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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第2章 冒険者ギルド開設編
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第33話 基本は足

 彦島の冒険者ギルド日本支部会館には、昨日到着した大陸からの冒険者の第二陣がクエストを求めて殺到していた。

 重要性を鑑み、方面支部でもない1支部としては破格の大きさである日本支部会館だが、今回来日した第二陣40人と、最初に提示されたクエストを終えた第一陣の者たちが一度に押し寄せては収容限界を超えてしまう。

 そのためギルド側は、第二陣の冒険者パーティーに対しては、リーダーのみ来館するように伝え、少しでも混雑を避けようと努めていた。


「ま、日本で最初に受けるクエストは選択の自由がないからな。全員で押しかけてクエストを決める必要もない」

「そういえば、俺たちも最初に受けたクエストはギルド側から決められていました。なぜなんですか?」


 コジモの言葉に、先日終えたばかりのクエストを思い出しジャンは首をかしげる。

 自分たちが冒険者となり始めてクエストを受けたときですら、選択肢はあった。それがここに限っては、初回のみその選択肢がないのは気になることである。

 そのジャンの疑問に答えたのはカレルであった。


「それは昨日言っていた件と関わっている。……コジモがクエストの受付に行っている間に説明してあげよう」

「それじゃ頼んだぜカレル。受付も混んでいるみたいだから少し時間がかかりそうだ」

「ああ、任された」


 コジモが受付に向うと、カレルは新米4人を連れてギルド内のある部屋へと向かった。

 ある程度の規模のギルド支部内には必ず設けられている資料室である。

 資料室、とは言っても置いてあるのは主に地図だ。

 冒険者に限らず旅をする者にとって地図の有無はそのまま旅が上手くいくかどうかに直結している。主要な街道ですら、案内の類はほぼ存在しないのだ。ちょっと道からそれてしまえば簡単に迷ってしまうことになる。

 正確な地図はなにより価値のあるもので、ギルドではその地方の地図を多数所有し、冒険者たちに閲覧させているのだ。

 資料室を作るスペースすらない小さなギルド支部でも、地図は用意されており冒険者が望めば閲覧させている。

 クエストの内容を伝える際にも、地図が必要なことは多い。それだけ地図は冒険者にとって必要であり馴染みあるものであった。


 5人が部屋に入ると資料室には既に何人もの者冒険者たちが地図を広げ、目的地の確認や周辺の把握をおこなっていた。

 大まかに道のりを書き写している者もいれば、一生懸命地図をにらみ頭に叩き込もうとしている者もいる。

 部屋の中には取り出した地図を広げたり畳んだりする音と、パーティー仲間が道順などを相談しあう声が満ちている。

 どの冒険者の顔も真剣で、誰一人軽口をたたいている者はいない。


「……」


 その雰囲気に新米4人は呑まれてしまう。

 大陸でのクエストの行動範囲がタンゲラン周辺や既知の場所ばかりであった4人は、資料室には、冒険者になった際に案内されて以来行ったことがなかった。

 それだけに、こんな真剣な冒険者たちの様子は初めて見る。


「4人とも、こっちに着なさい」


 入り口で茫然としていた4人を、中に入ったカレルが呼ぶ。

 自分たちが出入りの邪魔になっていると気づいた4人は、恥ずかしそうに小走りでカレルの元へと向かう。


「なんか、みんな目がマジっすねカレルさん」


 きょろきょと周囲を見ながら、ラファエルがカレルに話しかける。


「道の選択は旅の安全に直結する。真剣になるのは当然だよ。もっとも――」


 と、1度言葉を区切りラファエルと同じく周囲を見て、言葉を再びつなげる。


「皆初めての土地なので殊更真剣になっているようだね」

「それで、カレル。昨日の話の続きとさっきのジャンの質問の話をしてよ」


 ジゼルがそう急かすと、カレルは分かっているよと頷き、いくつかの地図を手にすると周囲の邪魔にならないよう端の方にあるテーブルにそれらを広げて見せた。

 いくつか広げられた地図は、大陸ではよく見かける手製の地図もあったが、初めて目にする非常に精巧な地図や、色々な絵の描きこまれた大雑把な地図など様々な種類があった。

 その1つをカレルは指さす。


「この地図がどこを描いているか分かるかね?」

「これは……日本、ですよね」

「そうだジャン。これは日本の中国という地方の地図だ。今ギルド側が冒険者の活動を認めている地域だよ。ここにある島が今我々の居る島だ」


 そう言ってカレルの指さした彦島は、中国地方全域が載った地図で見ると本当に小さく、そしてもっとも西の端に位置していた。

 彦島を指していたカレルの指は、そのまま東の下関市内へと向かい、そこから北へと進んでいく。海沿いに北へと進む、やがて山の間を抜けるとそこで指が止まった。


「ここが、先日まで我々がクエストで行っていた川棚の辺りだ」


 彦島からは距離にして30kmほど。その気になれば徒歩でも1日で行ける距離だ。

 その場所に、彼らはつい先日まで滞在していた。もちろん、クエストのためである。


「さて、私たちはそこで何をしていたかな?」

「温泉!」


 川棚はこの地方でも有名な温泉地である。

 転移後本州の観光業は実質壊滅していたが、温泉その物が無くなっているわけではない。


「……間違ってはいないな」


 ラファエルの言葉に一瞬考え込んだカレルだが、特にそれ以上何かいう事もなく、他の3人に目を向ける。


「クエストということですよね? 現地のモンスターの生息域調査だと思っていたんですが」

「そうだな。それも確かに行っているが、正確には少し違ったはずだ」

「確か……地域調査でしたか?」

「その通り。モンスターの調査はその一環でしかない。君とミシェルがコジモと山のモンスターを探している間、私はこの2人と街で色々と聞き込みをしていたのだ」

「あらあら。てっきり、別の場所でモンスターを探していると思っていましたわ」

「すまない。私たちも思ったほど余裕がなく、説明を怠ってしまっていた」

「私も、実際に初めて日本語で日本人と話して、慣れないから気疲れしてて帰る時は喋る余裕なかったからね~」


 ラフィはああいう性格だしな、と思ったところで、ジャンはあることに気づく。


「もしかして、行き帰りに道を何度も確認しながら進んでいたのは――」

「あれも道と周囲の確認だ。でなければ片道に2日もかける必要はない」


 思った以上に色々考えてあるのだとジャンは改めて感心する。

 自分はといえば、行きはまだ元気であったが慣れない環境でいつも以上に疲労し、モンスターの調査ではただコジモに付いていくだけで精いっぱいであった。

 やはりコジモやカレルに組んでもらって良かったと感じている。


「さて、昨夜の話だ。冒険者ギルドが新しい地域に開設された際は、まず今回の様なクエストが大量に用意されるのだよ」

「調査クエストですか?」

「そう。しばらくは他のクエストの募集をせず、その新しいギルドが管轄する地域の実態調査だね。モンスターの生息地域やその種類。町の場所や街道の把握。動植物や自然環境の調査もだ。そしてある程度管轄地域の把握が済むと、ようやく通常のクエストが提示され始める」

「じゃあしばらくは、似たようなクエストばかりなのね?」

「そうだね。クエストの内容自体は同じだろう。想定される危険性や距離で、難易度が変わっているはずだよ。ちなみに、前回私たちが受けたクエストは難易度がもっとも低い」

「……俺たちが新米だからですね」


 少し気落ちしたジャンの言葉に、カレルは黙って頷く。

 それが事実であり下手に慰めても仕方のないことだからだ。

 だがカレルも、ジャンを落ち込ませたくてこのことに触れたわけではなかった。


「このことが、先ほどの最初の1回のみギルドから提示されるクエストが固定されている理由に関わってくる」

「どういうことかしらぁ?」

「新たに開設されたギルドでは、冒険者たちにも土地勘がない。そのため、その地域でのクエストの実感難易度が把握し辛いのだよ。だから、こういう場合は冒険者の実力に見合った難易度のクエストをギルドで決めてしまう。まあ、新規開設されたギルドには冒険者が押し掛けるから、それらを確実に捌くためという理由もあるだろうがね」

「でも、カレルさん。それおかしくないっすか?」


 カレルの説明にラファエルが疑問を挟む。


「ギルドはその地域を把握するために冒険者にクエストをさせるんでしょ? なのにどうして難易度とか設定できるんっすかね」

「あらあら……」

「ラフィ――あんた何鋭いこと言ってるのよ。雨でも降ったらどうする気よ」

「ひで~!」

「ま、まあまあ。でも、確かにその通りだね。どうなのですかカレルさん?」


 心外そうに憤るラファエルを宥めつつ、ジャンもラファエルの疑問に賛同してみせる。

 確かにおかしな話だ。

 しかし、カレルもその辺りは想定内だったようで、慌てることなく説明を始めた。


「確かにその通りだ。実はギルド側も、不確かな情報を基に難易度を設定している。だから、安全地帯だと思って若手に任せたクエストが、行ってみればヒドラの巣でしたということもありうるわけだ」

「……もしそうなったらどうなるんですか?」


 日本にヒドラがいるのかはジャンには分からないが、仮にヒドラなどに出くわした場合、新米4人という足手まといが一緒ではベテランのカレルとコジモでも逃げ切れないかもしれない。


「その時は、運が良ければたすかるだろうね」

「……」

「まあ、コジモが妙なクエストに当たらないことを願っていなさい」




「んじゃ、このクエストにしようか」


 そう言って、コジモはいくつか提示されたクエスト依頼書の中から1つを直感で選び受付へと渡す。


「えっと、『ナガト―ハギへの海岸沿いルートの確認及び周辺調査』ですね。これですと、前回のクエストで向かった場所から更に北へと進むことになります」

「ああ、だから選んだんだよ」


 そのコジモの言葉に、冒険者ギルドのクエスト受付職員は少し考え込む。

 クエスト受付はギルド内において重要な仕事であり、同時に難しい仕事であった。

 数多くの冒険者の経歴や実力・スキルを把握し、またギルドが抱えるクエストについても把握し、その2つを上手く組み合わせる必要があるからだ。

 下手なクエストを提供すれば、冒険者の不興を買うこともある。それならばまだしも、提示したクエストが不釣り合いで、クエスト中に命を落とす事態もおこりうる。

それだけに受付にはギルド内でも能力のある職員があてられる。


「……コジモさんの実力なら、こちらの『アキヨシダイの調査』をお勧めしたいですね。ここ秋吉台には洞窟もありまして、実力のある冒険者を派遣したいところなのですが」

「おいおい、うちは新米4人も抱えてるんだぞ?」

「あ、そうでした! ついうっかり」

「そんなんじゃ困るぞ……大丈夫なのか?」


 受付を任されている以上、このコジモの目の前の男もそれなりに能力のある人間のはずであった。

 しかし、そんな人物が犯すミスにしてはあまりに初歩的な見落としである。


「実は開設からこっち碌に休暇も取れなくて――ようやく第一陣を全員捌いたと思ったら第二陣の到着でしょう? その上、コジモさんたちが戻られたという事は、近場に出向いた方たちもこれからどんどん戻ってくるでしょうし」

「あんたも大変だな」


 ゲンナリとした顔で語る受付の男に、コジモは同情の視線を送る。

 とは言え、冒険者たちもクエストを受けなければ生活が出来ないのだ。大変だからと言って休んでもらっては困るし、また適当なクエスト提示をされても困る。


「とにかく、今俺の選んだクエストを引き受けさせてもらう。事前説明なんかはこの前と同じでないはずだよな?」

「ええ……確かここに……」


 そう言いながら、受付の男はカウンター内側にある書類棚を漁り目当ての者を探す。

 クエストに関する書類が無数に収められた引出をかき回し、ようやく目当ての物が見つかったようだ。


「はい。こちらがクエストの指示書です。前回と同じく、これが証明書にもなりますので、宿で見せれば宿泊を認めてくれるはずです。もしこの国の軍隊に誰何を受けた場合もこれをまず見せてください」

「分かった。――そういや、1つ聞きたいんだが」

「なんでしょうか?」

「目的地に行き帰りで野宿してな、その時に近くに空き家があったんだが、あれは本当に使っちゃまずいのか?」


 冒険者だけではないが大陸では旅の途中、偶然近くにあった空き家で一夜を明かすとうことはままあることである。

 運よく空き家に出くわすこと自体が少ないが、あるのならば野宿するよりも屋根の下で休めるに越したことはない。肉体的も精神的にも良いからだ。

 しかし現在冒険者たちには、ギルドから勝手に空き家に入らないように指示が出ている。


「前回、うちの新米共が結構まいっちまってな。出来れば野宿の時くらいは屋根の下で休ませてやりたいんだよ」

「なぜでしょうか? それほど困難な道だったとは思えませんが。綺麗に舗装もされていますし」


 その疑問にコジモはそここそが問題だと返す。


「ああいう道だとかえって足が疲れるんだよ。実を言うと、俺も普段より足の疲労が大きかった。歩く速度を落として距離も短めにするつもりだがな」


 なんとかならないかと重ねて尋ねるコジモに、男は渋い顔をする。

 空き家を勝手に使うなというのは、日本の法との兼ね合いからきている。

 冒険者関連法により第一種特別地域とされた中国地方では、いくつかの法律などが停止されているのだが、住居侵入罪はその停止法には入っていない。

 そのため、ギルド側も余計な問題を起こさないようにしているのだ。

 とは言え、あくまで冒険者ギルドは冒険者のための組織だ。

 日本と冒険者、どちらの側に立つべきかと言えば疑う余地なく後者である。


「分かりました。今回許可は出せませんが、上と相談してなんとか使えないか考えてみます」

「そうか……残念だ。まあよろしく頼むよ」


 そう言って、コジモは受け取った指示書を手に受付を後にした。

 その後姿を見ながら、このまま空き家利用を禁止していても、早晩勝手に侵入する冒険者が現れるだろうと思い、彼はさっそく対策をしなければと考えていた。

 と、そんな彼に1人の者が声をかける。


「よろしいかね」

「あ、すいません。クエストの提示です――ああ、あなたでしたか」

「ぼーっとしていたようだが、大丈夫かね?」


 心配そうな顔をする相手に、男は空元気を振り絞り笑って見せる。


「ははは! 大丈夫ですよ。それより、今日はどうされましたか?」

「なに、そろそろ情報が入り出したかと思ってね。どうやら、さっきの彼は第一陣のクエストを終えたようだったしのう」

「ええ。今報告は支部長にまで上がっていますよ。お会いしますか?」

「うむ。迷惑でなければの」


 その言葉に、受付の彼は苦笑いする。

 この日本支部の誰がこの目の前の老人の訪問を拒むだろうか。

 ここがこうして存在するのは、彼のおかげともいえるのだから。


「では、誰かに案内させますよ、コルテスさん」


前回今回と新米4人とベテランを通してクエスト前後の冒険者の様子を書きました。

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