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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第2章 冒険者ギルド開設編
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第46話 大規模クエスト

「主上――」


 冷たい板間に平伏した男がそう呼びかけると、その正面の垂れる御簾の向こうで何者かが動く気配がした。

 衣冠束帯。この日本という国で、古代の貴族たちが公の場で身に着けた装束を纏った男は、顔を上げることなくそのまま言葉を続ける。


「あの者の申していた通り、やはり本朝に伝わる怪異共がモンスターとして顕現いたしました」


 御簾の向こうからは返事はない。

 しかし男は構わず話を続けた。


「また、先ほど政府より連絡があり八岐大蛇が出雲にて発見されたとのことです」

「!?」

「……この身のことを思えば驚くべきことではございませぬ。それで、いかがいたしましょうか。自衛隊の主力は、岡山に出現した敵を討伐するまで動けそうにありませぬ。しかも、ここには大型が出現しているとのことで一筋縄ではいかぬかと――主上?」


 御簾の向こうから聞こえた衣擦れの音に、男が顔を上げる。

 ぼんやりと見えるその向こう。呼びかける相手が立ち上がった様だ。


「――承知しました。政府に連絡して移動手段を用意させましょう」


 主上と呼びかけるその者の意図を察した男は、そう言って立ち上がる。


「この菅原道真も、共に参りますぞ」




 大型モンスター・ベヒモスの岡山接近。そして島根県内においてヤマタノオロチの発見された翌日。日本政府及び自衛隊よりヤマタノオロチ討伐の協力を求められた冒険者ギルドでは、日本支部に在籍する幹部たちが招集されていた。


 山口県下関市彦島。冒険者ギルド日本支部会館内会議室。

 岡山からとんぼ返りした支部長のクレメンテ・シンパン・アルカラスを筆頭に、実質的な副支部長の地位にいるエドモンド・ルマジャン・マルデーラや、ギルドにおいては重要な地位であるクエスト受付係など計5人の人物が席に座っている。


「では、今回の依頼について、私が方面支部から委託された権限の行使し、大規模クエストとして提示することを提案する。この提案は方々の承認をもって決定となる。異議はありませんな?」

「ないです」

「異議なし」

「よろしくてよ」

「同じく。賛同する」


 幹部たちの賛同を得てクレメンテは深く頷いた。

 この件については、あらかじめ決められていたことであり、これは一種の手続きに過ぎない。

 反対が出るはずもないと分かっていたクレメンテは特に感慨もなく話を続ける。


「では、今回の依頼を大規模クエスト『ヤマタノオロチ討伐』として冒険者に提示するものとする。それぞれ必要な作業に取り掛かってくれ」



 通常冒険者ギルドへと来た様々な依頼は、クエスト受付係で精査され、その後報酬や段取りその他体裁を整え、それを支部長が承認し始めてクエストという形になり冒険者に提示される。

 支部長の承認はほぼ形式的な物であり、実質的にクエスト作成は受付係の専決事項となっていた。

 もっとも、冒険者ギルドの大半を占める小さな支部では、支部長がクエスト受付係を兼ねていることが多いので、冒険者ギルド職員の大半は支部長の仕事だと認識していたりする。

 この様に、普段はギルド内の1部署だけしか関わらないクエスト作成だが例外的なクエストがいくつか存在しており、その1つが「大規模クエスト」だ。

 大規模クエストは、通常のクエストがその達成を冒険者の実力に任せ、冒険者ギルドは最低限の協力しか行わない物と違い、その達成のためにギルドが全力を挙げる必要のあるクエストである。

 例えば、強力なモンスターとの戦闘や国同士の戦争への介入、大陸全土に及ぶ特殊な人探し物探し。最近の事例では、ある冒険者に依頼された日本へのギルド進出交渉も大規模クエストであった。

 そんな規模だけに、提案権は各支部長も持つが決定権は方面支部にある。しかし、この日本支部のように一定規模以上で且つ方面支部とすぐに連絡が取れないような場所においては、支部幹部の承認を以て大規模クエストの提示が可能となるのだ。

 もちろんそれに伴い発生する責任は、提案者が負うことになるのだが。



「支部長。異議を唱えるつもりはありませんが……本当に大規模クエストにする必要があったのですか?」


 幹部たちが部屋を後にし、居残ったエドがクレメンテへとそう問いかけた。


「今回の討伐対象であるヤマタノオロチというヒドラ種。中型モンスター相手に大規模クエストとは少々大袈裟な気もします」

「確かにそうだ。しかし、ヒドラ種とはいえ報告を信じるならこれは特異種だ。大型モンスターとみなすべきだろう」


 特異種とは、モンスターの中でその個体の属する種を逸脱した物を指す。その体格や見た目、特性、性質など。今回のヤマタノオロチはその体格において中型種であるヒドラを逸脱した特異種である。


「それに、大規模クエストならこちらから冒険者を名指しで指定できる。今回は日本の軍との共同作戦だ。戦力がはっきりしている方が作戦も立てやすい」

「分かりました。これ以上私から言うべきことはありません。さっそく依頼する冒険者の選定に入ります」

「自衛隊へは私から連絡しよう」

「佐保さんが下で待機していますので呼んできましょうか?」

「ああ、そうしてくれ」

「はい。では」


 エドが部屋を後にすると、会議室の中はクレメント1人になる。

 自分の他は誰も居なくなった部屋で、この日本支部を預かる男はジッと今後のことを考えていた。


(昨日の会議でも痛感したが、今後この地での冒険者ギルド発展のため日本国との信頼関係の構築は急務だ。今回の依頼にギルド側が全力で応えればその足がかりとしては十分だろう)


 クレメンテに、ヤマタノオロチ討伐その物への不安はなかった。

 日本では名の知れた伝説のモンスターであるらしいが、ヒドラであるならばそれが特異種であるとはいえ倒せない相手ではない。

 今日本に滞在する冒険者の中から、上級者を選出すれば討伐は叶うはずである。

 ましてや今回の依頼は日本側の作戦の協力だ。

 日本の軍の力はクレメンテも良く知っている。神霊力がないとはいえ、日本の武器ならば十分ヒドラへも通用するだろう。

 日本側がどのような形で冒険者の協力を必要としているのかはまだ分からないが目的は達成される。


(これで冒険者の有用性を再認識させ、恩も売れれば、例の話も順調に進むはずだ)


 彼にも野心がある。

 それは、この日本の各地に支部の設置を進め、やがて日本の冒険者ギルド支部を方面支部として独立させることだ。

 当然その方面支部長が狙いである。

 身勝手な野心というわけではない。

 日本における冒険者ギルド支部の拡大は必要なことであった。

 大陸では、小さな村などを除きほぼ全ての町に冒険者ギルドの支部は存在する。それを考えれば、日本に支部が1つしかない現状は不自然であると言えた。

 中国地方だけでも、その人口分布から見れば10以上の支部があってもおかしくないのだ。

 それをたった1つの支部が管轄しているのだから手に負えなくなるのは時間の問題である。

 今後東日本にまで進出することを考えればなおさらであった。


(大陸からの距離。そしてこの日本の規模を考えれば、十分方面支部として独立する可能性はある。なんとしても、それを私が支部長のうちにやり遂げてみせるぞ)




「よう、怪我の具合はどうだ?」


 下関市内の総合病院。

 その1室に顔を出したのは冒険者のコジモであった。


「あ、皆……」


 病室のベッドに横たわっていたジゼルは仲間たちが見舞いに来たことを知り嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「おっと、動くんじゃねえぞ」


 思わずベッドから動こうとするジゼルをコジモが止める。

 先日の満奇洞での戦闘で、ジゼルは肋骨を中心に複数の骨を折る大けがを負った。

 打撲や内出血、更に岩肌に叩きつけられたときの傷も酷く、近くの町で治療を受けた時は重体と診断されたほどである。

 本来なら安静にして移動などすべきではないが、近くまで来ていた知り合いの神官の神霊術により多少状態が改善されたため、ここまで移動させたのだ。

 この病院は冒険者ギルドと契約をしており、冒険者は格安で治療が受けることが出来る。日本の医療保険の加護を得られない冒険者としてはありがたい施設であった。


「無理はしないでねぇ~ジゼル~」

「うん。大丈夫だよミシェル。医者の話しだと1月はかかるらしいけど」

「そうなの? 良かったわ~」

「ま、あと心配なのは金のことくらいだな」

「……分かってるわよラフィ。治ったらきりきり働くわ! ッツ!!」

「ほら、無理はしちゃいけないよジゼル」

「カレルさん……」

「費用のことはそう心配しなくていい。ここはギルドと提携している病院だし、ギルドで入っていた保険もあるからね」


 そう言って「今は治すことだけど考えなさい」と、何時もの優しい笑顔でカレルは言った。

 その優しい声色に安心を覚えながら視線を巡らせると、もう1人の仲間の姿が目に入った。

 骨折した腕をつるした姿も痛ましい、元パーティーリーダーのジャンである。

 ジゼルの視線に気づいたジャンは表情を暗くする。


「ジャンはもう大丈夫なの?」

「あ……うん。ごめん、ジゼル」

「なんでジャンが謝るのよ。ジャンがいなかったら死んでたかもしれないのに」


 おかしいわね、と笑うジゼルにジャンは複雑な表情をする。

 満奇洞で鬼から逃げ出した際、負傷したジゼルを背負い逃げていたジャンであったが、不安定な足場が災いし途中転倒。その際に腕の骨を折り、更に頭部を強打し意識を失ってしまった。

 鬼をいなし2人の後を追ってきたコジモが通路で気を失った2人を発見し連れ出したという経緯がある。

 1週間も意識を失ったままだったジャンであるが、先日ようやく目を覚ましその後の事情を知ったのだ。

 リーダーであるコジモは何も言わなかったが、きっとジャンが転倒した際に投げ出されたジゼルは更なる傷を負ったはずである。

 それを想うとジャンの気持ちは晴れないのだ。


「はい。この話はここまでだ!」

「リーダー……」

「いいか。過ぎたことを引きずらないのも冒険者にとって重要な資質だ。命があれば儲け物と考えてやりゃいい。もっとも、何も反省しない馬鹿は早死にするがな」

「コジモの言う通りだね。ジャンもジゼルも、今回の件で反省すべき点を反省したらそれでこれはお終い――いいね?」

「反省点か~……取りあえずジゼルの突撃癖は反省すべきところだよな」

「お前の援護が遅かったのも問題、だ!」

「ってー!」


 ラファエルの頭に久々のコジモの拳骨が落ちる。

 その光景に他の4人は苦笑し、あるいは微笑む。

 暗い空気が消えたことを察したコジモは、今しがた拳骨を落としたラファエルの頭を軽く叩きながら本題に入ることにした。


「さて。今日来たのは単に見舞いだけじゃない。連絡がある」

「実は、ギルドから私とコジモに大規模クエストへの参加要請があったんだ」

「大規模クエスト……ですか?」


 怪訝そうな顔をするジャンに、コジモは「そうだ」と答えながら話を続ける。


「ギルドが偶に出す大規模クエストではな、こうやって冒険者に名指しで参加要請がされることもある。断ることも出来るが、受けておけば良いことも多い。お前たちがこのまま冒険者を続けていけば要請を受けることもあるだろう。その時は自分の力量と相談して、引き受けるか断るか決めるんだな」

「コジモさんとカレルさんはお受けになるのですか~?」

「そのつもりだ」

「じゃあ、俺たちも!」

「ダメだ」


 そう意気込むラファエルだが、コジモの返事はつれなかった。


「大規模クエストは要請を受けた冒険者以外も受けることは出来るが、今回のクエストは大型モンスター討伐だ。俺らとパーティー組んでいるとはいえ、お前らじゃクエスト制限に引っかかっちまう」

「そうでなくても私たちは君たちを連れて行く気はない。大型モンスターは君たちではまだ無理だ」


 ハッキリとそう言われ黙り込む4人。

 まだ10代だということを考えれば、己の力量を過信して食い下がるくらいしてもおかしくないのだが、つい先日そのせいでジゼルが死にかけたばかりである。

 その後、コジモとカレルから散々言われた言葉が脳裏をよぎっていた。


「『己の力量を正確に理解して初めて1人前の冒険者への道が開ける』」

「その通りだ」


 自分の言ったことをしっかり理解するこのひよっこたちに、コジモとカレルは満足そうな顔をした。

 未だ10代とはいえ、駆け出しとはいえ、彼らも立派な冒険者である。

 納得したのであれば後は気持ちの踏ん切りだけであった。


「――仕方ないわね」

「ええ。今回は~お留守番ですね」

「あ~大型モンスターとか見てみたかったけどな」

「リーダー! カレルさん! 御武運を!」

「ああ、頑張ってくるぞ。なに、大型モンスター戦は何度か経験したことがある」

「ジャンとジゼルは怪我の治療の専念を。ミシェルとラフィは、悪いが数日待機していてほしい」

「じゃあ、買い出しとかしていますわ~」

「祝勝会用の店とか探しておくぜ!」


 そのラファエルの言葉にコジモは破顔して答えた。


「おお! 頼んだぞ。とびっきりの酒と飯の店を探しておいてくれ!」


もう1場面入れようかと思いましたがきりが良いのでここで。

次回でヤマタノオロチ戦の直前までは行きたいところです。

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