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冒険者日本へゆく  作者: 水無月
第1章 冒険者来日編
27/147

第21話 決断

 ゴブリンの排除は文字通り瞬く間に終わった。

 銃の使用が解禁された自衛隊にとってゴブリンは敵ではなく、ましてや侵入した個体数は極わずか。その上フリオ達がそれなりに倒しているのだから当然の結末である。

 現在はどこかに潜んだ個体がいないかの捜索が行われているところであった。

 銃の使用が許可されてわずか10分のことである。


 西ゲートへ向かうことを指示されていた佐保であったが、戦闘中は誤射を警戒して行動を控え、銃声が落ち着いたことを確認してようやく行動を開始する。

 あっさり事態が解決し、気が抜けてしまった佐保であったがそこは自衛官である。すぐに気持ちを切り替えて考えることにしていた。


(そもそも目立つのはゴメンだったしね。むしろ良かったって考えないと)


 むしろやる気になっていたのがどうかしていたんだ。そう考えれば、さっさと事態が収拾したことは僥倖だといえる。

 そう考えると喜ぶべきじゃないかと佐保は思った。

 思わず緩みそうな頬を引き締め、隣を走るフリオを見ると、彼もその表情に喜色を浮かべていた。

 色々迷っていたフリオだったが、いよいよ事態が解決となりようやく吹っ切れたのだろう。

 自分が見逃した故に起こったこの事態――とまでは言えないが、それでもその責任の一端はあるこの騒動。それが大きな被害もなく収まり、自衛隊の弱点を暴きつつ冒険者の力も見せる。

 神霊力の件も合わせて考えれば冒険者ギルドの話は大きく進展する可能性が高い。そうなれば一気に大逆転なのだ。

 昼間の件さえ気にしていなければもっと大喜びしていてもおかしくはない。


(ま、こんな状況で大喜びされたらそれはそれでムカつくけどね)


 そんなことを考えつつ先を急ぐ佐保の目に、目的の西ゲート、その隣に倉庫が見えた。

 既に仁多たちは中に居るようであった。



「何がそんなに嬉しいんですか」


 リタは隣に立つ仁多に向かってそう言った。

 その口調にはどこか呆れたような感があった。


「ん? そんな顔していましたか?」


 言われた仁多は気づかなかったとばかりに応える。

 確かに仁多は今嬉しかった。

 このリタたち冒険者の相手をさせられたことで昼間の作戦に参加できず不満だった仁多だったが、今夜のこの騒動ではリタたちと行動を共にしていたことが幸いした。

 この騒動で最大の活躍をしたのはこの冒険者たちであることは間違いない。だが、事態の解決のため自衛隊側で唯一行動を共にしていたのは仁多の分隊である。分隊員はそれぞれの役割をしっかり果たし、仁多自身もリタのサポートとして基地内を駆け回った。サポートとしては十分な働きを見せその最中で何匹かのゴブリンも退治している。

 この働きは昼間の作戦に参加できなかったという不満をかき消すだけの評価はされるはずだと仁多は考えていた。何より政府の思惑もあり、冒険者の功績を少しでも過小にするため共に行動した自分たちが持ち上げられるはずだとの打算もあった。

 そんなことを考えていたからだろう。嬉しさが隠しきれず顔に出ていたのだ。


「……はぁ。それより、フリオたち遅いですね」

「ゴブリン掃討が終わってから来ているんでしょう。もう銃声も聞こえていませんからそろそろですよ。準備だけはしておきましょう」


 倉庫の中には大きな木箱が5つ置かれていた。

 昼間の作戦で撒き餌として利用された鉱石が入った木箱だ。作戦終了後、第2中隊第3小隊によりゴブリンの巣から回収されここまで運び込まれていた。

 小隊員たちがここに運び込んだ直後、今回の騒動が起こったため木箱はそのまま放置されていたのだ。

 その木箱の検査に仁多たちが指名されたのは、秋吉司令の指示によるものであった。

 今回侵入したゴブリンは、トラック等に隠され内部に入り込んだとみられている。その際共に運び込まれたこの木箱を警戒するのは当然の成り行きといえる。

 中にゴブリンが入っている可能性もあるし、別の何かがある可能性もある。そこで、自衛隊だけ対処できない場合を想定して、フリオたちと行動を共にしている仁多の分隊に命令が下ったのだった。

 倉庫に到着した仁多とリタそして仁多の部下の3名は、いきなり箱を開けようとはせずフリオたちの到着を待って中を改めることにした。

 箱の大きさは、大人が小さく身を縮めれば2人くらいならどうにか入りそうな大きさである。ゴブリンなら3~4匹は入るだろうか。

 とはいえ、外から様子をうかがう限り中にゴブリンが入っていそうな気配はない。


「ふん……どうやらゴブリンはいないみたいですね」

「そうね。でも、箱越しだけど神霊力を感じるわ」

「それは、中に何かいるってことですか?」

「ゴブリンじゃないとしても、他のモンスターかも……箱越しに神霊力を伝えるくらいだから結構強いわね」


 その言葉に、仁多は部下に指示をだし手にした小銃のセーフティーを解除する。

 不測の事態に備えてだ。

 その様子を気にしながら、リタは近づきすぎないよう距離と取りつつ箱の観察を続けていた。


(この箱どっかでみたような……あ! そうだ。フリオの実家にあった物と同じ箱だわ)


 日本に来る前に、フリオの実家ベルナス商会に行った時のことを思い出す。あの時見た、ベルナス商会に山積みされた木箱が確かにこの箱と同類だったはずだと。

 箱の周囲を回り確かめると、側面には「ベルナス商会」の文字も見つかった。


(大陸からの輸入品か……まさかこの一件、ラトゥさんの仕業じゃないわよね)


 現在公安の2人から疑われている本人が聞けば、いい加減にしてくれと言いたくなりそうな感想だが、日本に来てからの彼女の働きを知っているリタにとってそう思ってしまうのは無理もないことであった。


「隊長、遅くなりました」

「俺たち最後か……やっぱ待たずに行った方が良かったんじゃないか?」

「だーかーらー! 危険だって説明したでしょう! あんたに怪我されると私の責任になるのよ!」

「だーかーらー。そういう扱いされるのが嫌だってさっき言ったよな俺」

「知らないわよ。私がそれを尊重する義務はないわ。というか、あんたのこと以上に、私も怪我したくないし」

「お、おおお……ぶっちゃけやがったな!」


「……」


 倉庫に入ってくるなり随分打ち解けた様子で口げんかする2人を、倉庫に居た一同は茫然と見ていた。


「フーリオ。……随分楽しそうね」

「――別に楽しんじゃいないよ」


 リタの言葉に頬を膨らませ憮然とした態度で返すフリオだが、傍から見る限りは楽しんでいたようにしか見えなかった。


「ふーん……」

「そんな顔しないでくれよ」


 冷たい目を向けるリタにフリオはそういってなだめようとする。

 もっとも、リタが本気でないことはフリオには分かっている。しかし、ここで対応を間違えば後々まで引きずられることは予想できるので、下手な対応をするわけにもいかなかった。

 横では佐保が面白そうな顔をしているのが腹立たしかったが、ここで佐保に突っかかれば事態は悪化するだけである。


(くっそう……)


 内心で佐保に毒づきながらリタをなだめるフリオに助け舟を出したのは仁多であった。


「お2人とも、悪いが時間もないので作業を始めたいのですが」

「あ、すいません」

「――ま、今回は見逃してあげるわ」


 もともと本気でなかったリタだ。そう言われるとあっさりフリオを許してしまった。

 安堵の表情を見せるフリオと、つまらなさそうな顔の部下を見ながら、仁多は作業手順の説明を始める。


「これから開封する箱は5つ。中にゴブリンがいる気配はないが、リタさんによれば神霊力が感じられるとのこと。ゴブリンではない別のモンスターが潜んでいる可能性も考えられる」

「確かに神霊力を感じるな……ん? これうちの品か」

「大陸からの輸入品ですよ。それで、俺と脇田で箱を開けますから、あなたたちは佐保と一緒にモンスターが出てきた場合対応をお願いします」

「分かりました」

「隊長。銃は使用して構いませんか」

「許可するが……俺と脇田を巻き込むなよ」


 仁多がそう言うと、この場にいるもう1人の分隊員である脇田という若い隊員が「マジ勘弁してくださいよ」と半分冗談半分本気で佐保へと懇願した。

 分かっているわよ、と笑って返す佐保に促されながら2人は小銃を背負い直すと、用意していたバールを手に木箱の1つに取り付く。

 その2人から少し離れ、フリオとリタがそれぞれ剣を手に、更に数歩分後ろでは佐保が小銃を手に不測の事態に備えつつ作業を見守っていた。


 仁多と脇田により箱の蓋を打ちつけていた釘が全て引き抜かれる。

 動きがないかと作業を止め様子をうかがうが、内側から蓋を持ち上げるような動きはない。

 仁多が脇田を見ると、脇田は黙ったまま頷いてみる。

 バールを足元へ置き、2人は蓋に手をかけた。

 作業を見守る3人を見れば、3人とも緊張しつつもいつでも動けるような体勢にある。


「……いくぞ」

「はい」


 せーの、という掛け声と共に2人は一気に蓋を取り払う。

 その瞬間、フリオとリタ、そして佐保も緊張が最大へと高まり――一気に下降した。


「……大丈夫、か?」

「モンスターはいないようです」


 蓋を下ろしながら言った仁多の言葉に脇田がそう返す。

 箱の中にはごつごつとした何かの地金――インゴットが綺麗に詰め込まれていた。

 白みがかった鉱物。その色に見覚えがあった仁多は記憶を遡りそれが何であったかと思い出す。

 そうだとフリオを見れば、彼の装備している胸当てがこのインゴットと同じ輝きである。

 違いと言えば、ただ白っぽい色であるフリオの鎧と違い、箱の中のこれは薄淡い光を発している点だ。


(ん?……いや、気のせいか。光ったような気がしたんだが)


 改めて見直せば、そんな光などどこにもなく。ただの白っぽい鉱物でしかない。

 ともあれ、危険はなさそうだがと思いつつも、念を入れて中を確認するために仁多はインゴットに手を伸ばした。



(ミスリルか……)


 仁多たちから少しだけ離れ警戒していたフリオにも箱の中身は見えた。

 箱の中には何がいるのか。ゴブリンでなければ別の小型モンスターが潜んでいるのか。神霊力は感じられるのだから少なくとも何かいるはずだ。

 しかし実際に蓋を開けてみれば中にあったのはミスリルであった。

 ミスリルならば、神霊力を感じてもおかしくはない。ミスリルには神霊力を蓄える性質があるのだから。

 そう考え安堵した。



 ――ではその神霊力はどこで込められた物だったのだろうか。



「え?」


 間抜けた声を出したのは脇田であった。

 上官が自分に突きつけるそれが何なのか。それを頭が理解するよりも先に、


「死ねよ」


 憎しみの籠った一言と共に引き金が絞られる。

 小銃の弾を防ぐといわれる防弾チョッキも、プレートが挿入されていない部分を撃ち抜かれてはさすがに小銃の弾は防げない。放たれた銃弾は脇田を貫く。


「っ!?」

「た、隊長!」

「なっ!」


 至近距離からの銃撃に、3人の見ている前で脇田は吹き飛ばされ床に仰向けに倒れる。

 気絶しているのか――あるいは即死したのか。動きを見せないまま、脇田の胸には赤い染みが広がっていく。


「あんた何を――っ!」


 フリオが我に返り動くよりも、仁多の方が早かった。

 手にした剣を突き付けようとしたところで、仁多の小銃がフリオの剣を打ち抜く。

 神霊力が込められたはずのフリオの剣は、当たり所も悪かったのだろう刀身を半ばで打ち砕かれてしまった。

 目の前で体験する銃の威力にわずかにひるんだ隙に、フリオに銃口が突きつけられた。


「動くなよ。あんたを殺す気はないが、抵抗するなら殺すぞ」

「……」

「おっと、リタさん。剣は捨てて後ろに下がってもらおうか。下手にあんたに触られて気絶させられちゃたまんないからな。佐保! お前も銃を捨てろ!」

「くっ……」

「隊長、いったい何やっているんですか!」

「コイツ撃たれたくなかったら銃捨てろって言ってるんだ!」


 叫びながら問いかける部下と、茫然するとリタを視界の端に捉えつつも仁多はフリオから目を離そうとしない。


「……ファントム」


 フリオが苦々しげにその言葉を口にした。


「え?」

「ファントム。この人はファントムに憑りつかれているんだよ」


 事態が飲み込めない佐保に聞こえる様にフリオは再びその言葉を口にした。


「ミスリルは神霊力を蓄える……なるほど、滅多に起きないファントム化が起きた理由も分かったよ。このミスリルが原因だったんだ」


 ゴブリンが自衛隊によって掃討された際に拡散していくはずだったゴブリンの持つ神霊力。しかし、まったく損なうこと無く且つ大量に殺されたためにファントム化が起こる条件が整えられてしまった。更にそこにあったのが、神霊力を蓄える性質を持つミスリルである。

 これが媒体となり神霊力が集積されファントム化は起きた。

 そして回収に当たった小隊員たちに取り付いたファントムだが、その全てが憑依したわけではなかったのだ。


「おしゃべりしてないでさっさと従え」


 その瞳を憎しみの色に染めて。怒気を込めた声で仁多は言う。


「しかし……」


 どうすべきかと佐保は迷う。

 状況は理解した。

 たった今まで何ともなかった人間が、憑りつかれた瞬間からこんな敵意をあらわにするなど不条理な事態ではあるが、そこはファンタジーなのだなと無理やり納得する。

 それよりもどうするかだ。


(いっそ銃をこっちに向けてくれればいいのだけど)


 ファントムに憑依されても、仁多の思考に狂いはなかった。

 ここにいる3人の内、今の状態では誰を狙ってもそれを撃った直後に別の者に攻撃される。フリオやリタを狙えば、今銃を構えている佐保が。佐保を狙えば目の前のフリオかリタが。

 こうして脅している状態だからこそ、3人は動くに動けなくなっているのだ。

 その上、フリオが動かないようにしっかりその目はフリオを捉えている。


(ここで銃捨てたら撃たれちゃうんだろうな……)


 佐保の視線の先。銃をフリオへと向ける仁多の更にその向こうに、倒れた脇田の姿が見える。

 これまで一方的にモンスターを倒してきた佐保にとって、目の前で隊員が倒れるなど初めての経験だ。

 しかし不思議と怒りも悲しみも、恐れすら湧き上がってこない。混乱で感覚が麻痺しているのだろうか。

 ただ、ああはなりたくないなという想いだけがある。

 ここで銃を手放せば、ああなってしまうことは間違いがない。

 しかし、それでも――


「よーし。そのまま手を上げて膝を付け」

「……」


 佐保は黙って銃を床に置き、仁多の指示に従う。


 死にたくはない。それでも、彼女は自衛官であった。

 ここで死にたくないからと、フリオを見捨てる選択は取れなかった。

 ここでフリオを見捨て仁多を撃てば、自分とそしてリタは助かったかもしれない。このまま全員殺される可能性も高いのだ。そうする方が正しい選択なのかもしれない。

 それでも、彼女には見捨てるという選択肢は取れなかった。

 甘さだったのかもしれない。見捨てる勇気の無さだったのかもしれない。だが、それは紛れもなく彼女の矜持であった。

 今、この日本で生きる者たちは、転移そしてその後のモンスター侵攻から大なり小なり何かしらを見捨てて生きている。

 自分の家族、親類、友達、仲間、未だ東日本に残る見知らぬ誰か。

 佐保とてそうだ。彼女も何かしらを見捨てているからこそ、今こうして生き延びている。

 それ故に生まれた後ろめたさが、彼女が自衛隊になった理由の1つ――それなりにこの国を護るんだという使命感、に繋がっているのだ。

 そんな佐保が、どうしてここで見捨てるという選択肢を取れようか。



「……」


 佐保が銃を手放すと、リタもそれに倣うように剣を床に置いた。

 リタにとって銃はいまだ未知数な武器である。例えばここで飛び掛かったとして、自分もフリオも無事に助かるのかという確信が持てなかった。

 また、ここでフリオを見捨てるほど彼女の心は強くもない。


「それじゃ、フリオさん。そのままゆっくり後ろに下がってください」


 2人が武器を手放したことを確認すると、仁多はそう言った。

 先ほどの佐保へ向けた声と違い、意外にもそこには怒りの色がない。


「……俺は、撃たないのか?」

「撃たれたいのか?」


 フリオの問いに仁多は血走った目を向けたまま問い返す。


「俺が憎くて憎くて、殺したくてたまんねーのはアイツらだ。あの緑の服着た自衛隊なんだよ。邪魔するならあんたも殺すぞ」


 その言葉にフリオは理解した。

 仁多に取り付いたファントムに宿った意志は、自衛隊によって殺されたゴブリンの物である。

 そのゴブリンにとって、最期にその目に強烈に焼き付いたのは自衛隊の緑色の服だったのだろう。

 大陸の冒険者がそうであるように、普通の白兵戦であれば相手を人間と十分に認識しその怨みは人間へと向けられていたかもしれない。だが一方的な砲撃で相手を人間だと認識する間もなく殺戮されていったゴブリンに取って、怒りと怨みの対象はこの緑の装束を纏った相手でしかないのだ。


「なあ、なんでだろうな佐保。なんか突然、お前たちが死ぬほど憎らしいんだよ。殺さなきゃこれは晴れそうにないんだよ……だから死ねよ!」


 ファントムに憑りつかれればその瞬間から感情は支配される。

 憑依前の思考力は生きたまま、ファントムに宿る想いのままに行動するのだ。

 そこに憑依前と後で、論理的思考のつながりなどない。


「……」


 自分の死を確信する佐保だが、同時に安堵もしていた。

 どうやらフリオとリタを殺す気はないようだと理解したからだ。

 このまま2人が助かるのなら、自分の選択は間違っていなかったと胸を張って言えるからだ。

 佐保の目には、ゆっくり後ずさるフリオの姿が見えていた。

 同じく、フリオが後ろへと下がる姿を確認した仁多はようやく銃口をフリオからそらした。しかし、少しだけ自分も後ろに下がり、フリオたちと佐保の両方を視界にとらえる。


「佐保。お前が考えてることは分かるぜ。安心しろ、この2人には手は出さない。でも、お前は許さねえ。脇田はあっさり逝っちまったからな。徹底的に嬲り殺してやるからな」

「しゅ、出世はどうするんですか隊長」

「黙れ!!」

「きゃっ!」


 仁多の放った銃弾が佐保をかすめる。


「こんなクソみたいな組織どうでもいいんだよ! どうせ全員殺してやるんだからな。お前らへの怨みが晴れるまで徹底的に殺し尽くしてやる!」

「……」


 もはや言葉は通じないと理解した佐保は口を閉じた。

 その姿を確認した仁多はつまらなさそうな顔をして唾を吐き捨てた。


「けっ。もう少し抵抗しろよ、何か言えよ、命乞いとかしろよ! なあ! さ――!?」


 腹立たしげに罵る仁多の口が止まった。


「俺の話を聞いてなかったのか? 殺すぞフリオ」

「いや、ちょっと落ち着いて」


 仁多と佐保の間に割って入ったフリオがそう言いながら宥めようとする。


「フリオ!」

「ちょ、何してるの!?」


 リタと佐保が驚き声を上げる。


「2人ともちょっと黙る。仁多さんも冷静になってください」

「撃つぞ」


 両手を突き出しながら何とか仁多を宥めようと話しかけるフリオの言葉を無視して、仁多はその胸元へと銃を向ける。


「ちょ、待って――炎よ!」

「がっ!?」

「グッ!」


 一瞬だった。

 フリオが放った神霊術によって、目を焼かれた仁多。その痛みから、指が引き金を引くが、銃弾はフリオの神霊力の籠ったミスリルの胸当てに阻まれる。


「目が! 目がー!! ぐああああああああああああ!!」


 叫びのたうつ仁多。

 どの程度の熱量であったのかは不明だが、眼球を狙って放たれた炎の神霊術である。痛いなどというレベルの話ではない。


「なにやってんのよ!」


 胸部に受けた銃撃により尻もちをついたフリオへと、リタと佐保が駆け寄る。


「なんであんな無茶を!」

「無茶でもないよ。一回銃を使うところを見たから、どういう武器か分かったからね。あれなら、胸当てで防げそうだったから」

「顔を狙われたらどうする気だったのよ」

「あ、仁多さんには触らないように。まあ、顔なら撃とうする前に指の動きで避けられるよ。たぶん」


 叫び声を上げ続ける上官に寄ろうとした佐保を止めつつ、フリオは事もなげに答えた。

 確かに、銃に狙われた状態から指の動きで判断して避けるなんて話は嘘か本当か佐保も聞いたことはある。

 しかしそれと同じことを考えやろうとするとは――


(銃を甘く見すぎよ……ま、結果オーライだけど)


 実際に銃弾を受けた胸当ても、わずかに凹んだ跡があるだけである。

 しかし胸当てに当たらなければ即死しないまでも重傷を負ったことは間違いない。


(これが冒険者なのかしらね……)


 どうやら自分は冒険者というものを理解していなかったのではないかと思わされた佐保であった。


「じゃあリタ。仁多さんを――!」

「あ!」

「どうしたの?」


 突然驚きの顔をする冒険者2人に、佐保は困惑する。

 2人の視線を追うと、その先には残る4つの木箱があった。


「何があったの?」

「……木箱からファントムが出てきている」

「神霊術に反応して活性化したのかしら……」


 佐保の目には見えないが、神霊力の塊――ファントムが動き出したらしい。


「くっ!」


 とっさに銃を構えるが、相手は姿かたちが見えない存在である。


「無駄よ。神霊力がなければファントムは倒せないわ!」


 そう言いつつ、リタは神霊力を纏わせた剣を何もない虚空へと振るった。


「佐保さん。さっき撃たれた人をここから連れ出して!」

「え?」

「ファントムは死体にだって憑依出来るんだ!」

「っ!」


 撃たれた脇田を死体と断言され思わず言い返したくなる気持ちを抑え込み、別のことを問う。


「隊長はいいの?」

「あの人は既に憑かれているから問題ない」


 ならばこれ以上の問答は時間の無駄である。

 佐保が倒れる脇田に駆け寄ると、脇田にはまだかすかに息があった。

 とはいえ、出血は止まっていない。出来るならば動かさず処置したいがその時間すらない。

 せめてと傷口を抑えながら脇田を起こす。


「ラトゥとヴォルフさんを呼んでくれ!」

「分かったわ。無事で!」


 それだけを言い交し、佐保は脇田を半ば引きずりながら倉庫の外へと歩き出した。


「さて……」


 その後姿を見届け、フリオは拳を握りしめるとファントムへと向き直る。

 今はリタが相手をしているが、その姿は何もない虚空へ剣を振り回しているだけにしかみえない。神霊力の扱えない者から見ればさぞ滑稽であろう。

 しかし、フリオの目にはハッキリと木箱から立ち上がる白い靄のようなファントムの姿が見えていた。

 リタが剣を振るうたびに、その纏った神霊力と相殺される形で僅かながらその姿が削られている。

 実体のないファントムにはこうやって地道に神霊力をぶつけるしかない。


「ふん!」


 気合いと共に神霊力をその拳に込め、リタが相手をするファントムとは別のファントムへとかける。


「はあ!」


 木箱の上でふわふわと漂うそれに思い切り拳を叩き込んだ。

 手ごたえは何もない。ただ、ファントムに叩き込んだ拳から腕にかけての神霊力が消え去る感覚だけがあった。

 腕を引き抜き、相殺され消えた神霊力が満ちるのを待ち再び拳を突き出す。

 拳を繰り出す度に、自分の神霊力と引き換えにファントムが削られているのが視覚的に分かる。

 当のファントムは一方的にされるがままだ。憑りつくものがない限り、ファントムはそのままでは自発的な行動はできない。

 そういった意味では危険性は低いのだが――


(不味いな。先にこっちが力尽きる)


 ファントム1体辺りにゴブリン何匹分の神霊力が集まっているのか。数は分からないが、2~3体などということはないだろう。

 ゴブリン1匹の神霊力よりも、人間の持つ神霊力の方が大きいとは言え、数が集まれば話は違う。

 このままでは先にフリオたちの神霊力が尽きてしまう。

 生物が生きている限り、神霊力はゼロにはならない。しかし、体力や秋吉司令が例えとしていった体温の様に、著しく失われれば生命活動に支障が出てしまう。


(ラトゥとヴォルフさんが居ても……)


 フリオに焦りが生まれだす。

 見ればリタの息も上がってきている。神霊力の消費もそうだが、あれだけ剣を振り回しているのだから体力の消費も馬鹿にならない。


「リタ後ろ!」

「!?」


 フリオの声にリタが振り返ると、そこには仁多が立っていた。

 フリオの術で焼かれた目は白く濁っている。おそらく失明してしまっているのだろう。

 手には箱を開けるために使ったバールが握られている。


「殺ス! 殺してヤル!!」


 そう叫びながら闇雲にバールを振るう。

 やはり何も見えていないのだ。ただ気配だけを頼りに振り回している。


「大人しく――してなさいよ!」


 そのバールを掻い潜り、仁多の胸元へと潜り込むと神霊術を叩き込んだ。


「ウグッ」


 ぶるんと痙攣した後、仁多はあっけなく失神してしまう。

 崩れ落ちる仁多の横に、リタも膝から崩れ落ちる。


「ごめん……術使いすぎたわ」


 それだけ言ってリタもまた気を失う。

 消費が少ないとは言え、憑依者を捕まえるため何度も神霊術を使った上に、ファントムを相手に直に神霊力を消費し、そして更に今の神霊術だ。一気に限界を突破してしまったらしい。


「リタ!」


 気を失ったリタへとファントムが忍び寄る様子がフリオには見えた。

 神霊力を操る人間でも、気を失ってしまえば話は変わる。

 憑りつこうとするファントムに拳をぶつけ追い払い、リタを護るようにフリオは傍についた。

 ファントムたちは緩慢な動きでフリオたちに近づいてくる。憑依する獲物を見つけたためだろう。

 意図してわけではないだろうが、その動きはフリオたちの退路を断つかのように包囲してきていた。


(どうする……どうする)


 一時撤退するしかない。

 フリオ1人なら、今ならまだそれも可能である。全力で駆け抜ければ神霊力が尽きる前に脱出できるだろう。

 しかしリタを連れては無理だ。

 間違いなくファントムたちを突破する前に神霊力が尽きる。


(ここでリタを置いていけば――)


 リタは憑依される。

 しかし憑依されたからといって死ぬわけではない。

 憑依も、フェルナンドが到着し彼の神霊術を使えば祓えるだろう。


「……」


 しかし神霊力を消費し衰弱したリタが憑依されて果たして無事なのだろうか。

 ファントム化はめったに起きない事例だけに、詳しいことは分かっていない。


「くそー!」


 再び近寄るファントムに拳を振るいつつフリオは叫ぶ。


(考えろ……)


 一人前の冒険者ならばどうするべきか。

 己の身は己で護ってこその冒険者だ。ならば、ここはリタを置いて逃げるのが正しい。


(俺もリタも、一人前の冒険者になるために頑張ってきたんだ)


 ならその選択は間違いではないはずだ。

 だがすぐには足が動かない。


 フリオの脳裏に、先ほどの佐保の行動が引っかかっていた。


 あの場で佐保がフリオを見捨てていれば、佐保とリタは確実に助かったはずである。

 しかし佐保はそれをしなかった。

 愚かな選択である。

 フリオとリタが見逃がされたのは偶然であったし、3人が助かったのは幸運とフリオの行動のおかげである。そんなものを見越していたわけがない。

 今日出会ったばかりの者のために、最善の選択を捨てた佐保の行動。それがフリオの心の枷になっていた。

 出会ったばかりの者があんな行動と取ったのに、5年も付き合いのある自分がここで易々見捨てるのか――そんな枷だ。

 拳を振るいながら葛藤する。

 だがそれももう時間が無い。


 見捨てるか、共にあるか――


(リタ、俺は――)





「『我は万物の真理を探究する者。不実なる者よ在るべき姿に還れ』!」


 言葉と共に光が満ちた。

 神霊術として増幅された神霊力が、ファントムたちを飲み込む。

 ゴブリンたちの憎悪と怨念を乗せ、留まり続けていたファントムは、その光により結合を失い虚空へと拡散していった。


「……コル、テスさん?」

「間に合ったようじゃのう」


 フリオが倉庫の入り口に目を向けると、そこには杖を手にした老人が立っていた。


「よくぞ持ちこたえたな、フリオ」

「……ハハ……ハハハハ…」


 フェルナンドの言葉に、フリオは力なく嗤いそのまま倒れ込む。

 慌てって駆け寄ったフェルナンドが確認すると、どうやら神霊力の消費のし過ぎによる衰弱らしい。リタと同じくフリオも限界に達したのだ。


「フリオ、お主……」


 倒れ込んだフリオの顔を見てフェルナンドは言葉を飲み込んだ。

 戦いに勝ったというのに、その表情はまるで敗北者のそれであった。





 フェルナンドの到着により自衛隊下関駐屯地での騒動は幕を下ろした。


前回より時間があいてしまいまして申し訳ありません。

忙しかった上に、なかなか筆がのらずいつもより間が開いてしまいました。


次回このエピソードのエピローグになります。

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