第62話 クエスト『神像ビリケン捜索』6 エピローグ
梅田の地下ダンジョンでの戦闘を終えたマイラたちは、目的のビリケン像を探し周囲を探索。戦闘を行った場所からほど近くに、あの蜘蛛の巣とおぼしき場所を発見する。
そこには、モンスターが集めたと思われるガラクタの山。そして、
「うわぁ……」
「臭いですわね」
蜘蛛の餌食になったと思われるモンスターの骨が散乱していた。
中には腐肉も付着しており凄まじい異臭を放っている。
そんな中探し物をするなどやりたくはないが、ここにある可能性がある以上探さねばならない。
仕方なく布で即席マスクを作り探索を始める。
「これで見つからなかったら無駄骨どころではありませんわ!」
そんな不満をぶちまけながらも探し続けるマイラであったが、幸いにもお目当てのビリケン像はガラクタの中に転がっていた。
木製の像であるため、所々傷ついてはいるがその辺りは仕方ないだろうと割り切ることとする。
巣には他にも雑多な物が転がっていた。
レオの見るところ大半が理解できない代物だ。金銀宝石類は見た限りなさそうである。
美術品の類は少々あるが運搬を考えると持て帰るのは止めにしたい。
(誰が運ぶことになるのかって考えればなぁ)
幸いマイラも持ち帰ろうとは言いださなかった。
「帰ったらギルドへの報告にこの場所のことは触れておきましょう」
そう言って2人はこの場所を後にした。
「やっと出れた……」
「まさか出口を探すだけでここまでかかるなんて」
2人が梅田の地下街を出た時、外はすっかり暗くなっていた。
出口を探し地下ダンジョンを歩き回っていたのだが、これがなかなか見つからなかったのだ。
途中で出口らしき場所はあったのだが、封鎖され出るためには破壊しなければなかない個所も多く、出来れば空いているところから出ようとしたため余計に時間がかかってしまった。
幸いなことは、途中モンスターに出会っても相手の方が逃げ出すため余計な戦闘をしなくて済んだことだろうか。
拭いきれない返り血を張り付けたまま、いつも通りの素振りで「さてどういたしましょう」と周囲を見渡すマイラ。
そんな主をレオは地下での戦いを思い返しながらぼうっとみつめる。
マイラがあそこまで強いとは考えていなかった。
操られていたため本来の強さはなかったであろうが、それでも中型モンスターであるオークをあっさり1人で葬るなど並みの戦闘力では無理だ。
きっとあの雑魚モンスターも、ああいう戦場でなければ例の悪徳冒険者の手など借りずとも蹴散らしていたにちがいない。
――では、なぜ自分をお供に連れてきたのだろうか。
そんな想いを抱く。
「どうしたのかしらレオ?」
視線に気づいたマイラが、そう自らの従者に問いかける。
「……お嬢様は、どうして俺を日本に連れてきたんですか」
尋ねる、と言うよりも呟くように疑問を口にしたレオ。
その言葉に不意を突かれたような表情を見せたマイラであったが、直ぐに破顔し大きく笑い飛ばす。
「おーっほっほっほ! 愚問ですわよレオ。あなた、私に1人で旅しろとおっしゃるのかしら?」
「……はぁ……そうですね、愚問でした」
期待外れな主の言葉にレオは深く溜息をつき落胆する。
(色々考えるだけ無駄か)
これが本心なのか否か。
どうやら自分ごときでは分かりそうにないと見切りをつけた。やることをやるだけだ、と取りあえずは割り切ることにする。
「さあ、一先ず今夜休む場所を探しますわよ!」
「了解です」
翌日。大阪を後にした2人は西へと岐路を取る。
帰りのルートは行きと同じ。大阪市から尼崎へ向かい、芦屋から神戸市へと入り、その西の端垂水区にある明石海峡大橋に駐屯する自衛隊の下で一泊。ここまで2日の日程だ。
自衛隊設営の宿泊地では同じく滞在していた冒険者たちと情報交換をしつつ、自分たちが見た大阪の情報を自衛隊へと提供する。
市内の様子や、特に地下街・地下鉄に関する情報は対応した自衛官が強く関心を持ち、分かる限りの詳細を尋ねられることとなった。
マイラとしても隠す理由はないため1点を除き包み隠さず情報提供する。
伝えなかった1点は、フランクたち悪徳冒険者のことだ。
ベッドと自衛隊が用意した仮設風呂のある宿泊所でゆっくり休み体力を回復すると、再び西への移動が始まる。
次の目的地は岡山。先が分からない往路では無理をしない行程であったため4日かかった道のりであるが、復路はひたすら目的地に向かって進むだけだ。
日数で1日短縮し、岡山市内の吉井川城塞に着いたのは3日目の夕方であった。
クエストを受け、ここを出発してから11日目。
2週間足らずのスピード解決であった。
(正確にはクエストを受けたのは彦島であるが)
「――なるほど」
彦島の北。南風泊港にある冒険者ギルド北東方面支部――いや、つい先日の6月1日を以て冒険者ギルド日本方面支部本部となった彦島のギルドの1室で、方面支部長となったクレメンテ・シンパン・アルカラスは1人の冒険者と面会していた。
「フランクとその仲間か。この件についてはタンゲランに連絡して調査させよう」
「よろしくお願いしますわ」
「一応、裏が取れるまでは我々の目の届く範囲にいてもらうことになる。君が嘘をつく理由はないが――」
「当然の処置ですわね。あの方たちの黒判定が出るまでは、日本から出国いたしませんわ」
「理解してくれて助かる」
そう言ってクレメンテは軽く頭を下げた。
「そう長くはかからないだろう。この手の調査はギルドでは全力で行う。この手の冒険者を放置していては冒険者の仕組みそのものを揺るがしかねないからな」
「それは大変ですわねぇ」
口ではそう言いながらも、まったくそんな感じを見せないまま、クレメントの向かいに座るマイラは出されたコーヒーに手を伸ばす。
「……その意味では、君の対処は間違っていない。自分の身を守るという側面もあった。だが、やはり少々――」
「――やりすぎとおっしゃいたいのかしら?」
「……」
その言葉にクレメンテは何も答えなかった。
ギルドの指示なく悪徳冒険者を処理したマイラの行為は、それだけみればやりすぎである。
さらにここは日本であり、冒険者といえども基本的には滞在する国の法に従わねばならない。彼女がことを起こした大阪は、様々な法が停止されている第二種特別地域であるが殺人罪はその停止法の中に含まれていない。
この件が日本に伝われば面倒なことになるのは確実だった。
だが、ギルドの本音としては、巧みに隠れていた悪徳冒険者を処罰してくれたことはありがたい。
仮に彼女が見逃していたり取り逃がしていたりすれば、きっと彼らは日本を脱し大陸に戻り姿をくらませただろう。
その後で何を起こすか分かったものではない。
その面では、非常な処置ではあるが彼女のやったことは間違いではない。
どのみち余罪が明らかになればギルドが内々に処理したはずであるし、仮に彼女に対する一件だけでも十分問題なのだから。
「この件はここまでにしておくとしよう。後は我々で処理する」
「そうですか」
マイラはバカではない。
自分が行ったことが外に――特に日本側に――漏れればどうなるか十分に分かっている。それをクレメンテがこう言っているのは、この件はギルド内の一部で留めてくれると言っているのだと理解していた。
冒険者ギルドは冒険者のための組織である。冒険者を出来る限り守る義務がある。ましてや組織の理に適う行動を取った者のことだ、そんな人間をどうして国に突き出せようか――というのがクレメンテの考えだ。
そしてもう1つ。
「しかし……果断な手際でしたな」
少しばかり口調を変えてそう言ったクレメンテに、マイラは口元を緩め微笑んで答えた。
「『善には慈しみを、悪には鉄槌を。正義と友とし不義と敵とせよ』そう幼い頃から言われてまいりました。その通りに生きられているとは言えませんが、あからさまな悪を見逃すほど寛大ではありませんわ」
「なるほど。さすがは――――ですな」
「……」
クレメンテの発した言葉に、マイラは笑みを引っ込め、怒ったような困惑したような何とも言えない表情を浮かべる。
「タンゲランから伝わったのですわね……それは他では口になさらないでくださるかしら?」
いつもより少しだけ硬い口調でマイラが懇願すると、何かを察したクレメンテは黙って深く頷いた。
「よくある話だ……どの道私も忙しくなる。ここでは、単なる1人の冒険者として扱わせてもらいますよ」
「おーっほっほっほ! よろしくてよ」
クレメンテの言葉に満足したマイラは、何時もの如く高らかに笑うと席を立った。
「では、私はこれで失礼しますわ」
「この後はどうするつもりかね?」
「そうですわね。しばらくはまた、日本の本土の方を見て回りたいと思いますわ。ちょうどよい依頼があれば良いのですが」
「九州か。まあその辺りは受付で確認してくれ」
「ええもちろんですわ。それでは支部長。ごきげんよう」
そう言って、マイラは支部長室を後にする。
「さてさて。どうして面倒事というのは重なるのかね」
1人になったクレメンテは、この先のことを考え一言愚痴を漏らすと、自分の仕事に取り掛かった。
クエスト終了。
再び大陸情勢やギルドの動き、そして日本に触れる回を挟みます。
閑話も出来れば挟みたいなと思っていますが、どうなるか未定です。




