第61話 クエスト『神像ビリケン捜索』5
日本の地下街はその複雑さで有名である。かつて日本があった地球でも、日本以外に地下街を持つ都市はあり複雑な構造を持つ地下街も少なくはなかったことを考えれば、地下街という存在それ自体が複雑化する性質を持っているのかもしれない。
時にダンジョンとも称される複雑な地下街は、慣れぬ者にはまさしく迷宮である。
複雑な構造でない地下街であっても、地下鉄で移動し降りた時、慣れぬ者が方向が分からなくなることなど珍しくもない。
地下では方向感覚が狂いやすいのだ。
ここ大阪梅田の地下街は、日本の複雑な地下街7つの中でも特に複雑な物の1つに挙げられる。
公道の地下、ビルとビルを繋ぎ駅と駅を結び無秩序に拡大したそれは「梅田ダンジョン」と称されるに相応しい存在であった。
慣れない者が目的の場所から出ようと彷徨い挙句、見当違いの場所から出るなど当たり前。そもそも目的の場所にたどり着かないこともしばしば。
それなりに慣れているはずの者ですら、突如行われる工事によって道を見失うこともあるのだ。
そんな現代日本の人造ダンジョンである梅田地下街には、この地の住人たちが西へと避難した結果多数のモンスターが入り込み住処としている。
「梅田ダンジョン」と称された地下街は、転移を経て正しく「ダンジョン」と化していた。
大阪城を後にし、北の大川を渡り川沿いに進むマイラとレオ。
途中進路を北に変え巨大な建物の見えるこの街の中心部と思われる場所を目指していたのだが、途中に点在する地下へと入口気が引かれたマイラは地下への進入を言い出した。
ビリケン像を持っていったモンスターが何であれ、地下に入り込んでいる可能性は高いということだ。
特に拒否する理由を見いだせなかったレオは、大人しく荷物からランプと日本で手に入れた照明器具を取り出すと、主と共に地下へと足を踏み入れた。
この地の放棄後、地下街は更なる迷宮へと変貌していた。
利用されていた頃にはこのダンジョンからの最終脱出手段ともいえる地下鉄が、電車が走らなくなったことによりそのままダンジョンの一部と化している。
結果地下ダンジョンの範囲は大幅に拡大した。
次いで暗闇。
光源の絶えた地下街は完全に闇に閉ざされる。手持ちの光源程度ではその道行は大変危険なものとなる。
また地下街自体の老朽化やモンスターの手により、通行が叶わなくなった通路もあるかもしれない。
そしてモンスターその物の存在――
そんな魔宮と化した地下街に準備もなく入ったマイラは、いささかここを甘く見ていた。
本来は未知のダンジョンともなれば、冒険者たちが時間をかけ慎重に内部構造を探るのが常である。
初めてのダンジョンにいきなり飛び込むなど、それは勇敢というより蛮勇というべき行いだ。
マイラにしてみれば、まさか都市の地下にそんな大ダンジョンがあるなど想像もしていなかったに違いない。
故に少々軽い気持ちで地下へと向かったのだ。
「困りましたわね……」
手にした懐中電灯を先に向けながらマイラはそう言葉をもらした。
日本で手に入れたこの道具は大変便利で、安定した光量でかなり前方までを照らしてくれる。欠点としてはランプなどと違い向けた方向しか照らし出さないこと、燃料とされるものが日本でしか手に入らないため大陸では使いづらいと予想されることであろうか。
「引き返しますか?」
同じく、照らし出された前方。並んだ枕木の上の2本の鉄製レールが走非常に歩きにくい地下の道。
その道が途中から水にすっかり浸かりきっていた。
放棄され保守整備がなされなかったため、どこかで水漏れが起きているのだろう。
「歩いて行けないこともなさそうですけど……足場が悪いですから怖いですね」
「そうですわね。この暗さですし、この先深くなるかもしれませんわ」
どうするかと迷いながら、マイラは懐中電灯の明かりを前方でくるくると動かしてみる。
「あら?」
と、数m先で道の横、少し高い位置に広がる空間に気付く。
そう言えばここまでの道のりでも似たような場所があったと思い出す。
地下鉄の駅である。
「このまま引き返すより先に進みましょう。あそこから上がればどうやら上へと行けそうですわね」
「――ああ、確かに。あそこからそう濡れずに済みそうですね」
「それでは参りましょう」
そう言って奥へ奥へと進むマイラとレオ。
先へ先へと進む2人は、その背後から忍び寄る4つの影に気付いてはいなかった。
地下鉄から地下街へと侵入した2人は暗闇の中をランプと懐中電灯の灯りのみを頼りに慎重に進む。
幸い今まで進んできた線路と違い足元はしっかりしているため歩くことに不便はない。
「……」
「……」
進むにつれ口数の減る2人であったが、不意にその足が止まる。
「行き止まりですね」
「……」
道はその半ばで、壁によって阻まれていた。
マイラが触れてみると、その壁は鉄製であることが分かる。
防火シャッターだ。
「壊せないこともありませんが……」
「でも、これが無事ってことは、ここには目的の物はなさそうですね」
「ええ。残念ながら外れのようですわね。引き返しましょう、他の道を探しますわ」
そう言ってマイラが踵を返すと――
「よう、また会ったなぁ」
「っ!」
マイラの持つ懐中電灯の光に、4人の男の姿が浮かび上がった。
「あら、どなたかと思えば先日私がクエストを譲って差し上げた方々ではありませんか」
一瞬表情をこわばらせたマイラであったが、相手が彦島で出会った冒険者だと分かり表情を軽くする。
「こんな所で何をなさっているのかしら?」
「いや、なに。そのクエストでこの辺りをうろついていたら、偶々お前らを見つけてな」
「なるほどそうでしたか。つまり、わざわざお礼を言いに来られたという訳ですわね。感心ですわ、おーっほっほっほ!」
「そうだな……礼といやあ礼か」
パーティーのリーダーであるフランクが剣呑な笑みを浮かべると、残る3人も同じような笑みを浮かべマイラを見る。
対するマイラは高笑いをしたまま「よろしくてよ」などと上機嫌だ。
ギルドでの経緯と、目の前の相手の「様子」から考えてもそんなはずはないだろうと、レオは主に飽きれながらも腰の剣に手を当て様子をうかがっていた。
「――ほっほ! ところで、1つ聞いてもよろしいかしら?」
「なんだ?」
「なぜ、そんな剣を抜身で持っていらっしゃるのかしら?」
「……」
その問い掛けに思わず絶句する4人と1人。
だが直ぐに、
「――っぷ! はは、あーっはっはっはっは! こいつぁ傑作だ!」
「リーダーこいつの頭ヤバイっすよ。この期に及んで分かってねーでやんの!」
「筋金入りのバカだな」
「そ、そうなんだな。バカな、なんだな」
「いやでも、こういう高慢なバカって俺は好きっすよ」
「お嬢様ぁ……」
「なんて顔しているのレオ」
何言っているんだこの人、と言いたげな表情で主を見るレオを、マイラは軽く眉を寄せながらたしなめる。
(本当に分かっていないのかこの人)
「世間知らずの嬢ちゃんよ。言っただろう、「お礼」だって。彦島のギルドで、衆目の前で俺を虚仮にしやがった礼をたっぷりさせてもらおうか!」
威嚇するように、ドスの効いた大声を上げるフランク。
その言葉を受けマイラは、
「……ああ、理解しましたわ」
ようやく事態が飲み込めたとでも言う風に頷くと、
「やっぱり、そうでしたか」
と言いながら背負ったハンマーを手にし、その頭をドンと地面に突き立てた。
「……お嬢様、あの、本当に分かってらっしゃるのですか?」
「ええ。つまりこの方々は、私に逆恨みしてその仕返しに来られたのでしょう」
「じゃあなんでさっきはあんなことを聞いたのですか!?」
「当然ではありませんか」
そう言ったマイラは、4人組を見ながら、
「もし間違っていたら、それで叩き潰されるこの方々が可哀そうじゃなくって?」
と言い放ち、ニコリと笑みを浮かべた。
「はっ! 大口だけは相変わらずだな。マルク! ボン! 行け!」
「承知っす!」
「わ、分かったんだな」
フランクの合図に、長髪プラチナブランドの優男マルクとデブのボンがそれぞれロングソードを手にマイラへと駆け出して行った。
実を言えば、レオは主であるマイラがどの程度の実力者であるのか知らない。
屋敷にいたころ剣や今持つハンマーを振るい鍛錬する姿を見てはいたが、実際に戦う姿を見るのはこれが初めてであった。
ルマジャンの屋敷で雑用係のような仕事をしていたレオは、1年前のある日いきなりマイラに連れ出され冒険者となる羽目になった。
その足で神殿へと向かいマイラが支払った布施で神霊術を獲得し、そのまま冒険者ギルドへと乗り込み冒険者として登録されたのだ。
その後は、大陸を西から東への長旅。戦争が起きている地域や、政情不安定な国を避けつつ、船や馬車を使いながら安全な道を使い東の果てのトラン王国タンゲランの港町。そして日本までやって来たのだ。
旅路は大きな街道を使い、費用はかかったが乗り物を多用したため道中では殆どモンスターには遭遇しなかった。
それでも何度かモンスターには遭遇したが、マイラは数度だけ武器を振るい追い払ったことがあるだけで大抵は逃げることで戦闘を回避している。
日本に来て、岡山からここ大阪までの道中も同様だ。
だから、ここで目にする戦いが、レオが初めて見るマイラの戦闘なのである。
「……」
一瞬、フランクは何が起こったのか理解できなかった。
女に向かって勇んで駆け出したマルクとボンだったが、その2人は今は地に倒れ込んでいる。
「――――」
「グアアアアッ……ァァッ! こ、このスベタが! ッア!」
口から血を吐き痙攣しているボン。
一方、股間を抑えながら整った顔を歪ませマイラを罵るマルク。
勢いよく左右から襲い掛かってきた2人に対し、まずマイラはその巨大な鉄の塊を左手で軽々と振るい左から襲うボンの横腹に叩き込んだ。あばらの折れる音と肉の潰れる音と共にボンの巨体は壁へと叩きつけられる。
さらに、マイラは一歩右半身を前に出し空いた右手で剣を握るマルクの手ごと掴み剣を止めた。
剣を止められたマルクの思考が次の動作へと移るよりも先に、マイラはその左足を無防備な股間へと思い切り振り上げたのだ。
「ッァァァアア!! グガッ――グペ」
悶えるマルクの顔面に、マイラの手にする鉄塊が容赦なく叩きこまれると、マルクは奇妙な声を最後にその動きを止めた。
表情1つ変えることなく、マイラは壁に叩きつけられ痙攣するボンを見る。
いまだ弱弱しく痙攣を続けているが口からの血は止まらない。そう長くはないだろう。
「ありえん……」
「バカな」
一瞬にして仲間2人をやられたフランクとベニートは、怒りや恐れ以上に信じられないという思いに囚われていた。
「いくら肉体強化の神霊術を使ったとしても、そんな重い物を軽々扱えるわきゃねぇ。てめー! いったい何をしやがった!!」
顔を朱く染めながら怒鳴るフランクにマイラは優雅に微笑み返す。
「あら、わざわざ手の内を明かす者がどこにいまして?」
そう言いながらこれ見よがしに、片手で巨大な鉄塊のついた棒を持ち上げ、スルスルと体に沿わせ回してみせる。
力自慢の男でも無理な芸当を、まるで軽い棒切れを使うかのように操っていた。
単なる腕力ではない。何か理由があることは明白である。
だが気になる点はそれだけではない。
今マイラが見せた体捌き。軽々とマルクを無効化したあれは、ハンマーとは関係のないもののはずだ。
「彦島のときは手を抜いてやがったな!」
「おーっほっほっほ! 私、戦うべき時と相手は選びますの。たかだか冒険者同士の諍いで振るう拳はございませんわ!」
(まあ、あの時はすっかり油断していたのですが)
が、敢えて真実を言う必要もない。
「か弱い乙女を力任せに――無辜の民や弱者を食い物にする不埒な冒険者が存在するとは聞いておりました」
「……か弱い?」
思わず聞きとがめたレオの言葉に反応してくれるものは誰もいない。
「弱きを守るは私の使命。こうして見つけた以上、見過ごすわけにはまいりません! あなた方を敵と見定めます!」
大見得を切り、手にしたハンマーを残る2人の悪徳冒険者へとかざす。
暗い地下街。淡いランプの灯りに浮かぶその姿は、レオの目には不思議と輝いてみた。
「……どうする」
「……」
ベニートの問いかけにフランクは即答できなかった。
ここで逃げ出せば、自分たちのことはこの女によってギルドに報告される。そうなればきっと、余罪の追及も行われるであろう。
その上ここは日本。ギルドから逃げようにも土地勘がない。逃亡してもほどなく捕まってしまうだろう。
つまり逃げ出せば身の破滅。
だが戦って勝てる相手だろうかと言えば、それも難しい。
フランクのマイラに対する戦力分析は間違っていた。正面から戦えば間違いなく負ける。
マイラのあのハンマーを軽々と扱う謎が分かれば、そこに光明を見いだせるかもしれないが、今のところ手がかりすらない。
引くも地獄、進むも地獄。
引いてギルドの手から逃げ切れるか、乾坤一擲の勝負に賭け目の前の女を倒すか。
「……逃げるぞ」
「あ、待て! お嬢様!」
逡巡の後、フランクが選らんだ選択は逃亡であった。
一瞬の直感。今まで自分を生かしてきたそれをフランクは信じ背後へと駆け出す。
自分の勘に従い、今日までギルドの目を掻い潜り好き勝手に生きてきたのだ。
今回もきっと大丈夫だ――そう自分に言い聞かせ全力で走り続ける。
「はぁはぁはぁはぁ!」
「……っく」
真っ暗な地下街をフランクとベニートは駆け抜ける。
背後から追ってくる2人の気配。何より、真っ直ぐの光が時折自分たちを捉えている。
だが、どうやら純粋な体力勝負ならフランクたちに分があったようだ。
追いつかれそうな気配はない。
追っ手を撒くため、フランクは右へ左へ上へ下へと我武者羅に地下街を走り続ける。
光の無い真っ暗な道。追っ手の灯りがなければ先も見えない。
マイラを付けていたフランクたちは、ランプを用意してはいなかった。
「先に広場らしき場所があるぞ」
「ああ……よし、そこを左に曲がろう」
見えぬはずの道が2人には見えていた。
暗闇を見通す目。これこそが、彼らの持つ神霊術であった。
「はぁはぁ……だいぶん引き離したな」
「しかし、出口はどこだ!?」
「分からん。ともかく足を止めるな」
見付からぬ出口を探して走り続け少々広い空間に出た2人。
先ほど申し合わせた通り、左に曲がろうとし――
「なっ!?」
「!!?」
その先には、無数の小さな光が待ち構えていた。
「も、モンスター……だと……」
「こんな時に、なんでこんな」
2人の視線の先には、ズラリと何種類ものモンスターが通路を埋め尽くしジッとこちらを見据えていた。
おなじみのゴブリンにコボルト、インプに角うさぎのアルミラージ。小型犬ほどの大きさもある大ネズミ。強力な毒を持つレッドスネーク。ハイエナとライオンから生まれた獣コロコッタ。強力な牙を持つ陸上のワニ足噛み。
更には――
「あら、オークまでいますわね」
「!?」
「て、てめっ!?」
いつの間にか追いついたマイラが、2人の背後から通路を覗き込んでいた。
咄嗟に剣を向ける2人に対しマイラは呆れ顔で言う。
「状況を御覧なさい。ここで私たちが争っている場合とお思いかしら?」
「なに――」
「おかしいとは思っていましたわ。地上ならともかく、この様な地下に入ってさえまったくモンスターに遭遇しないなど……どうやら待ち構えていたようですわね」
そう言って他の通路、そしてたった今通ってきた通路に目をやれば、いつの間にかそこにもモンスターの姿があった。
「か、囲まれてんじゃねーか!?」
「なんでたかがモンスターがこんなことを」
「――中型以上で知恵のある個体が居ればおかしな話ではないでしょう? ですけど、この整然とした様子は不自然ですわね……」
「結局何が言いたいんだお前は!」
「簡単な話ですわ。生き延びるためにいったん手を結びませんか、と言っているのですわ」
マイラの提案の意味を一瞬の思考で吟味する。
フランクは決して愚かではない。むしろ賢いからこそ今日まで生きてこられたのだ。
その頭で考える。
(この女がこう言いだしたってことは、自分だけではこのモンスターどもを相手に出来ないってことだ。でなけりゃ俺らをさっさとぶっ殺してモンスターを蹴散らせばいい。つまり、この提案には裏はない)
この提案をけった場合どうなるか。
考えるまでもなくフランクとベニートは死ぬ。
相手がマイラかモンスターであるかは分からないが、確実にだ。
だが提案に乗れば万々が一という可能性がある。
「……いいか、ベニート」
「それしかなさそうだな」
お互いの意志を確認し合い、2人は剣をモンスターへと構えた。
「結構ですわ。え~っと……」
「フランクだ。こっちはベニート」
「フランクさんにベニートさんですわね。私はマイラ。この子はレオですわ」
「……」
既に剣を構えモンスターを睨みつけるレオを紹介しつつ、自身も手にしたハンマーを構えモンスターに対峙した。
「で、どうする?」
「雑魚はお任せしますわ。私はあの親玉らしいオークを仕留めます」
「なるほど……露払い役が欲しかったわけか。まあいいだろう」
「来たぞ!」
「来ました!」
冒険者たちの作戦が決まるとほぼ同時に、周囲のモンスターたちが動き出す。
種族も大きさも性質も違うはずのモンスターの群れ。それが整然と先頭から順に襲い掛かってきた。
「き、気持ち悪い動きだぜ」
武器もなく飛び掛かってきたゴブリンの首を刎ねながら、フランクは思わず思ったことを口にした。
モンスターの群れは少数のグループごとに突撃をかけ、それが倒されると次のグループが突っ込んでくる。
相手をする身としては、一斉に襲ってきて混戦になるよりは楽だ。
だが今まで見たこともない行動には戸惑いを覚えざるを得ない。
更に不気味な点がある。
「……」
モンスターたちはどれも、獰猛に目を光らせながらも唸り声1つあげることなく襲い掛かってくるのだ。
「くっそ薄気味悪い。おい、マイラ! さっさと片付けてこいよ!」
「御焦りにならないで。ではレオ、言いつけどおりこの懐中電灯で後ろから前を照らしてくださいな」
「承知しました」
そう言ってレオは、マイラから手渡された懐中電灯を彼女の進行方向――モンスターン後ろにいるオークへと向ける。
光の直射目を顰めるオークだったが、声1つ上げなかった。
やはりこのモンスターたちはおかしい――マイラもそれが感じていたが、今はこの包囲を破らねば生き残れない。
「参りますわ!」
そう叫ぶと、ハンマーを真横に構え吶喊する。
「おどきなさい!!」
それはさながら戦車の突進であった。
マイラの戦法は単純である。ひたすら手にしたハンマーを右へ左へと振り回しながら前へと進むのだ。
その巨大な鉄塊は、1撃でモンスターの骨を砕き肉を裂き蹴散らしていく。まさに当たるべからざる勢いだ。
本来、この様な戦法は難しい。ハンマーのような重量のある武器は何度も振り回せるものではないからだ。
振り抜いたところで、振り返す前に襲われるのが落ちだ。仮に出来たとしても繰り返し行う前に体力がもたない。
これはハンマーを軽々と扱えるマイラだからこそ可能な戦法である。
とは言え流石にこのような状況では、背後から襲われれば危険だ。それが分かっているからこそ、マイラはあの2人を引き込んだのであった。
数十匹のモンスターが瞬く間に肉塊と化しマイラは一気にオークへと肉薄する。
間近まで敵の接近を許したオークは、ここに至りようやく動き出す。が、鈍い。
「手間はかけませんわよ! 一撃必殺!」
ハンマーの長い柄をその両手で掴み高らかに掲げた。
自らの神霊力をハンマーへと注ぎ込む。
相手は中型種としてはポピュラーなモンスター・オーク。
並みの冒険者1人では太刀打ちできない相手だ。全力を費やす。
振り下ろされるオークの太い腕を軽々とかわし、
「お逝きなさい!」
その無防備な背に渾身の一撃を叩き込んだ。
「!!」
相変わらず声こそないがオークの表情が苦悶に歪む。
「それそれそれそれ!!」
2撃、3撃とマイラのハンマーがオークの背を、肩を、頭を襲う。
「どこが「一撃必殺」だ!」
飛び掛かってきたアルミラージを蹴飛ばしながらフランクが叫ぶ。
「おーっほっほっほ! 全部ひっくるめて1撃ですわ!」
「理屈にすらなっちゃいねーな!」
ゴリっと、頭部に叩き込んだ一撃に手ごたえを感じたマイラはようやく手を止める。
神霊力を込めた攻撃を散々に受け、その護りが薄れたとこでもらった直撃。
頭蓋骨は砕け、見たくもない中身が飛び出してきている。
「さて、ボスとおぼしきオークは倒しましたが……」
そう言って、後ろを振り返るが――
「くっそ!」
「おい、キリが無いぞ!」
「お嬢様!」
「……状況に変化なし。困りましたわね」
相変わらず整然と襲い掛かるモンスターたち。
どうやらこのオークがボスだったわけではないらしい。
状況に変化がない。その上、
「あら、これは――」
今しがたマイラが蹴散らしたモンスター。
大半は即死であるが、かろうじて骨折程度で済んだ個体が再び立ち上がってきている。
「普通、こうまで怪我すれば逃げ出すか死んだふりをするはずですわ」
それがこうして立ち上がり逃げ出そうともしない。
こうなっては確実に息の根を止めるまで戦い続ける必要が出てくる。
「これは……拙いかもしれませんわね」
(おかしい……)
次々と襲い掛かるモンスターを切り捨てながら、フランクは己の頼りとする勘が何かおかしいと告げていることに気付いた。
いや、このモンスターたちがおかしなことはすでに分かっている。
こんな不思議な隊列を組むモンスターなど見たこともない。
餓えたわけでもないのに、怪我を負いながらも立ち向かってくるモンスターなど知らない。
まるで、何かに操られるように襲い掛かるモンスターたち。
(操られる!?)
フランクは、その闇を見通す目で周囲を見回す。
正面の通路。後方。右、左。
(違うそこじゃない!)
ゾクリ――とした寒気を感じると同時に、己の直感に従い腰に差したダガーを抜くとそれを天井へと投げつけた。
「キィィィィィィッ!!」
「う、ぐあ!?」
鋭い鳴き声と共に、天井から落ちてきたそれはそのままフランクに襲い掛かる。
「ぐおおお! 離れろ、化け物!」
「チィィィィィッ!!」
ベニートが剣を叩きつけるが、浅く表面を傷つけるだけ。
しかしそれはフランクから離れた。
「大丈夫か!?」
「ぐっ……あっ……」
「鎧ごと肩が! 今止血する! 小僧手伝え!」
天井から降ってきたそれは、フランクの肩の肉を硬皮革の鎧ごと抉っていた。
痛みに呻くフランクをレオが抑えると、ベニートは急いで止血を始める。
一方マイラは、1人そのモンスターに向き合っていた。
既に他のモンスターに動きはない。
どれもこれもジッとその場に立ったままである。
「このモンスターが、他のモンスターを操っていたんですね」
ランプの灯りに映し出されたそれは、1匹の巨大な蜘蛛であった。
いや、蜘蛛と言っていいのだろうか。その頭部は蜘蛛ではなく、まるで獣のような顔をしている。
「キメラの一種かしら? 図鑑でも見たことのない種ですわね。それにしても、これだけのモンスターを操るなんて」
この蜘蛛の使う神霊術なのであろう。
一体どれだけの神霊力をもってすれば可能なのか。それは分からないが、この蜘蛛型のモンスターが中型以上に相当するのは確実だ。
こんな物がいると分かっていれば、オークに後先考えずに力を使わずもっと慎重に戦っていたのですが――と、口には出さずマイラ思った。
「キチキチキチキチキチキチキチ――」
フランクの血をしたたらせる牙を擦り合わせ不快な音を立てる蜘蛛。
余り時間をかけては、いつこの蜘蛛が周囲のモンスターを再び動かすか分かったものではない。
「おい……」
思案するマイラに、背後から止血を終えたフランクが声をかけた。
「奴に突き刺さってる俺のダガー……アレに神霊力を、叩っ込め」
「ダガー?」
言われて良く見れば、先ほど彼の投げたナイフは蜘蛛の左目の下に深々と突き刺さっている。
「あれは……分かりましたわ。お任せなさい!」
ランプの灯り程度ではダガーの造形はハッキリと見えない。
だがそうでなくとも、神霊力を操る冒険者には「見える」ものがあった。
「はあああ!!」
掛け声と共に駆け出したマイラ。
蜘蛛も逃げようとせず、8本の足を大きく広げマイラを迎え撃とうとする。
鋭い爪のついた足が上からマイラへと振り下ろされる。
右へ、左へと飛びながらそれをかわし蜘蛛へと迫り、蜘蛛の顔を狙い下から思い切りハンマーを振り上げた。
「ああ! 惜しい!」
蜘蛛が素早く身を引いたためその一撃は空振り。
高く得物を振り上げたマイラは、その脇腹を無防備に晒すこととなる。
それを見逃す蜘蛛ではなかった。
下がる足を止め、その1本をマイラの脇腹へと突き上げるべく動かすが、
「狙い通り過ぎますわ」
それより早く、動きを止めた蜘蛛の顔、そこに突き立つダガーへとマイラの手にする鉄塊が振り下ろされた。
暗闇に一瞬の閃光が走り轟音が響く。
マイラがダガーへと神霊力を叩き込んだ直後、蜘蛛が痛みに声を上げるよりも先に、ダガーに込められた神霊術がその顔を跡形もなく吹き飛ばしてしまった。
突き立てられようとした爪も、その直前で頭部を失い失速。力なくコツンとマイラの鎧を叩いただけである。
「へっ……爆破の神霊術を込めたとっておきの切り札だ。高かったんだぞ」
「あら、命よりは安いのではなくって?」
「ま、そりゃそうだ……」
『ギギッ』
「!?」
「モンスターどもが正気にもどったか!」
「くっ」
慌てて剣を構えるベニートとレオだったが、マイラは慌てることなく様子をうかがっている。
蜘蛛の神霊術から解放されたモンスターたち。
まず真っ先に動いたのは知性の低い本能で生きる種族。そしてそれに続いてやや知性の高い残りの種族が動く。
一目散にその場から逃げ出した。
「おーっほっほっほ! 私に恐れをなして逃げ出したのですわね」
「確かにこの場合は間違ってはないと思いますが……なんだかなぁ」
構えた剣を降ろしつつ、レオがぼやく。
「さて。これでもうこの地下でモンスターに襲われる心配はありませんわ。後は出口を探して――」
「いや、お嬢様。目的の品を探さないと」
「――その通りですわ! まったく、何のためにこんな地下に潜ったのか分からなくなるところでした」
ぶんぶんと腕を振り回しながらマイラがそう言うと、レオは深く溜息をついた。
「まあなんだ……おめーも色々大変そうだな」
「もう慣れました」
フランクがそう声をかけると、悟りきった口調でそう返したレオに、思わずベニートと顔を見合わせ苦笑してしまう。
まだ10代も前半だというのに――と言いたげだ。
そんな2人を横目で見ながら、レオは放り投げていた荷物を取りに向かう。
「あ、そうでした。もう1つ忘れていましたわ」
「どうした?」
あっ、と何かを思い出したマイラにフランクは軽く声をかける。
「ええっと……フラ、フラ…」
「フランクだ! それとベニート!」
「そうそう。それで、フランクさんベニートさん」
名前を失念したらしいマイラは、改めて名を告げられると、その2人へにっこり笑みを浮かべる。
「今回は大変助かりましたわ」
「へっ、俺たちも命が危なかったからな」
「まあ何か礼をくれるというならありがたくいただくがな」
共に戦った仲――そんな想いがあるのか、砕けた態度を見せる。
そんな2人にマイラは、
「それじゃ、せめてもの礼ですわ。苦しまない様にしますわね」
「え?」
「何が――」
グシャ――何かがつぶれる音がする。
こうして、大阪は梅田ダンジョンにおける今回の全ての戦闘は終了した。
遅くなりました。
もう少し梅田地下を具体的な名をあげて書こうとしたのですが断念。
私の力量ではネット情報だけではうまく書けませんでした。
一応、おおよそあそこを通ってここを抜けているんだなというのはありますので想像してみてください。
次回クエスト報告をして今クエスト終了。
とても短い予定。




