第47話 準備完了
今回の大規模クエストにあたり冒険者ギルドからの依頼を引き受けた冒険者は総勢20名。指名を受けた冒険者の実に7割が参加したことになる。
それでも、現在日本に来ている冒険者約数百人の1割にも満たない人数であった。
これには日本に来ている冒険者の大半が、中堅レベルという事情が反映されている。
ベテラン・上級といえる冒険者がそれだけ少ないという理由もあるが、そういった冒険者は大陸で引っ張りだこでありなかなか日本に来れず、また現在のところ日本でのクエストがもっとも高い難易度でも中堅者向けであることから、それに見合った冒険者が大量にやってきているせいでもあった。
「にしても、20人か……意外と断った奴多いな」
「未知のモンスターだからね。自分の命を賭けるのじゃ割に合わないと思う奴も多いさ」
参加者を見ながらつぶやいたコジモの言葉をカレルが拾う。
コジモの予想ではもう少し参加すると踏んでいたのだが、それが外れた。
きっとカレルの言う通り、危険だと判断して断ったのだろう。とは言えそれを避難する気も臆病だと蔑む気もコジモにはない。
冒険者は慈善家ではないのだ。
「それでも、参加者は豪勢だね」
「あそこにいるビアンカのところは、出現したばかりの新種の中型モンスターを倒したんだったな。他に知っているのはバシリオにリリアナ、ほうクレントのところは全員参加か。まああいつ等は暴れればそれで良いって奴らだ。うってつけだろ」
「あそこはつい先日来たばかりだね。他は……あのバルディッシュを持っている男。彼は確か大陸北西部で活動しているクスター・マッティだ。支部会館で話しているのを見かけたから間違いない」
「となると、その隣の双剣持ちの女はメルヴィ・ヤロネンか。胸がでかいなー」
「向こうの大剣を背負った若い男。あの金髪の彼も、確か大陸西部で有名な奴だよ」
「……随分若いな。まだ20代じゃないのか?」
ここにいる20名の冒険者は、コジモとカレルの知っている顔も多いが、そうでない者もいる。だが戦闘系の大規模クエストのためにギルドが指名した者たちだ。実力は確かなのだろう。
それぞれ、他の参加者がどういった者か様子見をしているようだ。
時々自分たちにも参加者の視線が向けられていることがわかる。
「こんな有名人たちの間じゃ気おくれしちまうな」
「確かに」
まったく気おくれなどしていないコジモの言葉に、カレルは苦笑しながらも同意した。
2人とも東部方面支部内においてはベテランに数えられる冒険者であり、特に戦闘系のクエストではそれなりの実績を持つ。
しかし名前が冒険者の間で知れ渡るようなクエストをこなしたこともなければ、それだけの力もないことは自分たちがよく分かっている。
(ま、やれることをやるだけだ。やったようにしかならねえからな)
これだけのベテラン・上級レベルの冒険者が居る以上クエストの失敗はない。
ましてや今回は日本の軍との共同である。
ジャンたちを気にしなくていいのだから、久々に好きにやるだけだとコジモは考えていた。
「お待たせして申し訳ない」
その言葉と共に部屋に入ってきたのは、陸上自衛隊第3師団下関駐屯地司令秋吉一等陸佐である。
彼が連隊長を務める第18普通科連隊のスタッフと、元部下で今は情報本部冒険者対応室に所属する佐保2曹がその後に続く。
「早速で申し訳ないが、今回の作戦について説明したい」
ここにいる冒険者たちが日本語を使えることを確認している秋吉は、席に着く時間も惜しいとばかりにそう話を始めた。
同時刻岡山。2日前吉井川防衛線へと殺到したモンスター群は、その防衛線を抜けぬまま夜半には自衛隊により壊滅させられていた。
この戦闘において、自衛隊は多数の小型・中型モンスターを撃破。いかにモンスターが多産とは言え1年以上はこの規模の侵攻はないだろうと予測される結果に、防衛省さらに政府は大満足であった。
しかし現場ではいまだ緊張は去っていない。
大型モンスターであるベヒモスがまだ残っているからだ。
自衛隊が大型モンスターと交戦するのは、東海道防衛戦以来のことである。
あの当時に比べモンスターとの戦闘方法を理解してきた自衛隊であるが、確実に大型モンスターを葬れる手段があるわけではない。
結局、かつて大型モンスターを倒した時と同じく火力を集中させモンスターの防御力を上回る飽和攻撃で撃破するしかないとの結論に至っていた。
「かつて大型モンスターと交戦した際には、ミサイルが着弾前に爆発するという現象が何度かありました。これは神霊力あるいは神霊術によるものだと推測されています。しかし、ベヒモスに関してはそういった特殊能力はないとされていますので、今回はミサイル攻撃も行う予定です」
「現在ベヒモスは備前市伊部を徘徊中。徐々に西へと移動をしています。部隊は伊部の西、大内の田園地帯に展開中です。準備ができ次第、ベヒモスをこの地に誘い込み攻撃を開始します」
備前市中心部から西へ移動する際には、山に挟まれているためベヒモスの巨体では移動方向が制限されてしまう。
そのため、進路予測は容易く自衛隊はその進行上でもっとも攻撃に適した場所を選ぶことができた。
部下の報告を聞きながら、百瀬陸将はジッと考え込んでいた。
「大型モンスターに対して小銃は効果がありません。最低でも無反動――陸将?」
「あ、いやすまない。聞いている。それよりコルテス氏はどうなっている。間に合いそうかね?」
「はい。先ほど神霊研から連絡がありましたが、予定数をそろえるのは難しいとのことです」
「そうか……」
フェルナンドの協力で開発されている神霊力対応装備。
その試作品として、ミサイルの表面にフェルナンドから指示された文様を刻み込み、それに神霊力を充填させた物が用意されるはずであった。
百瀬はその説明を聞き、ごく簡単な処理で敵の神霊力に対応できると喜んでいたのだが、どうやらそう簡単にはいかないようである。
その神霊力対策を施したミサイルを組み込んでの砲撃を想定していただけに、数がそろわないのは正直痛い。
(今回に限り、「東から」の連絡がなかった件といい上手くいかないものだ。それにコルテス氏の言った言葉も気になる。怯えているとは一体何にだ……東で何が起きている)
次々とあがる報告を聞きながら百瀬はこれからのことを考えていた。
(モンスター殲滅の準備期間に入ると同時に、東の調査を進めなければいかんな。しかし、今回の妖怪のことが気がかりだ。計画の変更も致し方ないか。そうなると、更に冒険者に頼らなくてはいかなくなるのだが……)
一時的に中国地方におけるモンスターの相手を冒険者に任せ、その間に中国地方のモンスターを駆逐する装備と物資の準備をする計画。
当然ながら第4師団のトップである百瀬はその計画の責任者である。しかしながら、彼はこの計画に不承不承という想いが残っていた。
理由は、この計画を知った時に佐保が抱いた疑問と同じ。中国地方における治安維持を冒険者に委ねてしまうことにある。
1人の自衛官として納得しかねることであったが、現在の日本の生産力では、自衛隊が中国地方のモンスターを駆逐するだけの戦力を整えるためにはそれが必要だとの試算があり、それ故にこの計画を認めたのである。
しかしここに来ての新種モンスターの出現である。
計画の遅延は確実な上に、中国地方での対モンスター戦で更に冒険者の協力が必要となる。
そして、おそらくは東日本への調査にも冒険者の協力が必要となってくるであろう。
(これ以上外国の者の力で国を護るなど……この日本を護るのは、私なのだ!)
かつてのモンスター侵攻を経て生まれた強固な想いが、百瀬を突き動かしていた。
「ふぅ……いったん休憩じゃ」
吉井川の東側。備前市大内のとなり香登本にある倉庫。
自衛隊とモンスターとの戦闘で多くの家屋建物が破壊されたが、その総てがなくなったわけではない。
この倉庫のように、一時的に使用するくらいであれば問題のない程度に形を留めている物もあった。
ベヒモスとの決戦地に近いこの場所には、神霊研から運び込まれたミサイルが運び込まれ、その1つ1つにフェルナンドが神霊力を込めている最中であった。
「今朝から作業を初めてようやく1つ……これでは到底……」
「もう少しペースは上げられないのですか?」
神霊研に所属する研究員たちの言葉にフェルナンドが顔をしかめる。
「無茶を言うでない。そもそも、通常の鉱物には神霊力は蓄積できんのだ。それに蓄積させるのだ。数は仮であるが、10の力を送り込んでも5程度しか留まらぬ。その上、これ1つを満たすには100は入れねばならぬ」
「予定では時間をかけて少しずつ用意するはずでしたからね。その上試射もなしで本番使用。まあ、ミサイルその物は既存の物ですから問題はないはずですが」
「それにな、わしの神霊力は人より多いわけではない。この大きな物なら、日に3つ程度が限界じゃな」
「では、これはどうでしょうか」
そう言って取り出されたのは、小銃の弾であった。
「ほう……」
「5.56mmNATO弾。これにこのミサイルと同じ文様を刻み込んでみました」
「器用なことをするのう」
「これに神霊力を込めることは可能でしょうか?」
もし、小銃の弾に神霊力付与が可能であれば、現在小型モンスター戦でしか効果のない小銃が中型以上にも使えるようになる。
そんな期待を込めて試に作ってみたのだ。
研究員から弾を受け取ったフェルナンドは、片手でそれを握りしめると意識を集中させ神霊力を送り込んでみた。
「――込めることは可能じゃな」
「おお!」
「じゃが意味はない。この程度であれば、小型モンスターの持つ神霊力に多少影響を与える程度じゃ。中型モンスターの持つ神霊力には効果はない。そこいらの冒険者の持つ神霊力でもかき消せるぞ」
「……小型モンスターなら、銃の威力だけで十分殺傷可能ですから確かに意味はないですね。ああ、ファントム化現象を防ぐ効果はありそうか」
「そうじゃな。もっとも、あれはまず考える必要がない現象であるが」
手にした銃弾を返しながらそう言った。
残念ですと答えながら、研究員は受け取った銃弾を大事そうにケースに収める。今後の研究に使用するつもりなのだ。
「小さい物は神霊力を込めにくい」
「しかし、報告ではナイフに神霊術が込められていたとありますが?」
「1つ1つ文様を刻み込みながらその都度神霊力を込めるならば可能だ。その銃弾でも出来るじゃろう」
だがそのやり方では、大量に消費される銃弾の供給は無理だ。
「あらかじめ文様を刻み、それに神霊力を流し込むというのは神霊力の保有量は下がるが数を作るときはこちらの方が良い。自衛隊の装備ならばこのやり方が良いと思うぞ」
「結局、後は時間の問題ですか……」
神霊力が込められるのを待つミサイルを見ながら、研究員の1人が溜息をついた。
「幸いベヒモスは足が遅い。交戦までに出来る限り用意するしかないのう」
再び場面は西へと移る。
下関駐屯地の会議室では、自衛隊による冒険者への作戦説明が行われていた。
カーテンが閉められ暗くなった室内では、プロジェクターが出雲駐屯地の第13偵察隊が撮影した映像を映し出していた。
「これが今回の討伐対象である中型モンスターであるヒドラ。その特異種で個体名「ヤマタノオロチ」です」
プロジェクターの映像に一部で多少驚きの声が上がったが、日本に来てある程度時間の経った冒険者は既にテレビなどを目にしておりそこまでの反応はない。
映像には、山の谷間に眠る1匹の巨大なヘビを映し出していた。
全長は20mほどであろうか。その頭は8つ。その尾もまた8つ。
その姿はまさに神話のそれと同じである。
(もっとも、大きさは思ったよりも小さいわね。いや、これでも十分大きいんだけど)
佐保が今回の件で改めて神話を調べてみると、その中でヤマタノオロチは「8つの丘と8つの谷」にまたがる巨体だとされ、その背には木が生えや苔が生しているという。
しかし映像に映るそれはそこまでの大きさはない。木はおろか苔も生してはいなかった。
「デカいな」
「ヒドラは戦ったことがあるけどこんな個体は初めてだぞ」
映像を目にした冒険者たちが口々に感想を述べる。
名の知られた冒険者たちにも、この大きさのヒドラは珍しい物らしい。
そんな冒険者たちを前に、進行役の自衛官は説明を続ける。
「ヒドラは中型モンスターですが、この大きさから冒険者ギルドでは大型と同様の扱いにすると連絡がありました。我々もそう仮定して戦闘計画を立てていたのですが、問題になったのがこのオロチの生息場所です」
映像が切り替わりスクリーンに中国地方の地図が映し出される。
自衛官はポインターを手に説明を続ける。
「今我々のいる下関がここ。そしてこのオロチが発見されたのは、北東約230kmの奥出雲町という場所です」
奥出雲町。島根県にある自治体で、まさに神話におけるヤマタノオロチが生息していたとされる場所だ。
このヤマタノオロチと名付けられたヒドラは、神話を再現するかのごとくその地に現れていた。
「ここにある三成ダム――貯水施設から山の中に入った地点が、現在オロチがいる場所です」
中国山地各地には侵入したモンスターたちが住み着いてしまっており、住民の多くは平野部や海岸の方へ移住している。
それでも、西中国地方では各所に人がいるのだが、この辺りになるとほぼ放棄されていた。
しかし様々な施設は残されており、今回のヤマタノオロチ発見も、三成ダムの調査に向かった冒険者が偶然発見したものである。
「我々は当初、山間部に潜むオロチに対して、携帯できる砲での攻撃を想定していました」
戦車はすべて第4師団が保有し、それ以外の自走式の砲も数が少ない。
それ以前に、ヤマタノオロチがいる地点は山奥であり車両では近づくことができない場所だ。距離的には射程内であるが山が邪魔で砲撃は難しい。
しかしながら、おびき出すとなるとその進路上には三成ダムがあり、これが破壊される危険性が高い。
結局自衛隊が取った作戦は、接近し無反動砲や迫撃砲での攻撃を行うというものであった。
大型扱いされてはいるが元は中型モンスターである。携帯出来る火器でも対応できるとの見通しだ。
時間があれば調査を重ねるところであるが、ヤマタノオロチが北上しだせば松江市などの人口集中地帯が近い。そのため、早急にこれを討伐する必要がある。
この辺りはわざわざ冒険者に明かす必要のない自衛隊の内情である。説明役の自衛官はその辺りを隠しながら話をしていた。
「しかし、現在オロチ周辺に中型モンスターが出現しているとの報告があったのです」
「モンスターは自分より格下のモンスターを従えますからなぁ。そのせいでしょう」
冒険者の1人からあがった声に、自衛官が頷く。
そのことは自衛隊でも把握していた。
「小型モンスターならば我々の通常装備でも倒せます。しかし、中型となると相応の武器が必要なのですが、これは対オロチに取っておかねばなりません」
「なるほど。俺らに期待されているのは、その露払いってわけか」
「ふーん……ま、大型相手するよりは危険はないわね」
口ではそう言っているが前座扱いされていると感じているのだろう。口調にはトゲがある。
(いかんな……)
自衛隊の悪癖が出てしまったと秋吉は気づいた。
以前秋吉が出会った冒険者も、足手まとい扱いされて不満を爆発させたことがある。
それでも、あの時はその冒険者が客人であるという理由があり秋吉にすれば仕方ない側面があった。しかし今回は違う。ここにいる冒険者はギルドに認められた一流の者たちばかりであり、それが仕事としてきているのだ。
へそを曲げられてはたまらないと秋吉は口を開いた。
「いやそれだけではない。今言った通り、中型モンスターの排除が主目的だがオロチとの戦闘にも加わってもらう。我々の装備で倒せる保障もないからな。そうでなくとも、隊員の多くは中型・大型モンスターとの戦闘経験がない。君たちの協力は必要なのだ」
その言葉に完全に納得したわけではないだろうが、取りあえず冒険者たちもあからさまな不満は見せなくなった。
冒険者に限った話ではないが、プロ意識を持つ相手の扱いは面倒だなと思いつつ秋吉は胸をなでおろすと、説明役に続けるよう促した。
「皆さんには、我々が用意した移動手段で現地まで移動していただきます。自衛隊ではいくつかの班に分かれオロチを包囲する予定ですので、皆さんにも分散してそれぞれに同行してもらうつもりです」
何か質問はありますかと続けて尋ねるが特に質問はなさそうだ。
冒険者にとってやるべきことがハッキリしているならそれで十分なのだ。
後は組んだ自衛隊との連携がうまくいくかどうかだが、それは現地に行かなければ分からない。
(軍人さんと組むクエストは偶にあるが……大抵はプライドが高くって嫌なんだよな)
自分たちのことを棚に上げコジモはそんなことを考えている。
「それでは、これで説明を終わります。司令」
「うむ。今回の作戦は私の部隊が主力になる。私も現地に行く予定だ。我々と君たちとの初めての共同作戦だ、何かと問題も出てくるだろうがよろしく頼む」
そう言って秋吉が頭を下げると、冒険者の間に少し戸惑った感が見て取れた。
この秋吉という軍人は、司令と呼ばれるだけあり冒険者は軍でそれなりの地位の人間であると理解していた。
それが冒険者にこうも簡単に頭を下げお願いしてくるのだ。まして、今彼らは自分たちの意志でクエストを受けそれをこなすためにここに来ている。
強制されたわけでもなく、相応の対価と引き換えの仕事なのだから、こんな態度に出てもらう必要はない。少なくとも大陸で軍人にこんな態度を示されたことはなかった。
所詮冒険者は一般社会からはみ出した者たちの集まりなのだから。
「佐保2曹、君からも何かあるかね?」
「え? 私ですか?」
いきなり話を振られ佐保は戸惑った。
しかし冒険者対応室の人間として、自衛隊内で最も冒険者との付き合いがある人間が佐保である。
この場の参加者にも顔見知りがいる。
ここで声をかけても不自然ではないだろう。
「え~では。皆さん、このクエストの成果次第では今後の自衛隊と冒険者との関係にも影響が出ます。ギルドや日本の思惑など皆さんには知ったこっちゃないでしょうが、関係が良くなれば美味しい依頼も増えるでしょうし、色々役得も出てくるでしょう」
佐保の言葉に、話を振った秋吉を初め自衛官たちは唖然し、彼女を知る冒険者たちは「よく分かってるな」とばかりに楽しそうな顔をする。
「ですが、まずは命あっての物種です。って、釈迦の耳に念仏――あ~私が言うまでもないですね」
そう照れ笑いを浮かべ佐保は最後にこう言った。
「皆さん、どうか御無事で。ここから、皆さんの御武運を祈っています」
次回戦闘開始。
第1章の時も書きましたが戦闘描写苦手ですが頑張ります。




