第32話 冒険者たちの風景
「それじゃ、クエスト成功を祝して!」
『祝して!』
リーダーに併せる様に、それぞれが手にしたガラス製の杯を掲げるとガチンとぶつけ合い乾杯をする。
そそがれた冷たいビールを飲み干すと、テーブルに並べられた料理に各々手を伸ばし始めた。
「おいおい、ガラス製なんだから丁重に扱えよ」
ガラス製の杯など滅多に手にすることのない仲間にそんな注意をしながら、自身もテーブルの料理に目を向ける。
注文した料理だが、まずは大陸でもよく食べる揚げ物。小麦粉を付けた白身の魚の揚げ物は一同にも馴染ある物だが、油の質が良いのか変な臭みがない。
それに衣が違う。普通は小麦粉をまぶして揚げるのだが、これは溶かした小麦粉を纏わせた上で揚げているらしい。
大陸では見かけない揚げ物だが、皆美味そうにサクリサクリと音を立てながら食べている。
魚だけでなく様々な野菜の揚げ物もある。
彼はこの小さなピーマン――シシトウガラシ――の揚げ物が気に入っていた。
グビグビとビールを飲みつつ、手掴みで揚げ物を口に運ぶ。
パーティーの面々も馬鹿話に興じながらも料理を口にしていた。
「リーダー。揚げ物ばっかりじゃクドイから、他の頼んじゃうよ」
「ああ、注文は任せる」
「やったー! 店員さーん! こっち、注文」
嬉しそうな声を上げ店員を仲間の女冒険者が呼ぶと、他のメンバーもメニュー表を手に次々と気になる料理を注文し始める。
金のことを言おうかと思ったリーダーであったが、言いかけて止めにした。
クエストも終了したばかりで懐も温かい。それにこの後も連続してクエストを受ける予定なのだ。景気づけに多少羽目を外しても構わないだろうと考えたのだ。
「俺はビールを追加だ」
「了解~!」
そんな軽い返事に苦笑しつつ、穴の開いたイモの様な野菜の揚げ物を口に放り込んだ。
このパーティーを組んだのは日本に来る直前。昨年末のことである。
10代で冒険者となり二十数年の間、パーティーを組んだりソロで活動したりとぶらぶらやってきた彼だったが、他の冒険者と同じく日本の件に興味を引かれ渡海を考えた。
出来ればパーティーを組んで欲しいというギルドの要望により、同じく日本行を考えていた歳の近い知り合いの冒険者と組み申請したのだが、その時ギルド側から若手の面倒を見てくれないかと頼まれる。
信頼出来るベテラン冒険者に、駆け出しの冒険者の面倒を見させることはままあることだ。
強制力はなく断ったからといって罰則もないのだが、引き受ければクエスト提示や報酬、各種サービスなどで優遇されることになる。
若手の面倒を見るのは大変ではあるが、そもそも今はベテランである冒険者たちもかつて駆け出しの頃はそうして上の世代の世話になったこともあるのだ。
それ思えば無碍にはできないと考え、彼は相方の了解を取り付けると、新米冒険者の面倒見を引き受けた。
引合された者たちは、まさしく駆け出しといった冒険者であった。
男女2人ずつのパーティーで、全員が10代。その年に冒険者としてデビューしたばかりで、今のところ簡単なクエストをいくつかこなしただけで、クエストの制限解除も最初の制限がようやく解除されたばかりである。
そんな彼らだったが、日本に関しては他の冒険者と同じく強く興味を引かれ、4人で相談し日本行をギルドに申請した。
ギルドのクエスト制限はあくまで依頼内容によって決まる。それは日本が舞台となるクエストでも同様であった。
日本へ行くこと自体は、例え駆け出し冒険者であろうともギルド側としても止めはしない。そこで駆け出し向きのクエストが存在するかはその時次第にはなるのだが。
とは言え、ギルド側も駆け出しを送り出すことには不安があった。そこで今回、同じく日本行を考えていたベテランを組ませることにしたのである。
「本当に大丈夫なのかい、ロベルトのおっさんよ」
「はははは! まあ駆け出しだからな。何かと大変だろうがよろしく頼むよ、コジモ」
思わず確認するコジモに、タンゲラン支部のロベルトは笑いながらその肩をバンバン叩いた。
「同じような連中は他にも居てな。こうやって信用出来る奴に任せてるわけだ。なぁに、今回向かう日本の地域は強いモンスターもいない。それ以外、宿泊や食事、病院なんかは日本の方が色々と整っているからな。意外と駆け出しにはおあつらえ向きかもしれないな」
「って言ってもな。交流がほとんどない国に行くんだぞ? 大丈夫かね」
「なに。それでこそ冒険者だろうが。それに、意外とお前たちの役にも立つかもしれんぞ。何しろ片言だが日本語を使えるからな」
「なんだと?」
ロベルトの言葉にコジモが驚きながら4人を見ると、おそらくパーティーリーダーなのであろう黒髪の背の低い少年――そう、まだ青年とは呼べない――が一歩前に進み出て答える。
「はい。僕、いや俺たち、日本に行くために全員が日本語を習いました」
「どこでだ?」
「ご存じありませんか? 半年ほど前からベルナス商会が有料で日本語の教室を開いています。教師が日本の者で、最低限の会話が出来るくらいには学びました」
本当か、という顔でロベルトを見ると、彼はその髭面の顔でウムと頷いた。
それを見て、再び4人の若手の顔を見て、コジモは考える。
おそらくここで断られると日本行に影響が出るのだろう。コジモの返答を待つ4人は一様に緊張していた。
やがて、コジモの腹は決まる。
「どうやら、日本に行きたいって熱意は俺よりお前たちの方が強いようだな。俺は日本語を学ぶなんて考えもしなかった」
「……」
「その熱意に打たれたってわけじゃないが……一緒に行こうじゃないか、日本へ」
「本当ですか!?」
「やったー! これで行けるわ!」
「やったわねジャン!」
「ありがとございます!!」
喜びに沸く4人だが、コジモも言うべきことは言わねばならない。
「ただし、パーティーリーダーは俺だ。組んでいる間は必ず俺の指示に従ってもらう。俺も初めて行く地だ、勝手な行動を取られても手が回らん。ダメだと思ったらギルドに押し付けるからな」
「もちろんです」
「足手まといにはなりませんからぁ」
メンバーの1人、栗毛色の女のおっとりした言葉に本当に分かっているのかと首をかしげたくなったコジモだが特にそれ以上は何も言わなかった。
「それじゃ、さっそく顔合わせでもやってくれ。俺の名前で裏の酒場の席を取っておくからよ」
コジモと組む相棒を交え、顔合わせを済ませた一同は日本行を前に2つほど簡単なクエストをこなした。
共に近隣に出てきたモンスター討伐である。お互いを理解するには実戦で共に戦ってみるのが良いというのがコジモの意見であった。
新米とはいえこの1年で討伐クエストもいくつかこなしてきた4人は、目に見えて危なげなところもなく、コジモの指示もよく聞きクエストは無事に達成された。
初めは大先輩ということもあり接し方に硬いところのあった4人も、2つのクエストとその後の打ち上げを通じてその態度も大分砕けたものへと変わっていく。
礼儀は大事だが、同じ冒険者同士でパーティーメンバーだ。あまり他人行儀ではやりにくいことこの上ない。
クエストを通じ互いの距離を縮めた6人は、日本行の準備をしつつギルドからの連絡を待つ。
やがてギルドから日本行第1陣のメンバーに選抜されると、年明け後にタンゲランと日本の福岡という街との間に開通した定期船に乗り一路日本へ向かった。
約10日の航海を終え、博多の港を目にした冒険者たちから驚きの声が上がる。
それぞれに話には聞いていた日本の姿だが、やはり直に目にすると違う。
「いやいや、ルマジャンには負けるさ」
などとしたり顔で言っている普段は西部で活動している冒険者もいるが、それでこの感動が薄れるものではない。
この時、コジモが年甲斐もなく興奮していたことを、後から仲間に指摘されリーダーとしての威厳をちょっぴり損ねたことを記しておく。
船は湾内の埠頭の一画に接舷された。日本行第1陣約100人の冒険者の内、この船に乗っているのは30人ほど。
大型船なので全員を乗せることも可能であったが、日本側の受け入れ態勢の問題もありこの人数に制限されているのだという。
上陸した彼らを待っていたのは日本側が行う入国審査であった。
実際に行われたのは検疫である。最近の病歴や簡単な問診、更に血液検査のための採血。
「冗談だろ!?」
「吸血モンスターでも飼ってるのか日本は!」
血を抜くなどという狂気の沙汰としか思えない行為に、多くの冒険者が難色を示し反発したが、駆けつけた日本駐在の冒険者ギルド員の説得とこれを行わなければ日本入国は認めないと強く主張する日本側に、しぶしぶ従うこととなる。
「さっすが異世界からの国だわ。何考えてるのかさっぱり分からないわね」
「本当ねぇ~。血なんてどうする気かしらぁ?」
「まあまあ2人とも。大人しく従おうよ」
「おい、ジャン。お前は少し物わかりが良すぎだぞ」
「リーダー……」
「せめて、ラファエルの半分くらいは聞き分け悪くなった方がいいぞ?」
「どういう意味ですかー!」
「ちょっとラフィ落ち着いて!」
色々と混乱を起こしながらもなんとか検疫を終えた冒険者たちは、港の区切られた一画に押しこめられたまま用意された簡易宿泊所で一夜を明かす。
ここからの冒険者の入国は認められていません、こんな宿泊所で申し訳ありませんが――そうすまなさそうな顔で説明する日本側の役人であったが、野宿は当たり前、泊まれてもオンボロの安宿ということが多い彼らにすれば十分すぎる宿泊所であった。
久々の揺れない寝床と清潔な寝具で航海の疲れを癒した冒険者たちは、翌早朝再び船に乗り彦島に向かうこととなる。
そしてその数日後、遂に冒険者ギルドの日本支部が開設され、冒険者たちは各々提示されたクエストを引き受け、日本での活動を開始していった。
「それで、リーダー。次のクエストはどうするのですか?」
物思いに耽っていたコジモにジャンが話しかける。
「気が早いな。今くらいは食事と酒を楽しめばいいだろうに」
「ははは……」
そう苦笑いするジャンの杯を見ると、中身はビールではない。
酒に弱いジャンは、果汁で味付けした炭酸水を飲んでいるのだ。
まだまだ子どもか、などと思いコジモもまた苦笑する。
「クエストで回っただけでも、日本というのは気になるものだらけでしたから次が気になっちゃって」
「ふっ……気持ちは分かるな。まあそうだな、明日にでもギルド会館でてきとうに提示されたクエストを取ってくるか」
「そ、そんな感じでいいんですか!?」
「良いんだよ。そもそも、こっちから頼んで提示されるクエストは俺たちに合わせて出されるんだ。あんまり深く考えすぎても意味はないよ」
ギルドで受けるクエストは、掲示されているクエスト案内から選ぶか、窓口でクエスト提示を頼むかのどちらかである。
前者は自分で自由に選べるのだがギルド側はそのクエストが冒険者のクエスト制限に引っかからないかどうかしか調べない。
後者であれば、ギルドの持つその冒険者の情報と照らし合わせ身の丈に合ったクエストをいくつか提示してくれる。
「まあ、それに今このギルドで受けることが出来るクエストは似たり寄ったりだ。危険が少ない上に報酬も悪くない。せいぜい稼せいでおこうや」
「お? そこのおじさん。今の話聞かせてくれるかにゃ?」
そう言って、コジモに近づいてきたのは近くのテーブルで酒を飲んでいた冒険者の1人だった。
筋骨逞しい赤毛の女冒険者だ。
「ん?」
「あたいらさ、第2陣で今日ここに来たばっかりなぁのよ~。今日はもう遅いかーら、明日クエストを受けに行くつもりなんだけど~」
少し酔っているのだろう。どこか口調が怪しくなっている。
あまり関わりたくないなと思ったジャンは杯を手にこっそりその場を離れた。
「酔っ払いは苦手かね、ジャン?」
「得意って人はいるんですかね」
避難したジャンを隣のテーブルで、追加注文した焼酎を飲んでいたもう1人のベテラン冒険者カレルが待ち構えていた。
ネコ科の獣人に稀に見られる特徴的な髭――洞毛に付いた食べカスを指ではじきながら、カレルはジャンを手招いた。
「この先リーダーやってく気なら、ああいうのにも慣れないといけないよ」
「はぁ……」
「あれは情報収集だ。ああやって、他の冒険者からその土地のことやギルドのクエストに関する話を聞くのは大事なことだよ」
「あ、ごーめんごーめん。これ、食べてーよ」
「ちっ、豆じゃねーか。さやから出してもいねーじゃないか」
「まあまあ食べてみぃな。騙されたと思ってぇ」
「どれ……おお! こりゃビールに合うな。塩味も効いていいじゃないか」
「でしょ~」
「金を払う必要はないが、相手の情報を聞き出すのだ。せめて何かお礼をする必要があり、その方が相手の心証も良くなる。こういう場だと料理や、まあ大抵は酒だな」
「つまり酒は飲めた方がいいということですか……」
「飲めなければ飲めないで手はあるさ」
そう言ってジャンの頭をポンポンと叩いてみせると恥ずかしそうな顔を見せる。
こうやって色々冒険者としての在り方・生き方を教えていると、ジャンは素直に聞いてくれるためカレルも教え甲斐を感じるのだ。
ジャンの仲間であったラファエルなどはどこか不真面目なところがあり、コジモはいつも苦い顔をしているが、生真面目過ぎるきらいのあるジャンといるおかげでちょうどつり合いが取れているとカレルは考えていた。
「そう言えばカレル。モグモグ……コジモが受けられるクエストは似たり寄ったりって言ってたけどどういう意味なの?」
先ほど追加注文した鶏のモモ肉の照り焼きに齧り付きながら尋ねたのは、このパーティーにいる2人の女冒険者の片割れ、ジゼルである。
「確かに気になりますわね。どうしてでしょかぁ~?」
おっとりとした口調で、もう1人の女冒険者ミシェルもジゼルに追従する。
「ふむ……そうだな」
ジャンも気になっているのだろうか、2人と同じような目でカレルを見てくる。
ここで説明することも出来るが――と思いつつ、コジモを見やる。
いつの間にか会話に加わっているラファエルと共に、先ほどの女冒険者と情報交換という名の雑談で盛り上がっていた。
「明日ギルドで説明してあげよう。取りあえず、今日はそういう話は忘れて食事を楽しもうじゃないか」
「え……でも……」
「ジャン。楽しむときは余計なことを考えずに楽しむことも大事だよ」
ベテランにそう諭されては反論のしようがない。
ジャンは仕方なく、この疑問を明日まで胸の内に仕舞い込むことにした。
「じゃあ、あたし料理追加~!」
「あ、私は飲み物を。カレルさんが飲まれているお酒が気になりますわぁ」
「蒸留酒だよこれは。イモから作られているらしいが、癖が強いな。他を試してはどうかな?」
「えっと……お金大丈夫ですよね?」
下関市彦島。冒険者ギルドの周辺には、冒険者を見越した飲食店や宿が開店し、そのどれもが大勢の冒険者のおかげでどこも大繁盛である。
今は物珍しさから多くの冒険者が来日を希望し、冒険者ギルドも意図的に多くの冒険者を集めているため賑わっているこの場所も、それがこの先ずっと続くかは分からない。
しかし、転移後この地に住まう人々が感じる、久々の明るい賑わいが今ここにはあった。




