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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第2章 冒険者ギルド開設編
53/147

第41話 それぞれに日常

「おばーちゃーん。お昼の定食3人分お願い~ね」

「はいはい。ちょっと待ってね」


 正午を大幅に過ぎた午後2時。

 彦島の冒険者ギルド近くにある1軒の定食屋に、1組の冒険者が遅めの昼食を取るために現れた。

 筋骨たくましい赤毛の女冒険者とその仲間の男冒険者2人のパーティーだ。

 冒険中は食事の時間は不定期になることも多い冒険者だが、町に居る間は一般人とさほど変わらない。そのため、この時間はちょうど昼食を取った冒険者たちがはけ店内は程よく空いていた。

 適当なテーブルに腰かけ水を飲みながらしゃべっている内に定食が運ばれてくる。


「はい。お待ちどうさま」

「お、きたきた」

「今日は何だ?」


 定食という日本では一般的な食事の提供形態は、大陸においてあまり見られない。

 米をパンに置き換えたとしても、パン、スープ、主菜、副菜を一セットにして提供するということはなく、それぞれのメニューを単品で頼み自分で組み合わせることが当たり前だ。

 多くの冒険者が日本に渡り初めて体験した定食であったが、手ごろな値段で素早く提供されるこの形態は大いに受けていた。

 何より注文で悩まなくて良いというのも大きい。


「今日は豚肉が安く手に入ったからポークソテーにしてみたよ。スープはゴボウのクリームスープ。いつも通りご飯のお替りは自由だからね」

「ゴボウ……」


 日本に来て初めて嗅いだゴボウの土臭さを思い出し男の1人が眉をしかめる。

 あの匂いが気になり今まで手を付けたことはない。

 仲間2人は薄切りしたゴボウを揚げた物が酒に合うと好んでいるのだが。

 おそるおそる匂いを嗅ぐと、やはりゴボウ特有の土臭さがある。

 出来れば飲むのは遠慮したいのだが、


「……」


 すぐ隣で心配そうな顔でこちらを見る老婆にはとてもそんなことは言えそうになかった。


(ええい!)


 仕方なく意を決しスプーンを突っ込むと一思いに口にする。


「…………お?」

「ど、どうだね? 匂いはあるかもしれないけど、味は甘くなるようにしてあるんだが……」

「大丈夫。これならいけますよ!」


 その言葉を裏付けるように次々とスプーンを皿と口の間で往復させるその姿に、この食堂で料理を作る老婆はホッと胸をなでおろす。


「ゴボウは体に良いからね。いっぱいたべてちょうだい」


 冒険者ギルド開設前のことである。

 当時大陸から派遣されていたエドモンド・ルマジャン・マルデーラに、様々な料理や酒の試食試飲をお願いしていた頃、この老婆もそれに参加していた。

 その際彼女は、冒険者が体を使う職業だからと体に良いとされる材料を使った料理を色々と提出し試してもらっている。

 しかしどれも素直に美味しいと言うには癖のある物ばかりで、エドモンドからは、


「冒険者にとって食事はまず腹を満たすことが第一。次に、美味い物を食べ楽しむ。そう言った物なのです。体に良いとおっしゃいますが、病人でもないのに好き好んで食べはしませんよこんな物」


 と手厳しく言われている。

 真っ向から否定され、結局店では味付け優先の料理を作ることになった彼女だが、今でも当初の考えを捨てたわけではない。

 こうして色々と工夫を重ねながら何とか体に良い物を提供しているのだ。


「スープもお替りして良いからね」

「ありがとうございます」


 男がスプーンを口に近づける時、鼻の息を止めていることに気づかないまま老婆は上機嫌でそう言った。


「あ、そうだ。今日はカボチャのプリンもあるんだよ。デザートにどうだい?」

「お、いただこうか」

「俺も1つ注文します」

「私も欲しいーな」

「はいはい。じゃあ食後に3つだね」


 そう嬉しそうに言って、老婆は厨房へと戻っていった。



 食事も終わり、お茶を飲みながら3人は今後のことや他の冒険者のことを話していた。


「コジモのやつは、今度は岡山にいくらしい」

「あの人たちも頑張るーね」

「若手に経験を積ませたいんだろ。ここはそう危険なモンスターもいないし、町も近い。新人育成にはもってこいだよ」

「ビアンカたちは山登りだとさ。水質調査と水源調査って話だ」

「山か~。これから冬に近づくから、あんまーり行きたくないね。でもさ、何でビアンカそんな依頼受けたんだろ?」

「あいつのとこのエヴァルドはブネー河の神の神官だからな。水の調査にはもってこいだな」


 ブネー河はラグーザ大陸東部を流れる大河である。


「あ~やっぱり神官いた方が便利かなー」

「適当な奴いたら引っ張りこむか?」

「まあ良い奴がいたらな。で、これから行く場所は……なんったっけ?」

「えっと……あ、依頼書宿に置いてきたわ」

「まあいい。どうせ出発は明日だ。今日中に準備を済ませてしまおう」

「あ、そう言えば私あれ買いたかったんだ、双眼鏡!」

「バカか! 高いだろうそんな物!」

「え~? 便利だよあれあると」

「と、とりあえず。必要な物買いに行こうか」




 中国地方を東西に走る中国山地。

 その中で広島県と島根県の境界近くのとある沢。


「どうかしら?」


 手に掬った川の水をジッと見ている仲間に、横に立つ女が声をかける。

 バンダナをまいた金髪の小柄な女性だ。

 腰にショートソードを差し、腕を組み仲間の様子を覗き込んでいる。


「――うん、この辺りならどうにか飲用できそうだよビアンカ」

「そう。じゃあもらっていた資料より随分下流まで川が綺麗なようね」


 神霊術により水の調査を行っていたエヴァルドの言葉に、リーダーであるビアンカはそう口にする。

 クエストを受けた際に、この川に関する資料をもらっていたのだが、記録にあるより随分浄化されているようだ。


「人の手から離れたからじゃないかな? 自然の回復力で浄化は進むから」

「そうよねー」


 町中――日本に限らず大陸も含め――を流れる川を思い起こせば、生活水が混じりとても飲む気にはならない代物である。

 とは言え、その川も人が生活を始める前はこの様に綺麗な川だったはずだ。

 この辺りはもう何年も人が近づいていないということであるから、綺麗になっていくのは当然だと言えた。


「じゃあ、このまま調査を進めましょう。どの道水源まで行かなければいけないのだから、この後もお願いね」

「分かったよ」

「ジャックー! そろそろ行くわよ」


 ビアンカは少し離れた岩の上に立つもう1人の仲間に声をかける。

 スキンヘッドの大男で、調査の間周囲の警戒をしてもらっていたのだ。


「……」

「ジャック? どうしたのよ」


 呼びかけても返事をしない仲間に、ビアンカは首をかしげる。

 口数の少ない男であるが返事もしないというのは珍しい。

 エヴァルドと共にジャックに近づくと、ジャックは川の上流より更に先を見ていた。


「どうしたのよ?」

「あそこ……」


 そう言ってジャックが指さす山頂には、俄かに雲が漂い始めていた。


「雨か……山の天気は変わりやすいから、今日はここまでかしら?」

「いや、雨じゃない」


 ビアンカの言葉を否定したのはエヴァルドであった。


「水の気配が違う。これは……でも、この辺りはこの季節じゃまだ違うはずだって……」

「ちょっと、どうしたの――ん?」


 考え込むエヴァルドを問いただそうとしたビアンカの目の前を白い物がフワリと落ちて行った。




 現在冒険者たちが活動する中国地方。

 この地方には今のところ中型以上のモンスターは確認されていない。

 もちろん発見できていないだけという可能性はあるが、この数年間1度も目撃情報がない以上いないと考えるのが妥当であった。

 今のところ、中型モンスター侵攻地点最西端は岡山県備前市。国道2号を中心とした周辺である。

 すぐ隣には岡山県の県庁所在地である政令指定都市岡山市があるのだが、この中心部にまでモンスターは侵攻していない。



「終わったみたいですね」


 岡山市内。職場にある自席で耳を澄ませていた佐保登紀子は、その音が聞こえなくなったことを確認しそう呟いた。

 先ほどまで聞こえていた砲撃音は途絶え、窓の外からはいつもの街の喧噪が聞こえて来る。


「おや、2曹は初めてでしたか」

「ええ、ここには滅多にいませんから」

「しかしモンスター相手の実践は経験されているでしょう?」

「ここまでの砲撃はまずお目にかかれないわよ」


 同僚の言葉に苦笑しながら佐保は答えた。

 小銃を使った戦闘なら何度も経験しているが、物資不足気味の昨今盛大に砲をぶっ放すような戦闘など、ちょうど1年ほど前に経験した竜王山のゴブリン退治のときくらいである。


「私は基本的に下関で仕事をしていますから、これからも慣れる機会はあるかどうか」

「ま、ここでは風物詩みたいなものです。今程度のモンスター侵攻なら2~3か月に1回。もっと大規模なものなら年に1~2回かな」


 たった今佐保が耳にした砲撃音の正体は、東から岡山へと近づくモンスターたちを自衛隊が追い払った攻撃音である。

 普段冒険者とのやり取りのため下関駐屯地や彦島に居ることが多い佐保は、今の今までこの「風物詩」を体験する機会がなかったのだ。


「風物詩ですか……確かに、市民の混乱もないようですね」


 そう言いながら立ち上がった佐保は、窓の外の街並みに目をやった。

 防衛省統合幕僚監部情報本部冒険者対応室の事務室から見える岡山は平時と変わりなく見える。

 言葉通り混乱の様子は見えず市民も慣れていることが分かった。

 それにしても、と佐保は考える。


(こんなところ何しているのかしら私は)



 過去のモンスター侵攻を経て、現在自衛隊は大規模な再編が行われた。

 大きな点としてまず挙げられるのは、海上自衛隊と航空自衛隊の規模縮小である。

 特に航空自衛隊は燃料や兵器調達の問題から廃止すら検討されたのだが、反対意見によりなんとか存続。しかしながら、各分屯基地は閉鎖され残された基地も3つにまで減らされるなど冷や飯を喰らっている状況である。

 海上自衛隊に関しても同じ問題が発生していたが、海上モンスターへの備えやシーレーン確保などの観点から規模を縮小しつつも存続している。

 独り勝ちになったのは陸上自衛隊だ。

 モンスターの脅威がほぼ陸上に限られるため、これへ対抗するため陸上自衛隊は様々な点で優遇を受けたのだ。

 とは言え、現在の日本で以前の規模を維持できるはずもなく、また生活圏が縮小したことから以前の規模を維持する必要もなくなっているため人員の整理などは行われている。

 更に方面隊が廃止され現在平時の部隊単位は師団までとなった。

 それに合わせて拠点を失った師団や旅団戦力の再編成が行われ、現在の日本は5つの師団が各地に配され、各地の防衛に当たっている。


 ここ岡山には新設された第4師団(旧第4師団は現在第1師団となっている)の司令部が置かれ、東からのモンスターを防ぐ任を担っていた。

 岡山市中心部東の吉井川を天然の掘として利用し、その手前に長大なコンクリートと鋼鉄の城壁を構築。りゅう弾砲や高射砲、ロケット弾さらには燃料や整備の問題から使用をやめた一部の戦車から取り外した戦車砲を改造して各所に設置させている。

 川沿いの大日幡山や妙見山、川向うの大雄山や桂山にも陣地を構築しモンスターに対処。

 また生き残った戦車隊もすべてこの第4師団に集められており、陸上自衛隊に現存する5師団中最大の戦力を保有し、その戦力を以てこの7年の間西日本を護り続けていた。


 この鉄壁の守りにより、岡山は最前線でありながら中国地方で安全な場所とみなされ、九州・四国へと渡らなかった――或いは渡れなかった人々が集まり、皮肉にも転移前以上の人で賑わっていた。

 東日本の大都市が軒並み壊滅している現状、この岡山こそ本州最大の都市である。

 故にこの地を人は「大都会岡山」と呼ぶ。


 また別の呼び名もある。

 この11年、一連のモンスター侵攻から身を挺して人々を守り、戦い続ける自衛隊への国民の支持はかつてないほど高い。

 人々の間では自衛隊を正義のヒーローとみなす風潮は広くあり、その自衛隊が戦い続ける最前線であり、日本防衛の要であるこの地はこうも称されている――「大正義岡山」



(まあどっちもネット上でカッコ笑いが付く類だけどね)


 特に前者の元ネタを知っている佐保としては噴飯物の異名であるが、そうとは知らぬ市民や自衛官の中にはこれを真に受けている者がいるのだから困ったものである。

 ともあれ、日本防衛の期待を一身に背負うここ岡山の第4師団であるが、一方でその在り方に眉を顰める向きもある。

 まず過剰なまでの優遇。

 現在日本で生産・採掘・輸入される物資の内、自衛隊には比較的優先的に必要な物が回ってくるのだが、ここ第4師団は更にそれが顕著である。

 例えば石油。国際生産される石油の内、実に40%が自衛隊に回されているのだが、更にその70%がここ第4師団に渡っているのだ。

 現在最も機械化が進み唯一戦車を保有している最前線なのだから当然だという意見もあるが、自衛隊内からもこれを問題視する声は上がっている。

 元が少ないだけに優遇されてところで大した量ではないのだが、やはり割り当てに不満が出来るのは当然だろう。

 また予算面でもこれと全く同様のことが起きている。

 行政への影響力も問題だ。

 ここ岡山は第4師団の護り無くしては立ち行かないことは周知である。その為、岡山県や岡山市はもちろん周辺自治体も第4師団の顔色を窺うような風潮が生まれている。

 自衛隊を指揮するのは政府とは言え、地方自治体――行政機構が自衛隊の顔色をうかがいながら政治をするというのは健全とはいえない。

 一部では岡山を「軍都」と呼ぶ者もいる。

 また政府にしても、第4師団に対しては甘い部分がある。


(例えばあのミスリルの一件)


 公安の2人から接触があった後に公表されたのだが、やはり自衛隊内には独自に神霊術・神霊力を研究している機関があった。行っていたのは第4師団である。

 研究そのものは違法ではなく、また極秘に行われていたことも特にお咎めはなかった。他の研究と一緒の扱いで処理されたのだ。

 だが、公安の吉田や李の話では、彼らの捜査打ち切りの指示は大陸のベルナス商会への配慮だけではなく、第4師団への配慮もあったということだった。

 あの一件の捜査を進めれば第4師団の一部を処罰しなければならない可能性があったからだという。


 この話が真実であるかなど佐保には分からない。

 だが、この地に職場がある以上、第4師団と関わらざるを得ない上に、公安からも接触を受けている身としてはここに居続けるのは相当に心理的圧迫が強い。


(お願いだから私に要らない情報を与えないでよー)


 とことん冒険者に付き合おうと決意した佐保だが、自衛隊や政府などの面倒事に関わる気はさらさらない。

 だと言うのに、徐々に面倒な方へ引っ張られている気がするのはどういうことだと自問する。

 そもそも、


(こういう部署に、なんで下士官の私が配属されるのよ!)


 防衛省統合幕僚監部情報本部冒険者対応室。

 所属と名前のせいで立派な部署に見えるが、実態は冒険者相手の自衛隊内における何でも屋だ。

 冒険者ギルドとの連絡役から、クエスト依頼の窓口、更には冒険者の情報収集などを行っている。

 とはいえ、情報本部は運営の実態はともかく、本来は防衛大臣直轄の組織。その情報部の中に新設されたこの部署には、少数部署であるが背広組・制服組問わず各所から優秀な人間が集められている。

 更に言えば、制服組の下士官は佐保ただ1人だ。ハッキリ言って場違い感が尋常ではない。


(どーしよーかしら。いっそ、冒険者にでもなろうか。冒険者になって、冒険者側からの自衛隊への窓口とかなら需要あるかも……あーでも神霊術使えないからなれないか。いや、事務職なら関係ないわね……)


 虚ろな表情で窓の外を眺めながら後ろ向きなことを考える佐保。

 その背中に同僚の声がかかる。


「佐保2曹。室長がお呼びです」

「!? 了解です。佐保2曹、ただちに出頭します!」


 刷り込みとは怖いもので、反射的に敬礼をし答える佐保の姿に、室内の背広組から失笑が漏れる。


「――では、失礼します」


 恥ずかしさに顔を赤く染めながら佐保は部屋を後にした。


ネットは一応九州・四国限定で生きている設定。


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