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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第1章 冒険者来日編
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 閑話 コルテスの時間

 福岡県太宰府市太宰府天満宮。

 その敷地内にある菖蒲池のほとりのある茶屋で、フェルナンドは1人の男と向かい合っていた。


「今日は当然の訪問にも関わらず、こうしてお時間を取っていただきありがとうございます」

「なに、お気になさらずに。はるばる大陸から来られた方を無碍になど、どうしてできましょうか」

「そういっていただけると、私も来たかいがあるというものですじゃ」


 男の言葉に、フェルナンドは笑みを浮かべる。


「しかしよろしかったのかな? 博物館の方に大変興味がおありだったようだが。お連れの方とご一緒に見学されてからでもよろしかったでしょうに」

「ははは! 確かにその通りなのですが、先にやるべきことをすませておきませんとな。博物館見学はこの後でじっくりさせていただくとしましょう」


 博物館とは、太宰府天満宮の隣にある九州国立博物館のことである。

 転移前は全国に4つあった国立博物館であるが、東京・京都・奈良の3つが失われた今ではここが唯一の場所になっている。他にも国立の名を冠する博物館は存在したが、全てが近畿以東に存在していた。

 大陸にも学会や大貴族、大国が持つ博物館は存在するが、ここまでの規模の物はフェルナンドも知らない。

 許されるならばフェルナンドも、今テディがそうしているようにかじりついてでも中を観て回りたいものであるが、仕事で来ている以上は先にそちらを済ませる必要があった。


「お待たせしました。「梅ヶ枝餅の抹茶セット」です」


 池に面した畳席に座る2人の元へ、店員が注文の品を運んでくる。

 運ばれた品は、白く丸い物を焼いた食べ物と濃い緑色をした飲み物であった。


「これは「梅ヶ枝餅」と言いましてな。穀物、この場合は米から作る餅という食べ物に、小豆で作った餡という具を入れ焼いた菓子です。ここの名物でしてな。どうぞご賞味ください」

「ほう……では、1つ」


 初めて目にする食べ物であったが、フェルナンドは臆することなく手にする。

 焼き立ての餅はとても熱く、息を吹きかけ冷ましながら豪快に1口噛みついた。


「うむ……うむ……」


 焼けた餅のパリっとした食感が口に楽しく、その後具である餡の仄かに甘い味が舌に広がった。

 本来ならば大量の砂糖と僅かな水飴によって甘味付される餡だが、物資不足の昨今では砂糖の量がかなり少なくなっている。そのため、かつての味を知る日本人には今の餡の甘さは物足りないものであるが、砂糖が高級品であるフェルナンドにとってはこれでも相当甘い部類に感じられていた。


「これは美味しいですな……大陸ならば王侯貴族や大商人しか口に出来ませぬぞ」

「はっはっは! いや、気に入ってもらえたのなら何より。その餡ですが、転移前は異国の方に不評なことも多かったという話でしてな。甘く味付けした豆というものがダメだと方が多かったらしく」

「小豆とは豆の一種でしたか」


 そう言いながら、梅ヶ枝餅と共に出された緑色の飲み物に手を出してみる。


「むっ……これは、苦いですな」

「お口に合いませんでしたか?」

「いや、しかしこの甘い物を食べた後ではちょうど良いですぞ。……ふむ、これはもしや茶ですかな?」

「その通り。茶葉を蒸した後乾燥させた物を臼で挽いた物です」

「茶とは色々な飲み方があるのですな……」


 感心しながらそう言ったフェルナンドの言葉に、男はふと思い出す。


「そういえば、大陸には茶がないのでしたか」

「ええ。最近はタンゲランや王都で、日本から輸入した茶が一部で出回っていますが」

「先日聞いた話では、日本の茶園が大陸で茶の生産を計画しているということです。上手くいけば大陸でも、広く茶が飲めるかもしれませんな」

「わざわざ大陸で生産ですか?」

「珍しい話ではありません。既にそういった試みは行われていますからな。この国は国内での生産では食べるのに精いっぱいなのですよ。嗜好品などは輸入が主流になりますな。今お食べになった餅に使われる餡も、小豆は大陸からの輸入品ですよ」

「この国は、転移前は交易で国が成り立っていたとうかがっています……しかし、この10年は随分と非積極的でしたが」

「……」


 フェルナンドの言葉に、男は沈黙で返す。

 フェルナンドが聞きたいことへ切り込んできたことを感じたからだ。


「この国に来て色々見聞きし、この10年の混乱を知りました。国内を整えるのに精いっぱいで海外に目を向ける余裕がなかったことも。しかし不審ですな。それがここ1~2年で当然大陸との交流が共に活発になってきております。はて、日本人にいったいいかなる心境の変化があったものか」

「――大きくは2つあります」


 男はゆっくりと口を開いた。


「1つは、日本人は望みをかけていたのですよ」

「望み?」

「はい。また、地球――元の世界に帰れるのではないかという望みです。おや? おかしなことですかな。そうではないでしょう。ある日突然、異世界に国土ごと転移するなどという非常識な出来事が起きた。では仕方ない、この世界で生きて行こう――そうはならぬでしょう」

「……」

「まず日本人たちが考えたのは、突然この世界にやってきたのだからまた突然元の世界に戻るのではないか、というものです。そう考えていたからこそ、多少の不便さも我慢していたのですよ。下手にこの世界に根を下ろしてしまっては、再び転移した際にまた大混乱ですからな」


 その言葉に、フェルナンドは自分の、そしてこの世界の人間の思い違いに気づいた。

 突然この世界に転移してきた日本のという国を、新発見された元々この世界にあった国と同列に考えてしまっていたのだと。

 交流が乏しいのも、初めて出会う未知の国への不安という側面が大きいと思っていたがそれだけではなかったのだ。


「ですが転移より10年。そろそろ日本人も、帰還が無理なのではと考える者が主流となってきました。そういった心境の変化が、最近の海外進出の原因の1つです」

「しかし、それにしても10年というのは長すぎはしませんかな?」

「「十年一昔」と言いますからな。人間の視点で見ると確かに少々時間がかかったかもしれません。逆に転移が自然現象だというのならば、10年というのは短すぎるのでしょうが」

「確かに」

「この10年というのは、1つには途中遭ったモンスター侵攻のせいがあります。他に、先ほど言ったこの国の心境の変化にかかわ――っと、失礼」


 突然話を切った男が、懐から何かを取り出す。

 胸元から取り出したのは手のひら大の板の様な物――スマートフォンであった。


「私だ。今は菖蒲池の店にいる。どうかしたのかね? ふむ……ふむ」


 この国で何度か目にした、携帯電話というやつだなとフェルナンドは気づいた。

 離れた場所にいる相手と、その場で会話できるという実に便利な道具である。

 これがもし大陸にもたらされれば様々な分野において劇的な変化を起こすことは間違いないとフェルナンドは推測していた。


「またかね……いや、会いはしよう。しかし、今は客人と面会中だ」


 会話を続ける男の姿を改めて見直す。

 この国に来て驚いたことの1つに人々の服装の豊富さがある。

 誰1人として同じ服は着ておらず、靴すらその種類は様々なものであった。

 とはいえ、構造の系統としては同系統の物だと理解できた。しかしながら、今目の前に座る男の装束は、この国で初めて見る物であり、街で見かけた服装とはまったく系統が違う物である。

 中心は大きな布から作られているようで、袖はやたらとゆったりしている。その袖も正面から見るとまるで独立しているように見えた。ズボン部分もやたら生地がふくらんでいる。

 フェルナンドの知らぬことであるが、狩衣と呼ばれる装束で、かつては公家が普段着として使っていた物であり、現在は神職が着ている物である。


(これがこの神殿での神官服であるのかのう)


 他の神職たちもこの服であったためそんな感想を抱いたフェルナンドであった。


「いや、お話中に失礼した」


 通話を終えた男がフェルナンドへ頭を下げる。


「お気になさらずに。急用ですかな?」

「ここで働きたいという者が来ておりましてな。その面接をという話です」

「ほう、それは感心ですな」

「いやいや」


 フェルナンドの言葉に男は苦笑しながら手を振る。


「たいては職にあぶれた者が誰かしらの紹介を受けてやってくるのですが、大半は面接で落とします。単なる職探しと一緒にされては困りますからな」

「なるほど」

「しかし困ったものです」


 そう言いながら手にしたスマートフォンに視線を落とす。


「こんな物があるせいで、どこに居てもつかまってしまう。こんなことくらいは、私の判断を仰がずにやってほしいのですが」

「しかし便利なことも多いでしょう?」

「確かに。ですが、これ1つを作るのにどれだけの苦労があるかご存知ないでしょう」

「……」

「この材料には希少鉱物などが使われていましてね。輸入の絶えた日本では生産が非常に難しいのです。しかし、古い物を回収して再利用するなどしてなんとか生産している」


 男はスマートフォンを懐に入れながら溜息をついた。


「本来、日本がこんな状況になっているのですから、転移前の生活を維持することは諦めなければいけないのです。特にこういった道具は、なくても生活できるのですから」


 男がフェルナンドの顔を正面から見据える。


「これが、日本人の心境に関わるもう1つの話。人というものは異常な事態に接すると、ことさら日常を維持し平静を保とうとする心の作用が働くのです。例えば、小さなことでは犯罪に巻き込まれたり事故に遭ったり、大きなことでは戦争や災害に直面した時」

「つまり日本は、転移という前例のない災害に見舞われその反動から転移以前の生活を維持しようとしていたわけですか」

「それに、モンスター侵攻もです。この2つの出来事を経て日本人の日常――転移前の生活へ回帰しようという心の作用は強くなり、それがまた地球に帰れるかも、帰りたいという願望と合わさってこの10年を生み出していたのです。これは、民間だけでなく政府などもそうですよ。ご存じかな? この国は未だに転移前の世界で結んだ各条約を有効だとして堅持しておるのです。もはや相手もいないというのに」

「誰もそれに異を唱えなかったのですか?」

「もちろんおりましたとも。例えば、軍事関係の条約などは自衛隊から何度も破棄するような嘆願や具申があったようです。対モンスターの戦術の幅が制限されてしまっていますからな。他にも著作権――異国の者が作った品々を保護する取り決めなどについても、生産者から意見も出たようですが、大勢は動きませんでした」

「不思議なものですな」

「まったく人の心とは不思議な物です。まあ、政治家や官僚にとっては下手に条約を破棄した後に元の世界に戻ってしまった場合を恐れたという面もありましょう」


 フェルナンドは今聞いた情報を頭の中で整理する。

 今まで日本は、幸か不幸かギリギリのところで以前の社会を維持してきていた。そうやって過ごして10年。今になりようやく日本人の心に踏ん切りがついてきたのだといえる。かつての世界を忘れ、この世界で生きて行こうという踏ん切りが。

 この日本の動きは今回フェルナンドが来日する契機となった冒険者ギルド進出の一件とも密接に繋がっている。

 おそらく、今回フリオたちが失敗してもこの動きは止まらないだろう。これは日本外部からの圧力だけではないからだ。

時間が経てば経つほど、大陸と、この世界との交流を活発化させようという動きは強くなる。

 そしてやがては、冒険者ギルドだけでなく様々な組織や国家、そして民間人がこの国へと進出してくることになる。もちろんその逆も然りだ。

 成功するか失敗するか分からないが、少なくともフリオはその第一歩と記憶されるだろう。


「ふむ……」

「どうされましたかな。何やら嬉しそうな顔をされましたが」

「いやなに――今の私は歴史の魁なのだな、と実感しましてな」


 フェルナンドの返答に、男はなんとも言えない表情を浮かべる。


「お気になさらず。それより、貴重なお時間を取らせていただいて申し訳ありませんでした」

「なに。そちらの神殿とは私の在り方などで何かと教授されることもありましょうから、それを思えば何のほどもありません。それより、もうよろしいのかな?」


 その問いに、フェルナンドは満足そうな笑みを浮かべ頷いてみせた。


「ええ。こうしてあなたとお話しできただけで、目的は達せられたと言えます」

「なるほど。――では、私はそろそろ務めに戻りましょう。今後もよろしくお願いいたしますぞ、コルテス殿」

「ええ、こちらこそ。菅公様」


 その言葉に、菅公と呼ばれた男は深く頭を下げ店を後にした。


フリオたちがゴブリン巣駆除作戦に参加している間の話です。


ここで上げた日常を云々というのは、先の震災の際に何かで見たか読んだ話です。

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