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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第2章 冒険者ギルド開設編
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第35話 繋ぐ者   クエスト『男爵の求める華』1

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ングングング」


 息を整えながらベッドから起き上がると、男はテーブルの水差しからコップも使わずそのまま水を口にする。

 ぬるいただの水であるが激しい運動後の火照りきった体には、甘露のようであった。


「……ふぅ」


 口元からこぼれた水を拭いつつベッドを見やる。

 ベッドの上では、その長い髪を汗で素肌に張り付かせたままの1人の女がグッタリ横たわっていた。

 そのだらしなく弛緩した姿と、部屋に充満する汗と精臭が、先ほどまで行われていた2人の行為の激しさを物語っている。

 力なく息する女に、手にした水差しを向けながら男が言った。


「お前も飲むか?」

「……コップについで」


 その言葉に小さく舌打ちするが、テーブルに置いてあった陶製のコップに水を注いでやるとそのまま女に手渡す。

 気だるそうに身を起こし、髪をかき上げながら、コップを受け取るとグイッと一気に水を飲み干しフゥっと大きく息を吐き出した。

 仕事柄仕方ないとはいえ体に付いた汗や体液が気になってしかたない。早く落としたいところであるが――そう考えながら、ベッドの端に腰を降ろした男に皮肉気に言う。


「まったく……1晩買うっていうから、もっとゆっくりするんだと思っていたのだけど……」

「しばらく山に籠っていたせいで久々だったからな。抑えが利かなかった」


 女の皮肉にも動じずそう言った言葉に、女の方が興味を覚える。


「山に?」


 改めて、今自分を抱いていた男の体をまじまじと見直す。

 年のころは30代中ごろ。無駄な贅肉など1つもない引き締まったからだにはいくつもの傷痕がある。

 山に籠るとなるとまず思い浮かぶのは猟師などだが、果たして猟師に刀傷など付くであろうか。


「クエストだ。ここ数か月アーモルト山に挑んでいた」

「ああ、冒険者なのね」


 アーモルト山はラグーザ大陸東部中央南部にあるコモロ山脈の一角を成す山だ。

 山脈の中では比較的低い山で山頂まで既に征服されているが、前人未到な部分も多く、その登頂ルートも確立されているわけではない。

 そんな山に入るなど地元の猟師か冒険者くらいなものであろう。


「で? 少しは落ち着いたかしら。時間はまだまだあるけど、ちょっと休ませて欲しいわ。さすがに体が――」

「いや、もう十分だ」


 男の言葉に内心で喜ぶが、次の言葉にげんなりさせられることとなる。


「少し話がしたい」

「……何かしら?」


 寝物語――という色気のあるものではないだろう。


(身の上話とかかな)


 偶にいるのだ。せっかく女を買っておきながら、ほとんど抱くことなく会話することを求めてくる男が。

 話応えのある相手ならそれもまた良いのだが、たいていは拙い喋りを一方的にするだけで終わってしまう。

 肉体的には疲れないので楽そうだが、相手の機嫌を損ねないよう聞き役に徹することは女にとって少々億劫なことであった。

 しかしこれも仕事である以上仕方ない。今晩はこの男が自分を買っているのだから。そう割り切りつつ、ベッドにうつ伏せになると肘をつき手の甲に自分の顎を乗せ男を見る。

 そんな女の、濡れ羽色の黒髪に手を伸ばしながら男が言った。


「お前が日本人だというのは本当か?」




 日本がこの世界へ転移して5年ほど経った頃の話だ。

 モンスター侵攻も取りあえず終結し、日本人の大半が九州四国へとその生活圏を移しつつある混乱期。徐々に日本が閉塞していく中でとある事業者がその動きに抗おうとした。

 商品を人件費の安い海外で生産し国内で販売するというやり方で、小さな販売店を1代で大企業へと成長させた販売業界の雄である。

 転移により海外の生産拠点を全て失い誰もが終わったと見なしていた人物だったが、それで折れるほど軟な人間ではなかった。

 彼は日本政府を巻き込み、この世界との交流事業を推し進めたのである。

 大陸との関係強化の必要性は認識していた政府だったが、国内の混乱を収めることに手いっぱいであったため、この事業は渡りに船であった。

 募集に応じた140名ほどの日本人は、大陸へと渡り現地での生活やロデ語を習得しつつ、様々な交流事業を行うこととなっていた。

 が、大陸に彼らが渡りわずか2か月の間に5人もの日本人がモンスターに襲われ、或いは物取りなどに襲われ命を落とすと途端に政府は事業に二の足を踏みだした。

 その上、肝心の事業主も辛労が重なったためかその直後に死亡する。

 ワンマンであった彼の周りにはイエスマンしか残されておらず、彼が何を考え事業を行っていたかも見えぬまま迷走。会社は倒産へと歩んでいくこととなる。

 その中で事業も中止となり、大陸に渡った日本人の多くは帰国することとなった。

 しかし、中には大陸にとどまることを決意した日本人もおり、その彼らは日本の大陸での出先機関と定期的に連絡を取ることを条件に留まることを日本政府に認められたのだ。

 留まった日本人は約30名。その後連絡の途絶えた者もいるが、現在20名ほどの日本人が半年に1度の日本との定期連絡を続けつつ大陸で生活をしていた。

 大鷹観鈴26歳。彼女もまた、そんな大陸残留組の1人である。



 ここカンエルは、大陸を北部へと流れる大河の1つニウリ川中流にあるに川港街である。

 ニウリ川水運で栄える街で、行商人や近隣の町村の出稼ぎ人、冒険者などが大勢この川港を訪れていた。

 そう言った者たち目当ての店も数多くあり、売春宿も結構な数が存在している。


「入って。何もないけどね」


 そう言って彼女は、裏町にある自宅へ男を招き入れた。

 娼館街と言われる一画から少し離れたこの辺りには、あまり裕福でない者が大勢くらしており、観鈴の仕事仲間も近くに大勢暮らしている。

 しかしこの時間彼女らのほとんどは仕事時である。そのため周囲は人の気配が少なかった。


「……」


 観鈴の後ろに付いて彼女の家へ入り、ランプの明かりに照らし出された室内を見回す。

 粗末ではあるが掃除はきっちりされているらしく、不潔な印象はない。

 部屋の中には荷物は少ない。簡素な木製ベッドに同じく木製のテーブルとイスが1つ。その他家具と呼べるものは小さなタンスがあるだけだ。

部屋の隅には初めて見る薄茶色の紙の箱が2つと、木箱が1つおかれている。

 竈には珍しい陶器製の鍋が置かれ、周囲にある壺や瓶は水や調味料の類が入れられているのだろうか。


「随分裕福な暮らしだな」


 部屋を一通り観察した男がそう言うと、ランプをテーブルに置いた観鈴は隅の木箱をテーブルのそばへと運びながら答える。


「娼婦としては破格でしょ?」


 街の一般住民ならばともかく、娼婦が小さく粗末とは言え家具付きでこれだけ物持ちの独り暮らしをしているなどまず滅多にない。

 高級娼婦ならばともかく、観鈴がいる娼館で働く娼婦はごくありきたりな存在である。

 大半は仲間数人での共同生活をおくるものだ。


「取りあえずお客様だし、そっちのイスに座って」


 そう言いながら、観鈴は場所を動かした木箱の上に腰を降ろした。

 家の主がそう言う以上、男は遠慮する気などない。

 空いたイスに座ると、観鈴とはテーブルを挟んで向かいわせになる。


「お前は……借金はないのか?」

「ええ。蓄えもないけどね」


 何を勘違いしたのかニヤリと笑いながら言った観鈴の答えに、男は困ったなという顔で考え込んでしまう。


「えっと……クロードさんだっけ」

「クロード・ナヤガル・オベールだ」

「ナヤガル……? 知らない地名ね」

「大陸の南方の小さな町だ。それより良いのか?」

「え?」


 クロードの言葉に観鈴は首をかしげる。


「見ず知らずの男を家に連れ込んだりしてだ。不用心だな」

「……ま、店でするような話じゃないから。家に案内しても金目の物なんてないから気にしないわ」

「それだけじゃないだろ。ここで俺がお前を襲ったらどうする気だ?」

「既に金で1晩買っているのに?」

「むっ……」


 笑いながら指摘を受け、言葉を詰まらせる。

 確かに既に一晩買っているのに、わざわざ襲うなど意味のない行為だ。


「それに、店長には話してあるから。何かしたらギルドに通報が行くわよ」

「それは怖いな」


 ランプの灯りの中、机で向かい合いそんな会話を交わすうちにお互いに緊張も警戒も解けていく。

 観鈴がクロードを家まで連れてきたのは、自身が語った理由の他に実際に危険は少ないからだろうと踏んでいたからだ。

 彼女の働く娼館は、この街では真っ当な部類の娼館である。その客層もそれに合わせるかのようにそれなりに真っ当な層が多い。

 勿論客の身元調査などやっているわけではないので嘘をつこうと思えばいくらでもつけるのだが、そこまでして観鈴に接触する理由が思い当らなかった。


「しかし困った……」

「何が?」

「お前に借金でもあれば、金で釣ろうと考えていたんだがな。日本人がこんなところで娼婦なんぞやっているんだ。借金でも背負っていると踏んでいたが」

「それは……お生憎様ね」

「しかし、借金もないならなぜ娼婦など?」

「それをあなたにいう理由はないわ」


 それが単なる興味本位の質問だと看破した観鈴は、クロードの質問につれなく返す。

 クロードも深く詮索する気などなかったのか、それ以上は重ねて尋ねようとはせず、黙り込んで何やら考え始めてしまった。

 当てが外れてどう切り出したものか考えているのだろう。

 それに気づいた観鈴は、仕方なく彼女の方から話の端を開いた。


「それで、私に何をしてほしかったの?」

「――依頼は大したことじゃない。俺を日本に連れて行ってほしい」

「はぁ!?」


 クロードの言葉に思わず呆れた声を上げてしまう。

 この目の前の男は世情に疎いのだろうか。


「知らないの? 日本には今冒険者ギルドの支部が出来ていて冒険者なら1人でも行けるわよ。商人だって以前より大勢渡っているようだし」


 カンエルはその水運により河口の港町に通じ、そこから各地の港との繋がりがある。

 そのため各地の情報は比較的早く入ってくるのだ。

 更に娼婦をやっている観鈴の耳には、客が漏らす情報が色々と届く。


(しばらく山に籠っていたそうだけど、ギルド開設の話は去年から出回っていたのだけど……)

「それは知っている。だが、俺のクエストには日本人の協力がいる」

「どういうこと?」

「俺の用があるのは、日本人の普段の生活圏の方だ。冒険者がそちらへ入国するには、最低条件として日本語が話せるか日本人の同行が必要になる」

「あ、なるほど」

「そして、俺は日本語が話せない」


 ムスッとした表情で語るクロードの彫の深い顔をジッと見ながら、観鈴は今の話を頭の中で吟味する。

 彼が自分の元へ来た理由は分かった。しかし、なぜ自分なのかなど腑に落ちない点がある。

 大陸に居る日本人は彼女だけでなく、そしてその多くはここからずっと東にあるタンゲランの街を中心にトラン王国で生活をしている。

 それに対して、彼女はおそらくタンゲランから最も遠く離れた日本人の1人だろう。トラン王国からわずかに2つ隣の国であるとはいえ。


「他に人が居なかったからだ」


 観鈴が疑問をぶつけると、クロードはそう答えた。


「順番がバラバラだな。最初から説明しよう。事の始まりは半年ほど前だ。大陸南の――」




 大陸南方やや東には、大陸でも最大規模の平野が広がっている。

 気候は温暖で、水量の豊かな河が何本も北から南へ走り豊かな大地を形成していた。産物は豊かで人口も多く、大陸でも上位に入る優良地方だ。

 現在この地はジャンビ=パダン連合王国の飛び地として、派遣された総督によって治められている。

 凋落を続ける連合王国の要といえる領地であり、この地を守るため総督には王族の者で優秀な人物が派遣され、更には大幅な裁量権が認められていた。

 さて、11年前のタンゲラン沖海戦での敗北の後、各地で独立が相次ぐとこの周辺も俄かにそういった機運が高まっていた。

 その流れに対して、当時の総督は本国の意向を無視し、大平野周辺で独立を模索する勢力へ接触し逆にこの独立を承認したのである。

 彼は大平野周辺部を親連合王国国家で固めることで、その外からの盾にしようと考えたのだ。事実、周辺部地域の独立は認めながらも、平原内部での独立勢力は徹底的に潰されている。

 本国からは激しく非難された方針であったが、目論見は成功し現在もこの大平原は連合王国を支える要として生き続けていた。


 その独立した国々の1つにバム公国という国がある。

 大平原の東部に位置した国で、コモロ山脈の端が領内にありその森林資源、更には領内で岩塩が採掘されその輸出で栄える国だ。

 今から約半年前。そのバム公国のとある貴族の屋敷に、クロードは居た。



「時期が悪うございました。もう少し早い時期でしたら庭は旦那さまご自慢の花々で、それはもう美しゅうございましたものを。旦那様自ら手入れをなされておいでで、まさに必見でございます。逆に冬になれば冬にしか咲かぬ花という物がございましたが、なにせ秋は長く冬はとても短いですから。よくよく時期が合わないことには見られぬでしょう」

「なるほど」


 館の廊下を案内しながら、窓から見える庭を熱心に紹介する使用人の言葉に、クロードは気のない相槌を打つ。

 草木を愛でる趣味の無いクロードにとって、庭の草花の説明も心惹かれるものはなかった。

 冒険者として旅をしていれば様々な自然に出会う。こんな庭の草や花など――とそんな気持ちもあるのかもしれない。


「さ、着きました。他の冒険者の方々もこちらの広間におられます。旦那様が来られるのでしばしお待ちください」


 そう言って広間への扉を開いた女使用人は、頭を下げクロードに中に入るよう促した。

 クロードが中に入ると、広い部屋に冒険者たちがいた。ある者は屋敷の使用人から受け取った飲み物を啜り、ある者は床に座り込んで武器の手入れをし、ある者は仲間と話し込んでいる。

 ざっと30人ほどであろうか。

 その内の何人かはクロードも顔見知りであり、彼に気が付くと手を上げて「よっ!」と挨拶をしてきた。


(競合クエストだと説明は受けていたが……)


 まさか30人が全員ソロということはないだろうが、それでもソロを含め10組近い冒険者パーティーがいるだろう。

 ギルドで今回のクエストを紹介された際にはせいぜい2~3組だと想像していたクロードの予想は外れたこととなる。


(取りあえずは、クエストの話を聞いてからどうするか考えるか)


 知り合いに挨拶をしながら、壁際へと歩き背を預け依頼主である貴族の到着を待つ。

 クエストの概要は既にギルドで聞いてはいるが、その詳細や報酬についてはこの場で直接聞くこととなっている。

 割に合わないと思えばそこで断ればいいのだ。

 目を瞑り時間が過ぎるままに待つこと20分ほど。ようやく依頼主である貴族が到着した。


「ムッホン! いや、よくぞ来てくれたな諸君。ムオッホン!」


 執事を連れ広間に現れたのは、豪奢な絹の装束でその肥えた身を包んだ中年の男性であった。


「私が、この屋敷の主、ムッホン! エルネスティ・ライエン・ホラッパ=プレア男爵だ。ムッホン!」


 何度も咳払いしながら自己紹介するプレア男爵に、きっと太り過ぎて息苦しいのだろうとクロードは冷めた目で見ていた。

 どうやらこの豚が自分らの依頼主らしいと認識すると、冒険者の間にはなんとも言えない空気が漂い出している。

 そんな空気も気にせず、男爵はホッホと息をしつつ笑顔のまま話を続ける。


「さて、私もあまり時間がない。オッホン! 手短に話そう」


(無駄話をしないのは好印象だな)


 そう内心で呟くクロード。


「諸君等には、探し物をしてもらいたい」


 今回ここに集まった冒険者が受けたクエストは調査・捜索エストである。

 依頼主が望む物を、各地を駆け回り探し出し届けるとうクエストだ。

 物によっては大陸中を探し回る羽目になるのだが、たいていの依頼主はこの様に裕福な貴族が多いため、高額報酬であることが多い。

 屋敷のあるライエンの街を中心にこの辺りを収めるプレア男爵は、領内で採れる岩塩の輸出で非常に裕福であり、報酬には期待が持てた。

 さて、その男爵が探す物とは――


「ムホン! すでに、聞いておるだろうが、それは――草花だ」


クエスト開始。

クエストは2~3話で終わらせたいです。

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