防衛戦です。

前後編になりましたが、これを書けば過去話で書きたかった事・出さなくてはいけない情報は全部書きあがるはずです。

後編は本編前に続けて書きますのでお待ちください。

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