第44話 八雲立つ
もし、ここで日本側の相手をしているのが大陸の国家であれば、ここまで日本側も無様を晒すことはなかった。
日本の欲する資源を持つ大陸の国と、大陸にはない技術を持つ日本とで虚々実々の駆け引きが行われていたに違いない。
その上日本の持つ軍事力は、大陸のそれをはるかに凌駕する。いくら日本が不戦を謳い武力をかざさずとも、相手に対しては大きな圧力となり日本の交渉の手助けとなったはずだ。
しかし、冒険者ギルドと日本とではそもそもの土俵があまりに違い過ぎた。求める物も違い過ぎた。
日本にとって、今や国土回復のために冒険者の協力は不可欠である。それに対して、冒険者ギルドにとって日本進出は大きな目標ではあったが、絶対の目標ではなかった。
もしも日本側が冒険者ギルドへの締め付けを強め、ギルドそして冒険者の活動が難しくなれば「残念だ」とはしつつもギルドは日本から撤退するであろう。
モンスターが駆逐された後であればそれも望むところであろうが、現状そうなれば日本側の不利益が大きい。
かといって軍事力で脅すわけにもいかない。
憲法の縛りがなかったとしても、まさか国家が巨大とはいえ民間組織へ軍隊を差し向けるわけにはいかないだろう。そもそも、どこまでいってもその本質は冒険者の仲介屋の発展でしかない冒険者ギルドを軍事力でどう抑えるというのであろうか。
そんな事情から、日本側はこと冒険者ギルド相手に限れば交渉で有利に立つ手段に乏しかった。
会議が始まり2時間がたった。
相変わらず冒険者ギルド側と日本側の間には重い空気が漂っている。
当初当たり前にそう考えていたように、日本側としては今回現れた妖怪に対しては冒険者ギルド側に対処してほしい。しかし、冒険者ギルド側としては依頼を受けそれを冒険者へと提示するという基本姿勢を崩す気はない。
では依頼すれば良いではないかと思われるが、その為の予算を確保しなければならなず個別に依頼していくという煩雑な手続きが必要となる。
(自衛隊が対処します、と言うのが一番良いしそれが本来当然なんだけど)
と佐保は考えるが、なぜか会議に出席している師団からの自衛官は口を出そうとしない。
各省庁からの役人は役人で、モンスター=冒険者の仕事という図式が出来上がってしまっておりどうギルド側を説得するかにしか考えが及んでいなかった。
(役人の方はその内落ち着けば自衛隊を使えば良いときづくでしょうけど……ああそっか。まだ神霊力に対応した装備・戦術が出来上がってないのかしら? それともやっぱり、両師団とも計画通り冒険者にしばらく中国地方を任せて準備を優先させたいのか)
新種出現により計画が危ういからこそ余計な手間を背負い込みたくないのかもしれない。
しかし計画を破棄してこれまで通り自衛隊がモンスター駆除を続ければ、中型に多少てこずるかもしれないが、中国地方の平穏はこれまで通り守られる。
その状態で再び計画を立ち上げるには、日本の国力に余裕が生まれるまで待たねばならないだろうが、そちらの方が自衛隊としての在り方に相応しくないだろうか。
少なくとも冒険者だけに任せるよりずっと民間人の被害は少ないはずである。
(……ギルド側もどっかおかしいのよね。どうも危機感が足りないというか)
新種の出現により中国地方の危険度が間違いなく高まっている。
だと言うのに、ギルド側はこれまで通りだと言うのだ。
確かにギルドの主張の通り彼らには日本の人々を守る責任はない。
しかし住民たちの被害が増えれば「冒険者はあてにならない」という声が高まる可能性がある。そうでなくとも、冒険者たちが危険に巻き込まれる可能性は増えているのだ。
その割には、やはり危機感が足りていないと佐保には思えて仕方なかった。
奇遇にも、同じ事柄について、まったく逆の方向からギルド側も疑問を持っていたのだ。
どうも会議を続けるうちに、ズレがあることを感じたエドはまずそこを洗い直そうと考え率直に尋ねた。
「どうも、皆さんはことさら新種のモンスターを危険視していますが、何か根拠があるのでしょうか?」
「根拠とはどういうことかね」
「妖怪、まあモンスターなのだから危険なのは当然ではないですか」
「先ほどのコルテスさんの説明にもありましたが、家畜化されているモンスターもいるように、モンスターが必ずしも危険だったり人を襲ったりするわけではありませんよ」
「そうは言いますがね……」
日本側の参加者は思わず顔を見合わせた。
確かに情報としてはモンスターの家畜化などのことは知っている。
その辺りから分かるように、モンスターが必ずしも人間を襲う物ではないと言われれば理屈としては理解できなくもない。
だが、日本人が実際にその目で見てきたモンスターはどれも凶暴であった。
確かに一部を除き積極的に日本人を狙うわけではなかったが、見える範囲にいる者には容赦なく襲い掛かる凶暴性はすべてにあったのだ。
それ故に、理屈では理解できても感覚的に納得できないのである。
「……モンスターは、一部例外を除けばそれ以外の野生動物とさしてかわりはない」
不毛な言い合いを黙ってみていたフェルナンドが口を開くと、冒険者ギルド・日本双方の参加者の視線が集中する。
「ゴブリンなど積極的に人と敵対している種もおるが、大半は人と棲み分けが出来ておる。この度に新種も、敢えてこちらから手を出しにいく必要はなく問題が起こるまでは放置すればいい。それが冒険者ギルド側の考えじゃな」
その言葉に、クレメンテとエドが黙って頷く。
「一方、日本側の認識としてはモンスターというのはとても凶暴な存在であり、遠くにいるならまだしも、生活圏近くにいて放置するなど以ての外。そう考えている」
今度は日本側の参加者の何人かが首を縦に振り同意する。
「この認識の差があるから議論がかみ合わないわけじゃが……確かに、日本におるモンスターは大陸のソレとやや性質を異にしておる可能性が高い」
「と、言いますと?」
エドがそう尋ねると、
「モンスター侵攻」
フェルナンドはそう一言言った。
その言葉に、参加者はそれぞれに思いを巡らせる。
それはどういうことなのか。それがどういう結果に結びつくのか。
「日本にとってモンスターは異質な存在であったが、事によると冒険者ギルドにとってもこの地のモンスターは異質なのかもしれない」
より正確に言えば、北の地のモンスターがであるが――フェルナンドはそう言って再び口を閉ざした。
彼の話の間に双方頭が冷えたのだろう。
「取りあえず、冒険者ギルド側の意向は理解しました。定義の話はいったん置いておくとして、新種モンスターへの対応は、改めて検討します。それまでは自衛隊による警戒を強化することになるでしょう」
防衛省職員の言葉に、1佐は少しだけ反応を見せるが特に何か言う気はなさそうだ。
元々それが役目なのだから当然である。
「こちらも、日本のモンスターの情報収集は行います。依頼があればもっと積極的な調査も行いますよ」
クレメンテもそう答えた。
明言はしていないが、依頼が無くても最低限の情報は渡すと言っているのだ。
ギルドの人間が何度も言う通り、冒険者ギルドは大陸に置いて国々から距離を置き中立を保った組織だ。
しかしながら、現実問題として完全に中立を保ったり距離を置いたりすることは難しい。
建前は建前として、国との交渉・取引や、情報の交換など関係を持っている。本来なら日本ともそうした関係を築くべきなのだが、それを行うには双方に信頼関係がなく、互いを繋ぐパイプも碌にない。
その上日本は冒険者ギルドというものの在り方を理解しておらず、またギルド側も日本が大陸の国々とは異質であるという理解が今1つ足りていなかった。
そのためクレメンテやエドも、日本に対しては原理原則論を貫くしかなかったのだ。
だが、もしかすると今回の件は互いに歩み寄るきっかけになるのかもしれない。
なんとか、会議が物別れに終わることは避けられそうな流れに、参加者には安堵の雰囲気が満ちる。
今後も連絡会議は続けられるだろうが、当面は認識の摺合せに時間が割かれることになるだろう。
モンスターに対しては別個に対応していくしかない。
会議もまとめにはいり、それぞれがこの後どうすべきか考えている。
――と、その時であった。
『!?』
参加者の表情が固まる。
「け、警報!?」
突如室内に鳴り響く警報音。
その不安を駆りたてる不吉な音に、何人かが席を立ちあがった。
「火事か!?」
「――違う。街中で鳴っている」
「何がおきているの!」
混乱する役人。事態が理解できず不安そうに日本側の動きを見ている冒険者ギルドの2人。
そんな中にあって、冷静であったのが佐保を除く冒険者対応室の面々と、第4師団から来ていた1佐であった。
「間が悪い……」
「1佐。これは、おそらく」
「ええ名畑室長。間違いなく。すぐに所定の避難所へ移動を」
「分かりました。皆さん落ち着いてください!」
名畑室長の声に、右往左往していた者たちの視線が引き寄せられる。
「これは、大規模モンスター郡の襲来警報です。ここ岡山では、小規模なモンスター襲来の他に稀に大規模なモンスター襲来が起こります。この警報は市民の避難を呼びかけるものなのです」
その言葉を裏付けるように、岡山市の各所にあるスピーカーから市民に向けて避難誘導の声が流れ出した。
『岡山市民の皆様のお伝えします。本日15時23分。備前市茶臼山監視所から、大規模なモンスター集団発見の通報がありました。市民の皆様は避難指示にしたがい、最寄りの避難所に避難してください。繰り返します――』
会議室の窓から外を見れば、街を歩いていた市民たちが慌ただしく走り出す様子が見える。
この合同庁舎にも市民がやってきているところをみると、ここも避難所になっているのだろう。
「吉井川の防御線が抜かれることはないでしょうが、避難指示が解除されるまで皆さんはここに。規模にもよりますが夜まで解除はないでしょう」
「モンスター侵攻という割には、それほど慌てておらぬようじゃのう」
「年に1度あるかどうかという程度ですが、既に何度かありましたし問題なく対応できているからですよ」
「それでは、避難指示は大袈裟ではないかね?」
「教訓ですコルテスさん。かつてのモンスター侵攻の。何事もなければそれで良しというわけです」
その名畑室長の言葉に官僚たちの何人かも頷いて同意する。
10年前のモンスター侵攻の際は、初動の拙さで被害が拡大した経緯がある。
それを考えれば大袈裟というわけではないのだろう。
「名畑室長。私はこれで」
「おお、すまない1佐。すぐに司令部に行ってくれ」
モンスターを直接相手にするのはここ岡山の第4師団隷下の部隊である。
司令部に所属する彼が直接指揮する部隊はないが、これから忙しくなるのだろう。
会議参加者に敬礼し、部屋を後にしようとドアへと手をかける。
「待ってくれ。良ければ、わしも連れて行ってもらえんかのう?」
「え?」
突然のフェルナンドの申し出に、ドアノブに手をかけたまま1佐は半身振り返る。
「せっかくの機会じゃ。モンスター侵攻とやらをこの目で見ておきたい」
「しかし、危険です」
「そうかのう? 自衛隊の戦闘であれば、対モンスター戦において危険はそれほどないと思うがな。まあ、大型モンスターでも出てくれば状況は違おうが」
「おっしゃる通りです。しかし、戦闘地域に民間人の方をお連れするわけには……」
言葉を濁す1佐だったが、フェルナンドには切り札があった。
「直接モンスターの状況を見れば、日本におるモンスターの解明に役立つであろうし――対モンスター戦術研究ついて、より良い協力も出来るのじゃが」
「!?」
1佐の表情が固まる。
(……やっぱりここにもつながりがあったのねこの爺さん)
想像できていたことだが、第4師団――おそらくはその影響下にある神霊研とやはりつながるフェルナンドに、佐保は半ば感心し半ばあきれ返る。
いつのまにそんな繋がりを作っていたのだろう。
「分かりました。お連れしましょう。師団長へは私から連絡しておきます」
「おお! それはありがたい。ついでと言ってはなんだが、アルカラス支部長かエドモンド君も来ると良いと思うのだが?」
「私?」
「どういうことでしょうか。なぜ私と支部長が?」
「ギルド側の日本のモンスターに対する理解のためじゃよ。この国の言葉に『百聞は一見に如かず』というものがある。賢者ルーカスの言うところの『見るは聞くに勝る』という意味じゃ」
ちなみにその言葉の後は『触れるは見るに勝る』と続く。
「……分かりました。私が行きましょう。エドモンドの仕事は日本との折衝や事務です。現場に近い私の方が良い」
「ということじゃ。どうかな、1佐?」
勝手に進んだ話に、1佐は少々苦い顔をしている。
しかしここで断ればフェルナンドがどう出るか分からない上に、彼の言い分も間違ってはいない。
見れば各省庁の役人も賛成している気配がある。流石に口に出してはいないが。
「分かりました。下に車を用意させます。すぐに来てください」
そう言って部屋を出た1佐は走っていく。
「では、佐保君。お2人のことを頼んだぞ」
「りょうか――え?」
突然名畑室長から命じられ、条件反射で返事を返そうとしてはたと気づく。
この流れでどうして自分なのだと。
「何をほうけておるのだ。冒険者ギルドの方が行くのだから、対応室から同行するのは当然だろう」
「え、いや……なぜ私が、と」
「他に誰がいるのかね?」
疑問を投げかける佐保に、心底不思議そうな顔で名畑がそう答えると佐保は理解した。
これも一番下っ端である自分の役目ということなのだと。
「了解しました……」
「では、よろしく頼むよ」
「コルテス老。会議では聞きそびれたのですが、あなたは今回のことをどの程度予測していたのですかな?」
「どういうことかね、アルカラス支部長」
「例の新種。日本が「妖怪」と呼ぶモンスターについてですよ」
吉井川防衛線へと向かう自衛隊トラックの荷台。
座り心地の悪いイスに腰掛けたクレメンテは、向かいに座るフェルナンドにそう言った。
「あなたは、このモンスターが出現することを予測していたのではないですか?」
「え?」
クレメンテの言葉に、同乗していた佐保が驚く。
まさかそんな、といった気持ちだろう。
「どうしてそう思ったのかね」
「あなたは以前私に、日本のモンスターの特異性について語ったことがある。その際に、情報が足りないとおっしゃっていた。時間も足りないと」
「そうじゃったな」
「その後私は、各地のモンスター情報をあなたに渡しましたが結局あなたは今の今まで動こうとはしなかった。つまり、あなたの欲しい情報ではなかったということだ」
「ギルドからの情報で十分だったのかもしれないではないか?」
そう否定するかのような言葉を口にするフェルナンドだが、その表情と口調はどこか楽しそうだ。
「知恵の神の神官である貴方がそれで満足しますか? 先ほどの言葉ではないが『見るは聞くに勝る』あなたならば直に見に行こうとするはず」
「それだけでは、根拠として弱いのう」
「もう1つ。そもそも時間が足りないとはどういうことか。私はあの時、冒険者が日本の東へと進出するまでの時間だと受け止めていました。強力な中型以上のモンスターのいる地域へと進出する前に、日本のモンスターについて調べなければいけないのだと」
「違うというのかね?」
「違います。あなたは冒険者ギルドに所属し立場は冒険者になったが、冒険者として考え行動しているわけではない。欲しかったのは立場と情報だけだ。では、あなたにとって「足りない時間」とは何だったのか。それは――」
「この新種が出現するまでの時間、というわけか」
自分の言葉をつないでそう言ったフェルナンドに、クレメンテは無言でうなずく。
(つまり、コルテスさんは妖怪が出現することを分かっていてその情報が欲しかった。そして、それがそろそろ出現するというのも分かっていたってこと? でも、出現しなければ情報は入ってこないのに情報を急いで欲しがる理由がないわ)
2人の会話から自分なりにフェルナンドの考えを推測する佐保。
その様子をチラリと見つつ、この老神官は口を開いた。
「概ね正解じゃ。情報が早く欲しかったのは、どういう新種が現れるか少しでも予想を立てたかったので、この地の情報が欲しかったのだよ。そして、遠からず日本に日本固有のモンスターが出現するであろう予測は立っていた」
「ちょっ……コルテスさん!」
あっさり認めたフェルナンドに佐保が思わず食って掛かる。
「なんでそれを報告してくれなかったのですか! もし事前に分かっていれば――」
「どうするかね? 予想はあったがそれを証明する手はない。信じてもらえても、何処にどんなモノが現れるのかも分からぬのじゃぞ」
「し、しかしせめて事前に分かっていれば何か手を打てたかも!」
「わしは自力でこの国で情報を集めこれを予想した。同じ情報はお主らでも手にできるものじゃ。誰も予想しなかったこれを、それなりに苦労して予想したのじゃ。教えて、万々が一にも阻止されては、苦労が無になってしまう。悪いとは思うが、その万が一の可能性をわしは自分のために確保させてもらった」
「……」
ふと、佐保はかつてこの日本にやってきた冒険者のことを思い出した。
彼もまた、このフェルナンドと同じように自らの利益のために万が一の可能性を知りながらそれに目を瞑った。
しかし、そのために相当苦悩したことを佐保は知っている。
だというのに、その冒険者と行動を共にしていたこの老人には、同じ状況でもそんな苦悩は一見見当たらない。
(単なる好々爺ってわけじゃないのね……)
人当たりの良さに勘違いしていたが、警戒しなければいかない――佐保はフェルナンドの評価をそう改めた。
「それで。老はどうやって、その予測を立てられたのですかな?」
「ん? なに、簡単なことよ。日本という世界で、神霊力を得て現出するのは、日本にとって都合の良い存在だけではない。そう考えただけじゃ」
「どういう意味でしょうか?」
言っている意味が分からないクレメンテは首をかしげるが、フェルナンドは黙ったままだった。
一方、佐保の顔は青ざめていた。
彼が何を言っているかが理解できたが故に。
トラックが吉井川防衛線に到着したとき、防衛線では自衛隊員たちが慌ただしく走り回っていた。
指揮所へと歩いて向かいながらその様子を見ていたクレメンテとフェルナンドは、敵が近づいているからだろうとそう不審にも思わなかったが、走り回る彼らと同じ自衛官である佐保は少々違和感を覚えていた。
こういう時、どう動くかというのはあらかじめ決まっているものだ。
だというのにこの動きは、どこか慌てた、行ってしまえば混乱しているような気配がある。
不審に思いながらも、佐保は案内の後について指揮所へと向かった。
吉井川西に南北数キロに渡って築かれたコンクリートと鋼鉄製の城壁。
東中国地方を担当する第4師団の主任務は、この城壁でモンスター侵攻を食い止めることである。
吉井川城壁と言われる防衛線の指揮所は、吉井川を渡る国道2号の通る備前大橋近く、岡山市東区吉井にあった。
最前線のため住民は西へと移住し、民家は取り壊され現在は自衛隊施設が立ち並ぶ。
ここを中心とした吉井川城壁こそが、第4師団の駐屯地であった。
師団長に会うため、案内役に先導され司令部のある建物へと入った3人を待っていたのは、先に戻っていた例の1佐であった。
その表情は大変険しい。
彼は3人の姿を見つけると、挨拶もそこそこに話に入った。
「まずいことになりました」
「どうしたのかね?」
「侵攻してくるモンスター群の背後に、大型モンスターが確認されたとの報告が入ってきたのです」
「え? そんな!」
「本当なのだよ、佐保2曹。監視所の報告では、現れたのはベヒモスということだ」
「ベヒモスじゃと!?」
「厄介ですね……」
ドラゴンと並び大型モンスターの代名詞ともいえるベヒモス。
かつてのモンスター侵攻の際に、北海道から関東までを蹂躙したモンスターの1種でもある。
その厄介さは、フェルナンドやクレメンテも理解できた。
「しかし、大型モンスターがここまで接近していて、東日本からまったく通報がないなんて――」
「佐保2曹!」
「あ、失礼しました!」
1佐の叱責に慌てて口を閉じる。
隣の2人が不審そうな顔を向けるが佐保はそちらを見ようとはしない。
「……事情は分かりました。しかし、大型モンスターと自衛隊との戦闘ならば、我々冒険者ギルドは手出しできそうにありませんね」
「話はそれだけではないのです」
険しい顔のまま1佐は言葉を続ける。
「先ほど、冒険者ギルドより連絡がありました」
「なにか?」
「支部長殿は移動中でしたので、こちらに来たのですが――」
1佐は周囲を確認し、声のトーンを1段落とす。
「昨日、島根県内において冒険者が大型と思われるモンスターを確認したそうです」
「なっ!?」
「おおが――」
「島根県。かつてこの国で出雲と言われた地じゃな。出現場所が個体と必ず関係しているとは限らぬが――日本で出現する可能性のある大型モンスターとなると」
そのフェルナンドの言葉に、1佐は深く頷いた。
良く見れば額には緊張のあまり脂汗が浮いている。
「発見した冒険者からの報告によると、それは多頭の大蛇――ヒドラと思われるとのことです。ただし、通常より大きく一見するとドラゴンにすら近いと」
「日本の伝説にその姿を探すならば――」
「ヤマタノオロチ……」
佐保は茫然と、その伝説の怪物の名を口にした。
三大悪妖怪じゃないから、大丈夫。たぶん。
いよいよ2章クライマックス。




