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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第2章 冒険者ギルド開設編
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第28話 動き出す日本

『冒険者は帰れ!』

『冒険者は帰れ!』

『武器はーいらない!』

『武器はーいらない!』

『平和が一番!』

『平和が一番!』



『えーそれでは、最後に「団結ガンバロー」を行いたいと思います。団結用意! 団結……ガンバロー!』

『ガンバロー! ガンバロー! ガンバロー!』




「あ、終わったみたいですよ」


 ビルの外、公園の方から聞こえて来る声が終わったことに気づいたエドは、席から立ち上がると窓に近づく。


「あ、エドモンド。外見る時は姿を見られないように」


 自分の席で書類を書きながらエドに声をかけたのは、外務省東ラグーザ局トラン課から派遣された塩見翠羽良という若い役人である。

 冒険者ギルド設置に向け、様々な法案が可決されようやくこの準備室も本格的に動き始めるようになっていた。

 それに伴い、日本にまったく足がかりの無い冒険者ギルドの業務を代行するため、何人かの役人が佐保と同じように民間出向という形で派遣されている。塩見もその1人であった。


「気を付けますよ、スバル」


 そう答えたエドに、塩見は少しだけ顔をしかめる。

 あまり自分の名前が好きではないようだ。

 そんな様子を気にもせず、エドは忠告に従い窓の横からこっそり外を見た。

 道路の向こう、そこに建つ建物のさらに向こう側に人の集団が見えた。何本もの幟が見えているが、徐々に片づけられている。

 集会が終わり三々五々帰って行っているようだ。

 老若男女様々な人間がおり、中には親に連れられたらしい小さな子どももいる。


「それで、何なのですかあれは?」

「……ふぅ」


 エドの問いかけに塩見は手を止めると溜息をつく。

 あまり楽しい話ではないのだが、説明しておかねばいけないだろう。


「あれは冒険者ギルドの設置に反対する抗議集会ですよ」

「反対、ですか」

「そうです。反戦団体を中心に労働組合などが主催しています。まあ転移前からこの手の抗議活動を行っているところですよ」

「反戦……というのは何となく意味が分かりますが、労働組合とは?」

「ああそうか。そこからか」


 言われて初めて、この世界では権利意識はもちろん、下手をすればいまだ地球でいう労働者という概念すらない可能性に思い至る。


「労働組合というのは、働く人が雇い主から不当な扱いを受けないように対抗することを法的に認められた集団――と言えばいいですかね。大雑把に言えば」

「それが、どうして冒険者ギルド反対に? そもそも、反戦団体というのもおかしい。別に私たちは戦をするわけじゃないですよ?」


 エドの疑問はもっともである。


「反戦といっても、別に戦争だけに反対するとは限りません。武力を持った集団――まあ軍隊などに対して行われることもあります。今回の場合は、冒険者に対してですね。彼らの主張は「冒険者の存在が我々の平和な日常を脅かす」ということです。労働組合としては「安心して労働するためには平和で安全な環境でなくてはいけない」という主張ですからこういう活動にも熱心なのですよ」

「……むしろ、モンスター退治などではその平和を守る働きになると思うのですが」

「まあ……その通りなので、あまりこの運動は支持を得ていません」


 塩見は敢えて論点をずらした。

 反戦・平和運動やそれを行う団体にまつわる話など説明するだけでとても面倒なことである。


「うーん……しかし支持する人はいるのですよね?」


 納得がいかないというエドに、塩見はしかたなく切り札を持ち出すことにした。


「彼らの主張が多少なりとも賛同を得ている一因は、エドモンドさんにもあるのですよ」

「え?」


 どの道これも言わなければいけないことであったのだからこの際言ってしまおう。そんな想いで説明を始める。



 先週のことである。

 その日エドはとある新聞社からの取材を受けていた。

 準備室が本格的に動き出し始め取材も何度か受け無事に済んでいたため、準備室の面々も油断していたところであった。

 その新聞社は冒険者ギルドに反対であったのか、それとも単に政府の批判材料が欲しかったのか、エドのインタビューからある言葉を抜き出し、それを曲解して報道してしまう。


『冒険者は危険』


 エドが語ったのは、冒険者には気の荒い者もいるという話や、喧嘩などで武器を手にしてしまうこともある、という内容であった。

 話の流れの中であくまで1例として言ったのだが、そこだけを取り上げられてしまった。

 翌日の新聞を見た準備室の面々は慌てたが後の祭り。

 一部の市民団体などがこれを問題視し抗議活動につながったのである。

 そのため、塩見や佐保は上司から呼び出しを受け色々と関係各所のお叱りと嫌味を受ける羽目になった。

 不幸中の幸いは、先ほど塩見の言った通りあまり支持を得ていない点である。

 これが転移前であれば、米軍基地の問題などを連想して賛同者も多かったかもしれない。

 しかしモンスターの脅威が仮定でなく現実にあったものであるため、人々もその辺りはあまり問題視しなかったのである。



「今居る彼らは、転移前から行っている運動の矛先を失っていました。そこにこの件でしたので、格好の目標を与えてしまったわけです」

「その点は以後気を付けますが……やはり理解できませんね」

「理解できなくて結構ですよ。取りあえず問題さえ起こさなければ、聞き流してくれてかまいません」


 これ以上の説明は無意味だと判断した塩見はそこで話を打ち切った。

 そもそも冒険者が武器を手にして民間人のいる九州・四国をうろつくことはありえない。

 先日成立した諸法案において、冒険者は直接本州に乗り込むこととなったし、九州・四国に入る際は武器をギルドで預かることになっている。

 九州・四国に用がある冒険者は、戦闘と関係のないクエストでゆく者と骨休みに向かう者であると想定している。

 クエストで渡る者はその辺りは弁えているであろうし、骨休みで渡る者は向かう先は観光地である。ある程度羽目を外してしまうのは受け入れ側も想定している。

 おそらく、これ以上団体を刺激するような事態は起こらないだろうというのが塩見の考えであった。


「あ、そう言えば」


 骨休みで塩見は思い出した。


「例の書類は目を通されましたか?」

「あの観光案内ですか? ええ、一通り」

「では、それに関する感想を後日それぞれの観光協会に送ってください」

「じゃあさっそく取り掛かりましょう」


 エドに渡されたというのは、九州各地の観光地から送られた、冒険者向けの観光地案内であった。

 今や斜陽にある観光関係者はこの外からの来訪者を逃す気などはなかった。

 クエストで日本に来た際には帰国前に是非とも日本観光を、と目論んでいる。

 とは言え冒険者がどういった場所に行きたがるかが分からず、そのため冒険者ギルド設置準備室へと資料を送り視てもらっているのだ。

 庶民が気軽に旅行などできないこの世界だが、人々が観光に興味がないかと言えば決してそうではない。

 珍しい景観や美しい建物、美味しい食べ物に出会いたいと思う者は多く、一生に一度という決意で旅に出る者もいる。

 冒険者にも、旅がしたいが故に冒険者をやっている者は意外と多く、そうでなくてもクエストで訪れた地で軽い観光を楽しむという者は多い。

 エドが目を通した資料の中でも、珍しい自然や美味しい料理、大陸でも人気のある温泉などはきっと冒険者も気に入るだろう。

 後は値段との折り合いである。

 日本が大きく動き始めたため、大陸各国の通貨と日本の円とのレートが最近変動してきており未だ安定していなため難しいが、大まかな基準は提示できるはずだ。

 その辺りをまとめようと机に向かうエドを、塩見が呼び止める。


「あ、エドモンド。それは後回しで。そろそろ何時もの時間ですよ」

「え……」


 その言葉にエドが時計を見ると、針は11時30分を指していた。

 それを見たエドの顔が苦いものとなる。


「やっぱり……今日もあるんですね」

「当然です。毎週行います。既に佐保さんが先に言って準備していますから、私たちもそろそろ向かいます」


 げんなりとした顔のエドに、塩見は無慈悲にそう告げた。

 エドは無意識に胃を抑える。

 それを見て何を考えているのか察したのだろう。塩見は言葉を続ける。


「先方も気を遣って昼時にしてくれているのですから、我慢してください」

「……最近覚えた日本の言葉に「ありがた迷惑」というものがあるんですが」

「さ、行きましょう」


 エドのたわごとを無視し、その腕を掴むと塩見は部屋にいる他の職員に出かけることを告げ部屋を後にした。




「日本も思い切ったことをしましたな」

「いはやは、まったくだ。日本もやるではないか」


 トラン王国福岡領事館。

 その中庭に面したテラスで、2人の老人が喫茶しながら談笑していた。

 片やトラン王国駐日大使エルナンド・シアブ・ベルグラーノ=ノルテ子爵。

 頭に白い物が混じり始めた中肉中背の男性で、最近日本で手に入れたお気に入りのモノクルを装着してテーブルに広げられた物を見ている。

 片やフェルナンド・パパル・コルテス。現在日本に滞在する知恵の神の神官である。

 白髪の背の高い痩せた老人であるが、ひ弱な印象はない。むしろその容貌からは不釣り合いなほどの活気が全身に満ちていた。


「再び日本に来て2か月。色々とこちらのことを勉強しましてな。いったい冒険者の扱いと現在の法との整合性をどうとるかと思っておりましたが、まさかこの様な手を使うとは」


 そう言ってフェルナンドはテーブルに置かれたカップを手に取り、コーヒーを一口飲み込む。

 彼が言っているのは、今回制定された冒険者ギルドに関する諸法案――と共に提出されたとある法律に関してである。


「ふふふ……私もこの件を聞いたときは耳を疑ったのだがね。冒険者の活動は、この国の法を厳密に運用すれば引っかかることだらけだ。その辺りどう対処するかと思えば」


 その時のことを思い出したのだろう。日本も侮れぬと含み笑いを続けながら、テーブルに広げられた紙を指さした。

 広げられていたのはある新聞である。

 そこには、北海道を除く日本地図が描かれ4色に色分けされていた。

 九州・四国と瀬戸内の島々が青色。中国地方と淡路島が黄色。滋賀県を除く近畿地方が紫。そしてそれ以外の東日本全てが赤色である。

 これは一体何を意味しているのか?


「日本側からは何と説明があったのですかな?」

「領土を放棄したわけではないとのことだ。あくまで、現状その力が及ばないという現実を認めたにすぎんというわけだな。それでも領土と言い張るとは片腹痛い」


 そう言いながらも、別に奪う気などないがねと付け足す。

 子爵の言葉を聞きながら、フェルナンドは目の前の日本地図に目を落とす。

 そして改めて思う。なんという奇手であろうかと。



 冒険者ギルド及び冒険者に関する法律と共に日本政府が可決させたその法案では、日本を4つの地域にわけていた。

 この新聞で4色に分けられたそれである。

 青い地域は、日本国内においてモンスターの侵入が確認されていない安全地帯。黄色はモンスターの侵入こそあるが自衛隊により一定以上の治安が守られている地域。紫の地域は一部に自衛隊が居るが基本手は出せない危険地域。そして赤い地域は、自衛隊もいない完全に放棄された地域である。

 特に赤の地域は、これまで日本人が一種タブー視し触れようとしなかった地域だ。

 だが、ようやく政府も議会もこの地域に目を向けることとした。それが今回の法なのだが、それがとんでもないものなのである。


 それは言うなれば、政府公認の無法地帯の創作であった。


 青い地域、黄色い地域、紫の地域、赤い地域の順に、その地では様々な法律が無効とされていくのである。

 青い地域ではこれまで通りで、正しくは法案ではこの地については触れていない。

 黄色い地域は第一種特別地域とし、武器の所持などに関するいくつかの法が停止される。ただし基本的には青い地域と同じ扱いである。

 問題なのは紫と赤の地域である。ここでは、一端あらゆる現行法が凍結される。つまりこの地に赴く者は、フリーハンドを得る代わりに法の庇護もなくなるのだ。

 紫と赤の差は、自衛隊の影響があるかどうかの差でしかない。紫が第二種特別地域、赤が第三種特別地域である。


 正確に言えば、全くの無法地帯になったわけではない。

 この2つの地域の扱いを、大陸の基準に合わせ冒険者への日本であるが故の束縛を無くすというのがこの法の趣旨である。

 大陸において冒険者が犯罪を行った場合はその国の法によって裁かれる。だがそうでない行動に対しては問題がない限りはどこも割と自由にさせている。

 武器の所持は禁止されていないし、廃墟に侵入しても不法侵入罪などというものには問われないし、持ち主が分からない拾得物を手に入れても窃盗罪にもならない。

 そんな冒険者たちが日本で活動すれば、様々な法に触れることは明白である。そこで、彼らの活動地域に限定してそこを大陸並みの法水準にしてしまおうというのだ。


「もっとも、法の内いくつかはすぐに復活させるらしいがの」

「当然でしょうとも。でなければ、殺人をしようが強盗をしようが許されることになる。大陸でもそんなならず者国家はありませんからな」

「しかし、この国の者から見れば、これだけ法を停止させれば無法地帯も同然に見えるであろうな。ほれ、ここ。法学者が「法治国家の自殺」などと言っておる」


 そう言いながら、新聞をめくり載せられていたインタビューを指さす。

 フェルナンドがざっと記事に目を通すと、とある法学者が今回の法案に対する反対意見を述べていた。


「『前近代国家へ後退するようなものである』か……我々としては嬉しくない表現ですな」

「この国の者たちは、基本的に大陸を遅れた国とみなしておるからのう。そんな国に下手にでなければいけぬ現状は、さぞ憤懣やるかたない想いであろうて」


 その記事にも触れられているのだが、日本側が法を大陸側に合わせる事例は他にも存在した。

 例えば、改正された入管法により、在留資格証明書や査証――ビザが必要なくなってしまっている。

 大陸においてはそういった物を出すという習慣も法もないからだ。

 貿易に関しても、相手側に必要な様々な申請や許可がこの世界の一般的基準にまで下げられていた。

 日本の立場が強ければ「これが近代国家のやり方だ」と日本側に合わせるよう強要も出来たかもしれない。しかし、現状では日本側が相手に合わせる必要があると、少なくとも日本政府は考えているのであった。


(なるほど。法の専門家からすれば実に歯がゆいであろうな……ん? 歯がゆい……もしや)

「もしかすると、この法案は冒険者のためだけではないのかもしれませんぞ」

「ほう、どういうことかね?」


 ふと思い立ったフェルナンドの言葉に、ノルテ子爵は興味深そうに尋ねる。


「確か東日本には、今も相当数の日本人が暮らしているはずでしたな」

「うむ。その通りだ」

「推測ですが、モンスターたちに囲まれる彼らの暮らしはこの地とは比べ物にならぬほど大変でしょう。生きて行くためには、必要な物を集めなければなりませぬし、身を守るためには武器もいる。中には自分たちで独自に自治を行っているかもしれない」

「……」

「当然それらは、日本の法では犯罪となってしまう。もしこの先彼らとの行き来が自由になった場合、日本は彼らを法に基づき裁かねばならない。無論、事情は鑑みられるでしょうが――」

「個別に対応していては煩雑になる。ならば、まとめて処理するのがよい」


 自分の考えを理解した子爵の言葉にフェルナンドはうなずく。


「大陸の基準に合わせますと、この国での重犯罪が主な対象になりますからな。それにいくつかの許容できない犯罪だけを対象に足せば良い。ただ、この法学者の言葉ではないが、こんな法律を発布しようとすれば反対も大きいでしょう」

「どの程度になるかは分からぬが、無条件で犯罪行為を見逃すのだからな。理由はあれど認めぬ者は多かろう」

「そこで、冒険者を目くらませに使いこの法を通した」

「……」


 子爵は口と目を閉じ黙考しながらフェルナンドの言葉を吟味する。

 まったく証拠のない予想ではあるが、言われてみればあり得そうな話である。

 この法は冒険者に対しての物ではなく、その地域に対して適応されるという点で見ても、これが冒険者だけと想定した法ではないという現れではないのか。そんな気がしてきた。

 もしそうであれば、日本政府は冒険者ギルドを国内の懸案事項解決のために上手く利用したということである。

 油断すれば、下手に出ていると見せかけてどこで自分たちも利用されているか分からない。


「日本もやるではないか」


 先ほどはやや嘲りを含めたその言い回しを、今度は純粋に感心しながら口にした。

 少しばかり日本を甘く見すぎていたようである。


「いや、コルテス殿。帰国前に有意義な時間を得ることができた。陛下への土産話ももらったのでな。感謝するぞ」

「それは何よりです。それで、一時帰国すると聞いておりますがお戻りはいつごろになるのでしょうかな?」

「実は冒険者ギルドの開設式に出ることになっていましてな。本当は領内のことなど見て回りたいのですが、今年中にはまた戻らねばならん」

「お忙しいことですな。……開設式は来年でしたか。わしも、ギルドが設置されれば冒険者として登録する予定でしてな」

「ほう、そのお歳でですか……あ、いや失礼」

「どうぞお気になさらず。「年寄の冷や水」とはこの国の言葉ですが、まあ年甲斐もなくとうのは確かですからな。では、わしはこの辺りでお暇しましょう」

「また日本に戻ったならお茶に誘いますぞ」

「お待ちしておりますぞ。では、お気をつけて」


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