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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第2章 冒険者ギルド開設編
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 閑話 クロスメモリー 7

「先輩!」


 人込みでろくに身動きも出来ない新幹線のプラットホーム。俺は人垣の向こうから呼ばれ声のする方へ首を向けた。

 良く知った声だ。振り向いたその先、ほんの数メートル先に彼女はいた。


「木村ー! あ、ちょっとすいません。ごめんなさい!」


 くるんとした瞳が特徴的な顔立ちの後輩木村晃子を見つけ、俺は周囲に頭を下げつつ人込みをかき分け彼女の方へと近づいて行く。

 途中睨まれたりこっそり蹴りつけられたりしながらも、なんとか彼女の下へとたどり着けた。

 このわずか数メートルの移動さえ難しいほどプラットホームは人であふれている。線路との間の仕切りがなければ転落者が続出しているだろう。


「先輩! てっきり、もうご両親のところに行ったと思ってました」

「ああ、まあ……完全に逃げ遅れた」


 俺の言葉に、木村は痛ましそうな目を向ける。が、分かっているのだろうか。木村もその逃げ遅れた1人だということが。



 未知の大地からあふれ出たモンスターは、北海道を超え本州に上陸した。

 青函トンネル出口でモンスターを抑え込んでいた自衛隊も、空から現れた巨大なモンスターに蹴散らされ東北へとモンスターが解き放たれてしまう。

 今から2週間ほど前のことだ。


 大変な事態だとは思ったが、東京の大半の人間はことの推移を見守るばかりだった。

 モンスターに攻められる、いや、外敵から国内を攻められる事態など、多くのやつが本気で想像したことなどない。

 だからどうすべきなのか分からないのだ。


 逃げればいい――というが、何処に逃げるのか。いつまで逃げればいいのか。逃げてどうすればいいのか。

 仕事も生活も放り出して逃げ出すなど誰もかれもが出来るわけじゃなかったのだ。


 それよりも、なによりも、皆心のどこかでこう考えていた。


「自分がそんな危険な目に遭うはずがない」


 と。


 転移という非常識な事態を体験し、今まさに北海道や東北が襲われてなお、そんな想いは間違いなくあった。

 或いはそんな想いにしがみ付きたかったのかもしれない。



 その幻想が打ち砕かれたのは、東北の自衛隊が負け、モンスターが関東に侵入する事態となってからだった。


 もちろん早々と避難を始めた者は大勢いる。モンスターが南下するにつれその数は増えていった。

 だけど首都圏の総人口から見ればまだ大勢の人が逃げ遅れている。

 俺の学校でも、先週の段階で休校が決まり、何人かの同級生が家族と一緒に西へと避難をしていった。

 大半は両親の実家や親戚が西にある連中だ。

 そうでない奴らはどうしたら良いのか分からないままだった。

 こんな時具体的にどうすべきか指示を出すのが政府の仕事だというのに、避難指示を出したのは良いが首相以下大臣たちも混乱するばかりで、どこに避難しろなんて指示もない。

 その結果がこの様だ。


 ――まあ、避難する先があったのにここまで先延ばしにした俺は大馬鹿なんだが。



「木村は……」

「ゴホン!」


 とそこで初めて、木村の横の人物が険しい表情をしていることに気づいた。

 中年の男性と女性。女性の方は以前に会ったことがある木村の母親だ。

 そうなると、男性の方は木村の親父さんだろうか? 何やら睨まれている気がするんだが……。


「うちは……その、お父さんの仕事で――そのようやく」


 父親をチラチラ見ながら言いづらそうな木村の態度でなんとなく分かった。

 たぶん、この親父さんが事態を楽観したせいで逃げ遅れたんだ。

 なるほど、そりゃこの話題になれば自分の判断ミスのことに触れられる。気分の良い話じゃないだろう。

 とは言えこんな状況では他に話題もない。

 木村の親父さんには悪いがもう少しこの話題を続けよう。


「そっか。俺はこのまま新幹線で福岡まで行くんだけど、木村んちはどうするんだ?」

「うちは親戚もいないので……取りあえず東京からは逃げようって」

「ゴホン!」


 あちゃ~! ちょっと地雷だったかも。

 自分の計画性のなさを自覚しているらしい親父さん、顔を真っ赤にしてプルプル震えてるよ。

 さすがにこの人込みで怒鳴り出さない程度には我慢しているけどこれ以上はまずそうだ。


 幸いなことに新幹線がホームに入ってきた。

 普段とは違うからきっとすぐにでも乗り込みが出来るはずだ。


(せっかく会えた知り合いだけど、別の車両に乗った方がよさそうだな。親父さんがマジヤバイ)


 俺がそんなことを考えていると、木村がおずおずと声をかけてきた。


「あの先輩――」

「行くぞ晃子! はぐれるな!」

「お、お父さん! 痛いっ!」


 何か言いかけた木村の手を掴むと親父さんは近くに引き寄せる。

 新幹線のドアが開き人が一斉に動き出したのだ。

 木村が引き寄せられたことで出来た間に、あっという間に人が入り込み俺と木村はみるみる離されてしまう。

 近づこうにもこれでは無理そうだ。

 ――まあ別の車両に乗るつもりだったのだから構わないが。


「じゃぁな木村! 落ち着いたら連絡くれよな!」

「先輩! わた――」


 木村の声は新幹線に乗り込もうとする人々の喧噪とホームのアナウンスにかき消されてしまった。

 何を言おうとしたのか分からないが、まあ後で電話で聞けばいいだろう。

 俺は人の流れに身を任せ、そのまま新幹線の中へと押し込まれていった。



 東京駅を無事出発した新幹線だったが、その速度は緩慢と言ってよかった。

 アナウンスによれば、乗客の安全のためや他の新幹線との兼ね合いやこの先の駅の状況など様々な理由によるものらしい。

 今がどの程度の速度かは分からないが、以前に乗った時の半分も出ていないんじゃないだろうか?

 まあ通勤ラッシュ時も真っ青な乗車率だ。物理的に乗り込めるだけの人が車内に押しこめられている。

 新幹線で人に押されて浮き上がる経験なんて想像もしなかった。

 周囲を見るのも一苦労な状況だが、他にやることもないのでなんとなく周りの人の顔を見る。

 不安そうな人や苛立たしそうにしている人がほぼ全てだ。

 このまま後数時間か。先のことを考え少し憂鬱になる。


 しかしどうやらモンスターからは無事逃げ出せたらしい。

 出発前に流れた情報では、モンスターはいくつもの集団に分かれて関東に侵入したそうだ。

 その中でも一番近い集団は現在霞ヶ浦周辺だという。それに関東に残っていた自衛隊が各地で戦っているそうだ。

 既に新幹線は横浜を過ぎている。

 取りあえず命の危機が去ったことに俺は安堵していた。


(そういや、木村はどこで降りるんだろうな)


 2つか3つ後ろの車両に乗っているであろう後輩のことを考える。

 この新幹線の終点は博多駅。

 次は名古屋だがそこで降りるのか。あるいは大阪まで行くのか。


(宿とかどうするんだ。どこも混んでるだろうし)


『お客様にお知らせいたします。この新幹線は現在徐行運転中です。次の名古屋駅への到着予定時刻は――』


 車内アナウンスが新幹線の徐行を知らせる。

 これで何度目のアナウンスだろうか。聞くたびに到着予定時刻が変わっているよ。

 今日中に福岡まで行けるのかと不安になりだした、その時だった。


「うああああ!!」

「きゃああああ!!」

「な、なんだ! うわっ!!」

「いやああああ!! 子どもが!? 子どもがー!!」


 凄まじい衝撃と轟音。

 車体が激しく揺れその衝撃にすし詰め状態の人々は倒れることも出来ずに隣人や壁に押し付けられる。


「!?」


 俺は、一体何が起きたのかを理解する前に、頭に強い衝撃を受け意識を失った。




「痛い! 痛い!」

「誰かー! 赤ちゃんが!」

「血が!? 血、血うああああああ!!」

「おい大丈夫か!」

「何があったんだ……」

「どいてあげて! 荷物の下敷きになってるわ!」


 意識を失ったのは一瞬だったらしい。

 周りからの圧力と飛び交う声にハッと俺は意識を取り戻す。


 新幹線は停車しており、車内の人々は何が起こったのか分からないまま混乱している。

 一体今の衝撃はなんだったんだ。


「取りあえず一回出ろ!」

「どうやってだよ!」


 何人かが同じようなことを叫ぶが、ドアに近い者がドアを叩きながら叫ぶ。


「ドアコックを引け!」

「どれだよ!?」


 言われた者が怒鳴り返すが、近くにいた別の者がドアコックを分かっていたらしい。

 すぐにドアの開く音がした。


「うわっ!?」


 驚き声と共にドサっという音がした。

 そうか、新幹線の出入り口は地面より高いよな。などと考えていたがドアが開いたことで圧力の向きが変わりそちらの方へと俺も押されだす。


「きゃっ!」

「ぎゃああっ!?」


 ……助けるのはこの状況じゃ誰も無理だろう。

 取りあえず流れに逆らわず俺は、乗った時と同じようにドアへと流されていった。


 最初にドアから出た――正確には落ちた人は、幸いにも後続が降ってくる前にその場から移動できたようだ。

 最初の方はドアから落ちる者が続出していたが、今は何人かの男性が後から出てくる人たちを上手く降ろしている。

 俺も手を借りて無事線路へと降りることができた。


 すし詰めの車内から解放されてすがすがしい気分だが、それよりも今の衝撃が何だったのかが気になる。

 俺はさっきの衝撃で出来たたんこぶを擦りながら後続車両の方を見た。



「……なんだよこれ」


 この新幹線は16両。俺が乗っていたのは6両目だ。

 その2つ後ろちょうど真ん中にあたる8両目と9両目の車両が、巨大な何かに押しつぶされていた。

 ははあん、なるほど。コイツがさっきの衝撃の理由か。


「……なんだよ」


 周囲の人たちも皆茫然とそれを見ている。

 新幹線を押しつぶすそれは、良く見れば巨大な獣だった。

ひっくり返っている上に顔は反対側を向いているので見えないが、4本の脚と巨大な羽がついているのが分かる。

羽は半ばちぎれていて真っ赤な血が流れていた。

これは――


「モンスター……モンスター!」

「に、逃げろー!」


 誰かの言ったその言葉に周囲はパニックとなった。

 外にいたものは走り出し、車内にまだいた者も慌てて飛び出そうとする。


「落ち着け! 1人1人順番に出るんだ!」

「あのモンスターは動いちゃいない。死んでいるかもしれないから慌てるんじゃない!」


 冷静な者が落ちつくように呼びかけているがパニックが治まりそうな気配はない。

 他の車両でもドアが開き吐き出されるように人が落ちてくる。


「……」


 そんな中、俺は動くことも出来ず茫然とモンスターに押しつぶされた車両を見ていた。


 モンスターの大きさは、新幹線2車両分より小さい。

 しかし、10m以上はある巨体が落ちてきた上に、その時に跳ねたか転がったらしい。2つの車両は完全に押しつぶされていた。

 8両目と9両目の乗客は、たぶん、全滅だろう――


「おい……」


 そしてその車両には、


「木村……おい、ウソだろ……おい……」


 邪魔だ! とか、ぼーっとしてんじゃない、とか先ほどから言われているが今それどころじゃない。

 だって、あの車両には、今さっきまで――


「え? あれ? なんで……え?」


 頭がこんがらがって考えがまとまらない。だって、そこには木村がいて。

 それで、両親と一緒に、あれ? それが、あのデカブツが。


「!?」


 ようやく頭の中の歯車がかみ合いそうになった時、巨大な影が俺にかかった。


「……」


 歯車がかみ合わないまま、俺は真上を見上げる。

 そこには、


「……ドラ、ゴン?」


 巨大な生き物――モンスター、ドラゴンが大きく翼を広げ旋回していた。


 ああなるほど。新幹線を押しつぶしたモンスターは、あのドラゴンに叩き落とされたんだな。

 そう理解したところで俺の精神は限界に達した。

 頭の中の歯車は結局かみ合わないままバラバラになり、俺の記憶はそこでぷっつり途切れた。


スランプで予定以上に間が空いてしまいました。

調子は戻ってませんが、どうにかこうにか再開いたします。


クロスメモリーと言う名の過去編では日本が底へ転がり続けていますが、直接描写ではこれが最後になると思います。

(この後もう1回自衛隊防衛戦を入れたいですが)


設定上はこの後に、疫病と関西撤退があるのですがそこまでは書きません。

クロスメモリーももう1回ある予定でしたが、今回が最後にするつもりです。

どうも、この過去編がモチベーション下げる要因になってるみたいなのでさっさと本編進めます。

今回、最後の登場したアレを出せれば用は済みましたし。

この後の顛末は黒須に本編で触れてもらうつもりです。

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