第31話 冒険者ギルド日本支部開設
その日は、どういう日であったのだろうか。
ラグーザ大陸において冒険者という存在が形作られて百数十年。ジャンビ=パダン連合王国の大陸統一事業に併せ、ルマジャン冒険者ギルドによって大陸中の冒険者ギルドが1つに纏まり20年。
いまだ各地に未踏破の土地は残ってはいるが、おおよそ大陸内に真の意味で未知と呼べる領域は失われつつあった。
実体はモンスター討伐から手紙配達まで引き受ける何でも屋である冒険者だが、初期の冒険者がそうであったように、未知の領域へ乗り込み、己の知恵と力でそれを制覇する本当の意味での「冒険者」の姿に憧れる者は多い。
しかし今の大陸においてそれは遠い憧れへとなりつつあった。
「冒険」を求めるならば別の大陸へと渡るか、或いは船を駆り未知の海域へ乗り出すしかない。
だが、他の大陸にはそう簡単に渡れるものではなく、また船を用意するなどほぼすべての冒険者にとっては不可能なことである。
結局多くの冒険者は、かつての冒険者の姿を憧れながらクエストをこなし、何でも屋としての日々を送っているのだ。
もちろん、大陸内に残る未踏破地域だけでもまだまだ「冒険」を望むことはできるだろう。
だが、1度は大陸が統一され東西の交流が活発になり、次々と失われていく未知の領域に冒険者はなんとも言えない寂しさと不安を感じていた。
人は何かを失っていく過程においてこそ強く不安を感じる生き物である。
――冒険者たちの間に、一種の閉塞感が広がりつつあった。
そんな冒険者にもたらされた福音が、冒険者ギルドの日本進出であった。
冒険者はおろか、大陸の人間そのものが殆ど足を踏み入れたことのない未知の島。
異世界より転移してきたという、この世界の国々とは違う発展を遂げた未知の国。
その存在は、多くの冒険者の中で大なり小なりあった「冒険心」を揺り動かすに足るものである。
日本も大陸外ではあるが、他大陸とは違い冒険者ギルドの支部が設置され、日本行のクエストも用意され、交通手段もあるのだ。冒険者がこれに興味を示さないわけがなかった。
昨年のタンゲランでの騒動の背景には、こうした冒険者の事情があったのだ。
冒険者ギルド北東方面支部は、タンゲランに集まった冒険者の中から、実力や素行などを条件に選別した約100名の冒険者たちを、第一陣としてその日に併せ日本へと送り込んだ。
日本へと渡った冒険者たちは、下関市彦島に上陸。そしてその日を迎える。
その日は冒険者たちにとって新たな冒険の始まりの日であった。
冒険者ギルドの設置に平行する形で、日本は大陸の商会との貿易拡大に乗り出した。
現在日本は、わずかな貿易と国内資源の開発、そしてリサイクル技術の改良等様々な要因によりなんとかギリギリのところでおおよそ以前通りの生活を維持していた。
だがそれが砂上の楼閣に過ぎないことは、今の日本を少し冷静に見ることが出来る日本人には分かっている。分かっていてもなお、現状を変えようという動きになるまで数年を要してしまったのだ。
それでも、動き出したならばもう止まらない。
まずは貿易規模の拡大を行い必要な資源を確保し、日本の基盤を盤石なものとしなければいけなかった。
ゆくゆくは日本から大陸に調査団を派遣し、資源調査などを行う必要もある。
しかし、既にある鉱山などは国や貴族・領主、或いは大商会の所有物であり、また大陸では利用の無い資源の調査にも国や領主たちの協力が不可欠だ。
だが間の悪いことに大陸は今や動乱期に突入しつつある。目まぐるしく情勢が変わる現状では、大陸の情勢に不慣れな日本が安心して調査団を派遣するのはなかなか難しい。
となれば、当面は貿易の拡大でしのぐしかなくなる。
幸い日本には、現在の生活圏である九州に良質の金山がありこれを大陸との貿易決済に用いればよい。
しかし、かつて江戸時代の鎖国下での貿易がそうであった様に、輸入一辺倒では国内の金銀が流出していくだけである。
長く貿易を続けるためには日本側も輸出を増やし、金銀を回収する必要があった。
その為に、今日本側の商社では大陸側の需要調査や製品開発が進められているところである。
日本に魅力的な輸出品が登場してくれば、大陸側の商会にとっても嬉しい話である。また日本側が広く貿易を望んでいるため、規模の小さな商会でも一攫千金を狙う好機が生まれていた。
冒険者ギルドの設置も商人たちの背を押している。
日本と取引のない商会はもちろん、取引を行っている商会にとってもどこか遠い存在であった日本が、冒険者ギルドを受け入れたことで多少なりとも親近感を抱かせる結果になっていた。
実際的な面でも何か問題が起これば、大陸でそうするように冒険者ギルドを使えばいいということもあり、多くの商会が日本との貿易を計画し交渉を始めている。
勿論既に取引のある商会も遅れてはいない。先行の利を手放すまいと、日本との交流を活発化させるべく活動を始めており、冒険者ギルドの開設に当たっても協力を惜しまなかった。
そうした経緯もあり、その日の式典には日本と貿易を行う商会の人間も招待されていた。
その日は商人たちにとって新たな競争の始まりの日であった。
日本が動き始めたことは、大陸の国々にとっても無視できない事態であった。
特に一致団結し貿易制限を行っていた東ラグーザの沿岸を中心とする諸国では。
だがそれも、トラン王国の抜け駆けにより崩れた。
年明けと共にトラン王国支配下にある商会へかけられていた貿易制限が解除され、国王ガルシア直筆の親書が届けられるなど日本との外交活動を活発化させだした。
この動きに、貿易制限参加国家は怒りを感じるよりも先に焦りを生むこととなる。
トラン王国大使ノルテ子爵の予想通り、各国とも日本へ対する恐怖と魅力の割合は非常に微妙なところであったようだ。
トラン王国動きに遅れてなるものかと、各国とも日本との外交に乗り出す。
しかし、現在トラン王国以外で日本に大使を派遣している国はわずか5か国。大半の国は日本との窓口を持っていなかった。
こうなると日本側からの接触を待つか、或いは他国内に駐在する日本政府の人間に接触を図るか、それともはるばる海を越え直接日本に乗り込むしかない。
日本側の接触をただ待つだけでは遅きに失する。しかし他国に使節を送り込むのは難しい。かといって日本に直接乗り込もうにも、日本に関する情報があまりになさすぎた。
そんな苦悩する各国にとって救いになったのが、冒険者ギルドの存在だ。
大陸ではしばしばあることだが、国が冒険者ギルドへと仕事を依頼することがある。今回もギルドを通じ日本との交渉窓口を模索すればよいと考えたのである。
また日本に関する情報収集もギルドを使えば良い。何も機密情報を探らせるわけではないのだ。日本で当たり前に手に入る、国の状況、人々の生活、その文化習慣、軍の様子、地理など何でもよい。
また、冒険者が日本に当たり前に渡るようになれば、冒険者として国が放っている間諜の仕事もやりやすくなるだろう。
その辺りの事情は、既に日本と交流を持ち大使を派遣するトラン王国を含む6か国も同じであった。
日本と大陸との交流が盛んになるほど、自国の利を得る機会も出てくるはずだと虎視眈々と目を光らせている。
もちろん、表の友好な関係も発展させていかなければならない。
各国ともそのために色々と知恵を絞っている。駐日大使を置く国々は、年明けて初めての大陸との交流事業であるギルド支部開設式に大使を派遣することで、その最初の1手とした。
日本が積極的に大陸の国と関係を持つということは、大陸情勢に日本という新たな要素が加わることである。
それがどのような影響を与え、どのような結果を生むのか、明確に分かる者は誰一人いない。
心中、それぞれにこれからの大陸情勢を思い描きながら、各国大使はその日の冒険者ギルド日本支部の開設式典へと参加した。
その日は大陸諸国にとって新たな戦いの始まりの日であった
大陸に住まう多くの者にとっては、日本がどういう動きをしようとも、冒険者ギルドが新たな支部を開設しようとも、商人が血眼になろうとも、国の為政者たちが懊悩を深めようと、その時点では関係のないことであった。
それぞれの動きは、やがて市井の人々にも波及してくるかもしれない。
だがそれは、その日のことではなかった。
日本から流れる文物が彼らの生活に影響を与えるにしろ、冒険者ギルドの活動範囲が広まることで依頼の幅が広がるにしろ、商人たちが商品開発に熱を上げることで生産の現場に変化が訪れるにしろ、国々の情勢が変わり争乱が巻き起こるにしろ、それはその日ではない。
彼らは昨日と同じ今日を、その日も過ごしていた。
その日は大陸の庶民たちにとっていつもと変わらない日であった。
そして、その日は日本にとって――
日本における行政の長、内閣総理大臣の長い挨拶が終わり、いよいよその時が来た。
通訳された司会の言葉を受け、冒険者ギルド北東方面支部長フリダ・ガルト・ルイスは、一段高いところに設置された演壇へと上がる。
艶やかなドレス姿をした女盛りのフリダに、会場から眩しい光が無数に焚かれる。
昼間の明るい野外とはいえ、大陸では経験のないフラッシュにフリダは目を細めた。
その様子に気づいた司会から、記者たちに注意が促されるとやがてフラッシュもおさまっていく。
ギルド会館前に設置された演壇から、会館前広場に集まった人々をフリダは見た。
ギルド関係者、日本政府関係者、各国大使、招待客である国内外の商社の者、彦島や下関市内から見物に来た住民、マスコミ関係者、そして冒険者たち。
方面支部長として辣腕を振るってきたフリダであるが、実のところこれだけの人数を前に何かを言う経験などこれまでなかった。
そもそも、冒険者ギルド支部の新規開設などめったにない事業であり、冒険者ギルドが統一されて以来、北東方面支部下では片手で数えられるほどの件数しかない。
柄になく緊張している自分を自覚しながら、フリダは演壇に設置されたマイクに口を近づけた。
昨日のリハーサルで散々使い方は習ったが、失敗はないだろうか。そんな心配を抱きながら、何度も練習した日本語のその言葉を口にする。
「本日、この時を以て、冒険者ギルド北東方面支部傘下、冒険者ギルド日本支部は開設されました」
会場から無数のフラッシュと割れんばかりの拍手とが巻き起こった。
――その日が日本にとってどういう日になるのか、それはこれから決まるのである。
ようやく冒険者ギルド日本支部開設です。
当初、読者の反応がなければここで話を終了する予定でした。
幸いにも、反応してくださる方々がおりますので頭にある構想を完結するまで書き上げたいと思います。
以前言った通り、2章はこれでは終わりません。
この後は開設後の状況と、いくつか一般的冒険者の日本でのクエストの様子を書きたいと思います。
ここまで読んでくださった方々には最大限の感謝を。
あと、一言でも構いませんので感想いただけるととても励みになります。
すでにいくつかの感想をもらっている身で贅沢だとは思いますが、感想・ご指摘・質問お待ちしています。




