第20話 ハズレ
『佐保3曹から連絡です。移動中に再びゴブリンと遭遇。ベルナス氏と共にこれを排除したとのことです』
『これで3度目か……ゴブリンの排除も必要だ。無駄ではないが』
『確保した憑依者は最初の1人だけです。運が悪いですね』
『しかし、メラス氏の方は順調だ。問題はないだろう』
報告を聞いた秋吉は、部下とそんな会話を交わしていた。
現在秋吉の指示により、隊員たちはゴブリンを敷地外に出さないことを最優先に行動しており、出入り口の守備を堅めそこから動かないようにしている。
その隊員たちの元へフリオとリタが仁多の部下と共に向かい憑依者の割り出しが行われているのだ。
報告にあった通り、フリオの方は途中でゴブリンと出くわすことが多く、最初に確保した1名以外に憑依者を確保できていなかった。
その代りというわけでもないが、リタの方は各所に固まる隊員たちの集団を回り、順調に憑依者を発見し確保し続けている。
『先ほどメラス氏が新たに憑依者を発見。これを確保したそうです』
『これで10人目か。今のところ確保した憑依者は12人だな』
『はい。全員ロープで縛り、倉庫に入れています』
『倉庫は大丈夫だろうな?』
『はい。窓はありませんし、脱出に使えそうな物はあらかじめ倉庫から出しています』
『そうか。ともあれ、メラス氏のおかげで憑依者の確保は大丈夫そうだな』
『能力の相性が良かったのですわ』
秋吉の言葉に横から日本語で口を挟んだのはラトゥであった。
『彼女の神霊術は雷を使います。当てどころさえ間違えなければ、人間1人を気絶させるくらい可能ですから』
『疑似スタンガンのようなものだな』
ラトゥの説明を秋吉はそう解釈した。
スタンガンは実のところそう簡単に人間を気絶させることなどできない。相手の状況や当てる場所によって気絶させることも出来るが、痺れさせることが主な効果だ。
リタの取っている方法が同じ原理だとすれば、確実に相手を気絶させているその手腕は実に手馴れているなと秋吉には感じられた。
『ところで、最初に憑依されていたのは何人くらいなのでしょうか?』
『おそらく……現場を任されていた小隊の人数が約30人。しかし、全員が憑依されていたとは思えないですから、20人はいないでしょうな』
『報告では、ゴブリン巣を直接捜索していたのは2班16名とのことです。その2班は作戦に使った鉱物入れた箱の運搬も担当しており、帰投するまで他の隊員との接触はなかったとのことです』
『なるほど。まあ、仮に他に憑依していた場合は元の隊員が正気に返ってしまいますから、下手に移せば途中で騒ぎになっていたでしょう』
『そうですな。それと、先ほど春日基地を出たヘリ……あ~我々の乗り物が、コルテス氏を乗せてこちらへ出発したとの連絡もありました。太宰府からここまで60km程度。30分もかかりません』
『無事に事態が収まりそうでなによりですわ』
笑顔でそう答えたラトゥを、苦々しく見ている者がいた。
公安の2人だ。
その視線に気づいていたラトゥだったが、特に気にした様子もみせない。
彼らが何を考えているかなどお見通しだ。
(疑われていますわね)
何せここの起きた出来事はタイミングが良すぎた。
ラトゥたちが活躍の場を欲している時、まさにその場が訪れたのだ。
疑われるのは当然である。
しかし――
(こんな杜撰な手を使うと思われるのは嫌ですわ)
日本についてからここに至るまでの道筋を通したのはラトゥである。しかしここで起きている出来事に関しては彼女の思惑の外の出来事であった。
そもそも、条件を整えたとしても確実に起こるとは言えないファントム化現象を計画に組み込むなど、運頼りとしかいえない賭のようなものだ。
そんな杜撰な計画を自分が立てていると思われるのは、甚だ心外であった。
(とはいえ、この件は良い意味で誤算でした。これで目的も無事果たせるでしょう)
彼女が主であるベルナス商会の主ロレンソから受けた指示は2つ。冒険者ギルドの設置を日本に認めさせることと、フリオの手助けである。
フリオの目的も冒険者ギルドの設置であるのだから、2つの指示は実質1つだと言っていい。
(ここで我々が存在感を示せば、後は商会に冒険者ギルドの進出を依頼してきた日本側の商社も動きやすくなるでしょう)
冒険者ギルドの進出は何も大陸側だけの思惑ではない。
日本国内で冒険者を欲する勢力からの要望もある。
危険地域として自衛隊ですら公には近づけない東日本。そこに置き去りにされた様々な物品・資産を取り戻したい者。未だ家族縁者がそこで生きていると信じ捜索をしたい者。手を出せない鉱山などを欲する者。そういう者たちの望みでもある。
日本との繋がりを強くしたいベルナス商会にとっては、出来うる限りその要望には応えたいところであったのだ。
(ここ最近の日本は随分と積極的ですから。ここで下手を打って余所に走られても困りますからね)
今回の件も含め、これまで最低限の交わりしか持とうとしなかった日本側が最近は積極的に対外的に交渉を持とうとしていた。
ラトゥの知らないところであるが、開国派と呼ばれる勢力の拡大はそうした流れの一環である。
転移より10年経ち、その後のモンスター侵攻の余韻も収まった日本人の心境に何かしらの変化が出てきている証拠であった。
漠然とであるが、ラトゥにはその正体が見えてきていた。
ラトゥが知る日本に関する知識――資源不足で輸入に頼らなければ以前の生活も維持できない日本。
しかし実際に目にした日本は、街は隅々まで整備され多くの人間で溢れしかしながら貧しさは一見うかがえない。夜は光があふれ、衣食も豊富。それは大陸側とは比べ物にならない世界であった。
(実際にあれだけ輸入を望んでいる以上物が不足しているのは事実でしょう。しかしながらこの繁栄振り、相当な無理をして転移前からの生活を維持しているはず)
それに耐え切れなくなったからこその昨今の日本の動きではないのか、というのがラトゥの推測であった。
実際には、転移前に比べると圧倒的に物は足りていないし生活もかなり切り詰められている。逆に、人口の大幅減少で食糧問題は際どいところで回避され、資源も様々な代替物の開発が行われた結果ラトゥが考えるほど無理をしているわけではなかった。
そういった意味ではラトゥの推測は的外れである。
しかし、過程は間違っていたが日本が耐え切れなくなったという結論は大きく外れているわけではなかった。
が、そんなことはラトゥに分かる筈もなかった。
経緯が自分たちにとって都合の良い方へと動くことに満足している彼女は、それを表に出すことなくいつもの無表情で吉田たちの視線をかわしつつ、作戦の終了を心待ちにし続けていた。
「もう何匹目よこれで!」
ゴブリンの喉元へ銃剣を突き刺しつつ、佐保は全力で嘆きごとを言った。
「知っているか? 『ゴブリンの数を数える』って言い回しは無意味なことを表す慣用句なんだぜ」
「今そんな無駄知識いらないわよー!」
同じくゴブリンの相手をしているフリオの言葉に叫び返しながら、息絶えたゴブリンを足蹴にして銃剣を抜き去る。
「さっきの1人から憑依者は全然見つからないのに、ゴブリンだけは何度も何度も。おかげで、白兵戦のゴブリン退治だけ上達していくじゃないの」
「軍人なら無駄にはならないだろ……っと、はあっ!」
「グギャグアアアアアア!」
フリオに剣を突き立てられていたゴブリンが叫び声をあげる。
剣を抜いたフリオは苦しむゴブリンに剣を突き立て、速やかにその命を絶った。
「……今度は何したのよ。なんとなく臭いで分かるけど」
「剣を通して神霊術で内臓を焼いた」
「えぐっ……もっと別の戦い方ないの? 炎の神霊術を剣に通せるんなら、剣に炎を纏わせて焼くと斬るを同時に、とか」
「それって、せっかくの傷口を焼いて止血させるだけだよな? 切れ味変わらないだろうし」
「じゃあせめて、炎だけ飛ばして――」
「俺の神霊術の威力じゃ軽い火傷で精いっぱいだ。内臓ってかなり強力なモンスターでも弱いから、そこ焼くのは効果的なんだぞ」
「えぐい上に地味……」
落胆しながらの佐保の言葉に、フリオは心外だなという顔で答える。
「リタだって、突き刺した剣から雷流し込んで相手を失神させたり痺れさせたりした上で急所を滅多ざしにする戦い方だし、ヴォルフさんだと力任せに叩き潰すんだ。他の冒険者だって似たり寄ったりさ」
「イメージが……ファンタジーのイメージが……」
「そういうあんたの戦い方だって――」
そう言って今佐保が倒したゴブリンの死体を指さす。
「ボコボコに殴りつけて弱ったところで喉ついて殺すと、そうとうえぐ――」
「仕方ないでしょう! こうでもしなきゃ倒せないんだから」
神霊力がない佐保がゴブリンと戦いながら見つけ出した対処法は、ひたすら致命傷になるまで攻撃し続けるというごく当たり前のものであった。
殴るも斬るも効かないわけではないのだ。それが積み重なれば神霊力がない佐保でもゴブリンを倒すことはできた。
ゴブリンの動きも、佐保が落ち着いて対峙すれば何の問題もなく対処できる程度でしかない。
しかしその結果、レベルの違う相手を執拗に殴り続け斬り続けるという、あまり傍から見てほしくない光景になってしまっていた。
そこを指摘され真っ赤になって抗議していた佐保だが、ふとあることに気づいた。
「そういえば、もう1人冒険者いるでしょう。ラトゥさんだっけ? 彼女は弓を持っていたけど、どうやって戦うのよ」
「え? どういう意味だ?」
「だから、例外を除けば鉱物に纏わせた神霊力はすぐに散っちゃうのよね? だったら、矢はどうなってるのかなって。あれも、矢はミスリルとか文様刻んでるのかしら」
「使い捨てが多い矢で、そんなもったいないことできるか。あれは、矢じりじゃなくて箆の部分に神霊力を込めてるんだよ。あそこは木で作るから、鉱物よりは神霊力が残るからな」
箆とはシャフトと呼ばれる矢の棒の部分である。
ラトゥはそこに神霊力を込めて矢を放っているというのだ。
そこに込められた神霊力は霧散するまでの間、接続する矢じりにも神霊力を伝えることとなる。
「うーん……その方法なら随分スマートね。遠距離武器ってのも良いわ」
「いや、銃使えれば関係ないだろあんた達には」
まるで自分が使いかのような前提の佐保に、フリオは呆れてツッコミを入れる。
「そうでもないわよ。今回の件で、銃じゃ神霊力を消せないことが判明したからね。それに対応する方法は自衛隊でも検討されると思うわ。ま、もしそうなったらって話ね」
「なるほどね~」
フリオは、そうなれば冒険者にはありがたくない話だなと内心で思った。
「さて。無駄話している暇があればさっさと憑依者探しましょう」
「そうだな。ゴブリンがどれだけ連れ込まれたか分からないが、そう多くはいないはずだ。出来ればこれ以上は相手をしたくないわ」
「ほんと、そう願うわ」
そう言って2人が駆け出してすぐに、佐保の無線に通信が入った。
『佐保、こちら仁多だ。応答しろ』
『あ、隊長。こちら佐保3曹です。どうしました?』
通信はリタと共に行動をしているはずの仁多からであった。
『たった今、14人目の憑依者をこちらで確保した』
『え? もうそんなにですか!?』
『そっちは何をやっていたんだバカ。それでだ。司令部から憑依者は全部で16人だとの情報があった』
『……はっ、つまりそれって』
『憑依者の確保はこれで終了だ。これより、待機していた小銃装備の隊員たちにより残るゴブリンの掃討が行われる』
『……』
『また、我々には司令から別に指示があった。西ゲートに放置されている鉱物を回収せよとのことだ。その中にもゴブリンがいる可能性がある。先についてもいきなり開けるんじゃないぞ』
『……』
『――どうした佐保? 返事がないぞ』
『りょ、了解です』
どうにかそれだけを返し、佐保は通信を終了した。
日本語でのやり取りであったため何を言っていたのか分からなかったフリオが、怪訝そうな顔で佐保に尋ねた。
「何かあったの?」
「……憑依者の確保、終了したそうです」
「良かったじゃないか。なんでそんな顔してるんだ?」
「いやね。別に活躍したかったわけじゃないんだけど、やるからには頑張るかって今回ちょっとやる気だしてたのにさ、結局空振りで終わってなんか釈然としないなーって。その上、冒険者のイメージ崩されるわ、酷く原始的な戦い方だけ上達するわ……私ってほんとバカ?」
「知らん」
駐屯地内では秋吉の指示が伝わったのだろう。各地で再び銃声が鳴り響き、圧倒的な力の差でゴブリンの排除が行われだしていた。




