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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第2章 冒険者ギルド開設編
55/147

 閑話 東北防衛戦

「何が起こっている!」

「函館市内の第5連隊はどうなっている!?」

「室蘭の方からは連絡がないのか!!」

「通信障害はまだ復旧しないのかね」

「長万部からわずか数時間で移動したのか。野生動物が!」


 青森駐屯地第9師団司令部は混乱の中にあった。

 モンスター侵攻4日目。夜明けと共にもたらされた第28普通科連隊壊滅の報に続き、南下したモンスターが函館に突入したという情報が入ってきたのだ。

 既に市民にも多数の被害が出ており、函館は大混乱だという。


 前兆は3日目の夜からあった。

 それまで特に問題の無かった無線通信が、夕方ごろからノイズが入り混じるようになり、陽も完全に落ちたころには長万部との部隊との通信は時々つながることはあるが基本通じない状態になってしまう。

 携帯電話やラジオなども影響が出ており、何らかの電波障害が起きていることは確実であった。

 有線を使った通信は問題がなかったため、函館市内の部隊との連絡や、その他の地域との連絡は取れていた。しかし、衛星もなく偵察機も満足に飛ばせない状況で通信手段が制限されるのは非常に痛い。

 目と耳が制限されていくような感覚に、関係者一同の苛立ちが募っていたその日の深夜。障害の原因調査と今後の対策を検討する青森の師団司令部に北海道からの連絡が入る。

 長万部の第28連隊が南下してきたモンスター群との戦闘に入ったとのことだった。

 通信が不安定であるため詳細が分からなかったが、モンスターの南下に備えていたため奇襲を受けたわけではないという。


 やはり都合よくはいかなかったか――再び動き出したモンスターに、司令部ではそんな感想が持たれた。

 ただしこの時点では緊張はあったが戦闘そのものを不安視する声はない。

 モンスターが動き出すという想定はあったからである。

 侵攻路の1つとして予想される国道5号は、道路を中心に陣地が構築されモンスターを迎え撃つ準備が行われていた。

 陣地を構築する時間のなかった幌別の部隊でも問題なく戦えていたのだ。気を付ける点は自衛隊でスライムと仮称されている生物や地中から出てくる虫。それに大型の生物くらいである。

 虫は未舗装の地面で気を付ければ済むことで、スライムには携帯放射器で対処。大型生物は登別での戦闘情報から対戦車用の火器で撃破可能。

 後は補給さえ十分であれば長万部でモンスターの侵攻は抑えられるはずであった。

 が、夜明けと共にもたらされた結果は連隊の壊滅とその後の函館へのモンスター侵入である。

 函館駐屯地へ送られた第9師団隷下の第5普通科連隊もモンスターとの交戦に入ったという。

 しかし市内には各地から避難してきた者を含め10万者もの人間がおり、それが突然のモンスター襲撃にパニック状態にある。連隊もそのパニックに巻き込まれ戦闘もままならないということだ。



 実のところ、この時点で函館まで到達したモンスターはごく一部であった。

 空を飛ぶモンスターの一団が市内を襲っていたのだ。

 初め情報が錯綜し長万部のモンスターが函館を襲ったと誤認していた青森の司令部だったが、やがて時間が経つにつれ正確な北海道の情報が入ってくるようになる。

 まず長万部でモンスターと戦闘を行った第28普通科連隊だが、戦闘の詳細は未だ不明であるが多数の戦死者を出し敗北したことは間違いないとのことであった。

 多くの車両を失ったため、生き残った者の撤退もままならず現地で抵抗する者や、徒歩で撤退する者など各々で行動しているようである。

 連隊を破ったモンスター群は現在のところ、国道5号を下り長万部町南部からその南隣の八雲町辺りに居るとのことだ。

 函館に現れた飛行モンスターはどうやらそのモンスター群とは別行動の群れであったようで、内浦湾を縦断してきたと推測されている。

 タカのような猛禽類を思わせる鳥の群れを中心に、両翼だけで5mほどもある大型の個体が数羽。また羽の生えた動物もいるとの報告もある。

 最初の情報から考えられたよりもずっと少ない数であるが、市内の混乱は最初の情報通り、むしろ時間が経つごとに悪化していた。


 この事態に政府はある命令が検討される。発端は自衛隊からの提案であるが、海上自衛隊へ北海道民の避難活動をいったん中断し、海上からの陸上への攻撃を命じるというものだ。

 避難活動のために津軽海峡を往復する海上自衛隊の艦艇の中から護衛艦を北上させ、内浦湾へと回し、湾沿いに南下するモンスター群を函館へと到達する前に攻撃・殲滅しようという案である。

 モンスターが海岸沿いにいる今しか打てない手段だ。

 護衛艦の火力ならば問題なくモンスターを殲滅出来る上に、海上からの一方的な攻撃であれば被害もない。飛行モンスターも、CIWSで十分対処可能である。

 問題があるとすれば、自衛隊に陸上に対して砲撃させるという行為そのものや、それによる民間施設への被害、それらから発する政府への非難であろう。

 今の政府にとってこれ以上の失点は政治的に致命傷となる。

 それが分かっているため閣僚たちの中にも、この案に反対する者も多かった。

 しかし閣内で意見を一致させる時間もない。今はまだ長万部町から八雲町にたむろするモンスター群が行動を開始し、国道に沿って八雲町の隣、森町から南へと向かえば艦砲射撃は出来ないからだ。

 決断を迫られた総理は、ここが自分の運命の分かれ道だと苦悩する。



「報告します。津軽海峡に多数の未確認生物が出現。民間人を乗せた避難船が攻撃を受けています」



 その報告が総理を救った。

 海峡に現れた未確認生物による避難船への攻撃。これに対処出来るのは海上自衛隊しかいない。となると、必然的に先ほどの案は却下するしかなくなる。

 すぐに海上自衛隊には、その未確認生物を排除し避難活動の安全を確保するよう指示が出された。

 事態は何1つ解決しておらず、それどころか海上の安全性まで危うくなったことでより一層深刻になったにも関わらず、閣僚たちからは際どい決断を避けられたことへの安堵の吐息が漏れていた。


 事態が混迷していく中、自衛隊では1つの想定が現実味を帯び、それを主軸とした今後の作戦が立てられつつあった。

 北海道の放棄である。

 詳細は現在検討中であるが、自衛隊で考えているモンスター殲滅作戦のその前提は北海道の確保。より正確に言えば輸送路の確保である。

 現在行われている市民の避難が落ち着いたところで、東北各地から集結させた東北方面隊隷下の戦力を送り込みモンスターの殲滅を図るというのが大まかな計画であり、その間は長万部町に函館の第28連隊を留め、先発させた第5連隊を合流させ北と東からのモンスターを食い止めるつもりであった。

 しかし、第5連隊は市内の混乱により合流出来ずその間に第28連隊は壊滅。これで目算を大きく狂う。

 このままモンスター群が南下すれば、鉄道による輸送路が絶たれる可能性が高い。

 その上海上には新手である。こちらは今後どうなるか不透明だが、艦船による海上輸送も危うくなってきた。

 こうして自衛隊内では北海道放棄やむなしの意見が大きくなりつつあった。


 モンスター群が函館へ来なければまだ北海道を放棄しないで済む可能性は残されているのだが、モンスターは最短で且つ的確に人の住む場所を次々と襲ってきている。

 今から北上、或いは西へ移動して時間をロスしてくれる可能性は望み薄であろう。

 確実に町を襲い、更に日本にとって最悪のタイミングで海上を襲撃した未確認生物――海洋モンスターの行動に、自衛隊内では戦略的意図に基づく行動の可能性も考えられていた。



 自衛隊、そして日本側がモンスターのこの行動に関して1つの推論を立てるのはこれからしばらく後。それが正しかったと理解するには更なる年数を要する。


 モンスターがこうも的確に町を襲うのは何のことはない。日本の整備された道路事情によるものであった。

 町から町へと綺麗に障害物もなくつながる道が、東から西へ北から南へと移動するモンスターを人口集合地帯へと的確に導いていたのである。

 モンスターは人間を目指して移動していなかったのだ。

 それを裏付ける事例として、小樽市内に突入した際には路上の無防備な市民は襲われこそしたが屋内にまで侵入するモンスターは殆どいなかったことがある。

 また、後の話しになるが、自衛隊が道路を破壊した際、モンスターの侵攻が一時的に止まったことから、これが裏付けられるこことなった。


 海洋モンスターの襲撃に関しても拍子抜けするような結論が後に出される。

 北海道からの避難民を運ぶため、津軽海峡には転移以後最大といえる数の船が航行していた。

 この大量の船がモンスターを刺激し引き寄せたというのだ。

 後に日本が大陸から得た情報から、海上でモンスターに襲われる事例は非常に少ないということが分かる。特定の海域にさえ寄らなければ、よほど運が悪くない限り遭遇すらしないらしい。

 現在北海道のある辺りは、そのモンスターに遭遇する可能性のある海域の1つであったという。

 さらに日本の船に使われる動力もモンスターを引き寄せる原因となった。

 帆船しかないこの世界において、日本の船に取り付けられたエンジンは当然存在せず、初めて体験する音と振動がモンスターを刺激したというのである。

 それでも、この半年近海で漁が行われてきたがモンスターの遭遇報告はない。(或いはモンスターを海獣と誤認し報告していなかった可能性はある)

 それが今回の大量移動がモンスターを刺激し、姿を現した――後に行われた調査はそう結論づけた。


 結局のところすべては不運が重なった偶然であったのだ。

 或いは人によってはそれを必然と呼ぶのかもしれない。



 再び南下を始めたモンスター群は5日目昼に函館にたどり着く。

 多数の被害を出しながらも飛行モンスターを撃退していた自衛隊であったが、未だ続く市内の混乱もあり満足な態勢を整えることもできないまま戦闘に突入。

 善戦するもモンスターの市内侵入を許し、戦闘で興奮したモンスターにより市内は阿鼻叫喚の地獄と化した。


 また北海道各地との連絡が途絶え始める。

 モンスターの侵攻路から外れていた地域にも、はぐれたモンスターや北海道東未知の大地からの後続が現れだしたとの情報を得るがその後は分からない。

 室蘭では未だに脱出船待ちの市民を守って自衛隊が防衛線を維持しているらしいが、既に弾薬の底が見え始めており、次に本格的侵攻があればもう持たないだろう。

 脱出は遅々として進んでいない。

 津軽海峡にモンスターが現れたため、海峡に面する港からの船は自衛隊に守られながらでなくては渡海できず、それ以外の港では海峡付近を避け大回りで本州を目指さなければいけなくなり海上輸送能力は落ちていた。また、燃料の問題から往復ももう難しい。

 鉄道の方も、函館までモンスターが侵入して来たことから、輸送列車を徐々に手前の駅での折り返しに後退させ始め、5日目夕方には北海道への列車を取りやめる決定をする。

 航空機による脱出も、既に無事な飛行場がないため無理となっていた。

 こうして、未だ北海道に取り残される人々の脱出手段は、青函トンネルを徒歩で抜ける以外に無くなってしまったのだ。

 青函トンネルの全長は54km弱。中は湿度90%を超えることもしばしばある。更に今は東北側からの電力供給でトンネル内でも灯りはあるが、これが止まれば中は真っ暗になる。その上背後からはモンスターも迫ってきているのだ。

 はたして無事に脱出できるのか誰もが不安を抱きながらも、他に手立てもなく取り残された人々は北海道側の入り口のある知内町へと移動する。

 これらの人々はまだ幸運であった。モンスター勢力圏に取り残された人々は、いつになるかも分からない救出が来るまで、モンスターから身を隠し続けるしかないからだ。


 本州も混乱が起きつつあった。

 北海道の陥落がほぼ確実になった今、モンスターの本州侵攻の可能性が出てきたからである。

 一部の住民は既に自主的に避難を始めており、政府内での避難指示を出すべきか検討がされていた。

 現時点では海岸に近づかないように通達を出すにとどまっている。今のところ報告はないが、海洋モンスターが陸へ向かう可能性を考慮してであった。

 これに併せ、陸上自衛隊には政府から海岸警備の命令が出される。

 その陸上自衛隊では北海道への援軍もギリギリまで検討されたが、戦車隊でも送り込まないことにはもはや止めようがないとの意見と、政府の命令及び各自治体からの海岸の警備のための出動要請のため戦力の確保が難しいという事情から、本州で迎え撃つ方針で意見が固まる。

 余談であるが、この時に最初に第9師団隷下の戦車大隊を送っていれば函館侵入は無かったという意見と、戦車があっても市内の混乱から有効な活動は難しかったという意見とでぶつかり合いがあった。

 緊急時ということもあり、結論の出ないまま終わった議論であるが、この時多くの者が普通化連隊を送ったことが正しくもあり間違でもあったと理解することになる。

 そんなぶつかり合いもありつつも、自衛隊は本州でモンスターを迎え撃つ準備を進めていた。

 そもそも一番良いのは本州へ上陸させないこと。そのためには青函トンネルを破壊するのが最善である。自衛隊内でもこの案は検討されたが、これは現在も避難民がいることや、予想される政財界の反発から却下される。

 次に出た案は青函トンネル出口でモンスターを迎え撃つ案である。

 青森県今別町にある青函トンネル入口で、横道の無いトンネルから出てくるモンスターを叩くのだ。

 しかしこの案も却下される。今別にある青函トンネル口周辺は部隊を展開するには適さない地形だったからだ。

 トンネル口すぐ近くに道路こそ走っているが、線路より低い位置だ。ほんの数mの差であるが、これにより左右からの攻撃が著しく制限される。

 線路上正面に配する火力だけは心もとない。

 結局採用された案は、あえてトンネルからモンスターを出し、モンスターが道に沿って北上したところで、400m先にある国道280号に展開した戦車隊を中心とする戦力で迎え撃つという物であった。

 トンネル口と今別バイパスと呼ばれる国道の間は田んぼが続いており左右は山だ。5月のこの時期は、既に田んぼには水が張られておりモンスターの行動は著しく制限される。迎え撃つには絶好のポイントである。

 もちろん、山の中に入る可能性も考慮し、周囲の山中にも部隊を配置する。更に、避難民の救助のため、トンネル入口にはギリギリまで部隊を残す予定だ。

 海岸の護りのために隷下の部隊を分散せざるを得ない現状でも、これならば十分モンスターを抑え込めると作戦を担当する第9師団司令部は考えていた。



 6日目。前日の夜にもはや列車による脱出が不可能だと知った人々は、最後の列車に押しこめるだけ人を押し込むと、その直後から徒歩による脱出を始めた。

 最後の列車の席を巡って一部で暴力沙汰も起きたが、大方は予想以上に冷静な対応が取られたという。

 歩いての脱出が難しいであろう、子どもや病人、老人が乗せられた。老人の中には「若い者が助かるべきだ」と言って乗ることを拒んだ者も居たと言う。

 歩きにくい線路の上を、余計な荷物を捨てた人々の列が続く。

 約54kmという距離は人の徒歩平均速度とされる時速4kmで13時間半かかる道のりだ。しかし歩道ではない線路が走るトンネル内を疲労困憊した状態ではその半分の速度を出せるかも怪しい。ましてや途中で休息も必要なのだ。

 政府や自衛隊では、トンネルを抜けるまで30時間以上はかかると計算している。

 その上トンネル入口である知内だけでなく、その他の地域から向かう者もいるのだ。避難が完了するまで何日かかるか未知数である。

 全ての者が無事避難出来ることを祈りつつも、関係者はそれが難しいことを理解していた。



『モンスターの声です! 反響しているため距離は不明!』

「総員戦闘準備!」


 トンネル内からの連絡を受け、青函トンネル口で守備をしつつ避難民保護を行っていた小隊長は指揮下の隊員に指示を出す。

 モンスター侵攻9日目。青函トンネルを使った徒歩脱出が始められて3日目。

 遂にモンスターがトンネルに侵入してきたのだ。

 トンネル守備を開始して20時間を経過した頃、最初の避難民がトンネルから出てきた。体力に余裕のある者が予想より早くトンネルを抜けてきたのである。

 その後しばらくは避難民が続いたのだが、2日目からはそれが途切れ途切れになりだす。

 小隊を指揮する2尉は、1分隊をトンネル内へと送り遅れている避難民の救助とモンスターの警戒にあたらせた。

 その分隊からの連絡である。


 線路上にはバリケードが作られ機関銃が備え付けられている。

 途切れ途切れではあるが避難民がトンネルから出てくるため、バリケード外側にもまだ隊員たちが残り出てきた人々を保護していた。

 緊張が高まる中、連絡より1時間が過ぎたころである。

 トンネル内から小銃の発砲音が響く。

 潜入した隊員にモンスターが追い付いてきたようだ。

 泣きながら走り出てくる避難民たち。限界を超えたのかトンネルを出た瞬間倒れ込む者も多数おり、慌てて自衛隊が担ぎ線路から降ろしていく。

 さらに30分が過ぎたころ、避難民を守りつつ中にいた隊員がトンネルから出てきた。


「報告! モンスターはトンネル内200m付近まで接近。その殆どが動物型ですが、人型のモンスターや報告にあった大型のモンスターも確認できました!」


 トンネルから出てきた隊員の報告を受け、小隊長は改めて戦闘準備の指示と本部への報告を行う。

 この小隊の残された役目は、今しがた避難してきた人々が安全圏まで脱出する時間を稼ぐことと、第一波に痛打を与えつつモンスターを本隊方向まで誘導することである。

 既に道路では車両が発車準備を整えており、線路上には最低限の人員しかいない。

 完全にバリケードを閉ざし、銃口をトンネルへと向ける自衛隊員。

 やがて、その視線の先にトンネルを走る影が映る。


「来たか! 攻撃かい――」

「待ってください! 人が居ます!」

「なにっ!?」


 報告によくよく見ると、モンスターに追われるように人が必至の形相で走ってきている。

 取り残された避難民が辛くも逃げてきたのであろうか。


「くそ! 避難民の保護を――」


 隊長の指示は再び遮られた。

 突如機関銃を構える隊員の1人と、小銃を構えた数人の隊員が発砲したのだ。


「なにしてる!」

「おい、止めろ人が!!」


 慌てて周囲の隊員が抑えにかかると、抑えられた隊員たちは信じられないという顔をしながら叫んだ。


「そっちこそ何しているんだ! モンスターがそこまで来ているんだぞ!」


 その言葉に抑え込んだ隊員は顔を青くする。

 まさかモンスターを討つために目の前の人を見捨てるつもりなのかと。


「だからって、人ごと撃つやつがあるか!」


 見れば走っていた避難民の何人かが銃弾に倒れている。

 他の避難民は足を止めるわけにもいかず、「助けてくれー」と繰り返しつつ走り続けていた。

 だが、抑え込まれた隊員が抑える隊員を睨みつつ言い返す。


「どこに人が居る!」

「!?」


 その言葉に抑え込んだ隊員は衝撃を受けた。

 あの人間が見えていないのか――


「まさか……彼ら幻覚を見せられている?」


 他の隊員の1人がそう口にした。すぐにそんな発想が出る辺り、アニメなどサブカルに強い者だったのだろう。

 非現実的な発想だが、既に今の事態が非現実的状況の中なのだ。あり得ない話ではない。


「発砲しそうな奴は抑えろ。味方を敵と誤認する可能性もある!」

「バリケード開け! 避難民の保護だ!」


 妙な動きをした隊員はその場で抑え込まれ、その他の隊員によってバリケードが開かれる。

 その隙間めがけて、今にも息切れしそうな様子で避難民が駆け込んでいた。


「よし、もう大丈夫ガッ……」


 倒れる様に駆け込んだ避難民を受け止めた隊員は、次の瞬間その避難民によって喉元に噛みつかれる。


「何をしている! 早く撃て!!」


 抑え込まれた隊員の声を耳にしつつ、噛みつかれた隊員が最後に見たのは、自分の喉元に食らいつく獣の姿であった。


 種を明かせばなんということはない。

 幻を見ていたのは線路上に居た殆どの隊員たちの方で、発砲した隊員たちこそ幻覚にかかっていなかっただけの話しである。


 こうして、トンネル前で時間を稼ぐという目論見はご破算となった。

 バリケード内に侵入したモンスターと戦闘になった隊員は、その侵入した数匹を全て撃ち取るも、トンネルから出てきた本隊により脱出の間もなく皆殺しとなる。

 線路下で待機していた車両はやむなく本隊へと向けて出発。


 当初の計画は狂ってしまった自衛隊であったが、その後の作戦は順調に進んだ。

 あらかじめ余計な道を封鎖していたことから、モンスターは予想通り北上。そこに待ち構える第9師団の部隊により次々と撃ち取られていく。

 山に向かうモンスターも、山中に展開する部隊により射殺。

 青森県津軽軍今別町浜名。北海道からの青函トンネル出口となるここは、モンスターのキルゾーンと化していた。



 それから実に1週間。

 トンネルより現れるモンスターを第9師団は狩りつづけた。

 もちろんその間絶え間なくモンスターが現れたわけではない。途切れることもしばしあった。だが長い目で見ればこの1週間モンスターはトンネルから現れつづけたと表現できるだろう。

 繰り返される一方的な殺戮に、隊員たちの間には辟易とした思いが生まれている。

 トンネルから現れたモンスターはこちらにたどり着くこともなく、田んぼや道端にその躯を晒していた。

 警戒されていた幌別駐屯地部隊敗北の原因である大型の個体も、戦車の砲弾を数発撃ちこめば倒すことが出来たため、今のところ懸念材料はない。

 一度に展開できる戦力が限られるため、隊員は交代で休むことが出来るし、既に第6師団も援軍として到着している。

 補給も現在問題ない。政府はガソリンの供給を自衛隊に優先しだしたし、弾薬も各基地から送られてきている。

 モンスターも生き物である以上無限ではない。このままいけば遠からず、戦闘は終わるはずであった。




「暇ですねー」

「……」


 今別から北東に54km。下北半島の北端、大間岬を守備する第9師団第9高射特科大隊に所属する隊員が、そう漏らしていた。

 今もお隣津軽半島にある今別では戦闘が行われているが、津軽海峡を望むここ大間は平穏なものであった。

 彼の所属するこの大隊がこんな場所にいるのは、高射特化部隊の装備では今回の防衛戦に向かないとの判断と、北海道からの飛行モンスターへ有効だとの判断から、海岸警備に回されたためである。

 他にも海岸警備に当てられた部隊は居たが、第6師団が到着すると第6師団隷下の高射特化隊と入れ替わる形で今別へと移動してしまっていた。

 この海岸警備というものも、飛行モンスターの危険性や海洋モンスターが上陸する可能性も考えれば重要な任務なのだが、如何せんこの1週間何事もないため「暇だ」というのが現在偽らざる本心である。

 とは言え、普通そんなことは口にするものではない。

 敢えて聞かなかったことにして、上官は海の向こうへと目を向け続ける。


「はぁ~……せめて飛行モンスターの1匹でも飛んで来れば良いんですけどね」

「不謹慎だぞ!」


 流石にその発言は見過ごせず叱責が飛ぶ。


「でも、こう何もない海ばっかり見てると――ん?」

「どうした?」


 海を指さしなおも不満を漏らそうとした部下が何かに気づき口を閉ざす。

 同じく海の先に目をむけると、海の向こうに黒い影が見えた。


「モンスターか!」

「かなり近くまできています。影がでかい!」

「なぜ気づかなかった!」


 そう言いながら双眼鏡を覗き込む。

 が、何かがおかしい。


「……違う」

「どうしたんですか?」

「近くまで来ているんじゃない。あれは、巨大すぎて影が大きいんだ! 隊長に連絡だ急げ!!」



 モンスターの本州上陸から1週間。

 この日、この世界において大型と称されるモンスターたちが北海道から本州へと侵攻する。

 彼らの知らぬことであったが、この大型モンスターこそ第28連隊を一夜で壊滅させた原因であった。

 それまで大型と思われていた中型モンスターの中でも小型の個体なら十分すぎる火力を持つこの高射大隊も、大型モンスターには十分な火力と言えず壊滅の憂き目となる。


 大型モンスターの出現により、自衛隊の本州防衛作戦は完全に破たんした。

 下北半島のみならずやがて津軽半島にも上陸しだした大型モンスターの前に、自衛隊は次々と戦力を失っていく。

 そして慌てた政府の出した避難指示により東北各地では北海道と同じく混乱が発生。その混乱はやがて南へと伝播していき東日本全土を覆いつくすこととなる。



 東北からはるか南。

 首都東京のど真ん中で、1人の平均的な高校生、黒須阿藍はその混乱に飲み込まれることとなっていく。


内容をまとめきれないなと反省。

次回クロスメモリーです。


東北での戦闘を極力省いてるのは、これまで書き始めると長くなりすぎるため。

構想ではまだまだ戦闘で粘る予定でした。

それはそれで書いてみたい気もしますが、閑話で長く描写を取るのも……


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