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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第2章 冒険者ギルド開設編
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第25話 冒険者ギルド

 冒険者ギルドとは一体どのような組織であろうか。

 そもそもギルドというものは、簡単に言ってしまえば組合であり、日本史上では「座」や「株仲間」がこれに当たる。

 つまり外部から同業者たちの権利を守り、外部に対しては同業者たちの利権を守るという組織だ。

 この世界での商人ギルドや職人ギルドは差異こそあるが概ね地球の歴史上にあったそれと同種の物である。

 だが、冒険者ギルドは少々毛色が違っていた。

 元々の起こりは、定職のないあぶれ者たちに市井でまっとうに生きている者には対処できない仕事を仲介していた斡旋屋にある。

 やがてそういった者たち様々な要素が加わり、冒険者として確立されてくると、その依頼斡旋屋の仕事も一歩前進し、冒険者の身元保証人となったり何か問題を抱えた冒険者の手助けをしたりするようになっていく。それを円滑にするために、冒険者たちは斡旋屋に「所属」するようになっていった。

 これが冒険者ギルドだ。

 そういった経緯から、当初の冒険者ギルドは他のギルドと同じく町単位の組織でしかなかった。


(それが今では――)


 冒険者ギルド北東方面支部長フリダ・ガルト・ルイスは、頭の中で冒険者ギルドの歴史を振り返りながら、円卓に座るギルド参事会の面々を見ていた。

 参事会のメンバーは、フリダを除いて20名。内17名が男で3名が女性。そしてこの20名の内半数の10名が、今フリダがギルドの歴史を振り返る契機となった者たちであった。


「まさかこうも上手く話が進むとはな」

「ベルナスのところの小僧もやるじゃないか」


 フリダからギルドの日本支部設置のへの現状報告を受け、参事会の面々――問題の10人がそれぞれに喋り始める。


「言ったじゃろう。わしゃ見込みがあると思うと。クエスト解禁して正解じゃったろうが」

「どうだろうねぇ……実家のおかげじゃないかね。私にはまだまだケツの青い小僧としか思えないよ」

「はっはははは! そりゃ、あんたみたいな婆さんから見れば、どいつもこいつも小僧じゃろうが」

「私より年上のあんたみたいな老いぼれに言われたくはないよ!」

「まあまあ2人とも。そういえば、ベルナスのところいえば――」


(また始まった……)


 老人たちの会話を聞きながら、フリダは頭を抱えていた。



 冒険者ギルドに大きな転機が訪れたのは、今から約80年前である。


 約80年前、とある国が大陸統一に向けて動き出した。

 その名をジャンビ=パダン連合王国という。

 ラグーザ大陸西部にあった、ジャンビ王国とパダン王国。共に強国として知られていた2つの国を、ある時両国の継承権を持つ1人の王が様々な偶然と争いの末に、同時に治めることとなった。

 2大強国を手にした若き王は1つの野心を抱く。


「このラグーザ大陸を統一したい」


 それは彼の治める国の国力を考えれば夢物語ではなく、そして彼にはそれを行うだけの力量もあった。

 現在でも連合王国では英雄と称えられる彼の王は、それから40年をかけ大陸西部から中央部までをその支配下に置く。やがて夢半ばで倒れた彼の跡継いだ子、そして孫によりラグーザ大陸の全ての国は、ジャンビ=パダン連合王国の支配下に入るか、その従属国となり遂に大陸は統一されたのである。今から20年前のことである。

 その後連合王国は、10年の休息を挟み大陸外へと目を向けたのだが、その野心は日本の転移と共に現れたアメリカ海軍によって打ち砕かれることとなる――連合王国の落日「タンゲラン沖海戦」である。

 その後の連合王国の衰退の1因は、この侵略戦争で多くの怨みを買っていたことによる。


 そんな多くの怨嗟を生み出した大陸統一事業であったが、生みだした物は悪い物ばかりではなかった。

 西から東にかけて1つの勢力下に入ったことにより、さまざまな人や物の交流が活発となった。交流は出会いを生み、出会いは新しい何かを生む。

 この時期に頭角を現した芸術家や商人など数知れない。そして、各地がつながったことにより情報が広く伝わるようになり人々の生活にも見える場所で、あるいは見えない場所で影響を与えたりもした。

 そんな状況に目をつけたのが冒険者ギルドであった。

 連合王国首都ルマジャンの冒険者ギルドは、王国の伸長に合わせギルドの拡張を図った。大陸が統一されれば、冒険者たちの活動の範囲も広がることを見越しての行動である。

 おそらく、ルマジャン冒険者ギルドの者たちも当時の王に魅かれ、その野心に賭けたのだろう。

 ただし、王国とは対照的にその拡大は穏やかなものであった。

 あくまで交渉を通じての対等合併を繰り返すことで他のギルドと結びついていったのだ。もっとも、本部はあくまでルマジャンであるという前提は貫かれたのだが。

 そうやって規模が拡大すると、他の零細冒険者ギルドは逆に進んでルマジャンの冒険者ギルドの参加に入っていくようになる。

 そして大陸統一と時を同じくして、ルマジャン冒険者ギルドは大陸唯一の冒険者ギルドとなったのである。

 やがて王国が衰退した時、そこに残ったのは大陸全土に根を張る巨大組織であった。


 市政運営などに関与する商人ギルドやそれに対抗する職人ギルドと違い、言ってしまえば根無し草がその構成員である冒険者ギルドは政治的影響力など無いに等しかった。

 しかし、そんな組織でもここまで巨大になればその影響力は国すら無視できないものになる。

 その冒険者ギルドで、8つしかない方面支部の長を任されるフリダの権力がどれほどのものであるか。そんな地位に四十路を超えたばかりの彼女が就くためにどれほどの働きがあったのか。それを知る冒険者たち、そして参事会のメンバーは畏敬の念を持って彼女に接する。

 そんな彼女をして頭が上がらないのが、この参事会を構成するメンバーの半分を占める老人方であった。



「皆様方、そろそろ話を――」


 老人方の話の頃合いを見計らい、そう切り出そうとしたフリダに老人たちの口先が向けられる。


「なんじゃフリダ嬢ちゃん。何か話す議題でもあるのかい?」

「話も順調にいっとるようだし、面倒なことはせんでええじゃろ」

「それですが――日本と共同で立ち上げる準備会に派遣する人員について……」

「それは、あんたが既に送っているじゃないの? なんで今更なのかしらね」

「そ、それは、事後承諾になってしまいますが。改めて参事会で承認をと」

「ふん! どうせ、わしらのことなぞ後回しで良いとおもっとったんじゃろう」

「決してそのような! 日本側から至急にとのことでしたので。何で向こうの気が変わるか分かりません。ですから、申し訳ないとは思いましたが私の一存で送りました」


 へそを曲げようとする老人をなんとかなだめようと、普段ギルド員には見せない低姿勢で何度も頭を下げるフリダ。


「こらこら、あまりフリダを苛めるんじゃないよ」

「ああ……」

「どうせ普段から、腹の中では爺婆どもはさっさとくたばれって思われているんだから、これ以上嫌われたら身度置き所がなくなっちまうじゃないか」

「やめてくださいー!」


 四十路を超えたとはいえ、この老人方から見ればフリダもまた若造でしかなかった。

 こうして参事会のたびに、いびられ弄られ、終いには本気で泣きたくなってしまう。

 普段は熟れた女独特の妖艶な色香すら漂わせ、歳にも関わらず男たちからは下心の籠った目を向けられることも多い女ギルド長だったが、こんな姿を見られた日にはきっと冒険者たちからは生暖かい眼で見られることになってしまうだろう。



 この老人たちは、かつてそれぞれが小さな冒険者ギルドを運営していた者たちである。

 ルマジャンの冒険者ギルドはその穏やかな吸収と引き換えに、その町でギルドを営む者が望めば方面ギルドの参事会のメンバーとして迎え入れていた。

 既に合併から何十年も経つ西・中部はともかく、合併が比較的新しい東部の方面ギルドでは、まだこうして多くの者が残っていた。

 数年前にフリダが前任者からこの地位を引き継いだ時に言われた言葉がある。


「参事会には気を付けろ」


 前ギルド長はフリダにそう言い残し、本部へと栄転していった。

 今や巨大組織となった冒険者ギルドには相応の権力があり、権力があるところには金が集まる。

 方面ギルド支部参事会のメンバーともなれば、そこに集まるソレも相当な物になるはずだ。

 そこに居座り続ける古い老人たちはきっと金と権力の亡者なのだろう。だから気を付けろ。

 受け取った言葉をそう解釈し、参事会へと臨んだフリダ。

 しかしそこで目にしたのは、まるで暇を持て余した老人たちの寄合の場であった。


(もともと、小さい頃の冒険者ギルドは斡旋屋からの発展。それをやっていた人なんて、面倒見の良いおっさんやおばさんばかりというわけよね……くそー)


 引き継ぎを終えた前ギルド長の晴れやかな顔を思い出しながら、フリダは何とか承認をもらおうと歳を取り捻くれ者と化した老人たちに果敢に挑み続けるのだった。




「服装良し、髪型乱れなし……ムグムグ」


 口の中で何かを噛みながら、手鏡で自分の服装や髪形を確認する。

 この日本からの品である手鏡は大変重宝していた。

 ガラスと水銀を用いて鏡を作る技術は大陸にもあったが、ガラス自体が大変高価であり当然ながら鏡も高級品であった。

 現在日本から入ってきたガラス製造技術により、価格は下がり始めているが鏡は相変わらず高価なままだ。

 このサイズの手鏡ですら単なるギルドの事務員程度では手が出せない。

 だから去年手に入れたこの日本製の鏡の値段を知って驚いたものである。


 鏡は本当に役立つものだった。

 人間初対面の第一印象というものは大事だ。ギルドの事務員として冒険者の対応や他との折衝の際に、自分の目で服装などを確認できるというのは良かった。


「……ッペ!」


 自らの姿に問題がないことを確認し、口の中の者を吐き出す。

 噛んでいたのは乾燥させたハーブの一種である。

 先ほど歯は磨いたが、口臭消しとして噛んでいたのだ。何しろ10日以上も航海してきて、その間殆ど歯は磨けなかったのだ。念には念を入れて間違いないだろう。


「よし、それじゃいきましょう」


 誰にともなくそう言って、男は船室を後にした。



「あ、あの人かしら」


 福岡市博多埠頭の一画。

 先ほど到着した帆船を見上げていた佐保登紀子は、甲板に水夫とは違う服装の男を発見した。

 おそらく彼が目当ての人物だろうと当たりを付け、下船してくるところを待ち構える。

 事前に受け取った資料では、年齢は33歳とのことだったがもう少し年上にも見える。きっと、彼のまとう雰囲気が彼女の知る30代の日本人よりずっと落ち着いているためだろう。

 身長は180をちょっと超えたくらい。佐保よりは高い。

 面長で男性にしては少し長い髪をオールバックにしている。そのせいだろうか、やや額が広く見えてしまっているが、指摘しない方がいいだろうか。


「冒険者ギルドの方ですか?」


 きょろきょろとその細い眼で辺りを見ていた男に、佐保がロデ語で話しかけると、男はぱあっと顔を明るくしてうなずいた。


「はい。冒険者ギルド北東方面支部、タンゲラン冒険者ギルドに所属していますエドモンド・ルマジャン・マルデーラと申します」


 そう言って右手を差し出してくる。

 その右手を握り返しながら、佐保は自己紹介をした。


「佐保登紀子です。本来は自衛隊に所属していますが、現在は冒険者ギルド設置準備室に出向しています。こちらではエドモンドさんと一緒に仕事をすることになりますので、よろしくお願いします」


 その言葉に、エドモンドは軽く笑みを浮かべ、


「私のことはエドで構いません。よろしくお願いしますね」


 と、日本語で返しウインクしてみせた。

 やられたわ、と佐保は内心思った。

 今の発音を聞く限り、かなり正確な日本語だ。おそらく日本語は問題なく使えるのだろう。

 佐保にその気はないが、前回日本側が冒険者たちに使ったような手は今回使うことはできないということだ。

 まあ仕事相手が日本語を使えるというのなら、それはそれで佐保にとっては楽な話である。色々手間が省けて良い。


「それじゃあ、今から入国審査を受けてもらいます。あちらのターミナルへ行きましょう」

「分かりました」


 そう言って国際ターミナルへとエドを案内しようとした佐保が、不意に足を止める。


「そうだ、これを忘れちゃいけなかった」

「なにか?」


 佐保は、くるりと向きを変えエドを見ると、こう言った。



「ようこそ、日本へ!」


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