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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第3章 東日本編
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第55話 豊葦原瑞穂国の今

「ロベルトの親父さん。他に何かないっすか?」

「そうだな……」


 タンゲラン冒険者ギルド。

 クエスト受付係のロベルトの前には、日本行を希望する冒険者が今日も来ていた。

 日本に渡るためにクエストを受けなければいけないという決まりはない。

 だが、クエストで日本に行くとなるとただ日本に渡航するより一部手続きが簡略され楽になる。

 それに、冒険者には蓄えが少ない者も多い。クエストを受け報酬を得、それが無くなる頃にまた次のクエストを受けるというギリギリの冒険者。そんな彼らがクエストも受けずに日本に渡ってしまうと、日本にあるギルドで受けるクエストをクリアする前に滞在費が足りないということが起こりうる。

 その辺り深く考えていない者も居るが、少しでも考える者はこうしてあらかじめクエストを受けて日本に渡ろうとするのだ。


「てきとうなモンスター討伐とかないんすかね」

「そういうのは向こうのギルドにいくからな。大半はこっちからの荷運びや手紙配達、調査依頼だ」

「お、この荷運びはいいんじゃないっすかい」


 そう言って、ロベルトが見ていたクエスト紹介票の1つを手に取る。

 依頼の内容は、塩漬けしたマランバ――ラグーザ大陸北部中央に生息する小型哺乳類の塩漬けを日本に大学まで運ぶというものだ。


「マランバって食用だっけか?」

「食えるぞ。あんまり一般的じゃないが。でもそれは食用じゃなくて、日本の大学が研究に使うための標本だ」


 標本の保存方法として塩漬けは1つの方法であるが、あまり良い保存方法ではない。

 だが塩さえあればどこでも可能な手段だけに、技術の無い場所ではこういう方法を取らざる得ないのだ。


「ふーん。ま、これなら良そうなんでこれを――」

「ダメだ」

「え~! なんでっすか!? ケチ!」


 言下に否定するロベルトに、若い冒険者は口を尖らせ文句をつける。


「こういう学術系の運搬クエストはな、ただ運べばいいんじゃない。運んだ標本や剥製なんかの説明をしなきゃいかんのだ。バカには任せられん」

「俺がバカってことっすかー!」

「実際バカだろうがおめーは」

「まあそうっすけどね!」


 あっさり認める辺り本当にバカだなと思いつつ、ロベルトはこの愛すべきバカのために再びクエストを探し始めた。




「ほう。西部の方には味噌があるのですか」

「大陸西部ではマニャン豆という豆を発酵させて作る調味料があります。マニャンは大豆に似た豆で、完成品は日本の味噌とほぼ同じですよ。私も食べてことがありますが少し味が違いますね。これは豆の種類が違うためでしょう。あ、そうそう。その味噌はターマというのですが、これから取れる液から出来たのがモンクという醤油に似た調味料でして連合王国の辺りでは広く馴染のある物だと聞いています」

「テディさんのおっしゃる通りでしてよ。私、日本に来るときにこの話を聞いて大変楽しみにしておりましたわ」

「うーん、大陸西部では発酵食品が盛んなのでしょうかな。交流のあるトラン王国辺りでも発酵食品はありますが、あまり主流ではないと聞きます。まあ香辛料が豊富にある地域ですからそれらを用いた料理が盛んなのは当然でしょうか」


 順次運ばれてくる料理を、日本酒と共にいただきながら3人は大陸と日本の食文化について盛り上がっていた。

 ただ一人レオのみは話に加われず黙々と料理を食べている。


「しかし日本は島国と聞いておりましたから、てっきり魚介類ばかりが出てくるとおもっておりましたの。ですけど実際にこうしてみると、なかなかに食材豊ですわね」


 そう言いながらいささか危なげではあるが、箸を使い小鉢の中身を挟み口に運ぶ。


「それは、菜の花とわらびの味噌煮ですな」

「あら、確かにターマと同じような味わいですわ」

「わらびは山菜でしてな。少々癖がありますがいかがですか?」

「味噌の味付けと合っていて気にはなりませんわ」

「いや~マイラさんのおっしゃるとおり、日本は島国ですから魚介類が豊富ですよ。私も日本へきてしばらくはそう思っていましたから。ですが島としてはかなりの大きな島ですし、国の多くは山ですからね。こうして山の産物も豊富に取れる様です。海の物も山の物も楽しめるとあれば、美食家には嬉しい地でしょうね」


「失礼します。こちら、「一寸空豆の海老のはさみ揚げ」でございます」


 会話が弾む間にも、次の料理が運ばれてくる。

 先ほどマイラが言った通り、日本の食文化は魚介類が豊富だという側面もあり、今日の料理にもそれが現れていた。

 海老のはさみ揚げ、アイナメの椀物、アマダイの焼物、旬の魚3種の手毬寿司――この人はこれで大丈夫かと自分は料理を楽しみながら様子をうかがうと、マイラは特に問題なく談笑しながら食べていた。


(魚介は苦手だったはずだけどな)


 まあ調理法のせいだろうかと納得する。

 確かにここで食べる魚介類は今まで食べたことのない美味しさであった。

 これならばお嬢様も受け付けたのだろうと考える。


(でも、肉がくいてぇ……)


 そんなことを考えながら、レオは次の料理に手にしたフォークを向けた。



 やがて料理も終わり、最後にデザートとして春の果物を使った水羊羹が出てくる。


「まあ! 綺麗なお菓子ですこと」

「水羊羹です。これは寒天、海草から作る食材を使ったお菓子ですよ」

「これも海産物からですか……」


 そう言いながら切り分けた水羊羹を口に運びゆっくり味わう。

 感想は――その至福の表情を見れば聞かずとも分かるであろう。


「本当に今日の料理は素晴らしかったですわ。料理人の方にぜひ一言言葉をかけたいですわね」

「後で店の者に言って来ていただきましょうか。確かここの料理人は元々京都の有名料亭で修業していたそうです。こちらに来て独立したとか」

「京都?」

「日本の古い都だそうですよ。何でも日本は何度か都が変わっていまして、この九州からずっと東にある奈良という場所に始まり、京都、更に東の東京。転移後は再び京都や大阪という場所に移り現在は熊本という南の地になっています」

「古い都ねぇ……さぞ見どころがあるのでしょう」


 まだ見ぬ古都を想像するマイラに、及川教授は表情を曇らせた。


「どうですかな。確かに転移前は外国からの観光客も多い街でしたが今はどうなっているやら……」

「? どういうことですの?」

「ご存じないのですか!?」


 マイラの疑問の及川教授は信じられないという顔をする。

 日本がその国土の東半分をモンスター侵攻により失っていることは、冒険者たちにも広く知られていると思っていただけに、驚愕は大きかった。


「私、西から来て日が浅いのですわ。向こうでは日本に関する情報は噂話程度の物が多かったものですから。まあ、旅の途中で色々と話は聞いておりましたから何やら日本は大変らしいということは存じ上げていますわ」

「日本はですね、今から10年ほど前に北の大地からのモンスターに襲われて、東半分を放棄しているんですよ。いや~向こうの地がどうなっているのか興味は尽きませんが、我々はもちろん日本人ですら基本的には立ち入りができませんので情報がないのですね」

「もっとも、それも変わりそうですが。なんでも、今度冒険者ギルドが冒険者の東日本への立ち入りを解禁するそうです。元々ギルドに対しては、立ち入り許可は出されていましたので時期を見計らっていたのでしょう」


 その言葉にマイラがピクリと反応を示す。


「それは興味深いことですわね」

「私としては東日本の生態系がどうなっているか色々と調べたいのですが、立ち入りが認められるかどうか」

「まあ、その時は冒険者ギルドを使うと良いですよ。調査依頼とか、後は護衛とか」

「なるほど……テディ君の言う通りだな。うむ、それも考えてみるか」

「私としては東日本のモンスターの研究がしてみたいですね。一応モンスター学なんて名目で教授をやっていますから、そっちの調査も進めないと」


 東日本に対する想いを語る2人を余所に、マイラは羊羹を口に運びながら何か考え事をし続けていた。




 楽しい食事会も終わり、2人の教授と別れたマイラとレオは、ホテルへの帰り道を歩いていた。

 陽はすでに落ちているが道は外灯のおかげであかるい。

 ガスを使った外灯は大陸の大都市にも存在するが、明るさが全く違う。まるで昼間と変わらないように人々が行きかっているのも驚きであった。

 まったく驚きの連続だなと思いつつ、前を歩くマイラを見ると、彼女には珍しく何か考え事をしながら歩いているらしい。

 ほんと、珍しいよな――と直情径行型ととらえられることの多い彼女の、似合わぬ振る舞いに、少々戸惑いながら声をかけてみる。


「お嬢様、今日の料理は美味しかったですね」

「……ええ、そうですわね」

「魚介類も多かったですが、お嬢様もお気に召したようでしたし」

「――あら、そうでもありませんわ」

「え?」


 組んでいた腕をほどき、マイラがクルリと後ろを振り返る。


「確かに料理は素晴らしかったですが、やはり魚介類は苦手でしてよ」

「……では何で黙って美味しそうに食べていたんです?」

「レオ……あまりバカなことは言わないでくださらない。せっかく招待されておきながら、そんな恥知らずな真似、この私が出来るわけありませんわ。家名に泥を塗るどころじゃありません」


 家の教育の賜物であろうか。

 こういった付き合いに際しての心得を弁えていたマイラに、レオは素直に感心する。

 向こうにいたころや、東へ来るまでの旅の間ではそういった機会が無かったので気づかなかったが、この人が意外と常識を持っているのだなと、最近見直す機会が多かった。


「それよりもレオ、次の目的地が決まりましたわ!」

「どこですか?」

「東! 東日本とやらに俄然興味がわきました。是非とも行ってみますわよ!!」


 そう言って遥か彼方を指さすマイラ。


(そっちは西だったはずだけど……まあ言わないであげた方がいいんだろうな)


「それではレオ。さっそく手続きを行いますわよ」

「承知しました。明日朝一番にギルドへ――」

「何をおっしゃいますの!? 今からに決まっているでしょう!」

「ええ~!! これからですか!?」

「おーっほっほっほっほ!! 思い立ったらすぐに行動に移すべきですわ。時間という物は有限なのですから。さ、行きますわよ!」

「は~い……」


 そう言いながら、今日一日荷物運びをさせられヘトヘトになっているレオを引きずり、マイラはギルドの福岡支部へと向かい歩き出した。



 翌日。

 2人は再び船上の人となっていた。

 朝早くにホテルを出た2人は、マイラの買い込んだ品々をギルドに預け――ギルドが行っている有料サービスの一環だ――博多港を出港する定期船に乗り込んだのだ。

 前日夜の急な申込みであったが、冒険者の突発的な行動などギルド側も慣れており手続きは問題なく済んだ。


 博多港を出港した定期船は、湾内を抜け玄界灘に出ると進路を北東に取る。

 途中大島の北を通り進路をやや東へと修正しながら、彦島にある南風泊港を目指すのだ。

 朝に出発し風と波しだいではあるが、夕方には到着するはずである。


「うぅ……」


 その定期船の甲板上では、真っ青な顔をしたマイラが風に当たっていた。

 出発して4時間ほどだが、またも船酔いに襲われている。


「レ、レオ……水を下さらないかしら」

「はいはい。どうぞ」


 レオから水を受け取り一気に飲み干す。

 少し気分が治まるが根本的な解決にはなっていない。このまま到着までだましだましいくしかないだろう。

 甲板を見れば、忙しく作業をしている船員の他に何人かの冒険者の姿もある。

 海から見える日本の遠景を見ている者もいれば、マイラと同じく船酔いのためフラフラとしているものもいた。


「ほ、ほほほ……だらしない方々で、ですわね」

「無理に強がらないでください」


 そんなやり取りをかわしている内に、船は玄界灘に浮かぶ大島の北を通過する。

 と、何人かの船員が甲板の一角に集まり船の左――北西を指さすと、そちらの方へ向かい頭を下げたり手を打ったりし始めた。


「な、何事かしら?」

「さぁ……あ、そこの船員さん。あの人は何をしているんですか?」


 その行動に加わっていない別の船員を捉まえ、レオが尋ねたところ、アレは神に祈りをささげているのだという。

 なんでもあの先には島があり、そこは日本の女神の神殿があるのだという。

 3人姉妹の女神で、海上交通を守護する神であり、最近では大陸の船乗りの中でもこうして信仰する者が出ているということだ。

 確かに言われて目を凝らせば、海の向こうに島が見える。

 その島が総本社というわけではないらしいが、大抵3柱の女神の中の1柱がそこにいるとのこと。

 この海域を行き来するこの船乗りたちが、その女神に信仰を寄せるのは当然の流れなのかもしれない。

 こうしたところでも、大陸と日本との交わりが生まれていた。



「ようこそ、日本へ!」


 彦島に到着した冒険者たちを、待ち構えていたギルド職員がそう言って出迎える。

 接岸された船からは、冒険者たちがぞろぞろと降り、そのまますぐ近くのギルド会館へと足を向けていた。

 時間は午後5時。

 今からクエストを受ける者は少ないだろうが到着の報告はしておかねばならない。

 それぞれその後、宿を探すことになるだろう。

 彦島では、冒険者の増加に合わせ多くの宿が開業していた。

 最低限の寝床と食事の提供、後は日本だけに風呂くらいの民宿に近い安宿がほとんどだ。

 しかし日本流のきめ細やかなサービスは冒険者たちに好評である。何より大陸の安宿と違い清潔なこともよかった。


「おっほほほほほ! さあ、ギルドに行きますわよレオ!」


 船を降りた途端復活したマイラは、高らかに笑いながらギルドへと向かう。

 耐性でもついたのかと疑いたくなるレオであったが、単に航海時間が短かっただけのことである。

 鎧を着こみ腰にスモールサーベルを指しているだけのマイラに対し、自分の装備の他に彼女の荷物までもつレオは早く宿に行きたいと思いつつ、さっさと手続きを終わらせるため足早にその後を追った。



「冒険者ギルド北東方面支部彦島ギルドへようこそ!」

「……随分馬鹿丁寧な説明ですね」


 出迎えたギルド受付嬢の対応に、レオはそう返すだけの元気しかなかった。

 なんでこの受付嬢はこんなことを言っているのだろう。


「実はですね、この度日本にあるギルドが北東方面支部から独立して日本方面支部となることが決まったのです!」

「あら、そんな話いつありましたの?」

「今日届いた連絡でギルド本部から正式な通達がきました。正式には日本の暦で来月。6月1日からですね。で、こういう名乗りもあと数日ですから思わず」


 よほど嬉しかったのだろう。満面の笑みで説明をする受付嬢に、つられて2人も笑みを浮かべてしまう。

 見ればそこかしこで似たような反応だ。

 おそらくこの彦島ギルドの悲願だったに違いない。


「では、お名前の確認をしますね」

「あ、はい。俺はレオ・ブラガ・ダールマン。ルマジャン冒険者ギルド所属です」

「はいはい。今回は拠点移動もかねていますね。書類は受け取っています。そちらの方は――」

「マイラ・ルマジャン・イカライネンですわ! 同じくルマジャン冒険者ギルドに所属しております」

「はいはい……マイラ・ルマジャン・イカ――イカライネン?」

「どうかなさいまして?」


 ん? と書類を書きこむ手を止める受付嬢にマイラが尋ねる。


「え? あ、いえ。えっと……良い家名だなぁと思いまして」

「おーっほっほっほっほ! この私が自ら選んだ名ですから当然ですわね。あなた、なかなかよろしくてよ」

「お嬢様! お嬢様! 声が大きいです。目立つから止めてください」


 場を弁えぬマイラに、レオは袖を引きながら止めにかかる。

 昨日思った「意外と常識を持っている」という感想はなんだったのだろうかと頭を抱えたくなった。


(大声でいうことじゃないだろ!)


「で、では明日からクエストの開示を行います。今日はゆっくり旅の疲れを癒してください」

「そうさせていただきますわ。では、また明日。ごきげんよう」


久々に連日更新。

舞台は徐々に東へと向かいます。

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