第60話 クエスト『神像ビリケン捜索』4
彼らは最悪の部類の冒険者であった。
冒険者という職が、そして冒険者ギルドという組織がラグーザ大陸に生まれて200年近く。
大陸全土に渡る現統一冒険者ギルド誕生以前より、冒険者そしてギルドの不断の努力により冒険者という職は大陸において必要不可欠な職業となり、また憧れる者の多い人気職ともなっている。
だが、そもそも冒険者の誕生は、あぶれ者たちに真っ当に生きる者には難しい仕事をさせていたことにある。
あぶれ者といっても様々だ。定住地を持たない流浪の民。金で戦に参加する傭兵。モンスターや危険な場所に生息する動物を追う狩人。世間一般では認められない研究を行っていた一部の学者たち。錬金術などとうそぶく山師。或いは本当の意味での山師たち。そして、何らかの事情で村や町に居られなくなった者。
どれも市井で真っ当に生きる者には受け入れられず、統治者には厄介な存在ばかり。中には犯罪に手を染める者も少なくなかった。
それに冒険者という枠を当てはめ冒険者ギルドという組織に所属させることで、糧を得る手立てを整え犯罪に走らぬよう抑止力を働かせたのだ。
そんな存在が人気者となる現代の有様は歴史の皮肉と言うべきものかもしれない。
さて、冒険者ギルドそして冒険者という存在が洗練されてきた現在においても、この役割は生きており、反社会的な不穏分子を穏便な形で大陸社会に組み込む役割を担っている。
だがここまでお膳立てを整えてなお問題となる者たちは出てくる。
ある者たちはそのような生き方を否定し、気の向くまま好き勝手に、犯し、殺し、奪い生きる。野盗などがこれにあたる。
モンスターの存在するこの世界においては野盗として生きるのも楽ではないが、彼らは徒党を組みモンスターを避けつつ町や村、商隊や旅人を襲い刹那的に生きている。
危険な存在ではあるが、単純明快で分かりやすい存在だ。
彼らはいつか、国の兵士や冒険者、或いはモンスターにより命落とすその日まで刹那的に生き続けるのだろう。
厄介なのは組織の中にあり外れた生き方をする者だ。
どんな組織であっても、全員が品行方正であったり組織のルールに従ったりするわけではない。
当然ながら冒険者の中にも犯罪者はいる。いや、元々の成り立ちや出自を考えれば、軽犯罪者の割合はかなり高い。
もちろんギルドはそんな在り方を容認しているわけではない。軽犯罪であれば明確な証拠があれば処罰し、証拠はなくとも怪しい素行の者には注意が飛ぶ。重犯罪であれば徹底的に調査し懲罰を下す。
一罰百戒。ギルドの重犯罪者に対する罰は容赦がない。ギルドが、そして先達者たちが築いてきた冒険者と冒険者ギルドへの信頼を護るためにはそれが必要だからだ。
『冒険者』という看板を汚す冒険者の命など路傍の石ころほどの価値もない。
不埒な冒険者たちはギルドの目を盗み軽犯罪に手を染めながらも、やり過ぎてギルドの目に留まらぬよう過ごしているのだ。
それでもやる者は出てくる。
強盗、殺人、詐欺に強姦。知っていながら目先の欲に駆られ重犯罪に手をだし、そしてギルドの目に留まり全てを失ってしまう。
人が人である以上、これはこれからも続いていくのだろう。
彼らは最悪の部類の冒険者である。
その最悪たるゆえんは、ギルドに知られれば即座に処罰されてしかるべき罪を犯しながらも今日までのうのうと冒険者として生き延びているところにある。
モンスターに襲われた小さな集落の救援に向かい、遅れて到着した挙句僅かに生き残った者を皆殺しにし、蓄えを奪い取る。
さらわれた村娘の救出に向かい、助けた娘を犯した末に殺し手遅れだったと報告する。
金品の奪還依頼で虚偽の報告を行い依頼の品を懐に収める。
チームを組んだ別の冒険者を途中で殺害し報酬の独占を図る。
そんな犯罪者である彼らが、冒険者として10年以上ギルドに目を付けられることなく生き延びているのだ。
それは何故か?
彼らは慎重だった。
ギルドに気付かれる大抵の者が調子に乗ってやり過ぎボロを出すのだが、彼らは決してやり過ぎない。
救援が間に合わないことも、誘拐された娘が殺されていることも、奪還が失敗に終わることも、クエストの最中に冒険者が命を落とすことも、どれもそれなりに有り得ることだ。
普段は真面目にてきとうなクエストを受け仕事をしながら、確実にやれると判断した時のみ行う。
また決してベテランのギルド職員には近づかない。多くの冒険者に接し勘の鋭いベテランは、何で彼らのやっていることに気付くか分からないからだ。
ギルドでクエストを受ける際は、必ず様子を確かめ新人や経験の浅い職員が窓口に建っている時を見計らう。
野党などの刹那的に生きる者と比較すればある意味面倒な生き方だ。
だが彼らは満足していた。
取りあえず冒険者でいれば身元は保証される。金さえ出せば町から追い出されることも怪しまれることもない。
楽なギルドのクエストをこなしつつ、時々荒稼ぎしその金で女を買い、酒を飲み、美味い物を食って過ごす。
人生なんて楽なもんだ――と嘯きながら。
そんな彼らがわざわざ日本にまで来たのは、日本のクエストが楽で稼ぎがよく、ここでの生活もまるで別世界だとの噂を聞いたからであった。
「チッ! 無駄足かよ」
髭を生やした中年の男性冒険者が、いらだたしげに手すりを蹴飛ばす。
長らく放置された手すりからはメリっという嫌な音がし、けりの勢いで外側の錆びた金網が揺れた。
「おい、フランク! 壊すんじゃないぞ。こんなところで転落なんてたまったもんじゃねえ!」
「加減はしている。それより、何か見つかったか、ベニート?」
「いや、なにも。今マルクとボンにもう1度見回らせてるが……」
リーダーであるフランクにベニートと呼ばれた男は、いかつい顔をしかめたまま首を横に振り否定の意を示す。
「城だっていうから何かめぼしい物でもあるかと思えば、お目当ての物すら1つもねーとはどういうこった!」
「大方モンスター辺りに持っていかれたんだろう。絵なんかは、もう無事じゃないだろうな」
「ふん。そもそも何が「大阪城」だ。碌に何もありゃしねーじゃねーか!」
吐き捨てる様にそういったフランクは、眼下に広がる景色を見下ろしながら忌々しそうにそう吐き捨てた。
彼らがいるのは、大阪城天守閣その最上階。
フランクたちはこの大阪城に保管されていた品々の捜索クエストを受け、この地にやってきている。
大阪からの避難の際に、大方は持ち出したということであったが、それでも取りこぼしがあり、その所在の確認と可能ならば持ち帰ってほしいという依頼だ。
持ち出したとは言ってもそこは城。それも説明によれば日本でも有数の城だろという。
何かめぼしい物が残っているのではないかと下心満載でここまでやってきたのは良かったが、目にした城は櫓こそ立派であるが碌に城らしい建物の無いまるで公園。
想像との違いに愕然としつつも、中心にある櫓に向かったフランクたちであったが、その中も荒らされており結局何1つ得る物はなかった。
「どうするフランク。周囲を探してみるか?」
「はっ、俺らがそんなガラかってんだ。しかし……そうだな、周囲を探すってのは悪くない」
口元を釣り上げ髭面を歪ませた笑みを浮かべるフランクに、ベニートもそのいかつい顔に笑みを浮かべ返す。
「これだけの街だ。金目の物もあるだろうな」
「でなきゃ割に合わねー。とっとと家探しして帰るぞ」
そう言いながら天守閣から見える大阪の街並みを睨みつける。
「こんな薄気味悪い街、さっさとおさらばしたいぜ」
確かに人っ子一人いない巨大都市というのは不気味である。
だが、見る者が見ればその巨大さに圧倒されこれを生み出した者たちのことを考え想像を膨らませるであろう街並みを、フランクはただ不気味と切り捨てた。
おおよそ彼の本質が見て取れる。
「よーし。マルクとボンを――ん?」
「どうした?」
「おい、あれ見えるか」
そう言ってフランクが指さした先。ベニートが目を凝らすと、天守閣から北東の位置にある建物へと入る2つの人影が見えた。
「どうやらちったー楽しいことになりそうだぜ」
「ありませんでしたね、お嬢さま」
大阪城ホールの壊れた出入り口から外へと出たレオは、目当てのビリケン像がないことに落胆し肩を落とした。
クエスト情報によれば、ビリケン像は所持していた楽団が合同演奏会のためにここに持ち込んでいたのだが、避難の際のドタバタで持ち出し損ねたのだという。
その情報を頼りにこの場所を訪れたのだが、建物の中はすっかり荒らされており、目的のビリケン像の姿はどこにもなかった。
「まあモンスターが持ち出したのでしょうね」
(人は誰もいないのだから、そりゃそれしかないでしょう)
そんな分かりきったことは問題なのではない。
それを持ち出したモンスターは、神像をどこに持っていったのかが問題なのだ。
この巨大都市でそれを探すのは一苦労というレベルの話ではない。
「おーっほっほっほ! 安心なさいレオ。目星はついておりますわ」
「……本当ですか?」
何時もの通り自信満々の主に懐疑の目を向けるレオ。
「こういう都市で生息するモンスター。そして収集癖があるとなれば限られますわ!」
「……例えば?」
「そうですわね。まあゴブリン辺りが妥当なところではないかしら」
確かにゴブリンの収集癖はよく知られている。
基本的には鉱物を好んで集める習性を持つが、それ以外の物を集めることも多々あり、また人が放棄した廃村などよく現れたりするため条件は満たしていた。
「取りあえず街の中を回ってゴブリンの痕跡がないかを探しますわよ」
「りょ~かいです。それで、闇雲に歩き回る気ですか?」
「ん~そうですわね。それじゃ、目印を決めましょう」
そう言って、マイラは北西を指さす。
「途中やたらと大きな建物が見えましたわ。おそらくあそこが街の中心部。取りあえずそこを目指しますわよ!」
「はいはい――」
そう言いながらレオが地図を取り出しマイラに手渡すと、2人はここまでの経路を確認しながら行先を確かめる。
「どの道順で向かいますか?」
「そうですわね……堀沿いに西へ、その後は川沿いに移動しこの天満橋とやらを渡り再び川沿いに移動しましょう。水辺なら、どこかでモンスターの痕跡があるかもしれませんわ」
「うっかり出くわす可能性も高い気がしますがね」
「その時はその時。さあ行きますわよ!」
「はぁ……分かりました」
大阪城ホールを後にし、堀に沿い西へと向かう2人を、少し離れた物陰から4人の男たちが見ていた。
先ほどまで大阪城天守閣にいたフランクたちでさる。
顎からもみあげまで髭を生やした中年のフランク。
パーティー中最長。ゴツゴツとしたいかつい顔のスキンヘッドのベニート。
長髪の優男。プラチナブランドも美しいマルクは4人中ではまだ20代と最年少。
最後のボンは本当に冒険者なのかと疑問に思えるくらい太っている。
天守閣からマイラたちを発見したフランクは、3人を連れ急いで彼女らの入った建物――大阪城ホールへと急いだ。
マイラたちが出てくるよりも先に建物近くまでたどり着いた4人は、近くで身を顰めジッと彼女たちが出てくるのを待ち続ける。
幸い、この数年の間に草木が伸び放題となりちょっとした物陰に隠れれば姿は簡単に隠せた。
やがて、出てきたマイラたちの話を盗み聞けば、予想通りクエストのためにやって冒険者きたらしいことが分かった。
しかも――
「あの女! ギルドでなめた真似しやがった奴じゃねーか」
「ああ、あのエラそうだった割に一発で伸びちまったあのアマか」
フランクが先を歩く女冒険者が、彦島の冒険者ギルドで自分とクエストを取り合った相手だと気づくとベニートもそれを思い出し相槌を打つ。
「惜しかったっすね。人の多い街中じゃなけりゃ色々出来たんっすけど」
マイラの後姿を見ながらマルクがそう言うが、あまり言葉ほど惜しいという感じはない。
なぜならここでそれが取り返せることがよく分かっているからだ。
「日本じゃ娼館もろくにないからな」
「へへっ、良い女じゃないっすか。俺、ああいう高飛車な女を無理やりするのは好きっすよ」
「マ、マルクは、何時もそうなんだな。普段そ、そういう女に、縁がないから」
「うっせー黙れよデブ!」
「――金も持ってそうだな。どうする、フランク?」
「へっ。まあ逃げられると面倒だからな。確実に逃げ場のないところを狙うぞ」
そう言うフランクの脳裏には、返り討ちに遭うという考えはなかった。
先を進むマイラたちを見失わない様、適度に距離をとりつつ4人は尾行を開始した。
フランクは、決して楽観しているわけではない。
彦島で喧嘩になった際、フランクに対峙し高笑いしていたマイラは、「行くぞてめー!」とフランクがわざわざ言ったにもかかわらず、真正面からの拳を顔面に受け、続けて腹に拳を叩き込まれあっさり気絶した。
正直、最初の一発は避けられると思っていただけに拍子抜けしたフランクである。
あれに負けるとは考えにくかった。
また、場所が場所だけに強奪は諦めたが、一応持ち物を物色した際に腰の剣を確認した際、あれが実用性の低い飾りの多い武器だと確認している。
その2つの点から、フランクはマイラが典型的な貴族子弟の道楽冒険者だと判断していた。
(気になる点と言えば、あの時は見かけなかった小僧と背負っている武器だが……)
外堀をグルリと周り川沿いに進む2人を付けながらフランクは観察を続ける。
小僧――レオは剣を1振り持つだけの単なる荷物持ちにも見える。歳もまだ10代前半の様だ。
だが貴族の付き人となればそれなりの剣術を習得している可能性も高い。
(が、あの体格なら多少剣が使えても力押しでいけるな)
もう1つの気になる点。女――マイラの背負っている長柄の武器である。
彦島では見なかったそれは、おそらく持ち歩くには不便なため街中では宿においていたのだろう。
冒険者が2~3種類の武器を持つことは珍しくない。
フランク自身も、バスタードソードの他にダガーを持っている。主装備と副装備という扱いだ。
果たして今目の前で橋を渡っているあの女にとっては、どちらが主装備なのか――
お飾りの剣がそうであれば心配はないが、もしあの長柄がそうであれば。
「どう思うベニート」
いきなり前置きなしの話しであったが、長年組んできた仲間のことだけに何を言っているのかベニートはすぐに察した。
「あの女の得物か? どっちでも問題ないと思うぞ」
「そうか?」
「剣はもちろんだが、あの背負っているのも実用的には見えないな」
「まあ、確かに。装飾もそうだが、あんなバカデカイ鉄槌なんぞまともに使える物じゃねーな」
と、フランクはマイラの背負う長柄の武器――大型ハンマーを見てそう判断を下す。
1m以上の長さの美しい彫りの刻まれた柄に、横長の金属の塊が据え付けられた戦鎚。
その重さから生み出される攻撃は、人や並みのモンスターなど一撃で粉砕してしまうだろう――まともに使うことが出来れば、だが。
フランクには、あんな得物を自分の拳2発であっさり沈むような女がまともに扱えるとは到底思えない。
神霊術が肉体強化系だったとしても、重さに振り回されるのが落ちだ。
大方、重装歩兵相手に戦鎚を振り回し活躍した祖先の武勇談にでも憧れて碌に使えない武器を持ち出したのだろう。橋を渡った前方の2人を、隠れながら追いつつそう結論づけた。
4人の隠れ方が上手いのか、或いは前方の2人の注意が足りないのか。
道は真っ直ぐしており見失う危険は少ない割に、物陰は多く姿を隠しやすいという好条件もあり、尾行は気づかれる事のないまま2人と4人は大阪の中心へと向かって進んでいく。
人の手を離れ整備されなくなったアスファルト道路。
所々舗装がめくれ、その場所からは雑草が生えてきている。
周囲のビルや家の割れたガラスや、高所から落ちた看板も砕け散乱している。おそらくモンスターが踏んだのだろう一部には乾いた血の跡もあった。
自分たちがうっかり踏みつけぬよう気を付けながら進む4人。
前方の2人の声は距離がありあまり聞こえないが、時々マイラの発する高笑いはかろうじて聞こえていた。
「腹立つ高笑いだな」
「目印にゃちょうどいいだろ」
「ち、違いないんだな」
「お、また立ち止まったっすよ」
マルクがそう言うと、慌てて4人は物陰に入り様子をうかがった。
マイラとレオは、これまでに道の脇にある鉄の網で覆われた穴や途中で封鎖された階段をたびたび確認していることをフランクは見ている。
「はっは~ん。どうやら地下を探す気みたいっすね」
「ち、地下室を探すのか?」
「そうじゃない。この街の地下にはバカでかい地下の道があるんだよ。地図くらい見とけ」
「で、どうするんっすかフランクさん」
そう尋ねるマルクの声には期待の色があった。
この中では一番若いが勘が働く――そう内心で思いながらフランクは口を開いた。
「ま、頃合いだな。地下に入ったところで仕掛けるぞ。せいぜい楽しませてもらおうじゃねーか」
ニヤリと獰猛な、しかし下卑た笑みを浮かべながらフランクがそう言うと、残る3人もそれぞれに笑みを浮かべた。
色々重なり投稿が遅くなりました。
52話でタンゲラン辺りの冒険者の質が下がっているというのは、ギルドが目を付けている怪しい冒険者には日本への渡航許可を出していないための結果です。
相手が異世界からの国とあり余計なトラブルを避けようとした結果。
もっとも、今回のような者もそれなりに入り込んでいるのですが。
次回で一応今回のクエストのメインは決着つけたいです。




