第2話 事の発端は
「フリオ・マラン・ベルナス。20歳。人種。タンゲラン冒険者ギルド所属。病歴、検疫結果共に異常なし」
「リタ・サンピト・メラス。20歳。人種。タンゲラン冒険者ギルド所属。病歴、検疫結果共に問題なし」
「ヴォルフ・マリリ・フリートベルク。41歳。人種と獣人種のクォーター。タンゲラン冒険者ギルド所属。過去に病歴があるが、審査の結果問題なし。検疫結果にも異常なし」
「テディ・テノム・ルーマン。27歳。人種。バンドン在住。プレベスの学会に所属。病歴、検疫共に問題なし」
「フェルナンド・パパル・コルテス。64歳。人種。ブリタール在住。同町で神官を務める。病歴・検疫結果共に問題なし」
入国審査官は最終確認とばかりに書類の中からそれだけを読み上げると顔を上げた。
「いや、長々と申し訳ありませんでした。なにせ、こちらの世界の方で民間人が上陸するのは初めてでして。今後のこともありますので慎重に慎重を重ねさせていただきました」
制服姿の職員はそういって頭を下げる。
「これでも、向こうの世界に居たころに比べれば信じられないくらい法を緩くしてあるのですよ。まあ、念を入れたのは検疫に関してですね」
「民間人が初めてとのことですが、船員や交易でこられた方はどうされていたんですか?」
「ああ、それは港の一区画を隔離してそちらで過ごしていただいたり、そこで交渉していただいたりしていただきました。これもギリギリの判断だったそうですが、当時は今以上に我が国も切羽詰っていましてね。最初は鹿児島に窓口を置いていましたが、色々あって今はここ博多ですよ」
テディの疑問に苦笑いしながら答える。
色々という言葉にはきっと、本当に一言では言い切れない出来事があったのだろう。
(政治的にとかこっちの商会とかの関係かな)
自分たちには関係ないことだろうとフリオは聞き流す。
博多の港に着いた当初はボロボロだったフリオだが、陸に上がりようやくいつもの調子を取り戻していた。
とはいえ、長々と続いた入国審査には正直嫌気がさしていた。審査そのものはたいしたことはなかったのだが、一々間違いがないか確認しながらの作業だったため必要以上に時間がかかったのだ。
そもそも入国に必要な審査は事前に大半が終わっている。検疫も、向こうでこの国から派遣されている者から血液検査や健康診断を受けており、こちらで受ける検査は時間のかからない物であるはずだった。
「では、これで入国審査は終了となります。お疲れ様でした。お荷物の検査も終わっていますので受け取って、その後は黒須阿藍さんに合流してください」
「ありがとうございます」
ありがたくはないが、礼儀としてリーダーであるフリオが礼を述べる。
ついでに気になったことがあったので尋ねてみた。
「しかし、ずいぶん私たちの言葉が上手ですね」
「ええ、この日の為にみっちり勉強しました」
そう言った審査官の顔は実に誇らしげであった。
「お待ちしてましたわ」
「……なんで、貴女が先に待ってるんですかラトゥさん」
待合室でフリオたちを出迎えたのは、アラン・クロス――黒須阿藍とベルナス商会から派遣されたラトゥであった。
「私は、冒険者としてではなく商会員としての入国でしたので審査が別でしたから」
「窓口が違うという事かの」
「その通りですわコルテス様。元々、商人が入国することは想定していたそうですが、冒険者は想定外だったそうですから」
「わし等は今後のためのモデルケースという訳じゃな。道理でやたらと細かく念を入れてやっていた訳じゃ」
「もしかして、それ知ってたから、商会員として同行することにこだわったんじゃないんですか?」
恨みがましい眼を向けるフリオに、ラトゥは首をすくめる。
「貴方のお兄様のご指示ですわ」
「ま、まあまあ。それより、迎えの方も来ていますのでそろそろ行きましょう」
割って入った亜藍に急かされ、一同は部屋を後にする。
(あ~あ、なんか想像と違うことになってるな。先が思いやられるよ)
どうも面倒くさいことが続きそうな気配に、どうしてこうなったとばかりにフリオはことの発端を思い返していた。
その日フリオは、1人でタンゲランの冒険者ギルドに顔を出していた。
トラン王国最大にしてラグーザ大陸有数の港町であるタンゲランにある冒険者ギルドは、その町の規模に相応しい規模を誇る。
タンゲランの中心となるこの大通りは、幅が20mあり港から市壁の門まで一直線に伸びている。
冒険者ギルドの会館は、その大通り中心よりだいぶん南――門側の方にあった。
道を行きかう人々や、荷馬車を横目に見つつフリオは冒険者ギルド会館前で一度立ち止まりその外観を眺める。
石造り3階建ての会館は、初めて見る人間にそれなりの威圧感を与えるものだが、既に冒険者を初めて5年。いまさらどうこう感じるものでもない。ましてや、これに比する建物を知っている身にとっては。
「まあ、だけど今日はまた趣が一味違うな」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべる。
先日リタとクエストをこなしたあと、次のクエストを探す2人にギルドから待ったがかかった。
何かやらかしてしまったのかと不安になった2人だったが、ギルドの受付は笑って事情を説明してくれた。
「お前さんたちのクエスト制限がそろそろ解除されそうなんでな。どうせなら、解除を待ってランクが上のクエストを受けたいだろ?」
その言葉に2人は文字通り飛び上がって喜んだ。
冒険者ギルドに所属する冒険者たちは、ギルドが提示するクエストをこなし生計を立てている。
クエストには冒険者の実力に合わせて制限がかけられており、ランクの低い冒険者には高難易度のクエストを受ける権利はないのだ。もっとも、自分で高難易度クエストの内容を調べ挑んだり、ギルドを介さず独自にクエストを受けたりすることは禁止されていない。その場合、クエストで事故に遭おうが報酬で詐欺に遭おうがギルドは一切手を差し伸べてくれない。
それでも、何人もの冒険者が身の程知らずにもそういったクエストに挑み命を落としたり、独自にクエストを引き受け詐欺に遭ったりしている。
ギルドに所属して以来5年間。フリオたちはそういった意味での冒険は決してせず、コツコツと制限内でのクエストをこなしてきたのだ。
「本当は、まだ連絡便が付いていないんでフライングだがな」
冒険者に対して解除の知らせは、大陸内の各方面ギルド支部及び所属地方の一般ギルド支部に連絡が届いたことが確認されてあらかじめ決められていた日時に解禁となり、そうやって初めて冒険者に連絡がいく。
もっとも、この辺りはかなり緩くこうやってタイミングが合えば事前に教えてくれたりするのだ。
ともあれ、次のクエストは制限の解除を待ってからと決めた2人は、その日前祝と称して酒場でしこたま酒を飲みはしゃいで夜を明かした。
「いよいよ解禁日だ。5年間頑張った甲斐があった」
そしてついに、ギルドからフリオに呼び出しがかかった。ただ、呼び出されたのはフリオ1人という点が気になったが、嬉しさのあまり深くは考えていない。
ギルドに出入りする者たちに邪魔そうに見られながら感慨にふけっていたフリオだったが、余韻を十分に堪能したのか、気合いを入れ直すとギルド会館へと足を踏み入れた。
ギルド内は、人種・性別・年齢・職業の違う様々な冒険者たちでにぎわっていた。
クエストの斡旋所、情報屋、各種証書の発行所、冒険者向けの銀行と保険屋、連絡便の受付などなど。一定規模の町に存在する冒険者ギルド支部を取りまとめる方面ギルド支部ともなれば、設けられた施設や窓口も多種多様で、結果ギルド内は昼夜を問わずにぎわうこととなる。
喧噪の中、フリオは顔見知りの冒険者に挨拶しつつクエストの斡旋所に向かって歩いていた。
そこには意外な人物が待っていた。
「ごくろうさん、フリオ。待っていたよ」
「っ!? ギルド長! なんでこんなところに」
クエスト斡旋所窓口。そこにはいつもの髭面の受付おっさんと共に、この方面支部を取り仕切る女支部長が待っていた。
ドレス姿も艶やかな熟年の女支部長は、困惑するフリオに微笑みながらクエスト制限解除を祝った。
「あ、そのことはギルド長に感謝しています」
「別に私が決めた訳じゃないよ。決めたのは審査官たちさ。私は上がってきた書類にサインしただけよ」
「それで……なんでギルド長がここに?」
ギルド長が受付にいるなどめったにない事態である。ベテラン冒険者から新米冒険者に至るまで、何事かという目で受付を見ていた。そこで会話するフリオは嫌でも目立つことになる。居心地悪いことこの上なかった。
「あんたを待っていたからさ」
「え? じゃあ、俺を呼び出したのは長なのですか!?」
「そうさ、ちょっと用事があってね」
てっきり制限解除の連絡だと思っていたが違うようだった。
「ここじゃ話にくいだろう。私の部屋に案内するよ」
案内されたのはギルド長の仕事部屋だった。
私室に連れて行かれるのかなとどこか期待をしていたフリオだったが、そんな甘い話があるわけない。
まあ未だ保つ若さと、熟れた色香をもつ女性に「私の部屋に」などと言われれば、若いフリオが妙な期待を抱くのは無理からぬことであろう。ギルド長もその辺りは見抜いていたようだが、あえて口にはせず妖艶に笑ってすませてくれた。
「さて、あんたのクエスト制限解除は実は私たちにとってもありがたい話なんだよ」
フリオが椅子に座るや否や、お茶も出さずにギルド長は話に入った。
「私たち、とは?」
「もちろん、この方面ギルド全体さ。実はね、あんたに是非引き受けてほしいクエストがある」
フリオは首をかしげた。
確かにフリオは冒険者として優秀な部類には入るだろう。
冒険者がこなす仕事は多岐にわたる。
モンスター討伐という花形から、荷物運びや人・物探し、ダンジョン探索、護衛、傭兵、交渉任務、調査任務。求められる能力もその分多岐に及ぶ。
フリオはおおよそほとんどの分野で非凡な才を発揮しているが、各分野のエキスパートはその遥か上を行くし、同じような万能型の冒険者にもフリオより優れた者は何人もいる。
「なぜ俺なのですか?」
「……」
フリオの率直な疑問に、ギルド長はしばし口を閉じ思考をめぐらす。
どう切り出そうか考えているのか、それともこれは彼女流の交渉術の一環なのだろうか。
だが、彼女が口を閉じていた時間はそう長くなかった。
机を挟み向かいに座る彼女は、グッと身を乗り出し一言、こう尋ねてきた。
「あんた、日本って知ってるかい?」
基本的に視点はフリオたち冒険者側です。
次回書きあがり次第。
早いうちに投稿したいです。




