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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第3章 東日本編
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 閑話 大陸諸国事情

 ――1年前。


 ジャンビ=パダン連合王国首都ルマジャン。

 今から80年ほど前、海洋強国ジャンビ王国と陸上大国パダン王国を統一した英雄王と称えられる初代国王の時代に建設が始まった都市。

 ラグーザ大陸南西部。かつて日本があった地球でいうところの紅海のように、南から大陸北辺近くまで切り裂く様に入り込んだトマイ海の東。その南寄りの地点に建造された。

 同じくトマイ海に面した北にあるジャンビ王国の旧都と連携することで、トマイ海交易を完全に掌中に収めることができ、東のパダン王国旧都を盾とすることで敵国の脅威を避け且つ道路網を繋ぐことで陸路も抑える交易の拠点となることが意図された場所。

 街自体も、国中から招聘された学者や建築家・大商人などにより100年先200年先を見据え設計されていた。


 それらの想いは80年を経た今、この大陸唯一の100万を超える大都市として結実している。


 連合王国がこの10数年で大陸の支配者の座から滑り落ちてもなお、この街は活気に満ち今も拡大を続けていた。



 街の中心部にそびえる白亜の尖塔が並ぶ王城に近い第一等区画。

 王国に仕える貴族たちの居館が多数集結するその場所に一際大きな屋敷がある。

 ジャンビ=パダン連合王国四十公爵家と俗に称される内の1家、ピナマラヤン公爵家の大邸宅である。

 今や領地を持たない法衣貴族が大半を占める連合王国貴族の中にあって、広大な領地と国から独立した裁判権と徴税権を持つこの公爵家は、王国内に1つの独立国を持つ存在といえた。

 その現当主であるオルヴォール・ハルコリア・ハーパサロ=ピナマラヤン公爵は、テーブルに並べられた山海の幸使った数々の料理を食べながら家臣の報告に耳を傾けていた。



「わーっはっはっはっはっは! そうか、マロウ党の意見は集約できたか!」

「はっ。これで、議会の過半数は国王の方針に反対することになります」


 連合王国国民議会の党派の1つマロウ党へ説得工作が上手くいったことに、ピナマラヤン公爵は上機嫌に長い金の髪をかき上げ高笑いした。


「このままいけば王と議会の対立まで煽れるでしょう。そこまで行かずとも、王の行動に枷を嵌めることになるは間違いないかと」

「そうだな。だがあまり王権を貶めても後が困るぞ。万骨枯果てた後の不毛な座を奪ったところで何も意味はないからな」

「ははっ!」

「なに、徐々に王を追い詰めて行けばよい。王の力を削ぎ、そして誰も居なくなれば、我が家を推す声は自然と高まるであろう」

「昨年亡くなられた王弟殿下に続き、先王も既に余命幾ばくもないとのことです」

「両王家の血を引くのは、陛下とその御子のみ。もし、その血が絶えれば――」


 そう言ってニヤリと笑うと、ターマに漬け込んだ炙り肉を口へ運ぶ。


「私たちが手を出さずとも良い。我が代でなくとも、我が子、我が孫の代でことを成せればよいのだ。ただその時のために、ただその時のためにだ」


 繰り返し「その時」と言い続ける公爵。

 その瞳には野心の炎はない。ただ薄暗い執念の光が灯っていた。


(お館様では無理であろうな)


 そんな主君を、議会への説得工作を担当した家臣は冷静な目で見ていた。

 主君は暗愚でも卑劣漢でもない。領民からは慕われ、貴族や議会からの受けも良い。国への義務にも積極的だ。

 だがこの一族が持つ執念が、どこか暗い陰を背負わせている。


 ピナマラヤン公爵家はかつて王族の一員であった。連合王国の片割れ、ジャンビ王国王室の血を引くれっきとした王の一族である。

 だが今は王位継承権の無い元王族公爵家でしかない。

 原因は連合国初代国王にあった。

 2つの王家の継承権を持ち、政治的駆け引きの末2つの王位・2つの国を得た若き英雄王。

 大陸で比肩する者の無い強国と共に彼が得たのは、膨大な数の両国の王族であった。

 両国の王位継承権を持つ者はいなかったが、それぞれの国の継承権を持つ者は多数いる。多すぎる継承者は王にとって邪魔でしかない。

 今から60年前、王権を確固たるものにしていた英雄王は王族たちに対し大規模な臣籍降下の勅令を出す。王族の大整理を行ったのだ。

 当然反発も大きく叛乱も起こったが、強力な直轄軍を持ち事前にその日を予測し待ち構えていた王の前に蜂起した王族は空しく散って行った。

 ピナマラヤン公爵もその時臣籍に下った家である。

 現王家に次ぐジャンビ王国継承権を持つ一家であったが、容赦なく継承権をはく奪された。

 当時の当主――現当主の曽祖父――も当然ながら反発した。だが、彼は叛乱を起こすほど愚かではなかった。

 彼は勅令を素直に受け取り、多くの権利と引き換えに継承権を返上する。

 その多くの権利を以て、臣下中最大の力を持った彼は未来に賭けた。


『いつの日か王族へと返り咲く』


 子の代、孫の代、曾孫の代――何十年あるいは百年かかろうとも必ず。

 代々王家へ、そして国家へ忠実に仕えながら公爵家はその執念を受け継ぎ続けていた。


(だがその執念は暗く重すぎる……)


 重なった執念は公爵に暗い影を落としている。

 果たして、そんな人物が王に相応しいのか。

 主君にささげる忠誠とは別のところで、この家臣はそう考えていた。


(或いは御子の代であれば……)


 跡取りたる主の子を思い浮かべる。

 主が陰性の人物であれば、子は陽性の人物と言える。

 明るく活発で行動力がある。いささか軽率な感もあるが、そこは若さのせいだと言えよう。

 公爵家代々の執念の果てによくぞそんな子が生まれたものだと感心すらする。


(……もしや、お館様自身それが分かっておられるのではないか)


 自分のことが分かっているからこそ、「その時」を急がないのではないか。

 分かっているからこそ子にそういう教育を施したのではないか。

 公爵の持つ執念は彼個人のものではない。公爵家が持つものなのだから、彼自身が叶える必要はないのだ。


(……)


 あのお子もまた、執念の産物と言えるのではないか。

 そう考えると空寒くなる家臣であった。


「ところで――」


 モンク――日本の醤油に似た大陸西部の調味料――を振りかけたウニを匙ですくいながら、公爵が再び口を開く。


「なんでしょうか」

「他の議員の方はどうだ? 現在で過半数というが、確実を期すならばもう少し足りないな」

「はっ! 残る大半は王の方針を指示しております。しかし、ホルケリ、ヤーティネン、クレーモラ、リンドロース、アスピヴァーラ、イカライネンらは態度を保留しておりまして――」

「大商会の出ばかりだな……もしこれらが王の支持に回れば、不支持派からも造反は出ると思うか?」

「可能性はあります」

「大陸再統一か現状維持か……説得には条件が足りないな」


 公爵が王と議会で意見対立を起こそうと目論んでいるのが、この連合王国の大方針に関してである。

 すなわち、大陸再統一か現状維持かだ。


「……どのみち、あの国について調べねばならないな」

「日本……ですか」

「そうだ。どの派閥を説得するにしろ、あの国のことを語らなくては説得力に欠ける」


 何しろ王国の現状は日本という国がこの世界に現れたことに原因があるのだ。

 技術も文化も戦力も、大陸で比肩する国家のなかった連合王国を上回るとされる国。

 この連合王国の中心と日本の位置が大陸を挟みほぼ反対に位置し、また日本・連合王国とも内向きのことで手いっぱいであったため今まで両国に交流はなかった。

 故に情報も少ない。


「冒険者ギルドを使おう」

「ギルドですか?」

「そうだ。冒険者ギルドは曽祖父の代から深いつながりがある。多少の無理も通る」


 そう言いながら窓の外。星の瞬く夜空をガラス越しに見上げる。


「噂に聞く日本。出来ればこの目で直に見てみたいものだがな。はーっはっはっはっは!」


 それが叶わぬ願いと分かっている公爵は高らかに笑い未練を絶った。



「……」


 公爵が部下と密談をかわす部屋の外。

 少しだけ開いたドアから中を覗き見る人影があった。


「……議会……王家……」

「子の代……確実を……ホルケリ……イカライネン……」


 部屋の中から聞こえる話に耳を集中させ1言も漏らすまいと頭に叩き込めていく。

 ピナマラヤン公爵――父とその腹心の1人との会話。

 今まで父の手により政治の裏からは遠ざけられていた自分だが、20歳も超えたもう立派な成人である。

 自分で考え、自分で知り、自分で行動しなければいけない。


「……日本……出来ればこの目……」


「そこに居るのは誰です!」

「!?」


 油断していた。

 部屋の中に集中するあまり、侍女が近づいていたことに気付かなかったのだ。

 見られても自分ならば咎められることはないだろうが、立ち聞きしていた後ろめたさはある。

 いやそれよりも、ここでの立ち聞きが露見すれば、これから自分のしようとしていることへの邪魔が入るかもしれない。

 侍女の誰何を受けた瞬間、素早くその場を走り出し自分の部屋へと向かう。

 時間はない。急げ、急げ、急いで支度をして屋敷を抜けこの街を出るのだ。

 そう心で繰り返しながら駆ける。


「いったい何を……」


 侍女が目にしたのは、長い金の髪を揺らしながら走るその後姿だけであった。



 その翌日から、議会で、社交界で、活発に動いていたピナマラヤン公爵家の活動が鳴りを潜めることとなる。




 ――1年後。


 ラグーザ大陸北東部にあるトラン王国。

 首都シンパンにある王城謁見の間にて、国王ガルシア・シンパン・トルタハーダは盛装に身を包み2人の男を迎えていた。

 2人はこの大陸には存在しないスーツ姿。共に日本人である。

 左右に文武百官。群臣の先頭に立つ王国宰相ハッシント・エルメラ・アルタムーラ=ドゥラスノ公爵。そして国王を前に緊張しているようで、時々目が宙を泳いでいる。


「――以上の功績を称え、2人には国王より特別に勲章が贈られる!」


 式典官が言い終えると、今度はアルタムーラ宰相が2人に声をかけた。


「さあ御2人とも、前に進まれよ。今日は特別に、陛下自らの手で勲章が与えられる」

「は、はい!」

「……はい」


 宰相の言葉を受け、2人は緊張したまま1歩2歩と前に進み出た。


「……」


 その様子を見届け、国王は玉座から立ち上がると2人向かって歩き出す。

 それに従う様に、脇に控えていた侍従官が2つの勲章を乗せたクッションを手に歩み寄る。

 2人の日本人の前に立った王はジッとその顔を見据えた後、少し表情を崩し、まずは右に建つ男へと声をかけた。


「タナカヒロフミ」

「はっ!」

「そなたの農業指導は実に素晴らしい物であった。昨年は不作であっというが、そなたの指導した地区では他の土地に比べ被害が少なかった。農民はそなたのおかげで作業が効率的になったという。礼を申すぞ」

「ありがたいお言葉です」


 国王の礼に、初老の男は深々と頭を下げる。


「今は、南西の耕地で近隣の村と協力して灌漑事業を計画していると聞く。あの地が開拓されれば我が国にも大きな利益がある。協力は惜しまぬ、何かあれば申し出るがよい」

「はっ、その際はお言葉に甘えさせていただきます」


 田中の言葉に王は軽く頷くと、勲章を手に取り手ずから田中の左胸へと装着した。

 続いて、左に並ぶ男の前へと移動する。

 こちらは田中よりもずっと若い男だ。


「ハタノシンタロウ」

「はい」

「そなたが近隣の町や村で行った衛生指導により、病気にかかる者、怪我を悪化させる者が大きく減ったという報告を受けている。また、このシンパンにおいて、疫病発生の兆候を見つけ大流行を未然に防いだことは余の記憶にも新しい」

「……」

「そなたの類稀な医学知識と、モンスター跋扈する危険な地域を渡り歩く勇気にこの勲章を贈ろう」

「……ありがとうございます」


 小さな声ではあったが、そう言って波田野が頭を下げると、王は悠然と微笑みその左胸へと勲章を装着した。

 2人への勲章を授与した王が再び玉座まで戻ると、家臣たちからちょっとした安堵の吐息が漏れた。

 事前に念密な身体検査をして武器はないと分かっているとは言え、王がのこのこ他国の人間に無防備に近づくのだから彼らが緊張するのも無理はない。

 日本という国が自分たちの国との関係を悪化させることをするはずがないと分かっていても、突飛もない行動をする人間というのはどこにでもいるのだから。


 玉座に戻った王だが、立ったまま座ろうとはせず、1段高い場所から群臣を見渡す。

 居並ぶ者たちの顔を見回した王は、片手を高々と掲げると、


「皆の者。我が国の発展に寄与してくれた、この2人の日本人を感謝の念と共に称えよ!」


 そう言った王の言葉と共に、群臣たちの割れんばかりの拍手が謁見の間に満ち溢れた。


「……」


 恐縮する2人の日本人を見ていた王はその視線を群臣たちの向こう、彼の家臣に混じって拍手する異邦人へと向けられていた。




 式典とその後の食事会も終わり、盛装を解いた王はその執務室に招いた宰相と向かい合っていた。


「さて、日本の外交官殿の反応はいかがであった?」

「先ほどの食事会の時に会話をいたしましたが、悪くない反応でしたぞ」

「ふーん……式典の時見た限りではそうは見えなかったがなあ」


 王の言葉に宰相アルタムーラは首を振る。


「簡単に内心を顔に出すようでは、外交官は務まりませぬ」

「ともあれ後は外交官殿と日本にいるノルテ子爵が上手くこのことを広めてくれると良いのだが」

「その辺りは子爵には当てがあるようでした。……これで、後れを取り戻せると良いですが」

「……」


 宰相の言葉にガルシア国王は少しだけ顔をしかめた。

 今回、いかに貢献があったとは言え単なる庶民でしかない日本人に対して破格の対応までして式典を開いたのは、日本におけるトラン王国の印象を良くするためである。

 日本との関係発展は大使として赴任するノルテ子爵から常々言われており、1度は直に説得されたことであったが、国王は日本に自身が抱く想いから決断が遅れてしまったのだ。


「子爵の話では日本では民の印象というものが大きく政治に影響するとのこと。親トラン王国の日本人が増えれば日本の首脳陣も無碍な態度は取れますまい」

「……」

「問題は、出遅れがどの程度響いたかですがな」

「バイラー王国があのような手を打つなど誰も想像できなかったであろう」


 自分の決断の遅さを攻められている気がし、言い訳するように苦々しくいった。


「確かに。その点はそうですが……」


 バイラー王国はトラン王国とはいくつかに国を挟んで南に位置する海洋国家だ。

 一度はジャンビ=パダン連合王国に征服されたが、8年程前に王族の生き残りが蜂起し独立を果たしていた。

 同じくタンゲランという大陸最大の港町――真の最大はルマジャンであるが、普通ルマジャンは別格扱いとし除外される――を擁するトラン王国とはライバル関係にある。

 対日活動では足並みをそろえトラン王国と同じく大使を送りつつも貿易制限を行っていたが、トラン王国の抜け駆けにより制限が無意味になるとバイラー王国も日本との友好を深めるべく動いていた。


「まさか、末席とは言え王族の出産を日本で行うなど。奇策も奇策ですな」

「だが、ノルテ子爵からの報告では日本ではバイラー王国を歓迎する機運が高まっているそうだ」


 対日交流では他国に一歩先んじていたトラン王国に対し、バイラー王国は奇策でこれを出し抜こうと図った。

 アルタムーラ宰相の言った通り、とある王族の妻の出産を日本で行ったのである。

 日本の民を取り込むべきだという大使の進言と、日本の高度な医療技術を聞き及んだその王族の強い要望もあったという。

 日本の技術を頼り、王族という重要人物を送り込む明け透けな信頼感とその大胆な行動は、日本人の心を見事に捉え目論見は成功。

 これに危機感を感じたノルテ子爵は、矢継ぎ早に国王に手を打つべく進言を重ねるこことなる。


「これも王族外交と言えるのかな」

「どうでしょうか……我が国も習いますかな?」

「今王家の人間で子どもが生まれそうな者も、病の者もおらぬ。……宰相、そなたは」

「私の歳を考えくださいませ! そもそも、王族と宰相では格が違います」


(どうでしょうかね)


 苦笑しながら否定する宰相に、ガルシア国王は内心で懐疑の念を向ける。

 宰相は王家の血を引いており他国の王家の血も混じっている。

 下手をすれば現国王家よりも格が上になる可能性もあるのだ。


「ともあれ、やはり無難に婚姻の話を探るのが良いか。もっとも、こっちも適齢期の者がいないからな。次代以降の話になるだろうが」

「子爵の報告では、日本の王族は実権がないとのことですぞ。そんな王家との婚姻に果たして意味があるでしょうか?」

「報告では、その王家は民に大変慕われているというぞ。縁を結んでおいて損はないであろう」

「なるほど……まあ確かに先の話ですな。今は地道に友好関係を作り、得る物を得ていきましょう」

「そうだな。それで、他に何か話があるのか?」


 式典前に終わったら報告がありますと言われていたためのこの時間だ。

 今の話は式典の話の流れでしかない。

 本題は未だであった。


「はい。実は、『蜘蛛』からルマジャンの動きについて報告がありました」


 『蜘蛛』とはトラン王国が持つ諜報組織だ。

 文字通り、蜘蛛の巣にようにその諜報網を大陸に広げている――最中である。

 その組織が連合王国首都に送っている密偵からの報告に、国王も興味を示す。


「何か動きがあったか?」


 現在の大陸情勢は、全て連合王国を中心に動いている。

 大陸西部が本拠地である連合王国だが、その影響力や拠点は未だ東にも残っておりその動きは無視できない。


「報告によれば、王国そしてピナマラヤン公爵家に動きがあったようです」

「ピナマラヤン公爵家? ここしばらくは静かだったと聞くが」

「それが最近になり、王国そして公爵家の密偵団が多数動いたとのこと、『蜘蛛』からの報告が」


 それだけであればわざわざ報告するまでもない。

 既に各地で争いも起こっている不穏な大陸情勢だ。どこも密偵の類は動かしているのは当たり前である。

 それでも尚報告するということは――


「どこに向かった?」

「東。それも、どうやら我が国へ向けてとのことです」

「バカな! 敵対はしているが、今は連合王国の飛び地とすら接していない我が国を探る理由がないぞ!」

「おっしゃる通りです。どうやら目的は我が国というよりも、人探しのようだと」

「人探し? わざわざ大陸の反対でか?」


 宰相の言葉に首を捻るが、ふと先ほど自ら言ったピナマラヤン公爵家の情報を思い出す。


「……あの噂。ピナマラヤン公爵家が動きを止めたのは、跡取りが行方不明となったからだという話があったが、まさか」

「可能性はあります」

「『蜘蛛』を動かせ!!」


 王の指示は素早かった。


「ただちに」

「――それと、この情報を日本にも渡すように」

「よろしいので?」


 意外な言葉にアルタムーラは思わず確認した。


「日本は大陸でまだそれほどの諜報網はもってないだろう。だが、どのみちどこかで伝わるはずだ。ならば今の内に高く売りつけるまでよ」

「しかし、何故日本に?」

「王族にも連なるような人間が、危険をおかしてわざわざ大陸の反対側まで来たとしてその目的はなんだ? 我が国か? 周辺諸国か? いや、違う」


 そこまでして来る目当てなど、1つしかないではないかと国王は目で語りかける。


「日本も連合王国とつなぎを取りたがっているはずだ。上手くすれば、日本を介して連合王国と交渉が出来る」


 もちろん目的の人物を自国で補足出来れば一番であるが、もし対象が既に日本に渡っていれば手が出せない。


「承知いたしました。早速手配いたします」


 納得した宰相はそう言って一礼すると、執務室を後にした。



「……」


 宰相が去った執務室で、ガルシア・シンパン・トルタハーダ=トラン国王は1人物思いに耽る。

 しばらく考え込んでいたが、やがて机の引き出しを開けそこにあった手紙を取り出した。

 懐かしくも見慣れた文字。

 今は日本で大使を務めるノルテ子爵からの手紙である。


「……」


 改めて手紙を読み直す。

 そこには、今回の勲章授与の件を含め日本におけるトラン王国の名を高める方策がいくつも示されていた。

 前々からノルテ子爵は、家臣として王に早急に日本との友好を深めることを進言していた。

 また、今は亡き王の親友の父親として日本へ恐怖を抱く彼を立たせようと尽くしてくれた。

 それなのに、彼は迷い決断を遅らせてしまった。

 情けないと自分でも思う。しかし、子爵の手紙には一言もそのことを責める、或いは逆に慰める言葉はない。

 ただどうすべきかという方針をいくつも書き連ねているだけだった。


「子爵……私は……」


 所詮自分は次男坊。

 兄がタンゲラン沖海戦で戦死しなければ王国の主などになるはずのない人間。

 そんな自分が、周辺諸国と、あの連合王国と、そして日本と渡り合えるのだろうか。


「……」


 誰にも言えない悩みを胸に、ガルシアは手紙を握りしめ深く椅子に身を沈めた。


なんとなく国同士の話を書きたなと思い立った閑話。

戦記とか政争物とか内政物は大好物です。

大陸情勢は本編とほとんど関係ないのですが。


と言いつつ本編に絡む要素も一応入れてます。

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