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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第2章 冒険者ギルド開設編
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 閑話 クロスメモリー 6

 モンスターが小樽を襲った時、俺はその映像に衝撃を受けたが、それまでだった。

 なぜなら小樽は遠く日本の端だったから。




 小樽がモンスターに襲われた事件は、偶然にもその映像を見ていた生徒たちにより瞬く間に校内に広がった。

 既に動画サイトにはその瞬間の映像がアップされているらしく、それを見た生徒の中には想像以上の映像に思わず吐き出した奴もいる。

 まあ昼食後という時間も悪かったなと思うのだが。


 昼休みも終わると、既に学校内でこの事件を知らない者はいなくなっていた。

 映像を観た奴とそうでない奴とでは反応に多少差があるが、生徒全体が軽い興奮状態にあったことを覚えている。

 俺自身、あの映像の衝撃からいまだ立ち直ってはいなかった。

 転移後に人の死は目にしていても、死ぬ瞬間という物を目にしたのは初めてだ。

 潰された女性アナウンサーの頭にが目に焼き付いている。

 気持ち悪い。或いは逆に脳って意外と綺麗だ。などといった感想は浮かばず、ただただ現実味のない現実に混乱するばかりだった。


 そんな俺を余所に、何の変りもなく午後の授業が始まる。

 教壇に立つ教師は小樽の件に触れようともせず、何事もなかったかのように授業を行った。

 相変わらず生徒は軽い興奮状態にあったがそれで何かあるわけでもない。

 所詮遠い場所での出来事である。

 例えば、九州辺りで大災害や大事件が起きたとする。

 第一報に触れた時は「うわぁ……」と深刻に受け止め興奮するが、その内その感覚も消えていく。

 今はその興奮状態と同じであった。

 きっと数日もすれば薄れていく感覚なのだ。


 家に帰りネットを開いてみると、ネット上は祭りになっていた。

 中でも盛り上がっていたのは、北海道に住むと言う者の実況である。

 現在家に籠っているが外には時々モンスターが徘徊しているらしい。


「そんなところでもネットがつながるって不思議な感覚だよな……」


 独り暮らしを始めて増えた独り言が口をついた。

 色々とネットを回ってみると、モンスターの行動に対する予測や自衛隊の行動に対する予想などの話しや、政府の対応に関する話題などが上がっている。

 この雰囲気は転移した直後を思い出して少しだけ懐かしく感じ、思わずいくつか書き込みをしてしまった。

 その後も色々と見ていた俺だったが、新情報もなくやがて飽きると早々にネットを切り上げ眠りにつく。

 せっかく独り暮らしだというのに早寝早起きが習慣になっていた。

 安定しない電力供給により娯楽が制限されているからだ。


 翌日。北海道の自衛隊がモンスターに負けたというニュースと、政府が北海道の住民に避難指示を出したというニュースで学校はもち切りだった。

 情報源はネットとテレビだ。新聞は週に1度の発行になっているが、朝はニュースのためテレビ放送が行われている。意外と見ている奴は多いらしい。

 俺は家にテレビが無い上に、朝はネットを見る習慣がないので、その情報を知ったのは学校について、隣の席の野口から初めてそのことを聞いた。


「情弱になってるな黒須~」

「仕方ないだろ」


 野口の茶化した言い方に、俺はそう返した。

 独り暮らしは色々とやることがあるのだ。朝から悠長にネットを見ている暇などない。

 俺の言葉に、「大変だな独り暮らしは」などと気楽そうに野口は言った。


「おはよ。どうした、黒須。野口」

「おはよ二宮。いや、今黒須に北海道のことを教えてやってた」

「ああ、自衛隊が負けた話か。知らなかったのか黒須?」

「うるさい。朝起きてからネットも見てないんだよ」


 同じ説明をしなければいけないことに若干苛立ちつつ、俺たち3人はそのまま北海道のことを話し始めた。


 今朝政府が出した避難指示。

 それを聞いた時、正直俺はふーんと深く考えずに、そんなもんなのかと聞き流したが、世間の反応は良くないらしい。

 反応を簡単にまとめると「大袈裟」の一言に尽きる。

 例えば世界的に有名なあの怪獣映画を思い出せばいいと野口は言った。

 あの怪獣が北海道に上陸して自衛隊が負けたとしても、北海道の全員が本州に逃げ出すとかあるか? 進行方向の住民だけが避難すればいい話じゃないか。それなのに政府が慌ててあんな指示だしたせいで、北海道じゃ大混乱が起きてしまっている。やっぱり今の政府じゃダメだな。とのことである。

 自分の考えの様に言っているが、まあテレビやネットの意見からつまみ食いした意見だろう。

 とは言え納得出来た。確かに政府はやりすぎだ。

 たぶんここで「決断できる政治」とか印象付けたいのだろう。


 自衛隊が負けたことが少々不安だが、なんでも今北海道にいる自衛隊は本隊が消えた半端な戦力しかないらしい。

 それに、この世界の軍隊と戦って負けたアメリカ海軍の件もある。

 モンスターともなればきっと強力な力を持っているはずだ。その半端な戦力じゃまけるのも仕方ないかもしれない。


「ま、本州から援軍がいけば終わるよ」


 野口はそう自信満々に言って、「お前がやるんじゃねーだろ」と俺と二宮にツッコまれた。





 モンスターが函館を襲った時、俺は避難民の心配をしたが、それだけだった。

 なぜなら北海道は海を隔てた向こう側だったから。




 モンスターが侵攻を初めて4日目。

 遂に函館までモンスターがやって来たとの情報がニュースに流れた。

 俺がそのニュースを知ったのは、再び食堂でのテレビだった。


「大丈夫か北海道? 避難まだ終わってないんだろ」

「自衛隊はさっさと援軍送れば良いのにな」


 今日も二宮と飯を食べつつ、ニュースを見る。

 ちなみに今日の俺はラーメン。二宮はまたも野菜炒め定食だ。


 朝・昼・夜の決まった時間にしか流れなくなったテレビは、この4日間ほぼ全てがニュースばかりである。

 そう言えば、芸能人などいったいどうしているんだろうか。

 クラスの女子はドラマの続きがいつ見れるのかと気にしているし、アニメ好きな奴は全部ネット配信しろよと仲間内でグチグチ言いあっている。

 平和な奴らだなと思いつつ、俺は俺で発行が止まったマンガの続きが気になっていた。


『政府は海上自衛隊に対し、この未確認海洋生物への対処を――』

「今度は海かよ」

「やっぱり海にモンスターいたんだな」


 ニュースに飛び込んできたのは、避難民を乗せた船が海からモンスターに襲われたという情報だった。

 ニュース内ではモンスターと表現はされていないが、まあ間違いなくモンスターだろう。

 そのニュースを聞いても、正直驚きはあまりない。

 俺に限らないが、「海にもモンスターいるんじゃね?」と考えている奴が多かったからだ。


「今頃ネットじゃ海のモンスターの話で盛り上がってるだろうな」

「海のモンスターはやっぱりでかいんだろうな。大王イカでも10m超えるからな」

「クラーケンとかリヴァイアサンか? 津波とか起こされたらやばくね?」


 津波の怖さはつい先年日本が体験したばかりである。

 あれを任意で起こされてはたまったものじゃない。そんなモンスターがいないことを祈るだけだ。


「さて、次は英語だから教室移動なしだな」

「でも英語って意味あるのか?」

「どうだろうな。取りあえず受験には要るだろ」


 食事を終えた俺たちはそういいながら食器を返却すると、食堂を後にした。




 モンスターが青函トンネルを抜けて本州に上陸した時、俺は大変なことになったぞと思ったが、その程度だった。

 なぜなら津軽は本州の北の果てだったから。




「先輩、昨日のニュースみましたか?」

「うちはテレビないよ。自衛隊の映像なら動画で観たけど」


 美化委員室でトイレにはるポスターを作りながら、後輩の木村がそう話しかけてきた。

 転移直後、死体を観て落ち込みしばらく学校を休んでいた彼女だが、今ではこうして以前のように登校してきている。

 登校してきた彼女に大丈夫なのかと尋ねたところ、「あの後、近所で回収されたり処理される死体を見たせいで慣れました」ということだった。

 どうやら彼女は大人への階段を一歩上がったようだ。

 しかし死体になれるというのもなんというか――


「おとなになるってかなしいことなの……」

「何言ってるんですか?」

「いやなんでも。で、その自衛隊がどうかしたのか?」

「いえ、特に何ってわけじゃないんですけど……」


 そう言って困ったような顔をする木村。

 はて、なら何でそんな話題を振ったのだろうか。


「先輩はああいうのはどう思うんですか?」

「俺? 別に。なんかすごいなーとは思うけど」

「ほら、男子ってああいう戦車とか好きな人多いじゃないですか。先輩もかなって思ったんですけど違うんですね」

「んー……自衛隊だと現実的過ぎてあんまり。ロボットとかなら好きだけどな」

「ああ、やっぱり男子はそうなんですね」


 いや、だから違うと言っているんだけど、その辺りは理解してもらえてないんだろうか。


「まああの映像は、正直吹き飛ばされるモンスターが、動物とか人型なせいで見ててちょっと気分が良くないかな」

「あ! 私もです。先輩もそう想ったんですね!」


 グロいから気分良くないって言ってる感想と同じ感想だって笑顔で言うのはどうだろうか。

 正直この辺りの女子の間隔は理解できない。


「それより、早くポスター作って帰ろう」

「はーい。でも、よくこんなに紙を用意してもらえましたね」

「先生が持ってきたもんだしな。まあ、節水の呼びかけの方が重要なんじゃね?」


 既に6月。この世界でもやはりあった梅雨に突入したこの時期、なんで節水なのかと思いながらも、楽しそうな木村と会話を交わしつつ、俺たちは校内の各トイレに貼る節水を呼び掛けるポスター作製に勤しんでいた。




 モンスターが東北で自衛隊を破ったと聞いた時、俺はいよいよ大丈夫なのかと心配になったが、動かなかった。

 東京から東北まではまだまだ遠かったからだ。




「じゃあな黒須」

「ああ、気を付けてな」


 二宮の家の前で俺は二宮とそんな別れの挨拶を交わしていた。

 家の前に止められた車には詰め込めるだけの荷物が詰め込まれている。

 運転席には二宮の父親が、助手席には母親が座っていた。


「史明。そろそろ出発するぞ。黒須君も、達者でな」

「亜藍君。危ないと思ったらすぐに逃げなさいね。ご両親も心配するから」

「ありがとうございます」


 何度か顔を合わせたことのある二宮の両親が心配そうにそう言ってくる。

 その言葉に俺は素直に頭を下げた。


「黒須。また会おうな!」


 後部座席に空いた1人分のスペースに入り込んだ二宮が、動き出した車の窓から身を乗り出し手を振る。

 俺は二宮の家の前に立ったまま、車が見えなくなるまで手を振り続けていた。


 モンスターが本州へ上陸してから1週間。自衛隊がモンスターに敗れて更に4日。

 現在自衛隊は東北各地でモンスターと交戦しながら、ジリジリと後退しているらしい。

 らしい、というのは正確な情報が入ってこないからだ。

 更に制限がかかったテレビ放送も、現地取材がままならないため政府発表か東北からの避難者のインタビューを流すしかない。

 だが政府発表は最初の東北での自衛隊敗北以来具体的な発表がなくなった。混乱を生むおそれがあるため、必要な情報だけを伝える――との言い分だ。

 もちろん記者たちは憤慨していたが、もはや支持率が落ちるところまで落ちた政府は完全に開き直っている。

 どうせ選挙をすれば負けるのだからと強硬な手を打ち出した、ということらしい。

 避難者のインタビューはあまり意味がなかった。避難してきたのは東北でも南の住民ばかりであり、実際にモンスターを見たという者は殆どいなかったからだ。

 ネット上も酷かった。

 憶測やデマが大量に出回った結果、正確な情報がまったくつかめない。

 一時仙台にモンスターが押し寄せている写真が出回ったのだが、結局コラであったことが判明する。

 現在モンスターがどこまで押し寄せているのか、俺にはまったく分からなかった。


 こんな現状に、東京では西へ逃げ出す者が出始めていた。

 実を言えば本州にモンスターが上陸した時点で、東京から脱出しだした者はいたのだが、ここに来てその動きが一気に大きくなったのだ。

 二宮の家族もそんな一員だった。


 正直俺は、二宮がパニックに陥る大衆の仲間になったみたいで失望を覚えたのだが、まあ家族の決めたことには逆らえないのだろう。

 親に逆らって別行動を取った俺みたいなのが珍しいのだ。

 昨日も父からこちらへ来るようにとの催促があった。別に今回初めてではない。

 俺が独り暮らしを始めてからもう何度目だろうか。

 その度に俺はその催促をうまくかわし続けていた。


(親に逆らえないほどガキじゃないんだよ)


 そう考えると、自分が二宮より少しだけ自立しているみたいで嬉しくなる。


 車が見えなくなると、俺は自転車にまたがり家路についた。

 鉄道では既に混雑が始まっている。ここから今の家まではちょっと遠いが、混雑に巻き込まれることを考えれば自転車で正解だったはずだ。


(明日の通学電車は大丈夫かな)


 そんなことを考えながら、俺はペダルを漕いでいた。




 モンスターが関東に到達したとき、俺は慌てて逃げる準備を始めた。

 既に東京の目の前だったから。


 ――しかし、それは遅すぎた。




 東京駅構内。

 俺は何とか手に入れた新幹線の切符を手に、駅を埋め尽くす人に押しつぶされていた。


次回本編。


作中の合間のセリフは「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」が元ネタ。

黒須程度で知ってるか分かりませんが、半分は演出だと流してください。

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